神との遭遇
不思議と、それほどの驚きはなかった。
いや、より正確には、もう驚きすぎて感覚が麻痺してしまっていただけなのかもしれない。
だが少なくとも、この部屋に足を踏み入れた瞬間のことに比べれば大したことがなかったのは事実だ。
目の前にある、少女の姿を形どった存在。
それが仮称などというふざけた自己紹介をしたのをすんなりと受け入れられたのも、直後に何を口にするかを理解できていたためだろう。
――神。
その言葉に嘘偽りなどないということは、誰に何を言われるでもなく分かっていた。
アイナは聖神教の信者ではないし、神の存在は人並みに信じている程度だ。
それでも一目で理解できてしまう程度には、その存在感は凄まじく、気圧されるほどだったのである。
あるいは、一人きりで会っていたらそのまま入信してしまっていたかもしれないほどに。
そうならなかったのは、ソーマとヒルデガルドが当たり前のような顔をしてそこにいたからだ。
何でもないような顔をしてその存在と話している姿を目の当たりにしたからこそ、次第に冷静さを取り戻すことが出来たのである。
もっとも、そうは言っても未だ完全に冷静になれたというわけではないのだが――
「ふむ……次代の魔導の王、であるか?」
「まあ厳密には、まだ候補って言うべきかもしれないけどね。ただ、知っての通り特級スキルを持ってる人ってのは少ないし、ほぼ決まりだとは思うけど。ところで、話はちょっと変わるんだけど、七天同士の人が結婚することって結構よくあることなんだけど、知ってたかい? 今代の剣と魔導もそうだったし、やっぱり共通するものがあると通じ合うものがあるのかな?」
「貴様その話を何故今したのじゃ……!?」
「いやあ、ふと思い出しただけで、他意はないよ? ソーマ君も次期剣の王が内定してるから、奇遇だなあって思っただけで。ああ、そういえば、キミも特級スキル持ってはいたけど、既に王の座は後進に譲っちゃった後だったっけ? いや、残念だったねえ……」
「我の負けが確定したみたいにしみじみと言うのはやめるのじゃ……!」
そんなじゃれ合いのようなやり取りをしながら、ふとそれ――サティアの目が自分へと向けられるのをアイナは感じた。
その目はまるで自分の全てを見通すようでいて、同時に吸い込まれてしまいそうだとも感じた。
エレオノーラの目にも似たものを感じたが、それよりももっと深く、得体が知れない。
これは見続けてはいけないものだということを本能的に感じ……だが目をそらすよりも先に、にこりと笑みを浮かべられた。
「それにしても……うん、予想通りその服はアイナちゃんに似合ってるね」
「予想通り、ということは、やはり汝の仕業であったか」
「おや、バレてしまっていたのかい? むむ、もう少し分かりにくくすべきだったかな……?」
「なーにが、むむ、じゃ。そんな色々な意味で無駄なことが出来る者など貴様以外におらんじゃろうに」
相手がどんなものであれ、態度が変わらないどころか物怖じすらしないソーマ達の様子に、本当に相変わらずだと苦笑のようなものが漏れ……ふと、首を傾げる。
今何か、起こらないはずのことが起こったような――
「――あっ。名前……」
「うん? ああ、ボクがキミの名前を知ってることかい? そりゃこれでも神だからね。その程度のことは可能さ」
そう言っておどけたように肩をすくめる姿は、まるで見たままの少女のようでもある。
だがそうではないというのは、他の誰でもない自分がよく知っていた。
それでも、最初に見た瞬間と比べると随分と恐れ多いといった感情が薄れているのは、これが慣れ始めたということなのだろうか。
自分で自分の感情がよく分からないが、相手が本当に神だというのならば、そんなものなのかもしれない。
そしてそれを、考えるだけ無駄だと思ってしまえば、一つだけ聞きたいことが残った。
先ほどのサティアの自己紹介、あれに驚きはなかったものの、疑問はあったのだ。
「えっと……一つ聞きたいことがあるんですけど……」
「ああ、そういう改まった言葉遣いは必要ないよ? ボクあんまそういうの好きじゃないからね。この二人を見習う……のはちょっと勘弁して欲しいけど、まあ気楽に話して欲しいかな?」
「……そう。分かったわ」
昨日も同じような台詞を聞いたからだろうか。
あっさりとその言葉を受け入れたことに、自分で驚いたほどであった。
しかし受け入れられないのならばともかく、受け入れられたのであれば問題はあるまい。
そう納得すると、言葉の続きを口にした。
「それじゃあ、その……さっきの、あたしが次代の魔導の王だって件なんだけど」
「うん、何か疑問に思うようなことがあったかい?」
「ええ、あったわ。だって、七天は人類から選出されるものなはずでしょう?」
だからこそ、魔族には魔天将などという同質な存在達がいたのだ。
もしも人類以外からも選出されるというのであれば、彼らの中で一人ぐらいは七天に選出されてもおかしくはないはずである。
というか、実際七天はそういった謳い文句と共に並べられる名であり――
「――いや? 少なくともボクは、そんなことは一言も言った覚えはないよ?」
「……え? だって、なら魔天将は……」
「七天は単純に武力だけで選ばれるわけではないからね。それぞれにはちゃんと選出される条件があって、その条件に合わなければ選出されることはない。実際一部が空席だったこともあるしね。さすがに細かくは覚えてないけど、多分その人達は何か条件が合わなかったんだろうね」
「ふむ……というか、七天って実は汝が選んでいたのであるな?」
ソーマがふと零した言葉に、そういえばとは思うものの、それほどの驚きがないのは今更だからだろうか。
実際のところ、本当に聖都に神がいるのだとすれば、そういったことが神によって決められているというのはそれほど驚くことでもあるまい。
「ああ、うん、まあね。……秘密だよ? 一応エレオノーラが選んでることになってるんだから」
「誰かに言ったところで法螺扱いされるだけな気がするのじゃがな」
「まあほぼ確実にそうなるであろうな。ところで、アイナの言っていることなのであるが、そもそも人類やら魔族といった区切りそのものがその人類の作り出したものであろう? 聖都はその見方を肯定していなかったはずであるし、ならば七天が人類に限定されていなくとも不思議はないと思うのである」
「……言われてみればそうね」
「まあ、そういうのも一因ではあるかな? 聖都にはボクがいる関係もあって、なるべく中立でいるようにしてるからね。あ、ただ一つだけ例外があった。魔王だけは例外。アレは世界の手が入っちゃってるし」
「え、そうなの? じゃあソーマは……って、あれ? さっきソーマは内定してる、って言ってたわよね?」
ソーマが魔王になったのか、魔王と呼ばれるようになったのか、その辺は正直まだよく分かってはいないものの、少なくとも皇国からの手紙で言及されていた存在がソーマであることは間違いないはずである。
となると、皇国が勝手にそう呼んでいるというだけなのか、あるいはソーマは例外なのか……。
「あー……まあ、その辺は正直ちょっとごちゃごちゃしちゃってるんだけど……とりあえずアイナちゃんは、ソーマ君は確かに魔王で、でも七天にも選ばれる資質を持ってる、って覚えておけば問題はないかな?」
結局よく分からないままだが、割と自然に納得する事が出来たのは、目の前の相手が神だからではなく、ソーマ絡みだからなのかもしれない。
ソーマが絡むとよく分からないことが起こることは珍しくない……というか、ほぼ毎回だからだ。
よく分からないままに納得する事が出来なければ、やっていられないのである。
「というか、実はその辺キミにも同じことが言えるんだけどね」
「え、あたしが……?」
「うん、キミもキミで色々と複雑に絡み合ってるからね。まあでもそれはこっちの話で、キミはちゃんと七天に選ばれる可能性が高い状況だから、気にする必要はないよ」
「気にする必要がないのであれば、最初から言わなければよかったのではないであるか?」
「あー……確かにね。でもほら、ボクって神だからさ。求められればつい応えちゃうのさ」
「今のは誰からも求められていなかった気がするのじゃが……?」
そんなやり取りを横目で眺めつつ、アイナは自分で口にした疑問への答えに納得するかのように一つ頷いた。
とりあえずは、魔族だろうと何だろうと、関係なく七天に選ばれることは可能らしい。
それが嬉しいかどうかは、正直何とも言えないところだ。
仮に本当に七天に選ばれたとしても、それによって何かが起こるわけでもない。
ディメントとしては何かに利用出来そうではあるが、アイナ個人として何か利点があるわけでもないのだ。
ただ。
サティアが変なことを言ったからだろう。
何故かふと頭に思い浮かんだのは、色々と世話になることも多いソフィアが、クラウスと並んで立っている光景であった。
自分達が七天に選ばれれば、自分達もあんな風になるのだろうかと――
「――あ、そうそう」
「きゃっ……!?」
自分でも思っていないほど思考に没頭していたのか、サティアから声をかけられた瞬間、反射的に口から悲鳴が漏れていた。
何事かと軽く驚いた様子の三対の瞳がこちらへと向き、顔が赤くなるのが自分でも分かる。
「え、えっと……なによ?」
「あ、うん……その、今の話にもちょっと掛かってくる話なんだけどね?」
若干戸惑った様子ではあるものの、構わず話を続けてくれたことに心の中で感謝しつつ、続いた話の内容そのものに首を傾げる。
七天に関連して、まだ何か話があるというのだろうか……?
「ああ、七天の話っていうよりかは、ソーマ君が魔王だってことの方に関わってくる話なんだけど……アイナちゃんはボク達の仲間になってくれる……少なくとも、そのつもりはあるんだよね?」
「……まあ、そうね。そのつもりがなければそもそも来ないし、さっさと帰ってるもの。それが?」
実際のところ、父からアイナに与えられた役目は、とうに終わってはいた。
言伝をするところまでがアイナの役目で、それ以降は自分の判断に任せると言われていたからである。
だから、この場に留まっているのはアイナの意思でだったりするのだが……もしや仲間になるには何か条件があったりするんだろうか?
そこまで考えて、いやそれは当然かと思い直す。
ソーマ達の友人だとしても、無条件で仲間に入れるわけがあるまい。
しかもどう考えても厄介事が待ち構えている。
仲間、などという言葉を使っていることからもそれは明らかだ。
詳しい話は未だ聞いてもいないのだし、何を言われても不思議ではない。
何を言われてもいいように、心構えをしっかりとし――
「うん、じゃあ……試しってことで、ちょっとソーマ君と戦ってくれないかな?」
「……はい?」
思わず間抜けな声が漏れてしまったけれど、そこに自分の責任はないに違いない。
にこやかな笑みを浮かべるサティアの顔を眺めながら、アイナは頭の片隅でそんなことを思うのであった。




