元最強、兵達へと訓練を行う
ソーマに訓練の依頼が来た理由は、割とすぐに判明することになった。
兵達の練度自体は、教育同様問題のないレベルだ。
さすが大国の兵と言うべきか、新兵ですら既に一人前に近い実力を持っている。
だが優秀すぎるところが仇となった、と言うべきかもしれない。
彼らは確かな訓練によって鍛え上げ実力を伸ばしていってはいたし、質量ともにこの世界の兵達の中では最上位の一角ではあっただろう。
しかし、おそらく実際に戦えば、ラディウスにすら敵うまい。
あそこは七天が二人いるとか、スキルを基準にしているために兵達の地力の差が違うとか、そういったところもありはするものの、それでも本来ならば皇国の方が上のはずなのだ。
少なくともソーマはそう感じたし、それは客観的な事実でもある。
戦えばラディウスが勝つということも、戦力的な意味では皇国の方が圧倒的に上だということも、だ。
端的に結論を言ってしまうのであれば、それは皇国の兵達の実戦経験のなさが原因であった。
互いを訓練相手としての訓練は積んだのだろうし、魔物相手の実戦も経験済みではある。
だが国家として戦うのであれば最も大切なはずである、人と本気で戦うということを、彼らは経験してはいないのだ。
これは皇国が皇国であるが故の欠点であっただろう。
要するに、誰も皇国などとは小競り合いすらもしたくなかったのである。
その点ラディウスは、半ば茶番ではあったとしても、毎日のようにベリタスと戦争を続けていた経験があるのだ。
それももう五年以上は昔のことにはなるが、皇国はそれ以上、おそらくは百年単位で他国と戦った事がない。
机上での知識はあっても実際に戦った事がないというのは、相当のハンデとなることであった。
そしてソーマに求められているのは、その不足分を埋めるということである。
無論厳密に言えばこれは不可能だ。
全ての兵を相手に戦うことは容易ではあるものの、あくまでもソーマは一人なのである。
軍団を相手にするのとは勝手が違いすぎた。
とはいえ、それでもやらないよりは遥かにマシなはずだ。
軍として動くということを実際に経験出来るということは、間違いなく糧となるはずであり――
「……あたしとしては、糧になる分よりも自信がなくなる分の方が上な気がしてならないんだけど?」
「む? 何故である?」
「何故も何も……一人相手に文字通りの意味で全滅しちゃったら、自信なんて持てるわけがないじゃないの」
呆れたようにアイナに溜息を吐き出されたが、ソーマとしては肩をすくめるしかない。
確かに目の前に広がっているのは死屍累々といった有様ではあるが、かといって手加減しては訓練にはならないのだ。
ならばここから立ち上がるのは各人に任せるしかあるまい。
なに、実際思った以上に粘られたし、思った以上の練度に質ではあったのだ。
そこのところはしっかり自信を持ってもらいたいものである。
「……掠り傷一つ負ってない人物に自信持てとか言われても、追い討ちにしか聞こえないわよ?」
「失敬であるな。間違いなく本心からの言葉であるぞ? というか、我輩肉体的には一般人であるし。下手に攻撃食らったらこっちが大変なことになるのであるぞ?」
「そういうのはせめて大変な事になってから言いなさいよ。あんたがその大変なことになったの見たことないんだけど?」
「そりゃまあ大変なことになったらその時点でおしまいであるしな。我輩がここにいるわけもないであるし、当然のことであろう?」
「それを当然と言えるのはあんただけよ……」
と、まあそんな一幕があったりもしたのだが、結論から言ってしまえば、やはり彼らは皇国の兵達だったというべきか。
しっかりと全員立ち上がり、その後三度同じ目に遭わせても何クソと立ち上がってきた。
素晴らしい精神である。
「鬼かあんたは」
その頃には兵達はアイナから憐憫の目すら向けられるようになってはいたが、着実に訓練の成果は出ていた。
その後の訓練で目に見えて動きが変わっていたのだ。
いつも通りの訓練だという話だが、軍として動いた経験からそれぞれの訓練にどんな意味があり、またどんな動きを意識すべきかということをしっかり認識出来たからだろう。
一段階上の質の訓練を行う事が出来るようになったようである。
ただ、若干訓練中の事故が増えたという話もあったものの、それはきっと目的のズレが原因で生じたものだ。
各人で想定していた状況が異なったため、動きに違いが発生してしまった、というわけである。
だがそれも、訓練をさらに積めば解消されるはずだ。
とりあえずソーマとしても最低限の役目は果たせ一安心……となるはずだったのだが、何故かそこで終わらなかった。
次の日以降もソーマが訓練をつけることとなったのだ。
何でも兵達から希望が殺到したのだという。
ソーマ自身としては正直そんな大したことはしていないと思っているのだが、頼まれたのであれば否やはない。
何だかんだで楽しくはあったし、訓練にかかりきりになり、兵達と対して交流する事があまり出来なかったからでもある。
ともあれそんなこんなで、その日以降もソーマが皇国の兵達を鍛えることとなったわけだが――
「ふむ……何とも言えんであるな」
唐突に結論を呟いてみせたソーマに向けて、アイナが疑問の視線を向けてきた。
兵達が訓練をしているのを眺めながら、一体何を言い出したのかと思っているのだろう。
しかしソーマの中ではちゃんと繋がっているというか、最初から変わってはいない。
「皇帝の理由に関して、である」
「ああ……そういえばそうだったわね。あまりにあんたが普通に兵達の訓練してるから忘れてたのかと思ってたわよ」
「失敬であるな。むしろそのためにこそ、だったのであるぞ?」
結局兵達が最も本音を見せる場はどこかと言えば、それは訓練の中でとなるのだ。
思考が最適化されている中では、本音を取り繕うという余分が介入する余地はない。
彼らに訓練をつけ、その様子を眺めているのが、観察へと繋がるのである。
そうして得られた結論が、先ほどのものだった、というわけであり――
「まあ、戦闘を行う者達であることを考えれば当然と言えば当然なのではあるが、彼らの思考は基本的に平坦であり、平均的なのである。中立、と言ってもいいかもしれんであるがな」
と、そんなことを話していると、視界の端に見知った姿を捉えた。
こちらに向かって歩いてきているのは、優男風の人物。
以前食堂でも軽く話をした、近衛の隊長だという男であった。
近衛ではあるものの、兵であることに変わりはないためか、この男も訓練に参加しているのだ。
というか、それどころかここの兵達の纏め役すらやっているのだが……そういう理由もあって、この男が何の用もなしにやってくるということはない。
何かあった、ということなのだろう。
「どうかしたのであるか?」
「ああ。ちょっと新兵同士でやり合わせていたら、興奮しすぎてやりすぎたらしくてな。治療がてら一言言ってやってくれないか?」
「了解なのである」
頷き、アイナへと視線を向ければ、分かっているとでも言いたげに頷き返された。
何か特別な意味があってのものではなく、単に留守番は任せたという意のものだ。
同じ中庭にいるとはいえ、何せここは広い。
ソーマがいない時に誰かがやってくる可能性もあるため、そういった役目も必要なのだ。
ともあれ、そうしてその場にアイナを残し、ソーマはそのやらかしたという現場まで歩き出した。
道中訓練を続ける兵達の様子を眺めながら、一つ息を吐き出す。
「それにしても、今やっていることもそうなのであるが、治療はともかく一言に関しては汝らがやった方がいい気がするのであるが?」
「いや、そんなことはないさ。何せ教官殿の一言だ。誰が言って聞かせるよりも効果がある」
「我輩はこの国の人間ではないのに、であるか?」
敢えて口にしたことはないが、皆何となく察しているだろう。
そもそも、仮にこの国の人間であったとしても、所詮は見ず知らずの人間だ。
教育によって侮ったりしないように躾けられているとはいっても、積み重ねられた信頼がない。
そういったものが既にある、たとえばこの男が言った方が効果があるような気もするのだが――
「なに、どの国だって兵は所詮兵だってことさ。そして兵にとって何よりも重要なのは、結局力だ。それを見せ付けられたあんたの言葉を蔑ろにする間抜けは、ここにはいない」
「ふむ……そうであるか」
そんなものだろうかと思いつつも、ソーマは正直何とも言えない気分であった。
確かにこの場の誰よりも強い自信はあるし、実際にねじ伏せたものの、所詮ソーマの剣術はどこまでいっても独学なのである。
誰かに師事したこともなければ、指南書などといった類のものを読んだこともない。
独自に学んだと言えば聞こえはいいが、言ってしまえば見よう見まねであり、勝手に盗んだだけのことなのだ。
実戦経験を体験させるというのならばともかく、普通の訓練に関しては教えられるようなことはなく、ゆえに訓練をするとは言っても、ソーマがしていたのは主に自分と戦わせるということだけであった。
しかもそればかりをやらせるわけにもいかないため、大半の時間は以前までの通りに訓練を行わせ、ソーマは何となくそれを眺めているだけなのである。
そんな者の言葉が果たしてどれだけの意味があるのだろうか、というのがソーマの本音なのであった。
無論、口を出そうと思えば出せなくもないのだが、言ったようにソーマは基本的には独力で自身の剣術を積み上げていったのだ。
ぶっちゃけ剣術をしっかり習った者にしてみれば邪道的な動きもよくするし、噛みあわないことも多いだろう。
実際ソーマの剣術は、あまりにも色々なものを取り込みすぎて、本来は剣術には該当しないものも含まれている。
そのうちの一つでやらかしたという兵達の治療を行っていると、近衛の男に感心したように呟かれた。
「それにしても、本当にあんたって色んなことが出来るよな。実は魔導士なんじゃないのか?」
「…………そうだったらどれほどよかったであろうか」
「お、おぅ……なんか悪かったな」
あまりに真に迫った、心の底からの言葉であったからだろうか。
近衛の男が引きながらも謝罪してくるのに、別に構わないと肩をすくめる。
まあともあれ、こんなことも言われるようなものが、ソーマの扱う剣術なのだ。
大した助言をすることなど出来るわけもなく、だが頼まれた以上はやらないわけにもいくまい。
思いついたものを適当にそれっぽく、やらかしたという新兵達に告げてやった。
正直ありきたりな言葉ではあったが……しかしだからこそ、新兵達が顔を輝かせながら頭を下げてきたことに、ソーマは不可解そうに眉をひそめる。
気合を新たに、といった様子で去っていく新兵達の後姿を眺めながら、解せぬと呟いた。
「むぅ……既に誰かから似たような言葉を聞いていると思うのであるが……」
「だから言っただろ? 誰から言われたのか、ってのが重要なのさ」
そんなものなのだろうかと再度思い、首を傾げるも、実際その通りのことが起こっている以上はそういうことなのだろう。
この辺は独力でしかやってこなかったことの弊害だろうか、などと思っていると、ふと視線を感じた。
「どうかしたのであるか?」
「あー、いや……いや、変に燻らせるよりは聞いちまった方がいいか。気を悪くさせちまったら悪いんだが……あんたは、何でこんなことをしてるんだ?」
「ふむ……? 質問の意図がいまいち掴めないのであるが?」
「……それもそうか。あーっとだな……俺たちの訓練をしてくれってのは、皇帝からの頼みなんだろ?」
特に隠すようなことでもないだろうため、素直に頷く。
名前を口にすることすら嫌なのか、皇帝、という言葉を言った瞬間、男の顔が嫌悪に歪んだ様子は気になったものの、それに関しては後で構うまい。
「そうであるが?」
「それは何故だ? あの皇帝の頼みを受けたってこともそうだが、あんたならこんなところにいる必要はないはずだ。もっと好きなところにいけるんじゃないか?」
正直なところ、何を言いたいのかは分からなかった。
いや、あるいは男本人もよく分かっていないのかもしれない。
男の顔を眺める限り、そんなことを思った。
だから、ソーマも思った通りのことを口にする。
「ふむ……まあ、そうであるな。やろうと思えばどこにでも好きなところに行けるであろう。だが故にこそ、我輩はここにいるのである」
「……いたいからここにいる、ってことか?」
「厳密に言えばちと違うであるがな。我輩の目的、目指す先へと向かうため、多少迂遠ではあるものの、それが最終的には最善だと思うからこそこうしているのである」
「……最善の為に……こうするべきだって思ってるから、か?」
「そんなところであるな」
頷きつつ、男の様子に目を細める。
今の返答で何か得るところでもあったのか、ジッと何かを考えるような姿を見せているが……さて、今のやり取りに果たしてどんな意味があったのだろうか。
とはいえそれは男の中でだけ分かっていればいいことだろう。
それよりも――
「ところで、今のを答えた代わりに、というわけでもないのであるが、一つ聞いていいであるか?」
「ん? あ、ああ……構わないが……大したことは答えられないと思うぞ?」
「問題ないのである。元々大したことでもないであるしな」
「それならいいんだが……それで?」
「うむ、聞きたいこととは他でもない、皇帝に関してなのであるが……」
言った瞬間、男の顔が再び憎悪に歪んだ。
本当にどうしてここまで、とは思うものの、今回聞きたいことというのはそれではない。
かといって無関係というわけでもないが、直接的に聞くのでなければ多少話しやすいだろう。
「……皇帝がどうかしたのか?」
「我輩もそれほど知らないのであるが、皇帝は民や文官達の間で人気があるというか、好意的に見られているであろう?」
「……ああ、そうだな」
忌々しいことに、という言葉が聞こえてきそうな顔をしているが、とりあえず無視だ。
聞きたいこととは、その先のことだからである。
「それで、武官の方は逆に嫌っているようなのであるが……どうやら一般の兵達はそうでもなさそうであろう? それはどうしてなのかと思ったのである」
そこで男の顔に憎悪以外の感情が見えたのは、さすがに聞いた事がアレだったからだろうか。
憎悪が消えるほどのことではなかったものの、そこには苦笑が浮かんでいた。
「……随分踏み込んだ質問だな」
「我輩もそうは思うのであるが、問題がありそうならば答えられんだけであろう?」
「そのせいであんた達の身に危険が及んだら、とかは考えなかったのか?」
「ふむ、我輩達の身に、であるか? まあ、そうであるな――出来るのならばやってみるがいいである、というのが我輩の答えになるであるが?」
そこで男が苦笑を深めたのは、それが強がりでも何でもないと分かっているからに違いない。
実際ソーマはそれが可能なのだ。
そして踏み込んだ質問だと理解していながらも尋ねたのは、それを相手が理解しているということを分かっているからである。
これならば不用意なことは起こり得ず、そこまでを理解している男はそのまま肩をすくめた。
「……ま、とはいえ実際のところそう難しい話でもない。兵達ってのは、やっぱり戦うのが役目だからな。なら上がどんなことを考えていようと、やっていようと、関係はないってわけだ」
「なるほど……そういうことであるか」
頷いたのは実際に色々な意味で納得したからであった。
兵達の様子は、武官達のようでなければ、また一般の民達のようでもなかったのだ。
皇帝を嫌ってはいないが、かといって好意的に見ているわけでもない。
言ってしまえば、彼らは皇帝のことをどうとも思っていないようであったのだ。
全てがそうではなく、好意的な者もいれば嫌悪を抱いている者もいるようではあるものの、やはりそれは少数なのである。
そしてこの辺が、ソーマが彼らのことを中立と言った所以であった。
「ふむ……となると、汝らの場合は関係あるが故に、ということであるか?」
「……俺たちも戦うことに違いはないが、こいつらの命は俺達が預かってるも同然なわけだからな。ただ戦えばいいってわけにはいかないさ」
つまりは、彼らがそんな態度を取る理由は、皇帝が考えている、あるいはやっていることが理由だということか。
逆に、文官達が好意的なのもそれが理由なのかもしれない。
とはいえ、さすがにそれを聞くのは、本当に踏み込みすぎだろう。
だが十分以上に参考にはなった。
次ソーマが考えるべきは、その『何か』というわけだ。
問題はそれをどうやって調べるか、ということだが……それはまた別で考えるしかあるまい。
「……俺が成りたかった兵ってのは、こんなんじゃなかったような気がするんだけどな。俺にはもっと大切な何かがあって……だから……」
それはきっと、ただの独り言だったのだろう。
視線を向けても反応はなく、唇を噛み締め俯いている姿には、不思議と憎悪はなかった。
代わりにあったのは苦悶であり、しかしソーマは何も言わずに背を向ける。
そこに何かを言うのもまた踏み込みすぎだと思ったからだ。
人間生きていれば色々あるのは当然ではある。
だがここにあるのは一体どんなものなのであろうか。
そんなことを考えながら、訓練を続ける兵達の姿を眺めつつ、ソーマは息を一つ吐き出すのであった。




