元最強、空白期の真実を知る
大断絶、あるいは空白期。
そのどちらも、ソーマにとっては耳慣れない言葉だ。
だが、まったく聞いた事がないというわけでもなかった。
確か――
「今から約五百年前……邪神が暴れまわっていたとされる時期を示す言葉であったか?」
「正解。そのせいで幾つもの国の歴史が途切れ、前後十年から二十年程度の、当時を知るための資料が失われていることから、俗称ではあるけど、その頃の時期を指して大断絶、あるいは空白期と呼ばれている、ってわけだね」
「堕ちたとはいえ神の強大さを示す、人類史に与えられた神の手による傷跡、だったかしら? でもそれがどうかしたの?」
「うん、それ彼女のせいにされてるけど、実は主に人類側の責任なんだよね」
「人類側のせい……? どういうことなのじゃ?」
邪神が邪神になった……即ち、神が堕ちた原因は人類側にあった、という話はちらっと聞いたことはあるが、きっとそういう意味ではあるまい。
しかしそれ以外でとなると、さてどういったことが考えられるだろうか。
「ふむ……可能性として有り得そうなのは、邪神のせいということにはなっているものの、その中の幾つかは実際には人類の内ゲバのせいだった、とかであるか?」
「まあ、あるあるじゃな。全体にとって脅威となる存在があるからといって、それだけで纏れたら苦労せんのじゃ。というか、どこかで聞いたことのある話じゃしな」
「そういえば、魔王を討伐する際にそんなことがあった、って話は聞いた事があるわね……」
「経験者だから語れるのじゃが、事実じゃぞ? むしろ伝えられてるのは温いまであるのじゃ。本当に酷かったのはさすがに語れんじゃろうしな」
「どれだけ酷かったのであるか……。とはいえ、魔王討伐の際のはある程度そういった話が伝わっている割に、邪神の時もそうだったという話を聞いた事がない以上は、邪神の時は違った、と考えるべきであるか?」
言いながらサティアへと視線を向ければ、肩をすくめられた。
言葉に直すと、正解だといったところだろうか。
そして実際にその通りの言葉がやってきた。
「魔王討伐の時はボクもそれほど見れてはいないんだけど、ボクとしては正直どうしてそうなったのか、って感じだからね。むしろボクの中ではアレが例外だよ」
「でもそうなると、後は何があるかしらね。……というか、当時何が起こったのかを推測しようにも、その大断絶のせいで当時の状況がよく分からないんだから、そもそも推測しようとすること自体無理な気がするんだけど?」
「まあ、確かにね。そして当時何があったのかを推測させることが今回の授業の趣旨じゃないからとっとと答えを言っちゃうけど、当時幾つもの国の名が消えたのは、単純に統一されたからなのさ」
「強大な力を持つ邪神に対抗するため、なのじゃ?」
「ということだね。彼女が直接滅ぼした国は、一つだけだよ。さらにより厳密に言うならば、その国の首都を滅ぼしたら後は勝手に瓦解したって感じだし。ま、だから彼女に責任がないなんてことを言うつもりはないけどね」
「ふむ……そういえば、邪神の暴れた地、と言われている場所は一つ聞いた事があるであるが、逆に言えばそれ以外聞いたことはないであるな」
そこは今でさえ雑草一つ生えない死の大地と化している、という話だが、確かに邪神が本当にもっと暴れていたのならば、他にも同じような場所が存在するはずである。
元々当時を知る者の証言なので疑う余地はないのだが、少なくとも現時点で矛盾はない。
「彼女はずっとそこで待ち構えていて、最終的に彼女が滅ぼされたのもそこだからね。ただ、そんなことは当時の各国には知る由もないため、少しでも対抗できるように、抵抗できるようにって、大国小国に限らず手を取り合ったのさ」
「なるほど……? でもそれだと、責任って言葉は相応しくないような気がするんだけど?」
「そうじゃな。確かに幾つもの国の歴史が途絶えたのは人の手によるものではあるものの、それでは責任とは言えんじゃろう」
「うん、だってそれが原因じゃないもの。というか、おかしいとは思わないかい? 統一したからといって、そこで以前までにあった国の歴史が消えるわけじゃない。滅ぼされたんでもなければ、普通はそのまま継いでいくものだからね」
「そういえば、汝も国の名が消えた、としか言わなかったであるな」
「そういうこと。で、まあこれもとっとと結論を言っちゃうけど、歴史が途切れたのは自分達で当時の資料を焚書しちゃったからなんだよね。物理的に抹消しちゃったんだから、当時あった国の歴史が途絶えるのは当然ってわけさ」
「は……? どうしてそうなったのじゃ?」
唖然とした顔をするヒルデガルドであるが、きっとソーマ達も似たような顔をしていたことだろう。
普通に考えれば中々有り得ることではないからだ。
要するに当時の歴史を黒歴史扱いし、なかったことにしてしまったということである。
一体何があったらそんなことをするというのか。
「ちなみに当然と言うべきか、やったのは当時じゃなくて、大体当時から二百年後ぐらいかな? 今から約三百年前ってことだね」
「内紛……いや、そんなことするぐらいならば普通に分裂しそうな気がするであるな」
「まあこれに関しては考えてもちょっと分からないと思うよ。というかまあ、ぶっちゃけるとうちの恥部なんだけど」
「うち……聖神教の、ってこと?」
「恥部って一体何をやらかしたのじゃ?」
「いやあ、その辺ボクもちょっと色々余裕がなかった時期だったから気付いたらって感じだったんだけど……どうにも、神が堕ちて人に害をなした、って部分を危険視した人がいたっぽいんだよねえ」
「汝も神である以上は、いつか堕ちてしまうかもしれぬと危惧……されてしまうという可能性を考えて、であるか?」
そういうことだと言わんばかりに、サティアは溜息を吐き出した。
それは理論的に考えるのならば、有り得ないとは言い切れまい。
理論上は確率がゼロである以外は全て有り得るということになるのだ。
そんなことが言えるわけがない。
そして実際に神は堕ちてしまっているのだ。
尚更否定出来るわけがなく……だが同時にそれは、ただの暴論でもある。
同じ神だといっても、所詮同じ神と呼ばれる存在だというだけだ。
どこかの誰が狂ったからといって、自分もいつかもしかしたら狂ってしまうのかもしれない、と考えるのは自然だが、そこで狂った誰かの存在を記録上から抹消しようとしたら、それこそが狂っている。
臭いものに蓋をしたところで、その中身がなくなるわけではないのだ。
むしろ危険なものを見えないようにして、考えさせなくさせてしまう方が遥かに害悪だろう。
「勿論そんなことを考えたのは極々一部だ。だけど残念なことに彼らには力があって、世界中にその声を伝える術が存在していた。当時のボク達は国を構えていて、しかも世界の頂点に立っていたからね」
「まあ、貴様らが国を持ったらそうなるのは道理じゃな」
今でさえ、上手くやれば世界を二分可能な程度の影響力を持っているのだ。
国という確かな基盤を持てばそうなるのも当然のことではあった。
「今のボク達が国を持たないようにしてるのも、実はその辺に起因してるんだよね。当時はほんの一部が暴走しただけだったのに、瞬く間に全世界へと広がり、気がつけば歴史上にポッカリ空白ができてしまった」
「その過ちを二度と繰り返さないために、ってこと?」
「本当ならば聖神教を解散すべきなんだろうし、一度は検討もしてみたんだけどね」
「それはそれで影響力が大きすぎる、であるか」
「しかもどこまで波及していくかはもうまったく読めんじゃろうからな」
「まあ、あたしが軽く考えただけでも、とりあえず酷いことになるんでしょうね、ってことだけは分かるものね」
「一応これでも、少しずつ縮小傾向にはあるんだけどね? ただ……結果論ではあるけど、まだこれだけ影響力を残しててよかったって言えるかもね」
「ふむ……どういうことである?」
「さっき、ボク達の影響は全世界に広がったって言ったよね? でもそれは厳密に言うと正しくはないんだ。厳密には、たった一国だけ影響を受けなかった国がある」
「……ユピテル皇国、であるか」
話の流れからすれば、それ以外に有り得まい。
そう告げれば、サティアは肩をすくめつつも頷いた。
「そういうことだね」
「……今日この話をしたのも、そういうことなの? その件が今回のことに何か関係がある、と? あるいは、抹消されてしまった……いいえ、抹消されなかった歴史の中に、かしら?」
「さて……今のところ言えるのは、その可能性もある、ってことだけかな? というか、正直なところあそこが世界側に付いた理由はボクにもよく分からないんだよね」
「その割には、皇国が敵に回ったことをそれほど驚いてる様子はなかった気がするのじゃが?」
「そりゃボクが驚くわけにはいかないからね。でもあの紙を見たときボクが本気で驚いたのは事実だよ。あそこだけはないと思ってたからね」
「ふむ……それはどういう理由によるものなのである?」
「単純な話さ。あの国はいつだって、誰が上に立とうが常に人類全体のことを考えてきた。大国の意思にすら流されることなく、一歩身を引きながらね。千年近くの歴史を持つっていうのに、あの国は一度も頂点に立つ事がなかった。おそらくは、意図的に、ね。まあ、それも今代の皇帝になるまでの話ではあったんだけど」
そういったわけで、関係あるのかは分からないが、無関係とも限らないために今回はこの話をすることにした、ということのようだ。
魔法には関係のない話であり、何かに応用出来る気もしないが、世界及び皇国に対する備えは急務である。
ならばこういった話をされるのも、仕方なくはあるのだろう。
何よりもそれを望んだのは自分自身であり、知らないことを知れたという意味では多少好奇心が満たされたのも事実だ。
ただ、出来れば次は今回の一件に関係ありそう且つ、魔法にも関係のあるような話をしてくれないだろうかと、自分でも我侭だと分かっていることを思いつつ、ソーマは一つ息を吐き出すのであった。




