元最強、様々な事実を知る
当たり前と言えば当たり前のことではあるが、サティアは自分達に授業を行う以外にもやるべきことが存在している。
聖都の本来の主はサティアなのだ。
どうしたってサティアの意見が必要なものであったり、採決が必要というものはある。
元々ソーマ達が来るまではそういったことの処理を目覚めた際に一度に行っていたらしいのだが、今は事が事だ。
大半はエレオノーラがそのまま処理しているらしい。
そのための権限は与えてあり……というか、本来はそれで問題はないようだ。
決してエレオノーラがサボっていたのではなく、律儀すぎるためにいちいち必要ないものまで回していた、とはサティアの言である。
愚痴混じりであったことを考えると、サティアの方がサボりたかっただけなのではないかという疑惑があるのだが、言わぬが花か。
ともあれ、結果的に言えば、現状はサティアの望みに近い形となっており、だがそれでもゼロとはならない。
本当にどうしてもサティアが必要な件が幾つかあるため、それを処理する時間が必要なのだ。
そしてそういうこともあって、サティアが起きている日の時間は全てがソーマ達に注がれているわけではなくなる。
大体昼食前の一時間と、夕食前の一時間。
それがサティアの授業が行われない時間であり、即ちソーマ達の自由時間であった。
「って、自由って言われても、正直どうすればいいのか分からないんだけど……?」
だがその事実を告げるなり、アイナはそう言って困惑したような表情を浮かべた。
まあそれも当然と言えば当然ではあるが――
「ふむ……だが本当に自由であるので、好きにすればいいとしか言いようはないのであるがな。もっとも、基本的にはそのまま食事の時間となるであるから、外に行くのは厳しい……いや、敢えて外で食べることを想定に入れた上で外に出るのもありであるか? そういえば、聖都に来て外食というものもまだしたことがないであるな……」
「アイナではなく貴様の予定を決めようとしてどうするのじゃ……」
呆れたようなヒルデガルドの言葉に、ソーマはおっとと思考を戻す。
それはそれで魅力的ではあったが、ここに来たばかりのアイナを放っておくわけにはいくまい。
いっそのことアイナも連れて外に行くという手もないではなかったが、ソーマの方がここに来て長いとはいえ聖都のことを何も知らないという意味では同じだ。
そんな者同士が組んで外に出ても、食事をしっかり取れるかすら怪しい。
せめてまた別の機会にすべきだろう。
「……ちなみに、あんた達はどうやって時間を潰してたのよ?」
「我輩はそうであるな、基本的には借りてた本を読んでたであるな」
「我はそんなソーマを眺めていたのじゃ……!」
それは胸を張って言うようなことではないのではないだろうか。
アイナも似たような感想を抱いたのか、額に手を当てながら溜息を吐き出した。
「っていうか、昨日からちょくちょく思ってはいたんだけど、ヒルデガルドさんってこんな感じだったっけ? もうちょっと色々と抑えてたような気がするんだけど……」
「ふむ……言われてみれば、である?」
以前から一対一で話すような状況ではこんな感じではあったものの、他人の目がある状況ではもっと抑えていたような気もする。
大差なかったような気もするものの、アイナがそう言うということは、少なくともアイナはそう感じているということだ。
そうして疑問の目をヒルデガルドに向けると、再び胸を張りながら次のように告げた。
「自重はラディウスに捨ててきたのじゃ……!」
「今すぐ拾って来いである」
馬鹿に向けて溜息を吐き出しながら、まあもうこれでいいのではないかと思う。
無論のことヒルデガルドのことではなく、暇潰しのことだ。
「まあ、特にやりたいこともなさそうであるし、では時間までここでこうして雑談でも交わしてるであるか」
「……えっと、あたしは助かるんだけど、あんたはそれでいいの?」
「どうせ明日になれば一日自由であるしな。やることが思いつかないというのは我輩も同じであるし」
「そうだね、そしてその方がボクも嬉しいしね」
「貴様は黙って自分のやるべきことをやってればいいのじゃ……と言いたいところなのじゃが、会話に入ってきながらも普通に腕動いてるんじゃよなぁ。貴様何故そういうところは無駄に能力高いのじゃ……?」
「ふふん、これでも神だからね」
そうしてドヤ顔を披露している姿は、確かに、これでも、という言葉がよく似合っていた。
無論のこと、そうは見えない、という意味でだが。
ちなみに、今更と言えば今更だが、休憩時間に入りソーマ達は部屋を移動してはいない。
そしてここは元々サティアの部屋だ。
サティアが自分に割り当てられた仕事をそこでするのはむしろ当然と言え、結果的にソーマ達は今仕事をしているサティアと同じ空間にいながら雑談を交わしていたのであった。
ただ、これはサティアが望んでのことである。
根は寂しがり屋なのか何なのか、近くに人がいた方が仕事が捗るなどと口にしたため、ソーマ達は休憩時間であろうとも構わず同じ部屋にい続けることにしたのだ。
幸いにもと言うべきか、時折口を挟んではくるものの、問題なく仕事の方は出来ているようなので問題はないだろう。
尚、アイナには実はこのことをまだ話していないので知らないはずなのだが……普通に対応しているということは、慣れ始めてきた、ということなのかもしれない。
まあ、アレ相手に畏まっていても仕方のないことであるし、これも問題はないことだ。
というか、むしろ良い傾向だとすら言えるのではないだろうか。
ともあれ。
「さて、ではとりあえずそういうことで決定なのであるが……雑談するにしても何を話すべきであろうか」
「……確かに、改まって言われると、これっていうのは特にないわよね」
「いや、あるじゃろう? 特にソーマは」
「ふむ? 我輩であるか?」
「まだアイナに聞いていないというか、確認してはいないことがある気がするのじゃが?」
「ああ……ラディウスのことであるか?」
そういえば、自分がいなくなった後どうなったのかを聞こうと思いつつも、機会がなくて聞きそびれていたのだった。
確かに良い機会と言えば良い機会だ。
こういうことに何気なく気付くのだから、ヒルデガルドはやはり何だかんだで優秀なのだが――
「ふふんっ」
この、さあ我を褒め称えるのじゃ!とでも言わんばかりのドヤ顔さえ見せなければ完璧で、あるいは本当にそんな気になったのかもしれないのだが、逆効果にしかなっていないことに気付いていないのだろうか。
あとサティアはそんなヒルデガルドのことを無様とでも言わんばかりの顔で見ているが、自分もつい先ほど似たような顔をしたことを既に忘れているのかもしれない。
しかしそんな阿呆な神共のことはスルーしつつ、ソーマはアイナへと視線を向けた。
「そういえば、何だかんだで聞きそびれていたのであるが、我輩がいなくなった後のラディウスはどんな感じだったのである?」
「そうね……まあ、色々と大変だったわよ? ヒルデガルドさんは自分の意思を宣言した後はさっさと姿をくらませちゃうし、ソフィアさん達は顔は冷静なんだけど言動が明らかに冷静さを欠いてたし。あと一日でもヒルデガルドさんが来るのが遅かったら、あのまま聖都に戦争しかけてたかもしれないわね」
「うわぁ……それはボク達も命拾いしたかもね。七天が二人いるからといってボク達も負けるつもりはないけど、そんな騒ぎが起これば各方面ただではすまなかっただろうし。そこで皇国から宣戦布告でもされたら今頃はこんなのんびりしてる場合じゃなかったかもしれない」
「そういえば、貴様我が来る時期を見誤っていたのじゃったか。……考えてみたら、貴様予測外しすぎな気がするのじゃが?」
「あー……まあ、それに関しては、また後で話すこともあるかもね。あ、ボクのことは構わず続けてどうぞ?」
「ふむ……とはいえ、結局暴発はせずに済んだ、というところで終わりなのであるよな?」
「そうね。その後あたしはディメントに帰ったわけだし」
「ディメント……そういえば、ディメントの様子はどうだったのじゃ?」
「どうって言われても普通……ああいえ、普通、ではなかったかしら?」
「む? どういうことである?」
そうそうあそこで何かが起こるとは思えないが、それでも以前のように何も起こらないとは言い切れない。
アイナが忘れていたようなので、仮にあったとしても本当に大したことはないのだろうが……など考えたソーマであったが、どうやら少し方向性が違ったようであった。
「あー、別に何かあったってわけじゃなくて、逆なのよ。何もなかったの。ラディウスほどとは言わないまでも何かしら起こってるだろうと思ってたんだけど、別にそんなことはなくて。ヒルデガルドさんの早とちりだって伝えたら、まあそんなところだろうな、とか言ってたわ」
「ああ……なるほど」
確かに伊織であるならば、そういう反応になるだろう。
伊織はサティアのことを知っているのだから、ラディウスとは違った反応になるのは当然ではある。
あるいは、大体のところまでを予測出来ていたとしても不思議はない。
「なるほどって……納得出来るの?」
「少なくとも我輩は出来るであるが……不服そうであるな?」
アイナは何故納得出来るのか分からない、とでも言いたげな顔をしていた。
ソーマからすると、逆に何故納得出来ないのかが分からない、といった感じなのだが……と、そこまで思ったところで、ふとした疑問が頭を過る。
「……そういえば、アイナは父親のことを、伊織のことをどのぐらい知っているのである?」
それは同時に、どこまで彼奴が娘に自分のことを話しているのか、ということになる。
そしてそれ次第では、アイナがそんな反応をする理由も分かるに違いない。
もっとも、この時点で大体予測がつくわけでもあるが――
「父様のこと……? って言われても……多分あまり知らないと思うわよ? だって父様が勇者だったってのも、学院で知ったぐらいだもの」
「まあ、予想通りと言えば予想通りではあるなぁ……」
「あやつはそういうやつじゃからな」
「娘の前でこう言うのもなんだけど、基本彼は物ぐさだからねえ」
「別に構わないわよ。ただの事実だもの」
「正直なところ、今でも子供がいるということ自体信じられんであるしなぁ……」
と、瞬間ソーマの脳裏をあることが過ったのは、ある種の連想ゲームの結果であった。
子供がいるということは当然その子供を産んだ者がいるということであり、無論伊織ではその役目を負う事は出来ない。
となれば必然的に母親がいるということで、そうして考えた果てに、そういえばソーマはアイナの母親のことを知らないということに気付いたのだ。
「そうか、アイナには母親がいるのであるよな……」
「なにあんたは当たり前のこと言ってんのよ……? ……でも、そういえばそうね、あんたが城に来た時には二度とも母様いなかったのよね」
「うむ。だから何となく今まで意識したことはなかったのであるが……ちなみに、どんな母親なのである?」
「どんな、って言われても……母親がどんな人か説明するのとか恥ずかしいんだけど?」
「それもそうであるか……では、外見はどんな感じなのである? やはりアイナに似ているのであるか?」
「似てる、とは言われるけど、正直自分ではよく分からないわね。まあ、ある意味見た目は全然似ていないからかもしれないけど。母様は父様と同じように黒髪黒瞳だから」
「ほぅ……」
当然のように、それもまた初見の情報であった。
だが、となると――
「アイナだけ違う、ということになるのであるか」
「まあ、そうね。正直、そのせいで小さい頃は色々と思うこともあったわ。二人の才能を自分が継いでいないように感じたこともあったし。母様はあまり自分の髪も目も好きじゃないらしいけど。何でも以前は忌み嫌われてた色だったとかで」
「ふむ……? そうなのであるか……?」
黒はむしろ喜ばれる色だったはずだ。
嘘か真か、才能に秀でているということで。
少なくとも忌み嫌われていた、などという話は聞いた覚えがない。
しかし。
「ああ……ベリタスの、極々一部で言われていたことじゃな。確か、魔王が黒髪黒瞳だったゆえ、不吉と捉えられていたのじゃったか? それでも言ったように、大部分の者達はそんなことを信じてはいなかったのじゃがな」
「というか、それだったらカミラも駄目なはずであるよな? カミラも確かベリタス出身だったはずであるが、そんな話は聞いた覚えがないであるぞ?」
「本当に限られた者達が言っていただけじゃったからな。カミラには声が届かなかったか、あるいはカミラは対象外と判断されたのじゃろう。カミラは黒とはいえ茶交じりじゃし」
「随分大雑把な話であるなぁ……」
「所詮迷信じゃからな」
「でもそれを言ったら、髪の色によって持ってる才能が違うっていうのも迷信でしょ? 確かに学院での様子を見る限りでは、そんな傾向があったようにも感じられはしたけど……」
「あ、髪の色と才能の関係性の話だったら、本当のことだよ? だってボクがそうしたからね」
瞬間、ソーマ達の視線が一斉にサティアへと向けられた。
色々と髪関係の話を聞いたことはあったものの、確定となる話を聞いたのは初めてだったからだ。
ヒルデガルドですら目を見開いている辺り、この話がどれほどのものであるのかが分かろうというものである。
「ふむ……疑う理由は特にないのであるが、何故そんなことをしたのである?」
「え? だってその方が分かりやすいでしょ? 一目で何の才能があるのかが分かって、その方向に力を伸ばしやすくもなるし」
「それは、その通りじゃが……貴様そんなことのためにそんな法則をわざわざ作り出したのじゃ……?」
どうやら、本来ならば有り得ないことのようだ。
ヒルデガルドの反応から、それがよく分かる。
だがサティアは気にしていない様子で、腕を動かしながらも肩をすくめるという無駄に器用なことをやってみせた。
「本来は、彼女への……邪神対策の一つのつもりだったからね」
「邪神への……? それが邪神への対策とどう関係しているのである?」
そもそも対策も何も、どうしようもなかったからこそ、サティアが直々に異世界から英雄に相応しい魂を呼び出した、という話だったはずだ。
転生ではなく転移であったはずなので、そこに髪の色は関係がない。
いや、あるいはこっちに来る際にその部分で補正か何かがかかるのかもしれないが……続く言葉に、そういうことではないらしいということを悟る。
「どうも何も、本来は、助けなんて呼ぶつもりじゃなかったのさ。この世界の人達だけでどうにかするつもりで……迷宮とかを作ったのもその一環だしね」
「迷宮……? 迷宮がどう関係してるのよ?」
「アレは本来試練のためのものなんだよ。人々を鍛え上げ、彼女に対抗するための力を授けるための装置。ボクを信じる人が多すぎたせいで、そうでもしなければ力を与えることも出来なかったのさ」
全部無駄になっちゃったけどね、などと気楽な調子で嘯くサティアのことを、アイナは複雑そうな顔で眺めていた。
そんなアイナへと声をかけたのは、その様子がどことなく辛そうにも見えたからかもしれない。
「アイナ、どうかしたのであるか?」
「……いえ? ただ、ここにいるとポンポンと今まで知らなかった情報が出てくるって思っただけよ。これでも学院ではそれなりに勉強したつもりだったんだけどね……」
「まあ、ここで知れる情報は学院では知ることの出来ないものばかりだから仕方ないであろう。というか、これだけ新情報が出てくるのは我輩も初体験であるぞ?」
「まったくなのじゃな。少々大盤振る舞い過ぎじゃろう。しかも今は本来は休憩時間なのじゃぞ?」
「おっと、そういえばそうだったね。じゃあボクは少し仕事の方に集中するとしようかな」
そう言って自分達から顔を逸らすように手元の仕事へと視線を戻したサティアのことを、ソーマは何とも言えない気持ちで眺めていた。
邪神のことをなるべくそうは呼ばず、彼女と頑なに言い続けていることから考えても、どんな関係であったのかを予測するのは容易い。
そんな相手に対抗するために、滅ぼすために様々なことを考え、実行し、だが全て駄目で、何の関係もない誰かに助けを求めた時のサティアは、果たしてどんな気持ちだったのだろうか。
それは想像しようと思っても想像しきれるものではなく……また、下手に分かった気になってもいけないものなのだろう。
そんなことを思いながら、何となく天井を見上げる。
ふと、関係のない誰かに助けを求めなくてはならないのは、今も同じかと、そんなことを思う。
しかも、事態はその時の続きだ。
ある意味その時に片付かなかったことを、今度こそ片付けるためにこそ、ソーマ達は今ここでこんなことをしているのである。
それに何かを考えそうになり、ソーマは半ば反射的に溜息を吐き出す。
だが得られたものは何もなく、本当にさっさと魔法のことだけを考えていられるだけの生活に戻りたいものだと、ソーマは再度溜息を天井へと落とすのであった。




