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元最強、皇帝の用事に付き合う

 ヴィクトリアがその言葉を口にしたのは、随分と唐突なことであった。


 どれだけ皇都を歩いたか、さすがにヴィクトリアと住民達が笑顔で交流するのを見慣れ始めた頃、周囲を眺めながらふと思い出したようにヴィクトリアが口に出したのだ。


 ――ついでに少し妾の用事を済ませてしまっても構わぬか、と。


 そして今まさにソーマ達はその場所へと来ていた。


「ふむ……で、汝はここに用事がある、ということでいいのであるか?」

「うむ。そういったはずだが?」

「言われはしたけど、まさかって感じでしょ。何で皇帝が武器屋に用事があるって思うのよ」


 そう、どうやらヴィクトリアの用事とは、武器屋にあるらしかったのである。

 ちらっと見える店内には剣やら槍やらが並んでおり、まさかまったく別の店ということはあるまい。


 だが改めて言うまでもなく、ヴィクトリアは皇帝だ。

 たとえここがどれだけ一流の店だったのだとしても、普通呼び寄せるものだろう。

 自ら足を運ぶとは考えにくいものである。


 しかし、驚きはしたものの、それほど意外さを感じなかったのは、ヴィクトリアのここまでの言動を見てきたからかもしれない。

 普通などと言うのならば、そもそも皇帝がこうして街の中を歩き住人達と親しげに交流している時点で普通ではないのだ。

 ならばそこに武器屋の一つや二つ加わったところで大差はあるまい。


 と、そんなことを考えている間に、ヴィクトリアはその武器屋へと近づいて行っていた。

 その足取りには躊躇い一つなく、戸に手を掛けるところまで同様だ。

 そのまま一気に開くと同時、中の様子が明らかになった。


 とはいえ、特筆すべきようなところはそれほどない。

 剣と槍に加え、弓や斧など様々な武器が陳列してあるのは見えるものの、武器屋ならば当然のことだ。


 それ以外に敢えて加える事があるとすれば、部屋の奥に木製のカウンターがあることと、そのさらに奥に一人の男が座っていること。

 店主だろうと一目で分かる色黒で屈強そうなその人物が、こちらを鋭い目で見ていたということぐらいである。


「ふんっ……何だ、誰かと思えば皇帝様じゃねえか。一体何の用があってこんなとこにきやがったんだ?」


 男の口調は、これまでの住人同様、皇帝様などと呼びながらもまったく丁寧なものではなかった。

 今まで同様、皇帝に話しかけているとはとても思えないような口調で……だが同時に、今までと同じでもない。

 ソーマが男の言葉を聞き、その様子を見ながら、おや?と首を傾げたのは、そこに今までとの違いを感じたからである。


 似たような口調の者は、今までにもいた。

 ぶっきらぼうであったり、砕けすぎていたりと、この男の言葉よりも酷いと思えるような者も街中には混じっていたのだ。


 しかし口調はどうあれ、そこには確かに親愛が含まれていた。

 それに何より、皆の顔には笑みがあったのだ。


 だが男の言葉に親愛は感じられず、その顔には笑みもない。

 疑問を覚えるのはある意味当たり前のことであり……ソーマは反射的にヴィクトリアへと視線を向けていた。


 これはさすがに怒るのではないかと、そう思ったからだ。

 職人らしい態度と言ってしまえばそれまでだが、それが皇帝に許されるものであるかはまた別の話である。


 いざとなれば止める必要があるかもしれないと、そんなことを思い――視界に映し出された光景に、ソーマは数度瞬きを繰り返した。

 予想していたどんな姿とも異なる様子を、ヴィクトリアが見せていたからである。


 ――ソーマの見間違いでなければ、唇を軽く噛んでいるその姿は、何かを悲しんでいるように見えた。


 しかしその姿が見えたのは、ほんの数瞬の間だけだ。

 瞬きが終わった後でそこにあったのは、見慣れ始めてきた笑みだけ。

 気のせいだと言われてしまえばそれで終わってしまう、幻のような一瞬であった。


 実際アイナは今のを目にしなかったのか、戸惑ったような気配すらない。

 あるいは本当に、ソーマが幻覚を見てしまったのかもしれず……とはいえ、さすがにそれはないだろう。

 幻覚を見るにしても、そんなものを見る理由がないからだ。


 かといって、言及するには情報が足りず、またその必要性もない。

 今のは何だったのだろうかと思いつつも、ソーマはヴィクトリア達のやり取りを見守ることにした。


「ふんっ、何だとは随分ではないか。そもそも用も何も、武器屋に来る理由など一つだけしかないであろ?」

「……確かにそうだがな。ちっ、納得出来るもんが出来たら届けるっつっただろ。持ってってねえんだから、それで悟れや」

「ふむ……」


 どうやら話から推測するに、ヴィクトリアはここで武器か何かを頼んでいるらしい。

 だがまだ出来上がってはおらず、進展具合を確認しに来た……あるいは、催促でもしに来た、といったところだろうか。


「先に言っておくが、別に催促しに来たわけではないぞ? 近くまで来たため、ちと思い立って来てみただけでしかない。まあ出来れば途中経過ぐらいは見てみたくはあるがな」

「……別に見るのは構わねえが、落胆しても知らねえぞ。今更注文なしにするってのもなしだかんな」

「分かっておるとも。ほれ、持ってこれると言うのならば、持ってくるがよい。見れるというのならば、是非とも見たいのだからな」

「……ちっ、わーったよ。ちっと待ってやがれ」


 そう言うや否や、男は立ち上がると奥へと引っ込んでしまった。


 まるでソーマ達のことなど気にしていない、といった様子だが……まあ、別に用件があったわけではないのだ。

 何の問題もあるまい。

 商売人としては問題があるかもしれないが、それはソーマの知ったことではなかった。


 それよりも――


「一つ聞きたい事があるのであるが、ここで汝は武器か何かを頼んだ、ということでいいのであるよな?」

「うん? まあ、そういうことになるが……其方が気になるようなことはなかったように思えるが?」

「なに? ここに飾ってる武器がそんなに凄かったの?」

「ふむ……飾ってある武器が気になったのは確かであるが、方向としては逆であるな」

「逆……?」

「皇帝が直接頼みに来るにしては、飾ってある武器が大したことなすぎるのである」


 正直なところ、皇帝御用達に足るどころか、十把一絡げにして扱われる類のものばかりだ。

 一般の兵に使わせるにしても、もっとマシなのを与えるべきだろう。

 ここに飾ってあるのを手にするのは、精々が冒険者になったばかりの者だけに違いない。


「……そんなになの? 確かにあたしは武器の良し悪しはよく分からないけど……そんな変なもんには見えないわよ?」

「……いや、魔王の言っている事は正しい。確かにここに飾ってあるものは、見目だけをそれなりにしただけのナマクラばかりよ。見栄を張る者が持つにはいいが、実戦ではろくに使えぬであろうな」

「ふむ……それを理解していながら、ここで頼むのであるか」

「無論よ。そもそも、其方は一つ勘違いしているからな。ただそれも、これから来るものを見れば理解出来るであろうよ」


 一体何を勘違いしているというのだろうか、とソーマが首を傾げたのと、男が戻ってきたのはほぼ同時であった。


 その手には一本の槍が握られており、しかしそれが未完成であるのは明らかだ。

 柄が不恰好すぎるし、何よりも穂が歪にすぎる。

 むしろ未完成というよりは失敗作と言った方がいいかもしれない。


 だが同時にソーマは、納得もしていた。

 勘違いとはこういうことかということを、である。


「今はこんな感じだな。……言っただろ、落胆しても知らねえってな」

「いやいや、妾としてはさすがだと見直したところぞ? 其方もそう思うであろ?」

「……そうであるな。なるほど……飾ってあるのは別人が打ったものだったのであるか」


 どうやら、そういうことであるらしかった。

 あの槍を見るだけで感じられる腕前と、飾られている物達から感じる腕前を比較するに、それ以外考えられまい。


 男が商売人というよりは職人だということは一目見た時に気付いてはいたが、だからこそ見誤ってしまったのだ。

 まさか自分が打ったものでないものを売っているとは思いもしなかった。


「ふむ……我輩もまだまだであるな」

「んー……ねえ、あの槍ってそんなに凄いの? 正直あたしの目には失敗作にしか見えないんだけど」

「いや、実際失敗作であるぞ? それは見たままである。ただ、それだけでは終わらないというものも感じる、といったところであるな」

「ふーん……よくわからないけど、要するに見込みはある、ってこと?」

「そうであるな。少なくとも皇帝がわざわざ足を運ぶ価値がある程度には」


 ただ、現時点ではそこまででもある。

 少なくとも、ソーマは打ってもらおうとは思わない程度、というわけだ。


 もっともそれは、既に満足に足るものを持っているから、でもあるが。


「あん? つかなんだ? 皇帝様一人じゃなかったのかよ。ったく、なら最初からそう言えって――」


 どうやら本気で今までソーマ達のことには気付いていなかったらしい。

 男は驚いたように軽く目を見張ると、こちらのことを眺め……その動きが、あるところでピタリと止まった。


 何が原因でそうなったのかをすぐに分かったのは、そうなるだろうなと予測していたからでもある。

 男は、ソーマが腰に差している剣を見た瞬間、何か凄い衝撃でも受けたかのように動きを止めたのだ。


 そして。


「な、なあ、あんた……その剣、ちょっとだけでいい。見せてくれねえか?」


 震える声で、男はそんなことを言ってきたのであった。

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