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幕間 消えた一つと交わらぬ二つ

 ベリタス王国王都、その玉座の間。

 本来であれば王がいるべき場所であるが、使われなくなって久しいその場は妙な静けさに満ちていた。


 どことなく朽ち果てつつあるようにも見えるのは、もう五年以上もの間誰一人として寄り付いていないからだろう。

 王がここで暗殺されたこともそうだが、その暗殺犯が見つかっていないこと。

 何よりも、それ以来王の冠を継いだ人物が現れていないことがその理由だ。


 しかし、誰も訪れるはずのない場所に、不意に人影が浮かび上がった。

 まるで空間に染み出るようにして現れたのは、一人の女だ。


 ……否、果たしてそれを女と呼んでいいのかは分からない。

 その顔も、体型も、明らかに女のものではあるのだが……その背に、人では有り得ないものが存在していたからだ。


 確かに妖魔種には、魔物のような外見を持つ者もいるが、妖魔種には妖魔種である程度の定型がある。

 そこから外れた者は存在しえぬはずであり……ゆえに、真っ白なその髪と同じ色を持つ鳥のような翼を持つ人類などが、いるはずもないのだ。


 と。


「――おや、今日はどうしたんですか? 今日は会合の日ではないはずですが……いえ、そもそもの話、念話でなく直接来るなど、何かあったんですか?」


 その声もまた、唐突にその場に響いた。

 声からすると十歳前後の少年といったところではあるが、その場には他に人影がない。


 が、直後に先ほどと同じように、空間へと染み出るようにして新たな人影がその場に現れる。

 そしてそれは声から推測出来た通りの、十歳前後の少年であった。


 ただし、年齢にはまるでそぐわないその表情と瞳に宿った知性を別とすれば、だが。


「ところで、貴女はまだその姿を使っているんですか? 天使、でしたっけ? 正直僕達には合わないと思うんですが……」


 女からの返答はないが、構わないとでも言いたげに少年は一方的に言葉を続ける。


 しかしそこからさらに言葉を重ねようとしたところで、女の口が開いた。


「……姿など、所詮は仮のものですから」

「仮ならやっぱり何でもいいと思うんですけど?」

「仮だからこそ、相応しくはなくとも、相応しくありたい姿でいた方がいいと思っているんです」

「はぁ……相変わらず真面目ですねえ、貴女は。まあそれはいいんですが、それで結局どうしてここに来たんですか? まさか遊びに、というわけじゃありませんよね?」


 こくり、と頷かれた動作に、少年はこてりと首を傾げる。

 それから、んー、と人差し指を顎に当てながら、すっとその目を細めた。


「……もしかして、失敗したんですか?」

「……はい。最後まで見届けることはありませんでしたが、おそらく失敗してしまったのでしょう。僅かに感じられた彼女との繋がりがもう感じられませんし」

「そうですかー……まあでも、仕方ないんじゃないですか? 魔王を呼んじゃったんですよね? なら失敗して当然ですよ」


 それは慰めであったのか、あるいは本心からのものか。

 現れてからずっと笑みを浮かべ続けている少年の本心は、女であっても見通せない。


 白い髪に、赤い瞳。

 構成する要素は自分と同じなのに、人懐っこくも、どことなく底が見通せない笑みを眺めながら、女は息を一つ吐き出す。

 そして。


「……そうですか」

「はい、そうです。あ、ところで、一つ言ってもいいですか? 実はずっと言いたかったことがあったんですが、中々機会がなかったせいで言えなくて」

「……ええ、構いませんけれど」

「そうですか、では失礼して」


 そんな言葉と共に、少年から一層の笑みを向けられ――


「――貴女はずっと勘違いしていましたけど、ここって実は僕の担当区じゃないんですよね」


 どんっ、と女が胸に衝撃を受けたのは、直後のことであった。


 言葉に衝撃を受けたのではない。

 文字通りの意味で衝撃を感じたのであり……反射的に女が自分の胸を見下ろすと、そこには何か、腕のようなものが生えていた。


 ……いや、ような、ではなく、それは腕そのものだ。


 気がつけば、女の後ろには白髪赤瞳の青年が立っていた。

 そして女の胸に突き立っている腕は、青年のものである。


「お前は相変わらず色々な意味で甘いな。だからこうして不意を打たれ、呆気なく終わる」

「っ……どう、して、ですか?」

「それはどういう意味でだ? 私がここにいる理由ならば、今そいつが言った通りだ。ここは私の担当区だからな」


 青年の言葉に女が目を見開き、必死にその場から離れようともがくが、逃げられない。

 胸を貫かれたままじたばたともがく姿は、まるで縫い止められた虫のようであった。


「そしてお前をこうして害すことが出来ている理由は、私が既に顕現しているからだ」

「っ……ま、まだ、権能は取り出されきっては、いない、はず、では?」

「そうだな、あの神が余計な真似をしているせいでな。だが忘れたのか? 私達が顕現するだけならば、権能を取り出しきる前の力の一部を使うだけでも可能だ」

「それ、では……力、を」

「ああ、完全な力を発揮することは出来ないな。だが、必要ないだろう? こうして、お前達から奪えばいいだけなんだからな」

「っ……!? あ――」

「すまないが、これ以上余計なことを喋っているほど私は暇ではない。ではな、さらばだ」


 言った瞬間のことであった。


 女の身体が膨れ上がったかと思えば、そのまま弾け飛んだのだ。

 ただし血の一滴も周囲に飛び散ることはなく、どころか、弾け飛んだものも、まるで逆再生されるように元の場所へと戻り……そのまま、青年の身体へと吸収されていった。


 何かを確かめるように、青年は数度拳を開閉し……ふと、見られていることに気付き、視線を向ける。


「どうした? 何か言いたいことでもあるのか?」

「いえ、ありませんよ? 彼女を嵌めたのは僕も同じですからね。ただ、相変わらず容赦ないなと思っただけです。もう少し喋らせてあげてもよかったのでは?」

「必要ない。恨み言など、聞くのも口にするのも無駄なだけだ」

「そうですかー」


 それで納得したのか少年は黙り、だが代わりとばかりに青年が口を開く。


「……正直に言えば、私はお前の方が意外だ」

「え、何でですか?」

「方針で言えば、あいつとお前は似通っている部分がある。お前はどちらかと思えばあいつと協力するかと思っていたがな」

「ああ……それは完全な勘違いですかね。僕は彼女ほど理想を追ってはいませんから。可能な限り多くの人が満足したまま滅びを迎えられるようになんて……仮に実現出来たとしても時間がかかりすぎるに決まってるじゃないですか。それでは本末転倒ですよ」

「……そうか。すまなかった」

「いえ、気にしていませんから。そんなことよりも、僕が今気になっているのは、彼女がどうして失敗したのか、というところですね。彼女にはああ言いましたが、彼女は基本的に慎重に事を進めるタイプです。こちらとしては、だからこそ早々に脱落してくれたのはありがたいんですが、彼女が失敗したばかりかこんなところに逃げてくるほどに追い込まれたなんてちょっと信じられないんです」

「……確かにな。少し待て、探ってみよう」


 そう言うと青年は目を瞑り、ジッとその場で立ち尽くしだした。

 ピクリとも動かない青年を少年もただ見つめ……やがて青年がゆっくりと目を開けていく。


 そしてその顔にあったのは、納得の色であった。


「何か分かったみたいですね?」

「そうだな……あいつはやはり、俺達の知ってるあいつだった」

「では何故失敗した上で敗走を?」

「あいつは慎重に慎重を重ねた上で準備を進めていた。だがそんな時、依代とする予定だった人物が魔王を呼び出してしまった」

「ええ、そこまでは聞きました。あの時は彼女も相当焦っていたようですが……まあそれは焦りますよね」


 何せ唐突に自分のすぐ傍に魔王がやってくるのだ。

 そんなことになったら少年だって焦るだろう。


「だが実のところ、そこの時点では問題はなかった。慎重に事を進めていたおかげだな。あいつの存在が露見することはなかった」

「その辺はやはりさすがですよね。……あれ? でもじゃあ何で失敗したんですか?」

「魔王を気にしすぎたからだ。本来いるはずのない存在だからな。そのせいであいつは必要以上に焦り、それまでの慎重が何だったのかと思うぐらい雑になった」

「あー……そういえば彼女って、突発的なことに弱かったですねえ。それで、ですか……」

「実際のところ、こちらが予想していた以上に魔王が強大だった、ということもあるようだが……基本的にはあいつの自滅ではあるな」

「そうですか……ちなみにですが、同じ状況でしたら貴方だったらどうしていました?」

「ふむ……そうだな……」


 その状況を想像しているのか、虚空を眺めながら青年が目を細めた。

 しばしそのままでジッとしていたものの、納得がいく想像が出来たのか、一つ頷くと少年へと視線を戻す。


「最終的にどうなっていたのかはさすがに分からんが、失敗するにしてももっとずっと後だったはずだ。結局のところあいつは魔王を意識しすぎた。どれだけ強大な力を持っていようとも、所詮魔王は一人だ。無視して淡々と進めていけば、もっとマシな結果にはなっただろう」

「なるほど……ありがとうございます。参考になりました」

「なに、気にするな。お前のおかげで私は楽にあいつを吸収する事が出来たんだからな。それにお前は私の協力者でもある……少なくとも今は、な」

「そうですね」


 にこやかな笑みを浮かべる少年と、にこりともしない青年が視線を交し合う。


 だが不毛だということに気付いたのか、先に青年が視線を外すと、そのまま少年に背を向け歩き出した。


「ここでやるべきことは終わった。俺はここらで失礼させてもらう」

「はい、それじゃあまたー」


 そのまま途中で、空気に溶けるように青年の姿が消え、そんな光景を眺めていた少年が、ぐっと一つ身体を伸ばす。

 そして。


「さて、それじゃあ僕も行きますか。彼はここで頑張ってるみたいですが……僕も僕でやることがありますからね。まあ、もっとも――」


 ――最後に勝つのは、僕ですが。


 そんな言葉を残し、少年もまたその場から姿を消すのであった。

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