元最強、見知らぬ少女を助ける
荒い呼吸を繰り返しながら、ダニエラはどうしてこんなことになってしまったのだろうかと考えていた。
いや、そんなことは考えるまでもないことだ。
決まりを破って村を飛び出したからで、それ以外に理由などがあるはずもなかった。
無論のこと、何の理由もなしに飛び出したわけではない。
母の病気を治すためであり、そのために必要な薬草を取りに行くためには仕方のないことであった。
そもそも、母のかかった病気というのはそう珍しいものではないのだ。
この周辺でしか発症しないという風土病ではあるが、治療法は確立されている。
特定の薬草を用いて作り出される治療薬が必要ではあるものの、その薬草はこの周辺では珍しいものではない。
病気とは言っても、風邪よりも簡単に治ってしまうものであり……だが、色々なタイミングが悪かった。
元となる薬草が容易く手に入ることもあり、常備されている治療薬の数が限られていたこと。
同じ病気を複数人が同時に発症してしまったこと。
病気を発症してしまった人達の中に、いつも薬草を取りに行っていた狩人が含まれていたこと。
そして何よりも、二週間ほど前に起こったあの光が原因で、誰も村の外に出ることのないよう決まりが出来てしまっていたこと。
どれか一つでも起こっていなければ何とかなったかもしれないことが同時に起こってしまったことで、母の分の治療薬が足りず新しく作ることも出来ない、という事態に陥ってしまったのだ。
母のかかった病気は治療法が確立されているものの、元は死病である。
かつては猛威を振るい、数千とも数万とも言われる人達が命を落としたという。
この周辺が荒野ばかりなのもそれが一因とされるほどの、恐ろしい病なのだ。
最初の数日は、まだよかった。
寝たきりになってしまったとはいえ、今までと同じように会話を交わせ、笑みを浮かべることが出来……だが、母が無理をしていたのだということに気付いたのは、五日が過ぎた日のことだ。
それまで元気だったのが嘘のように、喋ることすら出来なくなってしまったのである。
そこからはあっという間だった。
三日が経つ頃には、母はすぐにでも死んでしまうのではないかと思えるぐらい衰弱しきってしまったのである。
すぐにでも治療薬を飲ませなければ母の命がないことは明らかであり、だが肝心の治療薬がない。
薬草を取りに行こうにも狩人は念のため安静が言い渡されていた上に、外に出ることは禁じられている。
そもそも、他の者が行こうにも外では何があるか分かったものではないのだ。
何かがあった時に可能な程度に戦闘能力を持っている村人はそれこそ狩人ぐらいであるし、他にも用心棒の人はいたものの彼女は村を守るために雇っているのである。
村の外に出してしまったら意味がない。
だからこそ、ダニエラが外に出たのだ。
誰かに取りに行ってくれないかと頼んでも断られたから、夜中にこっそりと抜け出して。
怖かったけれど、母が死んでしまうかもしれないということに比べれば何ということはなく……ああ、でも、皆の忠告を聞かなかったから、きっと罰が当たったのだろう。
折角薬草を取りに行ったのに、何故か薬草は一つも生えていなかったのだ。
いざという時のため、ということで場所はしっかり聞いていたし、薬草を見間違えるわけもない。
しかしそれでも、何度確認しても薬草は生えていなかったのだ。
そうして失意のままに村に帰ろうとしたら、途中で野盗に見つかってしまい、追い掛け回され――
「っ、あっ……!?」
今までずっと走っていたからか、瞬間足がもつれ、滑るようにしてその場で転んでしまった。
慌てて立ち上がろうとするも、直後に顔をしかめる。
「いたっ……!?」
見れば、足から血が流れていた。
深い傷ではない、転んで出来た小さなものであったが……血を見てしまったからだろうか。
一気に身体から力が失われ、その場にへたり込んでしまった。
「お? なんだ、逃げるのはお終いか?」
「何だつまんねえなぁ、もうお終いかよ」
「まったくだな、もっと逃げててくれて構わなかったんだがなぁ」
「へへっ、まあいいじゃねえか。それだけ早くお楽しみの時間が来るってことなんだからよ」
「あ? なんだよお前、こんなガキに興奮してんのか? 変態かよ」
「ああ!? んだと!?」
「んだよ事実だろうが!?」
互いに好き勝手なことを言い、叫び合っている男達が近付いてくるのは分かっても、動く気が起こらない。
そもそもこれ以上逃げたところで、どうするというのか。
薬草が見つからなかったということは、母は助からないということだ。
決まりを破ったところで何の成果も得られず、死にゆく母を看取るしかないというのならば、ここで――
「ちっ……なんだ、本当にもう終わりかよ」
「へへっ……ってことはお頭、本当にお楽しみってことでいいんだよな?」
「物好きなやろうだな……まあ別に構わねえぞ?」
「やりぃ!」
「はっ、やっぱ変態じゃねえかよ」
「るっせー黙ってろ!」
「ああ、そうそう、好きにすんのは構わねえが、程々にしとけよ? じゃないと――」
もうどうなってもいいと、自棄になったような心境で男達が好き好きに言うのを眺めていた、その時のことであった。
頭と呼ばれていた男が、話していた途中で唐突に姿を消したのだ。
一体何が起こったのかまるで分からず……分かったのは、数拍置いてのことである。
遠く離れた場所から何かがぶつかったような音が聞こえた瞬間、姿を消したのではなく吹き飛んだのだということに気付いたのだ。
そして。
「ふむ……問答無用でぶっ飛ばしてしまったであるが、まあどう見てもいたいけな少女が襲われる寸前というところであるから話を聞く必要もないであるか」
その代わりとばかりに現れたのは、一人の少年であった。
男達もほぼ同時に気付いたのか、身構えながら睨み、叫ぶ。
「あ、ああ!? 何だテメエ!?」
「いつの間に現れやがった……!?」
「なんだテメエ、邪魔しようってのか!?」
「っていうか頭!? 頭はどこ行きやがった!?」
次々と叫ばれるが、少年はどこ吹く風といった様子であった。
一瞬だけこちらを見たような気もするが、すぐに男達の方を眺めると、ふむと呟く。
「まあ見るからにといったところであるし、潰してしまった方が早いであるか」
「ああ!?」
「テメエ、やる気だってのか……!?」
「いいぜ、テメエが一体何のかは知らねえが、邪魔するってんなら容赦しねえ。ぶっ殺してやんよ……!」
そんなことを言いながら、男達が次々と少年へと襲い掛かり……不思議とその光景を前に、ダニエラは少年へと何かを言う気にはなれなかった。
どうでもいいとか、見捨てようとか思ったわけではなく、その必要がないと何となく思ったからだ。
そうして事実その通りになった光景を、ダニエラはただボーっとしたまま眺めていたのであった。
「ふむ……母の病を治すために薬草を取りに、であるか」
「……気持ちは分からないとは言わないけど、随分と無茶したものね」
「は、はい……ごめんなさい。それと、ありがとう、ございます」
そう言って頭を下げてきたダニエラという少女に、ソーマは肩をすくめて返した。
別に謝られるいわれもなければ、礼を言う必要もあるまい。
確かに無茶と言えば無茶だったのかもしれないが、それ以外手段がないと思ったのならば仕方がないし、助けたのに至ってはこちらが勝手にやったことだ。
「そ、それでも……誰かに親切にされたのならば、きちんとお礼を言いなさいと、母に言われました、から」
「そうであるか……なら素直に受け取っておくのである」
「良いお母さんなのね」
「は、はい……だから、わたし……」
「あっ……」
俯き、瞳に涙を滲ませ始めたダニエラを前に、アイナがうろたえたような声を出す。
やってしまった、とでも思っているのだろう。
まったく、何をやっているのだか、という話だ。
「なに、心配する必要はないのである。このお姉さんはこう見えて凄い魔導士であるからな。汝の怪我も治してくれたであろう?」
「は、はい……あの、それで、お母さんも……」
「……まあ、見てみないと何とも言えないけど、とりあえず精一杯やってみるわ」
出来るわけないでしょ!? とでも言いたげな視線をアイナから向けられるも、ソーマはその訴えを無視する。
確かにアイナに病気の治療が出来るということを聞いたことはなかったが、なにやってみれば意外と出来るものだ。
ソーマの剣技は大体そんなものであるので、魔法に関してならばアイナもきっと似たようなことが出来るに違いない。
「……非常に妬ましいことに、であるが」
「ちょっと、なんか今不穏な呟きが聞こえた気がするんだけど……!?」
「気のせいであろう。それで、ダニエラよ、本当にこの先に汝の住む村があるのであるか?」
「は、はい……もう少し行ったところ、です」
「ふむ……」
そう言われても視線の先には相変わらず荒野が広がっているだけなのだが……何かある、ということだろうか。
まあ嘘を言っているようには見えないので、しばらく様子見といったところだろう。
ちなみに現在何をしているのかと言えば、ダニエラの勧めに従い、彼女の住むという村に向かっているところだ。
ダニエラを襲おうとしていたと思しき男達を撃退――というか、軽く小突いたらすぐに逃げ出してしまったのだが――したところでアイナが追いついてきて、合流し、ダニエラが怪我をしていたのでアイナが治療をしたのだが……それを見てダニエラが目を輝かせ、お願いをしてきたのである。
お母さんを助けて、と。
そして事情を軽く聞き、とりあえず行くだけ行ってみようとなったのが現在までの経緯といったところだ。
尚、その際アイナが、いや絶対無理よ!? みたいな目を向けてきたが、試してみなければ分からないのでスルーした。
それに村に行くというのは当初の予定と合致している。
ダニエラの母を助けられるのかは分からないが、とりあえず行ってみることに問題はあるまい。
ただ、そうして村に向かっているはずなのだが、相変わらず周囲に広がっているのは荒野のみだ。
村など見当たらないどころか、そもそもこんなところに村を作れるとは思わないのだが――
「……む? いや、これは……」
「え、何よ? 何かあったの?」
「あったというか……まあ、すぐに分かるであろう。ふむ……それにしても、よもやこれほどのものがこんなところに……」
「だから一体何が――」
アイナが叫ぼうとした、その瞬間のことであった。
直前まで確かに荒野でしかなかった周囲が、唐突に一面の緑へと変わったのである。
「……へ?」
あまりのことに驚いてか、アイナは間抜けな声を漏らしていたが、実のところソーマも十分に驚いている。
一人だけ驚いていないダニエラが、少しだけ自慢気に道の先を指差した。
「わたし達の村は、この先をいったところに、あります」
「ふむ……結界があったのは分かっていたであるが、まさか中にこれほどまでの緑があるとは予想外だったのである。これはもう森と呼んでもおかしくないほどであるな……」
「えっと……わたしも詳しくは知らないんですが、昔この周辺は森ばかりだった、そうです。それで、その一部を結界で切り取ったのがわたし達の住んでいる村……って聞きました」
「……確かに今のは結界を通った感覚だったけど……あたしまったく気付かなかったわよ?」
「かなり高度な隠蔽が施されていたであるからな。我輩も村があると言われなければおそらく気付けなかったと思うのである」
皇城にあった隠し通路で使われていたものほどとは言わないが、あれより少し劣る程度の隠蔽能力はあるだろう。
この結界を張った術士はかなりの腕前だということだ。
そして同時に、そんな結界の中にあるという村は明らかにただの村ではあるまい。
しかしダニエラはそのことを分かっているのかいないのか、視線を向けても不思議そうに首を傾げるだけだ。
「……ま、行ってみればどういったところなのかは分かるであるか」
「……そうね」
小声でアイナとそんなことを話しながら先へと進むと、やがて不意に緑が途切れた。
途端に視界に広がるのは開けた場所であり、そこに幾つもの家々が立ち並んでいる。
「なるほどこれは確かに村……む?」
と、その村を眺めながら、ふとソーマは首を傾げた。
何やら見知った気配があるように感じられたからであり――
「……ん、ダニエラ戻った? ……よかった…………え?」
言葉と共に村の奥から姿を見せたのは、一人の少女であった。
ダニエラを迎えるためにやってきたのだろうその人物は、こちらの姿を見つけると驚きに目を見開く。
だがそれはこちらも同じだ。
金色の髪と瞳、特徴的な尖った耳。
その少女はエルフであり、何よりも知った顔である。
シーラであった。
「……え、シーラ?」
「……ソーマに、アイナ? ……何故?」
「それはこちらの台詞なのであるが……ふむ」
ただの村でないことなど分かってはいたが、思った以上に何かがあるのかもしれない。
相変わらず表情が乏しいながら、それでも驚いているとはっきり分かるシーラの顔を眺めながら、ソーマは一つ息を吐き出すのであった。




