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笑みと魔法

 少しだけ妙な雰囲気となってしまいながらも、雑談をしばらく続けたところで昼食となり、それを食べ終えれば授業の再開である。

 再び戻ってきた部屋を軽く見渡し、安堵の溜息を漏らしたのは先ほどの雰囲気を誰も引きずっていなかったからだ。


 軽い緊張感と僅かな高揚と、全てを自らの身へと還元しようとする貪欲且つ真摯な想い。

 先ほども似たようなことを思ったが、やはりここの雰囲気は学院のそれに似ていた。

 まあ、当たり前なのかもしれないが。


 誰かから何かを教わるということに、場所も相手も関係はない。

 相手は真剣に教え、こちらは真摯に教えを乞う。

 やることが同じなのだから、雰囲気が似通うのも当然であった。


 と、そんなことを考えていたら、不意にソーマと目が合った。

 偶然なのか、それとも視線を感じたからなのかは分からないが、事実として目が合ったという事柄は既に存在してしまっている。


「……っ」


 瞬間、アイナは反射的に目を逸らしていた。

 別に何かがあったわけではない。


 ただ、ふと、そういえば自分は今日はいつもとは違う服を着ているのだということを思い出しただけだ。

 そうしたら不意に気恥ずかしくなってしまったのである。


 アイナがこの服を、メイド服を着ているのは、正直なことを言ってしまえば、ただの意地だ。

 聖都で自分が使者として扱われるのは分不相応にしか感じられなかったために、出来るかも分からない給仕をやると口にし、だが実際には聖都側は最初からそのつもりはなかった。


 しかも、ソーマ達までそのことを理解していたのである。

 冷静になれればアイナも気付けていたのかもしれないが、現に気付けなかった以上は無意味な仮定だ。


 そして何にせよ、気付いていなかったのは自分だけで、だからせめて服だけは、と思ったのである。

 ちっぽけすぎて、吹けば消えてしまいそうな程度の意地でしかないけれど……ここに相応しくないと言ったのは自分だ。

 そんな自分へと与えられた服がこれだというのならば、そのまま着続けるだけだと、意地を張ることを決めたのである。


 もっとも、自分でも着ていて多少の違和感はあるものの、それは本来着ない服を着ているという部分だけの話だ。

 動きに関しては問題なく、むしろ正直凄く動きやすい服ですらあった。


 さすがは本来は給仕用の服と言うべきか、あるいはサティアあたりが何か細工したのかは分からないが、そういう意味で苦にならなかったのは事実だし、だから着ていられているという側面もある。

 これで非常に動きにくい服だったりしたら、さすがにアイナも着続けるのを諦めていただろう。


 あとは、慣れていないから違和感があるだけであって、気に入っていないというわけでもない。

 気に入っていなければ、積極的に着る気になるかという話だ。


 それに、まあ、なんだ……ソーマが褒めてくれたということも、無関係ではないけれど。


 と、そんなことを考えながら軽く服を弄り、顔を上げると、今度はサティアと目が合った。

 直後、思わずアイナが口元を引きつらせてしまったのは、にこやかに浮かべられたその笑みの中に、生暖かいものを見るようなものが含まれていたのを感じ取っていたからだ。


 見られていたし、悟られてもいる。

 それを理解してしまえば、どうしたって頬は赤く染まってしまう。


 だが、そこで一つ息を吐くと、意識を切り替えた。

 今はそんなことを考える時間ではなく、授業が今まさに行われようかという時なのだ。

 ソーマもヒルデガルドも真剣な顔をしてサティアのことを見つめているというのに、新入りの自分が気を抜くわけにはいくまい。


 気を引き締め、改めて視線を向け直すと、よく出来ましたとでも言うかのようにサティアはにっこりとした笑みを浮かべ、口を開いた。


「さて、それじゃあお勉強の続きをしようか」

「とはいえ、どうするのじゃ? 大断絶についてはもう話し終わったじゃろう?」

「最後の方は随分と脇道に逸れていっていたであるしな」


 二人は相変わらずサティアに対して遠慮や容赦というものがない。

 確かにアイナもサティアに慣れ始めてきた、というのは自分でも感じているが、さすがにあんな真似が出来るほどではないのである。

 慣れたら出来るようになるかといったら、何とも言えないところではあるが。


「こりゃまた手厳しい。でも……うん、そうだね。なら次はキミ達に選んでもらおうかな」

「選ぶ……って、まさか、授業の内容を……?」

「うん、そうだよ?」

「いや、そうだよ、ではないのじゃ。そのぐらい自分で考えろという話なのじゃ」

「まあその通りではあるんだけど、正直迷っててね。現時点でキミ達が知らなければならない情報は一通り教えちゃったからさ」

「ふむ? それは一体どういう意味……と問いかけたいところなのであるが、どうせ答えないのであろうな」

「そんなことないよ? そもそも今のに関してはそのままの意味ってだけだし」

「いや、答えてるように見せて結局答えていないじゃろうが」

「バレたか。まあそれはともかくとして、本当に何かないかい? 今なら本当に何でも教えるよ? 教えられるものならば、だけどね」


 そう言ってサティアはアイナとヒルデガルドの顔を交互に眺めてくるが、正直そんなことを言われても困る、というのがアイナの本音であった。


 少なくともアイナは、具体的に何かを知りたくてここにいるというわけではないのだ。

 何か教えて欲しいことと言われたところで、思いつくわけがない。


 というか、そういうのはソーマを利用すればいいと思うのだ。

 本人も否やはあるまい。

 なるべくそうしたくないというサティアの意思も理解出来ないわけではないが。


 ちなみに、サティアが意図的にソーマの方へと顔を向けようとはしないのは、ソーマが先ほどからずっと片腕を上げ続けているからなのは間違いあるまい。

 天井を突き刺さんばかりにピンと伸びているその腕は、ソーマの力強い意思を示しているようで、何か意見があるのは見た瞬間に分かる。

 顔を向けた瞬間にその口が開くのは確実だろう。


 そして何を言うのかまで予測は出来ている。

 ソーマが望むものなど、一つしかないのだから。


「とりあえず、あたしからは特にないわ。そもそも何が分かっていないのかすらも分かっていないのが現状だもの」

「そっか……確かにアイナちゃんには厳しかったかもね。じゃあ、ヒルデガルド。あとはキミだけが頼りだよ?」

「いや、もう面倒じゃし魔法に関してでいい気がするのじゃが?」


 ヒルデガルドがそう言った瞬間、アイナの隣の椅子が動いた音がした。

 何となく辟易しながらもそちらへと視線を向けてみれば、予想通りソーマが立ち上がりサティアのことを見つめている。


 しかもどれだけ待ち遠しかったのか、その顔には歓喜と期待がはっきりと浮かんでいた。


「……珍しいわね」

「うん? なにか言ったであるか?」

「ただの独り言よ。それよりも、随分と嬉しそうね?」

「無論である。神に魔法のことを聞けるのであるぞ? 我輩の望みを叶えるための情報集めにこれほど適したものはないのである」

「まあ、確かにそうかもしれないわね」


 しれっと頷きつつも、アイナの目は相変わらずソーマの顔に向いている。

 もう一度、先よりもさらに小さく、珍しい、と呟く。


 ソーマが笑うこと自体は、それほど珍しいというわけではない。

 だがその笑みは、大抵の場合口元や目元に浮かぶだけだ。

 雰囲気から笑っているのは分かるものの、あまり顔全体で笑うといったことをしない。


 それが今のソーマは、顔全体で笑みを作っていたのだ。

 だから、珍しい、なのである。


 そしてアイナは不意に、もう一つのことに気付く。

 ソーマは昔と比べると確実に色々な意味で、また面で成長している。


 無論背丈や顔付きなどもその一つだ。

 まだ大人と呼ぶには少し早いかもしれないが、それでも確実に大人へと一歩ずつ近づいていっている。


 しかし同時に、ソーマはまだ十五なのだ。

 成人を迎え、成人と認められようとも、大人と言い切るにはまだまだ時間が必要な、本来はそんな年齢なのである。

 普段のソーマを見ているとまったくそんなことは考えることもしないのだが……今のソーマが浮かべている笑みは歳相応なものに見え、同時にソーマはまだそんな少年とも呼べるような年齢であるということを、ふと思い出したのだ。


 とはいえ、だからといってそれがどうしたというわけでもないのだが……一つだけ、思うことがある。

 別の何の他意もありはしないのだけれど……やはり沈んでいたり思い詰めているような顔を見るよりは、笑顔を見る方がいいと、そんな当たり前のことを思った。


「……ま、いいんじゃないの、魔法に関する話で? 魔法を使う身としては、どんな話を聞けるのか興味があるし」

「アイナ……!」

「はいはい、分かったから落ち着いて座りなさいよ。そんな調子じゃ話が始まっても聞き逃すわよ?」

「む……確かにその通りであるな」


 どうやら納得したらしく、その場に座ったソーマではあるが、しかしその視線はサティアを捉えて離さない。

 そしてサティアはそれでついに観念したらしく、肩をすくめると溜息を吐き出した。


「うーん、魔法は出来ればもうちょっと後に回したかったんだけどねえ」

「ふむ? どうしてである?」

「直近では必要なさそうなのと、魔法は色々と関連してるから話すことが沢山あるってのも理由の一つかな」

「ほぅ……沢山話すことがあるのであるか」

「まあキミならそこで目を輝かせるよね。でも生憎と、大半が話せないとは思うよ? 今日話すつもりはなかったから、許可取ってきてないしね」

「許可……? 貴様が話をするのに許可が必要とはどういうことなのじゃ……? 貴様神じゃろう……?」

「魔法に関わることだからね。その辺はちょっと例外なのさ」

「ふむ……まあ、一度に終わらず楽しみを取っておける、とも考えられるであるしな。少なくとも我輩はそれで問題ないのである」

「キミって驚くぐらい前向きだよね? ま、でもキミがそれでいいって言うなら話せる範囲で話すとしようか」


 そう言ってサティアは勿体つけたようにその場を見渡すと、ゆっくりとその口を開いていく。

 そうして。


「端的に結論から言っちゃうと、魔法って実はボクが作り出したものじゃないんだよね」


 そんな言葉を、告げてきたのであった。

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