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元最強、怒る

 傷つき倒れているアイナの姿を眺めながら、ソーマは目を細めた。

 そこに感じるのは、怒りと不甲斐なさだ。

 もう少し早く来ることは出来なかったのかと、そういうものであり……だが今はそんなことよりも先に、やるべきことがある。


「さて、とりあえずここを出る前にアイナの治療をしておく必要がありそうであるが、アイナは治癒魔法って使えたであるか?」

「……いえ、使え、ないわ」

「ふむ……」


 ざっと眺めた限り、アイナには外傷らしい外傷はほぼない。

 唯一右腕だけが踏みにじられたことによって傷ついているが、その程度では致命傷にはほど遠いだろう。


 だがあくまでもそれは、外から見た場合の話だ。

 さすがのソーマも人の内側を見ることは出来ないが、それを含めてどれぐらい傷ついているか、というぐらいならば分かる。


 そしてアイナの状態は、間違いなく致命傷を負った状態であった。

 おそらく身体の内側では、全身の骨が折れ幾つもの内臓が破裂しているに違いない。


 このまま放っておけば一時間も経たずに死に至るだろうし、迂闊に移動させてしまうのも危険だ。

 そもそもこの周辺にはあの村しか人の住んでいる場所はないらしく、運び込もうとしたところで間に合うことはないだろう。


 そこまで考えたところで、ソーマは結論を出した。

 最初からそれしかなかった気もするが、仕方がないかと溜息を吐き出す。


「まあ、これ以外に方法はないであるか」

「……そう、ね。うん、あたしのこと、は、気にしないで、いいわ。それ、より、リナ、さんを。……あり、がとう。助けに、来てくれ、て。それだけ、で、あたしは――」

「何を言っているのかはよく分からんであるが、まあ礼は後でいいからとりあえずジッとしてるのである。動かれると手元が狂うであるしな」

「……え? なに、を――」


 言葉は最後まで聞かなかった。

 意識はただ手元に。

 握っている棒を振り上げると、そのままアイナの身体に向けて振り下ろした。


 ――剣の理・龍神の加護・絶対切断・見識の才:我流・模倣・秘剣 慈愛の太刀。


「……っ」


 瞬間、全身の力を一気に持っていかれたのを感じる。

 その場に膝を着きそうになるのを堪え、代わりとばかりに息を吐き出す。


「……ふぅ。さすがに二回目は辛いであるが、まあ我輩が疲れるぐらいで済むならば安いものであるか。さて、というわけで、身体の調子はどうである? 多分完全に治ったとは思うのであるが」

「…………え?」


 呆然とした様子のアイナに、ソーマは眉をひそめた。

 もしかして何か失敗しただろうかと、そう思ったからだ。


 そもそもこれを振るった機会は、そう多くはないのである。

 その上、先ほどのリナも含め、その大半は外傷に対してのものであった。


 アイナの右腕は綺麗になっていることから、そっちに関しては問題ないようだが、内部に対してとなると正直あまり自信はないのだ。

 それでも傷に限って言えば、一先ず完治しているとは思うものの――


「あ、あれ? 嘘……本当に、治って……?」

「ふむ……どうやら問題なさそうであるな」


 呆然としながら自分の身体を触り、ゆっくりと立ち上がるアイナの姿に、安堵の息を吐き出す。

 見たところ問題なさそうだし、これで一安心だろう。


 だがソーマがそんなことを考えていると、直後に何故かアイナから睨みつけられた。


「ちょっと……今のどういうことよ?」

「ふむ? どういうことと言われても見たままだと思うのであるが……」

「見たままって……あたしに分かったのは、あんたに斬られたってことだけなんだけど?」

「まあ使ったのは剣技であるしな」


 秘剣 慈愛の太刀。


 とある流派の秘奥の一つであり、その刃は人を傷つけるのではなく、人を癒すために用いられる。

 まあとはいえ、実はソーマもその原理を詳しく理解しているわけではない。

 一度自分に使われたことがあり、その時感覚的に理解したことで使えるようになったものだからだ。


 一応原理は聞いたし、自身の生命力を譲渡し、それを癒しの力と化すことで傷を癒す、ということらしいが、どうしてそんなことが出来るのか、という部分に関してはやはり感覚的なものなのである。

 とりあえずはっきりと分かっていることは、そのせいで使うと物凄く疲れるということぐらいだ。


「……何よそれ。本当に、相変わらず出鱈目ね。まあおかげで助かったけど――って、あ!」

「うん? どうしたであるか?」

「どうしたかじゃないわよ! そうよ、だからあたしなんかじゃなくて、リナさんを! リナさんも、凄い傷が……!」

「いやだから、リナは先に治したであるよ?」

「……え?」


 そう、先ほど言った通りである。

 リナは一刻も早く治療しなければならない状況だったため、仕方なくそちらを優先したのだ。


 そのせいで耳障りな雑音を聞いてしまったし、アイナを助けるのが少しだけ遅くなってしまった。

 そういうことなのである。


「そ、そう……なら、よかったわ」

「……個人的には、あまりよくないのであるがな」

「え、なんでよ?」

「助けると言っておきながら、結果的にアイナを後回しにしてしまったであるからな。不甲斐ないことになってしまって、本当に申し訳なかったのである」

「ちょっ、ちょっと、別に謝る必要なんてないわよ! リナさんが危なかったっていうんなら、リナさんを優先するのは当然だし……そ、それに、助けてくれたことに、変わりはないでしょっ。な、なら……それだけで、十分よ」

「むぅ……だが我輩としては……」

「だ、だからいいってば! そ、それより、さっさとここ出ましょ。こんなところにこれ以上長居したくないし」

「ふむ、それには賛成なのであるが……生憎とまだ無理なようなのである」

「……え?」


 アイナが疑問の声を漏らしたのと、それが姿を現したのは、果たしてどちらが先であったか。


 だがどちらが先であろうと関係なく、ただソーマは無造作に腕を振るった。


 ――剣の理・神殺し・龍殺し・龍神の加護・絶対切断・万魔の剣・見識の才:我流・模倣・斬魔の太刀。


 直後にそれ――眼前にまで迫っていた炎は跡形もなく消え失せ、溜息を吐き出す。


「まったく……しつこい男は嫌われるであるぞ?」

「別に誰に嫌われようとも、私としては構いませんので。そんなことよりも、それらを連れ去られては困るのですよ。大事な大事な、魔王様への生贄ですので」

「アルベルト……嘘、無傷……?」

「いや、手応えはあったから、多分回復したのであろう」

「ええ、その通りです。どうやら、楽しみに没頭するあまり気を抜いてしまっていたようですね。まさかこんな無様な姿を晒してしまうとは思ってもいませんでしたよ」


 そんなことを言いながら、壁に出来た大穴から出てきた男――アルベルトいう名であるらしいそれは、ゆっくりと歩を進めてきた。


 もっとも、先の炎からしても明らかであったが、言葉遣いとは裏腹にその目は十分過ぎるほどの殺意に満ちている。

 言い訳のような言葉を並べているのも、プライドが傷つけられたからだろう。


「先ほどの言動からして明白ではあったが、まあ見事なまでにくだらない男であるな。大人しく寝ていれば、せめてもの情けとして放っておいてやったのであるが」

「ほぅ……? あなたが、私を見逃すつもりであった、と? なるほどなるほど……ははは――調子に乗るなよクソガキ!」


 男が叫んだ瞬間、ソーマの周囲が一瞬で炎に包まれた。

 しかしソーマは特にそれに焦ることなく、一面の赤を眺めると、ふむと頷く。


「ソ、ソーマ……!?」

「はっ、ったく……これだからガキは嫌いなんですよ。身の程を知らず、すぐ調子に乗る。これで少しは分かったでしょう? まあもっとも、死んでしまえば何の意味も――」


 ――剣の理・神殺し・龍殺し・龍神の加護・絶対切断・万魔の剣・見識の才:我流・模倣・斬魔の太刀 弐式。


 そしてグダグダと煩かったので、瞬時に斬り裂き、消し飛ばした。


「っ、なっ……!? 馬鹿な……!? 詠唱破棄したとはいえ、私の魔法の中で最も完成度の高い一つであるあれを、簡単に……!?」

「何やら身の程とか言っていたであるが、生憎と我輩は十分知っているのである。むしろそれを知らないのは、貴様の方であろう? どれだけ実力差があるのかということすらも、分かっていないようであるしな」

「っ、ぐっ、ぎっ……!」

「まあ折角であるし、我輩が教えてやるのである。もっとも、どうせ無意味であろうがな。貴様がたった今口にしたように」

「き、貴様……! 我が魔法を偶然退けられたからといって、調子に乗るなよ……!」

「ふん……だから、調子に乗っているのは貴様であろうに」


 目を細め男を見つめながら、ソーマはふとそれに気付くとしゃがみこんだ。

 そのままそこに転がっていたそれ――ちょうどいい長さの鉄の棒を拾う。


 正直に言ってしまえば、そんなものを使う必要はない。

 目の前の者が何者かなどは知らないが、それ相手であれば木の棒ですら勿体無いほどだろう。


 普段のソーマであれば、それは絶対にしないことだ。

 先ほど見逃すといったのも、あれは本音なのである。

 ソーマには、弱いものいじめをする趣味はないのだ。


 だが一度慈悲を与え、それを払いのけたというのであれば、もう容赦はしない。

 するつもりが起こらない。


 そう、ソーマは、これ以上ないほどに、怒っていたのだ。

 妹と友人を傷つけられたことで、ソーマは心の底から、怒っている。

 許すつもりなど、微塵もなかった。


「まあ何、我輩も鬼ではないのでな。後悔と絶望をたっぷりと味わう時間ぐらいはくれてやるのである。心から喜びながら――死ね」

「クソガキが……! いいだろう、この私を――魔天将が第四席、死天のアルベルトを侮ったこと、絶望の中で後悔しながら死ぬがいい……!」


 それ以上の言葉は必要なく、殺意は十分。

 その意思を込めるように、両腕を握り締め。

 一足飛びに、ソーマは男へ向かって踏み込んだ。

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