元最強、平和そうな街並みを眺める
朝食を終えた後、ソーマとアイナは人々の合間を縫うようにして皇都の街中を歩いていた。
逃げ回っているとかそういうことではなく、単純にそうしなければならないほどに人の数が多いのだ。
人が多いというのは昨日の時点で十分分かっていたことではあったが、どうやら昨日はヴィクトリアが一緒だったことで人々がそれとなく道を開けてくれていたようである。
さすがは世界で最も栄えていると言われている皇都といったところか。
「ねえ……本当によかったの?」
と、そうして歩きながら、周囲をきょろきょろと見回していたところ、不意にアイナからそう問われた。
何が、ということはわざわざ聞き返す必要もあるまい。
故にソーマも多くは語ることなく、ただ肩をすくめて返した。
「構わんのである。実際納得出来たであるしな」
――ヴィクトリアからの提案に対し、ソーマが告げた返答は肯定であった。
即ち、皇国に最低でも数日は滞在することを申し出たのだ。
そうするに至った理由は、そもそもヴィクトリアが何故そんなことを提案してきたのか、ということに関係している。
曰く、ソーマは皇国のことを何も知らないに等しい、と。
だから聖都の言い分を全て鵜呑みにしてしまい、皇国と戦争をするのも辞さない構えなのだと、要約してしまえばそんなことを言われたのだ。
そしてある意味でそれは事実である。
皇国について知っているのは全て誰かから聞いた話ばかりで、自分の目で見て知ったのは昨日と今日の分しかないのだ。
故に、そこまで言うのならばしばらく滞在してみても悪くないかもしれないと思った、というわけであった。
「……まあ確かに、あたしも知ってるのは伝え聞いたことばかりではあるけど。でも……この国がどんな国であれ、皇国が悪魔と手を組んでいることに違いはないんでしょ?」
「まあ、自分で明言していたであるしな。あるいは、皇国ではなく皇帝がと言うべきなのかもしれんであるが、大差はないであろうしな」
悪魔と手を組んでいるということは、つまり世界を滅ぼそうとしているということである。
それが本来の正しい世界の形だとか、そんなことはどうでもいいことだ。
結果的に世界を滅ぼそうとしているというのならば、それが全てである。
「とはいえ、普通に考えれば誰もが死にたくないと思うものであろう?」
「……まあ、そうでしょうね。でもそれが?」
「ということは、何かそうするに至った理由がある、ということにもなるわけであるよな?」
そこまで言ったところで、ソーマの言いたいことが理解できたのか、アイナは胡乱げな視線を向けてきた。
言葉にすれば、あんたまた変なこと考えてるんでしょ、といったところか。
「別に変なことは考えてないであるぞ?」
「まだ何も言ってないわよ。でも、変じゃないって言っても、あくまでもあんたの中ででは、でしょ?」
「さて……何のことか分からんであるな」
ジト目を向けてくるアイナに、肩をすくめる。
実際のところ本当に変なことを考えているわけではない。
そして答えは既に出した後だ。
そこまで言うのならばこの皇国にそう判断するに至った理由があるに違いないと思ったからこそ、ここに留まることを選んだのである。
「そもそも敵対する者を一方的に倒すだけでいいのであれば、最初から余計なことを考える必要もないわけであるしな」
それこそここで暴れまわるなり、皇帝の暗殺をするなり、どこかに潜んでいるのだろう悪魔を倒せばいいだけの話だ。
そのどれを選択することにしたって、可能であるという自負もある。
だがそれでは、意味がないだろう。
誰とだって話し合えば解決するなどと思っているわけではない。
それでも。
「争うことなく互いに理解し合い、妥協点を探ることが出来るのならば、それが一番であろう? 何よりもそれが可能ならば、すっきり終えることが出来そうであるがな」
出来るだけ早く終えることが出来るのならば、それに越したことはない。
しかしそのために後味の悪い終わりとなることは、望みたくはないのだ。
ソーマの原点は結局のところ憧れである。
そして憧れであるがために、それを目指すのであれば、恥じるような自分ではいたくないのだ。
「はぁ……まあいいわ。好きにやったらいいんじゃない? 何を言ったところでどうせあんたはそうするんだろうし……あたしはそれについていくしかないもの」
アイナのその言葉にソーマが口元を緩めたのは、その言い分は厳密に言えば間違いだからだ。
ヴィクトリアが求めたのはソーマの滞在であり、それを了承したのもソーマ自身である。
つまるところ、アイナは帰ろうと思えば帰れるのだ。
無論独力でということになるのだろうが、アイナは特級の魔導士なのである。
その程度のことが出来ないわけがあるまい。
だがアイナはそんな素振りを見せることすらなく、当然のようにソーマについてくることを選択したのだ。
そこに何も思わなかったとなれば嘘にしかならないだろう。
しかしアイナがそういったことを敢えて告げてこなかった以上は、ソーマも何かを言うべきではない。
故に心の中でのみ感謝を述べると、頷いた。
「うむ、そうするのである」
さて、そうして話の結論が出たところで、ソーマは改めてその場を見渡した。
視界に映るのは騒がしいほどに賑やかな光景であり、それは豊かさと繁栄の証だ。
皆がその幸せを享受しているのは、その顔を見るだけで十分だろう。
だがそれらを目にしても……いや、あるいはだからこそ、ソーマの顔は浮かないものであった。
その顔に気付いたのか、アイナも眉をひそめながら問いかけてくる。
「……で、好きにするってのに、早速そんな顔してどうしたのよ? 何か気になるものでもあったの?」
「ふむ……気になるものがあるというよりは、むしろ気になるものがないから、であるな」
「はぁ……?」
意味が分からない、とでも言いたげなアイナには応えず、そのままもう一度周囲を見渡す。
そこにある光景は、平和そのものだ。
無論、今は目立った何かが起こっていないだけで、問題が起こることもあるだろう。
もしくは、まだ見ていないどこかでは問題が起こっている真っ最中な可能性もある。
しかし、少なくとも今そこにあるのは幸せなのだ。
そしてそれは、昨日も同じであった。
「昨日の街中で……それと、今日の食堂でもであるな。皇帝は笑っていたのである。そしてそれは少なくとも、我輩の目には心の底からのものであるように見えたのである」
「……まあ、そうね。特に異論はないわ」
それで?とアイナが視線で先を促してくる。
ソーマはやはりすぐには応えず、笑みを浮かべている人々の姿を眺めながら、口を開いた。
「一体これの何が気に入らんのであろうな? 一体何故、世界を滅ぼそうなどと思ったのであろうな?」
生きようとするのに理由はいらない。
それが生物としての当たり前である以上、世界の存続を願うのにも理由が必要ではないのは道理だ。
無論、理由があって願うものもいるだろう。
ソーマなどはそのクチだ。
世界の滅びを望まないのは、極論自らの望みのためである。
だが、逆はない。
死のうとするには、必ず理由が必要なのだ。
一見なさそうに思えても、そこには何らかの理由がある。
ましてや、世界の滅亡だ。
そんなものを願うなど、果たしてどんな理由が存在しているというのか。
あるいはこれが、典型的な破滅願望持ちであったり、明らかな不幸を背負っているような人物だというのならば分かる。
しかしヴィクトリアは、大勢の民達から慕われ、その顔に幸せそうな笑みを浮かべていたのだ。
一部の者達からは嫌われてはいるようだが、昨日アイナも言った通り、万人から好かれているなどということは有り得まい。
つまり――
「……なるほど。確かに、彼女にはわざわざ世界を滅ぼそうとする理由がないわね。むしろ逆にすら思えるわ。……だから、気になった、ってこと?」
「これが理由に繋がりそう、などと思ったわけではないであるがな」
精々が、やはり何か理由がありそうだという、当たり前のことが分かっただけだ。
とはいえ、これが無関係ともまた言い切れないが。
「ん? 何でよ?」
「我輩にこの国のことをもっと知るよう言ってきたのは皇帝であるぞ? となれば、それによって我輩がなびいたりするような、そんな勝算がある、ということであろう?」
「……確かにそうね。ただ、正直あたしには平和そうな光景が広がってるだけにしか見えないけど……」
敵意を示されたことはないが、ここが敵地であることに違いはないのだ。
警戒してしすぎるということはない。
ただ、罠などではなく、もしも本当にそんな何かがあったらどうなるかは分からないが……その時はその時だ。
その時に考えるしかあるまい。
ともあれ。
「さて……これからどうするであるかな」
平和そうな光景をアイナと二人で眺めながら、そんなことを呟きつつ、ソーマは一つ息を吐き出したのであった。
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今回も全体的に加筆修正して読みやすくなっていると思いますし、合計で確か五万時程度は書き下ろしたはずですので、是非手に取っていただけましたら幸いです。
また、同じく11月30日(金)に、コミカライズ版の第一巻も同時に発売します。
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