暴虐の嵐
拠点を後にしてから、一週間ほどが過ぎた。
相変わらず旅そのものは順調であり、だがその間セシル達は一度も村や街などに寄ってはいない。
近くになかったというわけではなく、警戒して敢えて寄ることをしなかったのだ。
セシル達のことがどれだけ知られ、どのように扱われているのかはまるで分からないのである。
特に小さな村であれば、見知らぬ者が出入りすればすぐに分かってしまう。
何があるか分からないため、素通りしたのだ。
とはいえ、王都までずっとそうするわけにはいくまい。
途中で何らかの情報を得られなければ、王都でどのように動けばいいのかも分からないのだ。
ゆえにその街に寄ることを決めたのは、主に情報を集めるためであった。
そこは比較的大きな街であるため、誤魔化しも利きやすい。
出入りに少々気を使う必要はあるだろうが、中に入ってしまえば他の人に紛れ情報収集をすることが可能だろう。
そう説明すればソーマ達も納得し、それでも一応は警戒しながら近寄っていく。
徹底的に破壊し尽し、殺し尽くすという、あそこまで問答無用なことをしたのだ。
少しでも怪しい人物を見かけたら捕らえるように命令されていたとしてもおかしくはあるまい。
だが結論を言ってしまえば、その警戒は無駄となった。
――もっとも、それは決して喜べることではなかったが。
「ふむ……これは確かに、誤魔化しも利きやすそうではあるが……無論、こういう意味ではないのであるよな?」
「っ……当然、であります……!」
歯を食いしばり、拳を強く握り締めながら、眼前の光景を睨みつけるように眺めつつソーマの言葉に答える。
ソーマの言葉は一見軽口のようにも聞こえるが、それに対し激昂する事がなかったのは、その声音が異様なほどに冷めたものだったからだ。
自分と同等か、あるいはそれ以上に怒りを感じているということが分かったからこそ、無様な姿を晒さずに済んだのである。
それに、その声は同時にセシルへと冷や水を浴びせることにもなった。
悪い意味ではない。
ソーマが何も言わなければ、セシルはおそらく衝動のままに駆け出していたことだろうからだ。
しかしそんなことをしたところで自分に何が出来るわけでもないということは、セシルが最もよく分かっている。
ゆえにセシルは、自らを落ち着かせるように大きく深呼吸を繰り返すと、再びその光景を――その街の現状を眺めた。
暴虐の嵐。
一言で説明するのであれば、そこで起こっていたことというのはそういうことになるだろう。
建物は所々が打ち壊され、また火でも広がったのか焼け跡も目立つ。
道を行く人々の顔に生気はなく、ほとんどの者達が俯いて歩いている。
まるで戦争に巻き込まれ、略奪された後の街のようであった。
――否。
あるいは、今もその真っ只中だと言うべきか。
「ちっ……んだよもう動かなくなりやがった」
「はっ……だからお前はいつもやりすぎだって言ってんだろ」
「お前は逆にねっとりと嬲りすぎだろ。つーか何で粗末なの出しっぱなしなんだよしまっとけよきたねえ」
「あぁ!? 毎日しっかり洗ってるから汚くなんかねえよ!」
「ぎゃはは! 反応すんのそっちかよ! 粗末って方に反応しろよ!」
道のど真ん中で、人の往来もあるというのに、その男達は好き勝手に振る舞っていた。
歩いている人を捕まえては笑いながら殴り続けたり、女の人を捕まえては乱暴に服を破り捨て、押し倒した上に跨っては荒い呼吸を繰り返したり、店先の商品を掴んでは食い散らかしたり、または何の意味もなく壊したり。
まるで自分達がこの世界で最も偉いとでも言わんばかりに、好きなように暴れていた。
そこだけを見れば、野盗などが進入し、暴れているようにも思えるが、実際のところはそうではない。
何故ならば、誰も彼も、その顔にあるのは諦めだからだ。
誰一人として抵抗を示すことはなく、それは即ち、この暴虐が常態化しているということの証左である。
野盗であればそんなことができるわけもなく……そして何よりも、その男達が身に纏っている鎧こそが、男達が野盗などではないことを示していた。
その胸元に刻まれた紋章は、ベリタス王国の国章だ。
つまり……その男達は、ベリタス王国の正規兵なのであった。
それは諦めるのも当然だ。
本来自分達を守ってくれるはずの者達が、好きなように暴れているのである。
一体誰がそれを止める事が出来るというのか。
しかしだからこそ、こんなことは起こっていいことではなかった。
確かにベリタスでは内乱が起こっている。
あるいはもう過去形となってしまったのかもしれないが、それでも戦争をしていたというわけではないのだ。
いや、たとえ戦争だとしても、何の罪もない無辜の民を襲っていい道理などあるわけがない。
既に勝者が決まってしまっているのだとしても、こんなことが許されていいはずが――
「そういやよ、首を絞めたりしたらアソコが締まるとか聞くけどよ、本当なのか?」
「知らねえよんなこと。つーか粗末なお前には必要ねえだろ?」
「あぁ!? 粗末だろうとより気持ち良い方がいいに決まってんだろうが!」
「ぎゃはは、だからまずは粗末っつーのを否定しろよ! つかなら試してみりゃいいんじゃねえの?」
「ああ、勿論そのつもりだぜ? ただまあ、首を絞めるのよりかは少しだけ過激だけどな」
そんな言葉と共に、女性に跨っている男が剣を引き抜いた。
切っ先を下に向け……どうするつもりかは明らかだ。
しかしそんなことになっても、当の本人である女性すらもが抵抗一つすることはなかった。
ただ全てを諦めたように、ぼんやりとその切っ先を眺めている。
そしてその光景を前にしても、やはり誰も動こうとはしなかった。
通行人達は自分が次の標的にはならないよう俯き足早に去り、セシルも……ソーマ達も、何もしようとはしない。
それは、仕方のないことではあるのだろう。
何せどう考えても、この状況は異常だ。
何かが起こっているのは確実で、ならば不用意に動くわけにはいくまい。
ソーマ達には王都に向かうべき理由があるのだ。
それが果たせなくなるかもしれない中で、見知らぬ他人を助ける理由は彼らにない。
だがそれでも……助けて欲しいと思った。
セシルにその力はない。
出て行ったところで、被害者が増えるだけだ。
あの男達はベリタス王国の兵ではあるが……だからこそ、セシルの言うことなど聞きはしまい。
この状況でセシルが頼れるのは、ソーマ達だけなのだ。
だから、勝手ではあると思いながらも、助けを求めるために顔を向け――
「ソー――っ」
名前を呼ぼうとした瞬間に息を呑んだのは、その時になって初めてソーマ達が自分のことを見つめていることに気づいたからだ。
ソーマ達は明らかにセシルの様子を伺っていた。
それと共に、問いかけてもいる。
どうするのか、と。
何故、と思ったのは一瞬だけであった。
彼らはつまり、自分達の口にしたことを守ってくれているのだろう。
協力とは、互いに力を合わせることだ。
どちらかが一方的に何かをするということではない。
だから彼らは、セシルの反応を待っているのだ。
王都にまで行かなければならない理由があるのはセシルも同じである。
もしかしたらそれが叶わなくなるかもしれないが、それでも構わないかと、彼らは問うてきているのだ。
あるいは、単純にそうしても問題はないかと聞いているのかもしれない。
彼らが異邦人であることは最初から分かっていたことだ。
ゆえにベリタスのことを知らないことも多いだろうし、こういう時ベリタスではどうするのかと、それを問いたいのかもしれない。
しかし何にせよ、結論は一つであった。
そして無論のこと、セシルの覚悟は既に固まっている。
ならば。
男の剣が、振り下ろされる。
その、寸前。
「ソーマ殿、お願いするのであります!」
「――了解したのである」
ソーマの返答が聞こえたのと、剣を振り下ろそうとしていた男の姿がその場から消えたのは、ほぼ同時であった。
直後、壁に何かが激突したような、鈍い音が響く。
「は……? お、おい、何が……」
「っ……な、何だテメエ……!?」
すぐ近くにいたはずの男の姿が消えたことに、残った男達が一瞬呆然とし、だがすぐにソーマの姿に気付き、叫ぶ。
しかしその声を受けても、ソーマはすぐに何かを返すことはしなかった。
ただ淡々と、それでいて底冷えのするような声で告げる。
「貴様らやこの街、この国がどんな状況にあり、どんな理由でこんなことをしていたのか、我輩は知らんのである。もしかしたら何かどうしようもないような事情があるのかもしれず……だが、知ったことではないのである。――我輩、少しばかり不愉快である」
「っ……んだテメエ、やるってのか……!?」
「ちっ、何だか分かんねえが……いいぜ、俺達のお楽しみの邪魔をするってんなら、まずはテメエからやってやるよ……!」
叫び声を上げながら男達が襲いかかってくるも、ソーマはその場から微動だにしない。
男達の姿を冷めた目で見つめながら……次の瞬間、男達の身体が一斉に吹き飛び、壁へと叩きつけられた。




