元最強、可能性を示す
とりあえずシーラのことなど気になることはあるが、まずは先にやらねばならないことがある。
無論のこと、ダニエラの母の治療だ。
アイナが可能ならば、の話ではあるが、一先ず見てみなければ分かるまい。
というわけで、まずはダニエラの家へと向かうことになったのだが――
「で、シーラは当然のようについてくるのであるな?」
当たり前のような顔をしてついてきたシーラが、こくりと頷く。
「……ん、気になる」
「まああたし達もどうしてシーラがここにいるのか気になるから、ちょうどいいと言えばいいのかしらね」
「……ん、話すのは歩きながらでも出来る」
「確かにそれはその通りではあるが……」
問題は、ソーマ達の事情を歩きながら話しても問題はないか、というところだろうか。
ソーマに関することをシーラがどこまで知っているのか分からない上に、ここまで来た経緯を話すとなれば自然と皇国から来たということも話すことになる。
だがここは一応ベリタス領……のはずだ。
シーラはいるわ明らかに普通の村ではないわで断言出来ないものの、皇国に対してどんな感情を抱いているのかは分からないのである。
今のところ他の村人の姿は不思議と見えないが、話を聞かれでもすればどうなるか分かったものではないのだ。
迂闊に話すわけにはいかないだろう。
と、そんなことを考えていたのが何となく分かったのか、シーラはこちらの顔を見ながら首を傾げた。
「……ん、事情あり?」
「まあそもそもそうでなければ、おそらくここに来ること自体がなかったであろうな」
「……ん、確かに?」
「えっと……お三方はお知りあい、ということでいいんですよね?」
そんなやり取りをしていると、おずおずといった様子でダニエラが尋ねてきた。
今も先導を任せているのだが、やはり気になるのだろう。
先ほどからずっとちらちらと様子を伺っていたのだが、ついに好奇心が堪えきれなくなったらしい。
「……ん、知り合い。……というか、ソーマの愛人?」
「ちょっと……!? あんたは唐突に何言い出してんのよ……!?」
「……怒られた。……ん、何故? ……正妻の座は譲ったのに。……解せぬ」
「せ、せい……!? って、そういうことじゃなくて……! っていうかなにソーマみたいなこと言ってんのよ……!」
「そこで何故我輩が出てくるのである? ……解せぬ」
「そういうこと言ってるからに決まってんでしょうが……!」
「……ん、アイナは正妻の座いらない? ……ん、じゃあ貰う」
「い、いらないなんて言ってな……って、そういうことでもない! そもそも貰うとかあんたが勝手に決められることじゃないでしょうが……!」
「……ん、確かに。……ソーマ、いい?」
「聞くんじゃないわよ……!」
途端に騒がしくなった道中に苦笑を浮かべていると、ダニエラがソーマ達のことを順々に見比べていた。
それから少しばかり不思議そうな顔で、首を傾げる。
「ほぇー……しゅらば、というもの、ですか?」
「さて……ここで下手に頷いてしまうと、我輩ただのクソヤロウになってしまう気がするであるからなぁ」
「なるほど……大変、なんですね」
「どうであろうなぁ……一概に大変とも言えんであるしな」
少なくとも、楽しくないと言ってしまえば嘘になるだろう。
とはいえそんなことを自分よりも明らかに年下の少女に話すのもどうしたものかといったところだ。
と、そんなことを話していると、ダニエラの家に着いたらしい。
周囲と同じような木造の家の前で足を止めた。
「えっと……ここになります。そ、その……」
何かを言いたげな視線は、アイナへと向けられている。
そんなアイナはソーマへと何かを言いたげな視線を向けてくるが、やはりスルーだ。
するとアイナも諦めたのか、小さく息を吐き出すとダニエラへと向き直り、笑みを浮かべる。
「……まだどうにか出来るとは断言出来ないけど、とりあえず案内してもらっていいかしら?」
「は、はい……お願い、します」
その笑みに少しだけ安心したのか、強張っていた顔からは少しだけ力が抜け、そのまま家の中へと入っていく。
その後をアイナが続き、ソーマも続こうとしたところで僅かに服の裾を引っ張られた。
視線を向けてみれば、シーラが物問いだけな視線を向けながら首を傾げている。
どうしてアイナにあんなことをさせているのか、ということだろう。
無論のことソーマも無意味にやらせているわけではない。
だから肩をすくめてみせると、それだけで分かったのか、あるいは聞いても今は答えてくれないと察したのか。
裾から手が離され、そんなシーラと共に今度こそソーマは後に続いた。
家の中は大分簡素であり、見た目の通りと言うべきかあまり広くはないようだ。
ただし住むには十分でもあり、三、四人程度ならば不自由なく暮らしていけるだろう。
居間を含めると部屋は四つあるようで、そのうちの一つにダニエラの母だという女性は横たわっていた。
「っ……これは……」
その姿にアイナは息を呑み、シーラは何を考えているのかよく分からないような顔でジッと女性の顔を眺めている。
ダニエラは泣きそうな顔でしばらく母親の姿を眺めていたが、邪魔にならないようにと思ってのことなのか、お願いしますと頭を下げると部屋から出て行った。
これで部屋に残されたのはソーマ達だけとなり、その瞬間、アイナが何かを言いたげな視線を向けてくる。
しかし何も言わずに見つめ返すと、無駄だということを悟ったのか、女性へと向き直り、その傍へと歩いていく。
そして。
「――光よ。我が意我が想いに従い、穢れを払い癒しを施す力と化せ」
アイナが女性へと触れ、言霊を紡いだ瞬間、女性の身体が淡い光に包まれ、輝きだした。
その光は柔らかく暖かであり……だが。
女性の容態は、変わらぬままであった。
「っ……だから言ったじゃないの。あたしじゃ無理だって……!」
「……ん、ソーマ?」
「ふむ……勘違いして欲しくないのであるが、我輩別にアイナをいじめているとか無理難題を言っているとかいうわけではないのであるぞ?」
「どこがよ……!? こんなの――」
何かを叫ぼうとしたのか、瞳を潤ませ、口を大きく開いたアイナがこちらへと顔を向けるが、その言葉が音になることはなかった。
おそらくは、ソーマが真剣な目を向けていることに気付いたからだろう。
そう、真面目にソーマは、アイナをいじめているわけでなければ、無理難題を言っているわけでもないのだ。
アイナならば出来ると思っているからこそ、そう言っているのである。
「……ちょっと、本気なの?」
「我輩は大体の場合で本気であるが?」
「……それはよく知ってるけど……でも、あたしには無理よ。だってあんただってよく知ってるでしょ? あたしは攻撃魔法は得意だけど、それ以外は……」
「ふむ……それなのであるが、多分アイナは自分でそう思っているだけだと思うであるぞ?」
「え……? どういうこと……?」
「そうであるな……シーラに質問なのであるが、シーラは刀術の中でも速度に重きをおいた技をよく用いるであるよな? それは何故である?」
「……ん、性に合うから?」
「であるよな? では、防御は不得意なのであるか?」
「……不得意ではない、と思う? ……あまり好きではないだけで?」
「ということである」
「え……何よそれ? つまり……あたしも他の魔法を使おうと思えば出来るってこと? ……そんなわけないわよ。だって……」
学院でアイナが色々と勉強をし研究をし、努力を重ねていたということは知っている。
成果が出たのは主に攻撃魔法だけで、特に回復や補助系に関しては基礎的なことしか出来ないということも。
だが、ソーマは以前サティアに聞いてみた事がある。
特級スキルとは何なのか、ということをだ。
他の等級もその間で差というものは存在しているが、特級スキルだけはその差が大きすぎるような気がしていたのである。
それにサティア達も、どことなく特級スキルというものを特別視していた傾向があった気がした。
それは何故かと、問いかけたのである。
その返答は、こうであった。
特級スキルとは、外れた存在が手にするものである、と。
世界の法則から外れたモノ。
指先一つであったり、足半分であったりと、その程度は人それぞれではあるが、それがゆえに差が出やすいらしい。
自覚と覚悟の程度によって世界から外れ、その外れ度合いがそのまま差となるからだとか。
ただ、だからこそこの話は特級スキル持ちにしてはいけないらしい。
自覚してしまった結果、どこまでも転がっていってしまう可能性があるからだ。
世界の法則に縛られないゆえに、特級スキル持ちは出来ると思えば何だって出来る。
常識が邪魔をして無意識に出来ないと思っているから限界があるのであって、本来特級スキル持ちには物理法則などは意味を持たないのだ。
意思一つで世界の反対側にまで一瞬で移動が可能であり、指先一つで星を砕く事が出来る。
それが、特級スキルというものを持つということなのだ。
無論世界の法則に縛られないというだけであって、相応の対価は必要である。
しかし逆に言えば対価さえ払えば何でも可能であり、世界など容易く乱す事が可能だ。
そうはさせないために、この情報は禁忌扱いとなっている、というわけである。
なのでソーマもこの話をするつもりはないが、それでもこの話は一つのことを示唆していた。
特級スキルを持つアイナが、攻撃魔法しか得意でない、などということは有り得ないということを、だ。
つまり、アイナが攻撃魔法しか得意ではないのは、おそらくアイナ自身がそう思い込んでいるからなのである。
その原因は……きっと、子供の頃のことが原因なのだろう。
出来損ないと呼ばれた過去。
それは誤りであり、謀略の結果であったと今のアイナはしっかり理解しているはずだが、子供の頃のトラウマというものは容易く治るものではない。
本人も気付いていない心の奥底で、未だその傷は治りきらずに残されているのだろう。
だが生憎とソーマにはそういったことに関する知識はない。
治そうと思ったところでソーマにはどうすることも出来ず……ゆえに。
「まあ、今更認識を覆すことは難しいであろうな。だが、アイナは出来るのである。生憎と根拠を示すことは出来んのであるが……ふむ、そうであるな。我輩がそう信じているから、というのはどうであるか?」
「……はい? 一体何が言いたいのよ……?」
「ふむ……? 我輩アイナからそれなりに信頼されていると思っていたのであるが……我輩の勘違いだったであるか?」
「え、いや、それは、その……まあ、確かにそこそこ信じてはいる、けど……? それがどうしたのよっ?」
「いや、つまりこういうことである。アイナは我輩のことを信じてくれているのであろう? その我輩が、アイナならば攻撃魔法以外もしっかり使えるはずだと信じているのである。ならばアイナも自分のことをそう信じる事が出来るのではないであるか?」
「……何よそれ。無茶苦茶じゃない」
「……ん、無茶苦茶」
「アイナの可能性が広がるというのであれば、無茶苦茶で結構なのである」
そう言って肩をすくめれば、アイナもシーラも呆れたような目を向けてくるが、その口元には小さな笑みが浮かんでいる。
それからアイナは、一つ息を吐き出した。
「……まったくもう、分かったわよ。あんたにそこまで言われたんじゃ、やらないわけにはいかないじゃない。相変わらず出来るって気はしないけど……でも、そうね、まあ、もうちょっと攻撃以外の魔法も頑張ってみるわよ」
「そうであるか……」
自信ないと言うアイナではあるが、アイナがどれだけ頑張れる人間なのかということは、よく知っている。
ならばきっと、そのうち他の魔法も問題なく使えるようになるだろう。
「とはいえ、さすがに今回は厳しいであるか……まあでは、今回は特別に、である」
「……え?」
不思議そうにしているアイナの傍にまでいき、ダニエラの母親の姿を見下ろす。
一通り眺めると目を細め、抜き放った剣をそのまま突き刺した。
――剣の理・龍神の加護・一意専心・明鏡止水・虚空の瞳:秘剣 慈愛の太刀。
「ふぅ……うむ、こんなところであるか?」
剣を引き抜きつつ様子を見てみれば、顔色はすっかりよくなっていた。
どうやら無事に治療は成功したようである。
そうしていやよかったと思いながら剣を鞘に仕舞うと、視線を感じたので顔を向けてみれば、何故かアイナがジト目を向けていた。
「む……? アイナ、どうしたのである?」
「人が決意を固めた直後にあんたはもう……本当にあんたって相変わらずよね」
「……ん、でもこれがソーマ」
溜息を吐き出すアイナと、こくこくと頷くシーラ。
何故二人がそんな反応をするのか分からず、ソーマは眉をひそめながら、首を傾げるのであった。




