元最強、厄介事に首を突っ込む
セシルと名乗った人物を前にしたソーマ達の心境としては、正直なところ困惑というものが最も近いものであった。
言葉にするならば、何故お前がここにいるのか、といったところだ。
無論ソーマとアイナは、セシルとはこれが初対面だ。
しかし初対面だからこそ、思うのである。
どうして当たり前のような顔をしてソーマ達の会話に割り込んできたのか、と。
「……村長」
そんなソーマ達の心の声が聞こえたかのように、シーラが明らかに非難していると分かる呟きをセシルへと向ると、セシルは我に返ったかのようにはっとした表情を浮かべた。
それからおずおずと窺うような視線を向けてくる。
「あ、あの……突然申し訳ないであります。その……つい嬉しくなってしまってでありまして……」
「嬉しい、であるか?」
「はい……力を貸してくれる、などという言葉を耳にしたのは、シーラ殿以来でありましたから……」
「……ん、私の時も騒がしかった」
反省しているのか、今のセシルは気落ちしているとでもいった様子ではあるが、先ほどは妙に勢いがあった。
あのままの状態が続けば騒がしいことになるのは簡単に予想が出来、シーラの時はそうなった、ということなのだろう。
「それって、用心棒をすることになった時のこと?」
「……ん、色々と話をして、その結果として用心棒をするってことになったけど、その時」
「その節は本当にご迷惑をおかけしたであります……」
謝りながら縮こまっている姿を見るに、どうやら本気で反省しているようである。
ただ、その様子にソーマは逆に気になった。
力を貸すというだけの言葉に、何故あそこまで喜んだのかを、だ。
つまりは、本来ならばその言葉は余程のことがなければ聞けるようなものではない、ということなのだろう。
そしてそれは自然と、シーラが巻き込まれている厄介事がどういった代物であるのか、ということも意味している。
ある意味予想通りの状況に、ソーマは一つ溜息を吐き出した。
「さて……ところで、そもそも汝は何をしにここに来たのである? 何か用事があったのであろう?」
そう言いながらソーマが目を細めたのは、セシルの反応を見極めるためであった。
セシルが現れたタイミングや発言から、自分達の話が聞かれていたということは分かっている。
とはいえ、特に防音処理が施されていない木造の家だ。
声が外に漏れるのは当然であり、ソーマ達もその辺はあまり意識していなかった。
だから話を聞かれたことをとやかく言うことはないのだが……問題は、どこまで聞いていたのかということと、それで相手がどう出るかというところである。
シーラの様子などから考えるに、おそらくある程度信頼できる人物ではあるのだろうが、ソーマ側の事情が事情であるし、ベリタスもベリタスで色々と事情があるだろう。
さらにはここにも間違いなく事情があることを考えれば、セシルがどんな反応をするのかまるで読めない。
セシルの反応次第ではソーマ達のこれからの動きというものも考えなければならず、注意深くセシルの様子を眺めた。
「そうでありますね、確かにシーラ殿に用事があって来たのでありますが……その、自分お邪魔ではないでありますか?」
「え、それ今更言うの?」
「……ん、今更」
「あ、ああ、そ、そうでありますよね……本当に申し訳ないであります……!」
「いや、話自体はほぼ終わっていたようなものであるし、シーラはここで雇われているのであろう? ならば優先権はそっちにあると思うのである」
「そ、そう言っていただけますとありがたいのでありますが……では」
まだどことなく恐る恐るといった様子ではあったが、ソーマ達の様子を見回した後で仕切り直すようにセシルはこほんと一つ咳をした。
それから、指を二本立てる。
「自分がシーラ殿のところに来た理由は主に二つであります。一つは、ダニエラが戻ったという話を聞いたでありますから、その確認のためにであります。直接ダニエラの家に行ってみたでありますが、本人は疲れからか眠っていたようでありますし」
「……ん、とりあえずダニエラは無事。……あと、ダニエラの母親の病気が治った」
「ああ……やはりそうなのでありますね。ついでに様子を見てみたところ、明らかに顔色がよかったでありますし……」
言いながらセシルはこちらへと視線を向けてきたが、まあそうなるだろう。
誰がそんなことをしたのかなど、状況を考えれば推測するのは容易だ。
もっとも、問われたわけでなければ、別に悪いことをしたわけでもないので、答える意味はない。
反応がないことで諦めたのか、セシルはそれ以上その話題には拘泥することなく、次の話題へと移った。
「二つ目はそこの彼らのことであります。ダニエラが見知らぬ二人組を村に連れてきたという話を聞いたでありますし、そこにはシーラ殿の姿もあったと聞いているであります。ですから何かを知らないか尋ねるつもりだったのでありますが……手間が省けたでありますね」
と思ったら、元からこちらのことは聞くつもりだったようだ。
とはいえ、当然と言えば当然のことではある。
村長だということであるし、ここは明らかに隠された村だ。
そんなところに見知らぬ者が現れたら話を聞かぬわけがあるまい。
ただ、にも関わらず大して警戒されている様子がないのは、ダニエラの母親の件に加え、どう見てもシーラの知り合いだから、といったところだろうか。
少なくとも今のところは敵対するつもりはなく、また無駄に警戒されても得などはないのでいいことである。
「それで、率直に尋ねてしまうのでありますが、そこのお二人は何者なのでありますか? 少なくとも只者でないことは間違いなさそうなのでありますが……」
「……ん、二人は私の友人……違った。……ソーマは私の……なに?」
「いや、そこで何とか言われても困るのであるが?」
「……私はソーマの愛人。……だから、ソーマは私の……ご主人様?」
「何でそうなったのよ……! っていうかそのネタまだ引っ張るつもりなの……!?」
「……ん、ネタじゃないから当然」
「ほぅ……なにやら面白そうでありますので、そこのところ詳しくお願いするのであります!」
「しなくていいのである」
真面目な空気になるかと思いきや、一転して脱力するような空気が流れだしたことに、ソーマは息を一つ吐き出す。
だが、シーラは分からないが、少なくともセシルが今の話に乗ったのはわざとだろう。
別に問い詰めたりするつもりはない、ということをその態度で示したのだ。
無論それは理由あってのことだろうが――
「それは残念であります……では、その代わりというわけではないのでありますが、一つお尋ねしてもいいでありますか?」
なるほどこちらが本命かと思ったのは、口元には笑みを浮かべつつも、目だけが笑っていなかったからだ。
断ろうと思えば可能だろうが……意味はあるまい。
むしろ何を考えているのかを測るためにも、素直に頷いた。
「構わんであるが?」
「ありがとうであります。では、先ほどの発言に関してなのでありますが……力を貸していただけるというのは、どこまでが含まれるのでありましょうか?」
「ふむ……どこまで、であるか」
「はいであります。あの光はこちらでも気になっていましたので、調べるのを手伝ってもらえるのはありがたいのでありますが……それ以上に関してはどうなのでありますか?」
「……村長」
セシルをたしなめるようにシーラが名を呼んだが、それをソーマは制した。
構わないという意思表示であり、いいのかと言わんばかりに首を傾げたシーラに頷きを返す。
「手間が省けた、というのはこちらも同感だったであるからな。シーラでは口に出来なかったことに関して、汝ならば問題なく口に出来るであろう?」
その言葉に驚きを見せたのは、シーラというよりはセシルの方であった。
予想外とでも言わんばかりに目を見開き、瞬きを繰り返している。
「え、それは、その、つまり……そういうこと、でありますよ、ね?」
「まあ、そういうことであるな」
言いながらアイナへと視線を向ければ、好きにすればいいんじゃないとばかりに肩をすくめられた。
それに頷きを返しながら、セシルへと向き直ると、何故かその身体はぷるぷると震えている。
「その……念のために確認するのでありますが……」
「ふむ……まあ要するに、全面的に協力するつもりはある、ということであるな。無論そちらが全ての事情を明かしていいと思ってくれれば、の話ではあるが」
「本当でありますか!?」
「……村長」
「――はっ。も、申し訳ないであります……ですが、本当にいいのでありますか? 自分で言うのも何ではありますが……正直自分達は相当な厄介事を抱えているであります」
「まあ、でしょうね。この村の時点であからさまなほどだもの」
「分かった上で、でありますか……」
「シーラが関わっているという時点で、何もしないという選択肢は存在しないであるしな」
「…………ん、ありがと」
「どういたしまして、なのである。とはいえ、むしろ逆に聞きたいのであるが、その事情とやらを我輩達に明かしてしまっても大丈夫なのであるか? まだほぼ互いに何も知らない状態なはずであるが」
「お二人のことは確かに知らないでありますが、シーラ殿の友人というだけで自分にとっては十分なのであります」
どうやらシーラはセシルからかなり信頼されているらしい。
一体何をやったのかは分からないが、おそらく相当なことをやったのだろう。
シーラに視線を向けてみれば、どことなく得意気な様子であった。
「……ん、二人は信頼出来る」
「ならそれで問題ないであります!」
「ふむ……そうであるか。まあ、そっちが問題ないと言うのであればこちらから言うことはないのであるが……では、色々と気になっていることを聞いてもいいであるか?」
「どんとこいなのであります!」
「では――」
そうして口を開こうとした、その瞬間のことであった。
けたたましい鐘の音が、鳴り響いたのである。
明らかに普通ではなく、セシル達が慌て始めた。
「っ、これは、警報なのであります……!?」
「警報、であるか?」
「……ん、村に侵入者が出たか、それに近いような状況になった時に鳴らされる音」
「……とりあえず、何かまずそうな状況だってことは分かったわ」
「こういうことは今までもよくあったのであるか?」
「いえ……自分の知る限りでは初めてなはずであります」
そう言いながら、セシルはソーマ達の様子を窺うように視線を向けてくる。
まあ、ソーマ達がやってきた直後の事態なのだ。
関係あるのではないかと考えるのは当然である。
むしろ敵意を向けてきてもおかしくはないだろうに、そういった様子がないのはシーラがそこまで信頼を得ているということか、あるいは本人の資質か。
しかし今はそんなことを考えるよりも先にやるべきことがあるだろう。
「ふむ……早速ではあるが、我輩達に何か手伝えることはありそうであるか?」
「え……いいのでありますか?」
「むしろここで何もしない方がまずそうだものね」
「なるほどなのであります……では、一緒に来ていただいていいでありますか? この村で今戦う力を持っているのはシーラ殿しかいないでありますし。もちろんシーラ殿も一緒に」
「……ん、分かった」
「了解なのである」
本当に早速過ぎるが……だがこれもおそらくはここが抱えている厄介事に関係しているのだろう。
話を聞くよりも先にそれを実感できるのかもしれないと、そんなことを考えながら、ソーマは慌てて外に飛び出すセシルの後を追うのであった。




