元最強、皇帝から提案を受ける
皇城には食堂があり、皇帝であるヴィクトリアもまたそこで食事を取っているのだという話を聞いた時には、正直本当かと疑ったものであった。
聖都もある意味ではそうではあったが、彼女達は他の者達にはばれないように気を使いながら利用していたのだ。
しかしヴィクトリアはひっそりと食事をしているどころか、普通に城で働いている者達と共に食べているというのだから、信じられないのも当然ではあった。
だが。
「ふむ……本当だったようであるな」
「みたいね。しかも、何処かで見たような光景だし」
「うむ。まあ、これならば問題なく共に食事を取ることも可能である、か……?」
そんなことを言い合いながら、アイナと共に食事を取りつつ、眼前の光景に首を傾げる。
特別に作らせたという食事は確かに美味しくはあったのだが、それよりもこの光景の方が気になるという感じだ。
そう、食堂にやってきた者の多くが笑みを浮かべ、ヴィクトリアと接し、喜んで一緒に食事を取っている状況が、である。
アイナが何処かで見た光景というのも当然で、それは昨日街中で見たのと似たような状況であった。
朝の食堂、それも皇城のともなれば誰もが利用できるわけではあるまい。
実際ざっと眺めた限りでは、どうやらここにいるのは大半が城で働いている文官達のようだ。
しかも漏れ聞こえてくる話から推測するに、彼らはわざわざヴィクトリアと食事をするためにここへとやってきているようである。
とはいえ、普通ならば単に持ち上げているだけと考えてるところだが……彼らの表情を見る限りでは本心からのものであるようにも思えた。
常識的に考えれば上司、しかも国のトップとの食事など必要な状況でもなければ避けたいものだ。
しかしこの様子では、確かにヴィクトリアがここで食事を取っても問題はない……どころか、彼らもそれを望んでいるようですらあった。
即ち、ここから導き出される結論としては――
「ふむ……皇帝は大人気、といったところであるか?」
「言い方はアレだけど、でもそういうことになるのよね……。確かに昨日もそんな感じではあったけど……」
そう言いながらも、アイナが何処となく戸惑った風であったのは、単純に予想外のことだったからだろう。
正直なところ、ソーマも同感であった。
そんな話は一度も聞いたことがなかったからだ。
「まあ、国のトップに人気があろうとなかろうと関係ない話と言えばその通りなのではあるが……」
「とはいえ、正直正反対の状況を想像していたわよね……」
人気に関して言及はなかったが、性格に関してはあったのだ。
そこから想定された状況と今の状況とが、いまいち一致しない。
いや、それを言ってしまえば、聞いていた性格からして現状違うという状況なのだが。
「うーむ、相手が皇国ということを考えれば、誤った情報を集めていた、ということも考えづらいであるしなぁ」
「勿論そういったものもあったでしょうけど、確証を得られなければあの人達は話さないでしょうしね」
どういうことなのだろうかと二人して首を捻るも、当然のように答えが見つかることはない。
笑みの中にいて、自身も笑みを浮かべているヴィクトリアの姿に目を細める。
とりあえず分かることは、今のヴィクトリアは間違いなく喜んでいるということだろうか。
少なくとも、自分達と接している時の感情が見えない姿とはまるで違う。
それは当然と言えば当然ではあるのだろうが――
「ふむ……ま、無事戻れたらその辺のところも話し合う必要がある、ってところであるか」
「そうね……本当に無事戻れたら、の話だけど。そもそも結局この後どうするのかもまだ分かっていないわけだし」
「確かに、であるな」
それに関して話をするのかと思えば、今のところ話題にすら出てきてはいなかった。
というか、食堂に着くなりヴィクトリアが連れ去られてしまいそれどころではなくなった、というのが正確なところではあるのだが。
本来であればソーマ達が優先されるべきなのだろうが、別にそこまで急いでいるわけではないし、ここでなければ話せない内容というわけでもあるまい。
ゆえに謝罪を含んだヴィクトリアの視線には肩をすくめて返し、代わる代わる挨拶やら何やらをされているヴィクトリアを眺めながら食事を取っている、というのがソーマ達の現状なのだ。
そんな自分達の現状を再確認しながら、ソーマは程よく塩分の利いた具材がゴロゴロと転がっているスープを口に含めつつ、何となくその場を見渡した。
当たり前のことではあるが、朝の食堂には様々な人の姿がある。
その中でも最も人が集まり盛り上がっているのは間違いなくヴィクトリアのいる一角だが、その他にもぽつぽつと人は点在し、また集団と化しているところも目に付く。
と、ソーマがふと気になったのは、そのうちの一つであった。
ふわふわのパンを口の中へと放り込みながら、明確に雰囲気の異なるそこへと目を留めると、ソーマはふむと一つ頷く。
「そういえば、ああいうのも昨日と同じと言えば同じであるな」
「え? ……ああ、確かにそうね。まあでも、それも昨日言った通りでしょ」
ソーマがどこを見ていたのかをすぐに理解したのか、アイナもパンをむぐむぐと噛みながら、そんな言葉と共に肩をすくめる。
ソーマ達の視線の先にいたのは、ヴィクトリア達に混ざる様子がないどころか、遠巻きにしている者達の姿だ。
その雰囲気が歓迎から程遠いものであるのは、一目見るだけで理解出来た。
「ふむ……武官、といったところであるか?」
「雰囲気からしてそんなところかしらね」
服の上且つ遠目からでも鍛えられているのが分かり、さらにその目付きは鋭い。
少なくとも武を嗜んでいるのは間違いがないだろう。
そしてどうやらその者達は、ヴィクトリアのことを歓迎していないどころか、嫌ってすらいるようであった。
それが分かってしまうぐらい、彼らはあからさまだったのだ。
嫌悪感を滲ませたような顔をしている者もいれば、顔を背け視界にすらいれたくないという態度を示している者もいる。
近づけば舌打ちをするのが聞こえるだろう様子を見せるものもいるし、憎悪にも近しいような表情を浮かべている者もいた。
その反応や態度は様々なれど、ヴィクトリアに好感を持っていないことだけは確かだろう。
個人の好悪などは個人の自由であるし、誰かが強制出来るものではない。
しかし、ここは公共の場であり、さらにはその感情を向けているのはこの国の頂点に位置する人物だ。
色々な意味でよろしいとは言えないものであり……だが、ソーマが眉をひそめたのはまた別の理由からであった。
「むぅ……」
「なによその顔は? まあ確かにあまりよろしくない態度ではあるんだろうけど……いえ、そういった顔じゃなさそうね。そういえば、昨日も違和感とか何とか言ってたけど……」
「うむ……そして、そう感じた理由が今分かったのである」
「え……? 相変わらずあたしは何も感じないんだけど……?」
「まあそうであろうな。我輩が感じていた違和感というのは、実は彼らに対してのものではなかったのであるから」
ソーマが違和感を覚えていたのは、逆だ。
彼ら以外に違和感を覚えていたのである。
何故ならば、彼らは嫌悪という感情によるものではあってもそれぞれが異なる態度を示していたのに対し――
「皇帝に笑みを向けている者達は、皆似たり寄ったりであるからな」
「…………言われてみれば、そうね。皆笑顔だってだけじゃなくて……」
「うむ……言い方が正しいのかは分からんのであるが、程度が同じような気がするのである」
そう、彼らは確かに皇帝へと親愛を、好意を示している。
しかしそれはあまりにも画一的過ぎる気がしたのだ。
無論、考えすぎなだけだという可能性もあるが、無視できないのも事実だ。
もっとも、だからどうしたといわれたら、それまででもあるのだが。
「――君達、少しいいだろうか?」
と、その声が聞こえたのは、そんなことを考えている時のことであった。
視線を向けると、そこにいたのは見知らぬ男だ。
歳は二十代後半から三十代前半といったところか。
一見優男のようにも見えるが、単に引き締まっているだけだということは服の上からでも分かる。
間違いなく出来る人物だ。
おそらく……いや、まず確実に特級スキルを持っているだろう。
相当の使い手であり、しかも相応の経験も積んでいる。
正面から戦えばまず負けはしないだろうが、状況次第では遅れを取っても不思議ではない。
先ほど見ていた者達と似たような雰囲気も感じ、自然とソーマは軽く構えていた。
「ああ、いや、そう構えないでくれ……ってのは無理な話か。まあとはいえ、俺は君達に聞きたいことがあるだけだ。それを聞いたらすぐにどこかに行くから、話だけでも聞いてもらえないだろうか?」
「ふむ……聞きたいこと、であるか?」
現状ソーマ達の扱いがどうなっているのかは不明だが、見る者が見ればソーマ達がここの者ではないことは分かるだろう。
不審人物かもしれない者が、城にいる。
そう考えれば、話を聞こうとするのは当然だ。
「まあ、構わんであるが?」
「そうか、助かる。それでだな、俺が知りたいのは一つだけだから、単刀直入に聞くが――君が魔王ってことでいいのか?」
その言葉に緊張感を増したのは、ソーマというよりはアイナの方であった。
何かあってもいいように魔法を練っているのが気配から分かり、苦笑を浮かべる。
頼もしくはあったが、同時に警戒しすぎだとは思ったからだ。
男の様子に剣呑なものはなく、その瞳にあるのは好奇心が近いように見える。
ここでどう答えたところで、物騒な展開になるのは考えづらかった。
それにこの距離ならば、座っているのと立っているのを考慮に入れたとしても、男が何かをするよりもソーマが動く方が速い。
それほど考えることもなくソーマが頷いたのは、そういう理由によるものであった。
「そうであるな、一応そう呼ばれているようである」
「…………そうか」
あっさり認めるとは思わなかったのか、あるいは別の理由があったのか、男が頷くには少しの間があった。
それから、男は何か苦いものでも噛んだように表情を歪ませる。
「本当に……ということは……」
そのまま何事かを考え始めそうな様子であったが、すぐに今の状況を思い出したのだろう。
顔を上げると口を開き――瞬間、その顔がさらに歪んだ。
そこに浮かんだ表情は、ソーマの見間違いなどでなければ、憎悪にも近い嫌悪であった。
「……失礼。それと、ありがとう。俺が聞きたかったのはこれだけだ。それじゃあ」
そうして足早に去っていった男であるが、何があったのかをソーマが理解していたのは、視界の端にその姿を捉えていたからだ。
先ほどまで沢山の笑みに囲まれていたヴィクトリアが、能面のような顔をしてそこに立っている。
男が表情を変えたのは、まず間違いなくヴィクトリアがすぐそこに来ていたことに気付いたからだろう。
「……すまぬな、随分と待たせてしまったようだ」
そう口にしたヴィクトリアの表情は既に戻ってはいたが、一瞬だけ悲しく辛そうな目をしたように見えたのは気のせいではあるまい。
そのまま見なかったことにすることも出来たが……結局、好奇心の方が勝った。
「別に問題はないのである。食事を取りながらとなれば、どうせあまり話は進まなかったであろうしな。ところで、今の男は知り合いであるか?」
「……知り合いというか、近衛の隊長であるからな。妾としてはそれなりに長い付き合いがある人物ではある」
「ふむ……そうであったか」
「それよりも、何か話をしていた様子ではあったが、何かあったのか?」
「いや、別に大したことはないのである」
ソーマがそう答えたのは、先ほどの質問をどう捉えたものか判断しかねていたからでもあるし、ヴィクトリアがあまりこの話題を続けたくなさそうだと思ったからでもあった。
一応聞いてはみたものの、それは立場と状況ゆえのことでしかなさそうに見えたのだ。
その推測は正しかったようで、ヴィクトリアは一つ頷くとあっさりその話を流した。
「そうか。まあ、それならば構わぬ。ところでだな、妾は其方達に話がある、といった旨のことを言ったであろ?」
「うむ、言ったであるな。ここにいるのも半分はそのためであるし」
「そのことでだな、魔王……いや、ソーマよ。その前に妾は其方に一つ尋ねたいことがあるのだ」
「尋ねたいこと、であるか? それも我輩だけに?」
ちらりとアイナに視線を向けてみるが、肩をすくめて返された。
そっちで話が済むのならばそれで構わない、とでもいったところか。
アイナが気にしないのであれば問題はなく、視線を戻すのとヴィクトリアが頷くのはほぼ同時であった。
「うむ。それはな……この皇国をどう思っているのか、だ」
その言葉にソーマが数瞬言葉を詰まらせたのは、答えようがなかったからであった。
何せ――
「ふむ……正直なところ、どうとも答えられない、といったところであるな。答えるには皇国について知らなすぎるであるし」
エレオノーラ達からある程度聞いて知ってはいる。
だが逆に言えば、それだけなのだ。
ソーマはこの国をどうこう言えるほど、知らないのである。
しかしヴィクトリアは、それを承知の上だとでも言いたげな様子で頷いた。
そして。
「そうか……いや、そうだろうなと思ってはいたのだ。そしてだからこそ、妾は其方にこう提案するのだからな」
――皇国でしばらく過ごしてみないか。
口元に微笑を浮かべながら、ヴィクトリアはそんな言葉を放ってきたのであった。




