元最強、夜逃げ? をする
移動は思っていたよりもずっとスムーズに進んだ。
大半の者達は最初から覚悟していたとセシルは言っていたが、てきぱきと動く姿からもそのことはよく分かった。
彼らは本当に色々な意味で覚悟していたのだろう。
あっという間に準備は終わり、名残惜しむようなことをすることもなくソーマ達はさっさと撤退を開始した。
「家とかはそのままだったであるが、あれはよかったのであるか?」
「自分達に繋がるような代物はしっかり破棄したでありますからね。たとえ結界の中に入られてしまうようなことがあったとしても、問題ないであります。それに……全て壊してしまっては、後から来る人達が困るかもしれないでありますから」
「後から……? 誰かが来る予定があるってこと?」
「いえ、そうではないのでありますが……何と説明したらいいのでありましょうか。実のところ、あの場所は自分達が作ったのではないのであります」
セシルの話によると、あの結界やら何やらは、最初からあの場所にあったのだという。
セシル達が偶然見つけ、再利用しているに過ぎないのだと。
そして見つけた時には、あの場所には家も建ったままであった。
多少古くはあったものの、問題なく使え、整備をすることで今までそのまま使っていたのだという。
「ですから、もしもまた自分達と似たような方達があそこを見つけるようなことがあれば、家が残ったままであった方が助かると思ったのであります。自分達がそうであったように。あるいは、元々住んでいただろう誰かが戻ってくるかもしれないでありますし」
「ふむ……壊されてしまう可能性もあると思うであるが?」
「その時はその時で仕方ないであります。自分達の手で壊すのは忍びなかったというだけのことでありますから。……皆にそんなことをさせるという意味でも、でありますが」
覚悟はあったとしても、住んでいた場所なのだ。
ある程度は愛着などもあっただろうし、道理である。
そんなことを話しながら、ソーマ達は足を進めていく。
折角早々に村を後にしたというのに、ここで姿を見られてしまっては意味がない。
遮蔽物もろくにないような場所なので、ひたすらに距離を稼ぐ必要があった。
「それにしても、相変わらず見渡す限りに荒野が広がっているであるなぁ……どの程度歩く予定なのである?」
「大体一週間ほどの予定でありますね」
「一週間……あたし達は大丈夫だけど、他の人達は大丈夫なの?」
「そうでありますね……大体は大丈夫だと思うでありますが、心配なのはダニエラ達でありましょうか」
そう言われ、後方へと視線を向ける。
ソーマ達は先頭を歩いているため、必然的に後ろに続いているのはあの村にいた者達だ。
数は三十人ほどであり、その中に母親と共に歩くダニエラの姿がある。
と、見られていることに気付いたのか、笑みを浮かべ大きく手を振ってきた。
それに苦笑を浮かべ手を振り返しながら、前方に向き直る。
「ふむ……今は元気いっぱいといった様子ではあるが、確かに一週間も歩き続けるとなるとどうなるかは分からんであるな」
「母親の方も病から回復したばかりでありますからね。それにしては、むしろ他の者達よりも元気そうですらありますが。アイナ殿の魔法は本当に凄いのでありますね」
「あ、あはは……そ、そんなことないわよ?」
「まあ、一人二人ならば我輩達が背負えばいいだけの話であるし、とりあえずは問題なさそう、であるか? 食料等は大丈夫なのであるよな?」
「皆の荷物は大半が食料や水でありますからね。少なくとも二週間はもつと思うであります」
「ならばあとは、予想外の何かが起こらなければ、といったところであるか」
「やめなさいよ。あんたがそういうこと言うと本当に何か起こりそうでしょ」
「失敬であるな。というか、仮に起こったとしてもそれは我輩の責任ではないであろうに。まあ、警戒はしっかりしているであるし、大丈夫だとは思うであるがな」
言いながら再度後方を振り向き、今度は最後尾へと視線を向けた。
するとそれに気付き、意図も理解したのか、こくりと頷きが返される。
最後尾を歩いているのは、シーラであった。
先頭をソーマ達が、最後尾をシーラが歩いているのは、周囲を警戒するためでもあるが、村人達の心情を考えてのことでもある。
やってきた者達を撃退したのと、ダニエラの母親のこともあってか、随分村人達からの視線は和らいだものの、さすがに警戒されなくなったわけではない。
そんな者達が自分達の後ろを歩いているなど、とても安心することなど出来ないだろう。
だからソーマ達が最前列を歩き、村人達から信頼を得ているらしいシーラが最後尾を歩いている、というわけであった。
無論警戒をする上でもこの隊列は有用であり、突発的に何か起こるようなことがあっても大抵の場合は何とかなるだろう。
「まあ、どうなるものやら、といったところではあるが」
これから先のことも含めて、そんな呟きと共に息を一つ吐き出した。
意外にも、といってしまうとアレだが、道中は驚くほどに平穏であった。
村を後にしてから一週間が経つも、大きなトラブルは今のところ起こってはいない。
無論小さなことならばちょくちょくとはあった。
些細なことから言い合いが発生したり、時に魔物が襲ってきたりと、一日に一回程度は何かしらあったものだ。
だが逆に言えばその程度のことしかなく、言い合いは仲裁をしたら互いの勘違いが原因だと分かりあっさり解決したし、魔物も簡単に撃退し、むしろ暖かい料理へと変わった。
心配だったダニエラも倒れるようなことはなく、敢えて問題があったとするならば、荒野しか続いていなかったために途中から飽きが発生していたことぐらいだろうか。
楽ではないが、大変でもない。
そんな道中であった。
ちなみにその間に、ソーマ達へと向けられる村人からの視線は大分柔らかいものへとなっている。
間近で魔物を倒したり、何だかんだで先導していたということもプラスに働いたのだろう。
信頼を得られているかはともかく、少なくとも警戒はほぼされなくなっていた。
そして。
「ふむ……なるほど、ここも、であるか?」
ソーマがそう呟いたのは、セシルが到着したと告げた瞬間、周囲の光景ががらっと変わったからであった。
あの村のあった場所同様、周囲からは荒野の光景が消え、緑が広がっている。
ただ、あそこと比べると森というほどの木々はないようだが――
「同じと言えば同じではありますが、ここは厳密にはあそこを模倣して作ったところであります。なので結界の効力などはあそこと比べると大分落ちるでありますね」
「なるほど……木々が少ないのもそのせいってこと?」
「他の場所からもってきたものでありますからね。まあそもそも、隠れ住むのにわざわざ森を作り出す必要はないでありますし」
「確かに道理である、が……」
「……? ソーマ殿? どうしたでありますか?」
セシルがそんな言葉と共に訝しげな視線を向けてきたのは、ソーマがジッと奥を見つめていたからだろう。
しかしソーマはそれには応えず、代わりに別の言葉を口にした。
「セシル、ここにはどの程度の人が住んでいるのである?」
「え? 今の自分達と同じぐらいでありますが……っ、まさか、であります……!?」
ソーマが言いたい事が分かったのか、セシルは瞬間目を見開いた。
そう、本来であれば、ソーマはそんなことを聞く必要はないのだ。
気配を感じ取ることで、おおよその人数を捉える事が可能だからである。
つまりは……この場所からは自分達以外の気配を一つも感じ取れない、ということであった。
「っ……!?」
思わず、といった様子でセシルが駆け出し、それを目にした村人達がざわつく。
一体何があったのかと不安になるのは当然だ。
だが今は、村人達のことを考えるよりもセシルを追いかけるべきだろう。
そもそも村人達を落ち着かせるのに、ソーマ達では相応しくない。
その役目に相応しいシーラへと視線を向け、頷きが返ってきたのを確認すると、ソーマ達もセシルの後を追い駆けた。
セシルに追いつくのにかかった時間は、ほんの少しであった。
すぐ先の、おそらくは村の入り口であろう場所にいたからだ。
その姿は、呆然と立ち尽くす、といった様子であり、どうしてそうなっているのかはソーマ達にもすぐに分かった。
セシルの隣に並び、視界に映し出された光景に目を細める。
そこには、破壊され尽くした家々と、無残にも骸と化した村人達の姿が存在していたのであった。




