元最強、顔合わせをさせる
聖都に世話になってからのソーマ達の生活のサイクルは、大雑把に分けてしまえば二通りになる。
即ち、サティアが起きているか否かによってその日の行動はガラッと変わってくるのだ。
とはいえ、サティアが寝ている場合は単純である。
今のところこれといってやることというかやれることがないからだ。
世界に喧嘩を売るなどと啖呵を切ってはみても、結局は向こうの出方を待つしかないのである。
出来ても精々がサティアがいなくても仕入れることが可能な知識を取り込む、といったところではあるが、これは実際のところ驚くほどに効率が悪い。
とりあえず可能な限り書物から得ようとしても、中々得られないからだ。
ソーマ達が知ろうとしているのは、言ってしまえば世界の真実である。
だが真実とは時に過激であり、また広く知られている常識とは矛盾することも多いものだ。
誰も知らない世界の真実、などといったものを扱うのはある意味では宗教の専売特許ではあるものの、あまりに露骨にやりすぎてはただの怪しい団体となってしまう。
特に今までは明確に世界に対し反旗を翻すつもりもなかったので、大人しくしている必要があったのだ。
そういった諸々の事情により、真実に関して書かれている書物というのは少ないのである。
あとは単純に、ソーマの知識量がエレオノーラ達の想像していたよりも上だった、というのもあるだろう。
伊達に十年以上もの時間を知識を蓄えることに費やしてはいないのだ。
元々は魔法を使うためのものではあったが……何にせよ様々な知識を既に得ていたということに違いはない。
ソーマの知らない情報というのは聖都にも数えるほどしかなく、特にソーマが興味を引かれるような分野に関しては、ソーマに与えられていた本がその全てであったと言えばその少なさも分かるというものだろう。
それもソーマが知らなかったことは、本に書かれている全てではなくその一部などであったのだから、尚更だ。
昨日ソーマが暇を持て余してしまっていたのもそういったことが理由であり、今後どうするのかを考えるのは割と急務である。
もっとも、少なくとも今日に関しては考える必要はないが。
今日はサティアが起きる日だからだ。
ちなみにサティアの起きる日の行動は決まってはいない。
具体的に何をするのかはサティアの気分で決まるからだ。
いや、実際には何か考えがあって決めているのだとは思うが、どう見ても気分で決めているようにしか見えないのである。
そのため今日何をするのかも、本人に会ってからでないと分からないといった有様であり――
「ね、ねえ、ちょっと……本当にあたしがこんなところ来ていいの……?」
と、さて今日は一体どんなことをすることになるのだろうか、などと考えながら見慣れ始めてきた場所を歩いていると、後方から不安そうな声が耳に届いた。
足を止めることなく視線だけを向けてみれば、そこにあったのは声と同様不安そうな表情を浮かべているアイナの姿だ。
着ている服は今日もメイド服であり、どうやら本気でここにいる間はアレを着続けるつもりなようである。
まあそれはともかくとして、今ソーマ達はサティアの部屋へと向かおうとしている最中であった。
つまりは神殿の奥へと向かっているわけであり、アイナが不安そうなのもそれが理由だろう。
何やら随分とここに対して気後れしているらしいアイナからすれば、たった今自分で口にしたように、自分がこんなところにいるのは分不相応なのではないか、などと考えているに違いない。
しかしそれは完全に考えすぎだ。
「だから、さっきも言ったであろう? アイナも呼ばれているのだから問題はない、と。昨日エレオノーラが直々に今日また話す、と言っていたであろうに」
「そ、それはそうだけど……あれって昨日の場所で、ってことじゃないの? いえ、それはそれで恐れ多いんだけど……」
「恐れ多いって……別にアレに対してそこまで畏まる必要はないと思うのじゃがな。というか、本人もそう言っていたじゃろう?」
「アイナの立場は我輩達と同等の客人だとも言っていたであるしな。我輩達を見れば普段通りの態度で問題ないのは明らかなのであるから、アイナも普段通りでいればよかろうに」
「あんた達は普段通りすぎるのよ……! っと……」
叫んだ直後、叫んでしまったけど大丈夫だろうか、とでも言いたげな様子で周囲をきょろきょろと見回しているアイナの姿に、ソーマはヒルデガルドと顔を見合わせると肩をすくめる。
どうやらしばらくの間は普段通りでいることは難しそうだ。
尚、ソーマ達がこうしてサティアの部屋へと向かっているのはいつも通りではあるが、そこにアイナの姿もあるのは、無論のこと一緒に連れてきたからである。
実際に何かを言われたわけではないのだが、昨日のエレオノーラとのやり取りから考えるに、これで正解のはずだ。
というか、サティアに会わせないのであればここに留めておく意味はなく、また協力に関しても同様である。
それで何をどうするつもりなのかまではさすがに分からないが――
「ま、不安なのは分からんでもないであるが、とりあえず心配無用だとは言っておくのである。何か不穏なことが起ころうとも、その時は我輩が斬るだけであるしな」
「べ、別にそういう意味だったら心配してないわよ…………あんたがいる時点で、そういう心配はする必要ないだろうし」
「そうであるか。信頼してくれているようで何よりである」
「我は!? 我はどうなのじゃ!? 我に何かあってもどうにかしてくれるのじゃ!?」
「貴様は別に我輩がどうにかせんでも勝手に自分でどうにかするであろう?」
「この態度の差……!? 何故なのじゃ我のことも助けるのじゃ贔屓なのじゃ差別なのじゃ……!」
「贔屓はその通りではあるが、差別ではなく区別なのである」
そんなことを言っている間に、サティアの部屋へと辿り着いた。
ちらりとアイナの様子を確認してみるも、多少の不安はありながらも何とか大丈夫ではありそうだ。
そのまま中へと足を踏み入れる。
と、どうやら既に起きていたらしく、部屋に入って早々にサティアの姿を発見した。
ただ、何故かその顔には苦笑が浮かんでいる。
「ふむ……少々騒がしかったであるか?」
「いや、それはある意味いつも通りだから構わないんだけどさ……それよりも、別に不穏なこととかは企んでいないから、斬るのは勘弁して欲しいところだね」
「……なるほど」
どうやら話していた内容まで聞こえていたらしい。
とはいえ、無論言葉の綾というか、本気でそんなことを考えていたわけではないが――
「さて……確約は出来んであるな。少なくとも、何かを企んではいるようであるしな」
「信用ないなぁ……まあ、考えてることがあるのは事実ではあるけどね。ただ、それは……最低でも彼女をどうこうしようってものではないってことだけは事実だよ? だから……その殺気にも似た気配を収めてくれると助かるかな? 実際ボクは彼女に何もしていないわけだし、彼女がそうなってるのはボクのせいじゃないってことは分かってるでしょ?」
「……まあ、そうなのであるがな」
サティアの言葉を確かめるように後方へと視線を向けてみれば、アイナが目を見開いたまま、パクパクと口を開閉していた。
その目が向いているのはサティアであり、その瞳の中にあるのは驚きと……畏れ、だろうか。
若干顔色が悪いのは、気あたりのようなものであるに違いない。
そう、確かにそういったことであるのは分かっている。
サティアが何もしていないというのも。
だが、それはそれ、これはこれ、なのである。
「というか、だから言ったでしょ? ボクは誰かの前に姿を見せるわけにはいかない、って」
「一目でバレる、ということの意味は理解していたつもりだったであるが……ここまで、であるか」
「まあ、自分がどれだけ外れてるか、というのは意外と自分だけでは分からんものじゃからな」
「ふむ……最初は遠目に見るだけに留めておいて、少しずつ近づかせた方がよかったであるか? いや、今からでもそうすべきかもしれんであるな」
「ボクは珍獣か何かかな? まあでもその必要はないと思うよ? 彼女もすぐに慣れるだろうし。まだ一般人寄りだとはいえ、彼女も外れていることに違いはないからね。特級を持っているのは伊達じゃないさ。っと、言っている間にも」
言われ、顔を戻せば、確かにアイナの顔色には変化が生じていた。
瞳の中にある驚きと畏れは変わらないものの、ゆっくりと元に戻っていく。
口の開閉も止み、完全に落ち着くまであと少しといったところだろう。
そしてそれを見越したサティアが、にっこりと笑みを浮かべ――
「やあ、初めまして。ボクは仮称サティア・リンデンベルク。一応神の一柱なんてものをやってるけど、あまり気にしないで欲しいかな。これからは仲間になるんだしね。よろしく――次代の魔導の王」
アイナに向け、そんな挨拶を告げたのであった。




