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元最強、暇潰しの雑談に講じる

 さて、給仕として神殿で世話になることになったアイナではあるが、あくまでもこれは建前というか、折衷案であることは改めて言うまでもあるまい。


 そもそもアイナは給仕として鍛えられたことは勿論のこと、経験したことすらないのだ。

 だというのに、聖都の主が生活する場所で突然給仕として働けるわけがないだろう。


 大体神殿には既に十分な数の給仕が存在している。

 しかも聖都の神殿に仕えるのだから、当然一流の腕と経験を持った給仕だ。

 色々な意味でアイナが入る余地はないのである。


 それにソーマ達はそういったことがないと知ってはいるものの、可能性としてはスパイであったり、エレオノーラの暗殺を企んでいることだって有り得るのだ。

 尚更給仕として用いる事が出来るわけがなかった。


 ちなみに、アイナがその事実に気付いたのは、夕食を迎えた時のことである。

 自分も働こうとして、客人にそんなことはさせられないと断られたのだ。


 というか、本当に給仕をやるつもりならば、夕食時までソーマの部屋で一緒にだらだらしていたのは問題でしかなかったのだが……その辺に気付かなかったのはアイナらしいと言うべきか。


「むぅ……」

「で、アイナはいつまで膨れているのである?」


 夕食を食べ終え、部屋へと引き上げてきた後、結局普通に客人としてもてなされたアイナは、頬を膨らませ拗ねていた。

 歳相応とは言い難い姿ではあるが、気持ちは分からなくもないので苦笑を浮かべるしかない。


「ふんっ……いつまでだってあたしの勝手でしょ」

「まあそうなのであるが、そんなに給仕したかったのであるか?」

「っていうのよりも、給仕はさせないくせにこんなものを着せた事が、よ。これじゃあ、あたし着せ替えて楽しまれただけじゃないの……」


 恨みがましい目で見られても、ソーマとしては肩をすくめることしか出来ない。

 メイド服を着せたのはソーマではなくエレオノーラであるし、何よりも事実としてその通りだったからだ。


「とはいえ、何だかんだでアイナも楽しんでいたじゃろう? というか、実は何気にその服気に入っているじゃろう?」

「そっ、そんなことないわよ……! 何を根拠にそんな……!?」

「根拠も何もじゃな……給仕はしたくても出来ないということが分かったというのに、未だにその服を着ている時点で明らかだと思うのじゃが?」

「うっ……!?」


 図星だったらしく、ヒルデガルドの指摘に反論することなく、アイナはそっぽを向いた。


 まあ実際ソーマもそれは気付いていたので、バレバレではある。

 食事時は仕方なかったとしても、こうして戻って来たところでアイナは着替えようとはしなかったのだ。


 弄ばれた象徴の服であることを考えれば、本来は一刻も早く着替えたいはずである。

 そうしなかった時点で、メイド服を何気に気に入っているのは明らかであった。


 ちなみに、アイナに宛がわれた部屋は、実はソーマの部屋の隣である。

 何でもそこがソーマ達の部屋に次いで上等な部屋らしいのだ。


 本人がどう捉えていようとも、アイナは王女で使者な客人なのである。

 下手な部屋を使わせるわけにはいかず、そもそも今ここに客人などソーマ達しかいないことを考えれば、そうするのは道理だ。

 相手の立場に応じた部屋を宛がうのは理屈上では正しいものの、敢えて相手と距離を置きたいのでもなければ、わざわざ劣っている部屋を使わせる必要はないのである。


 尚、そのことにヒルデガルドがずるいだの自分がそっち移るだの言ってはいたが、戯言なので気にする必要はあるまい。

 ついでに言うならば、部屋が隣なのに何故こうしてソーマの部屋に来ているのかと言えば……何となくか、暇潰しのためだろう。


 客人として扱われる以上は、アイナにやることなどはないのだ。

 となれば、暇潰しのために顔見知りのところにやってくるのは極自然な行動である。


 閑話休題。


「べ、別にこの服が気に入ってるとかじゃなくて……そう、あたしはここに滞在する条件としてこれを着ることを約束したから、よ。だから仕方なく着ているってだけで、他意なんてないわ」


 それはどう考えても今考えたばかりの言い訳でしかなかったが、本人がそれで納得しているのであれば構うまい。

 何よりも――


「まあ、我輩としては眼福だから構わんであるがな。少なくとも我輩が言った似合っているという言葉は嘘ではないであるし。出来るのならばその姿でアイナの給仕を受けたいぐらいであるしな」

「だっ……も、もう分かったってば……! っていうか、だから別に気に入ってるから着てるわけじゃないって言ってんでしょ……!?」

「そうは言いつつも嬉しそうな様子を隠せていない時点で、その台詞には何の説得力もないのじゃがな」


 ヒルデガルドがぼそっと呟いた言葉は聞こえなかったのか、アイナは不機嫌そうにそっぽは向くものの、その口元は僅かに緩んでいた。

 無論のこと、敢えて指摘したりはしないが。


 機嫌が直ってくれたようで何よりである。


「むぅ……それにしても、あの服を着ただけでソーマがこれだけ褒めてくれるというのであれば、本当に我も着るべきな気がするのじゃが……? そして朝目覚めと共に、枕元でこう囁くのじゃ。――おはようございますなのじゃ、ご主人様。からの、我と共に二度寝! 完璧じゃな……!?」


 と、何やら気がつけば馬鹿が興奮しだしていたが、ここは敢えて放置しておくべきだろう。

 構うから付け上がるのである。


 さて、そうして暇潰しがてら何か適当な本でも読もうかと思い、しかしそこで気がついた。

 そうだ、暇潰しになるような本は全て読み終わってしまったのである。

 昼間その代わりとなるようなものを探し、その途中でアイナと再会してしまったのだから、当然のように本はない。


 エレオノーラにこれ以上余計な世話をかけないように、ということで自力で探しに行ったのだが、これは仕方なく再度世話になるべきだろうか。

 とはいえ、エレオノーラはアイナ来訪からのあれこれで相応に時間を使ってしまい、今は再び執務の時間のはずだ。

 さすがに私的な理由で邪魔をするわけにはいくまい。


 本を頼むだけならばその辺の給仕やら使用人やらに頼んでも何とかなりそうな気もするが、望んだものがやってくるかは未知数だ。

 もっとも、何が来たとしてもある意味自業自得ではあるので、意に沿わぬものが来ても我慢すればいいだけのことではあるのだが。

 どうせ暇潰しをするにしても大した時間ではない。


 尚、ここに給仕がいるというのは既に述べた通りだが、その給仕達が着ているのは民族衣装じみたものである。

 全員が似たようなものを着ているので、アレがここの制服的なもののようだ。

 メイド服の出番がないというのも、そういう意味である。


 と、外に出て本を持ってきてもらうか、あるいはいっそ本のある場所に案内してもらうべきか、などと迷っていた時のことであった。


「ねえ、そういえばソーマ」

「うん? 何である?」


 声に一旦思考を中断し、視線を向ける。

 向けた視界の中では、不機嫌なのは直った設定になったのか、それ以上に気にかかることでもあったのか、アイナが真面目な顔で首を傾げていた。


「何か気になったことでもあったのであるか?」

「そうね……気になったって言えば気になったことなんだけど、あんた達ってここで何してるの? あたしにやることがあったせいもあったけど、そういえば聞いてなかったと思って。あんたが姿を消してから、ずっとここにいたんでしょ?」

「ずっと、というわけではないであるが……まあ、ほぼその通りだった、というのは事実であるな。それで、何をしているのか、であるか……」

「ええ。まあ、あんたのことだからどうせ何かに巻き込まれてるんでしょうけど」


 それを鋭いと言うべきか、行動パターンを読まれていると言うべきか、果たしてどちらであろうか。

 まあどちらであろうと結果は同じなわけであるが……さて。


 ――世界を救うために、世界へと喧嘩を売っている。


 そんなことを口にして、信じてもらえるか否か。


 いや、アイナのことだから、案外簡単に信じてしまうかもしれない。

 またあんたはそんなものに巻き込まれてとか言って、呆れたような目で見ながら。


 しかし。


「ふむ、そうであるな……ところで、その前に一つ聞きたいのであるが」

「なによ?」

「エレオノーラに、仲間だと告げたであろう? その意味するところを、アイナは理解しているのであるか?」


 おそらく、伊織は大体の事情を理解しているのだろう。

 その上で、自分も世界へと喧嘩を売る同志となる、と告げてきたのだ。


 ただし、そこまでを理解しているのがどれだけいるのかは不明である。

 上層部の者達に関してはある程度知っているとは思うものの、それ以外は何とも言えないところだ。


 ただ、アイナに関して言えば――


「いいえ? あたしは知らないわ。そう言えば通じるから、としか言われていないもの」

「そうであるか……」


 その返答を聞いて思ったことは、やはり、といったものであった。

 伊織は敢えてアイナにだけは知らせず、わざわざここで知るように謀ったのだろう。


 まったく……余計な真似をする友人であった。


「……その様子からすると、あんたは知ってるのよね?」

「知ってるであるが、教えるつもりはないであるぞ?」

「……何でよ?」

「色々と説明するのが面倒なのと、二度手間になりそうだから、である」

「二度手間……?」

「うむ、おそらく明日になれば分かるであろうからな」

「明日……? ……そういえば、その件で明日話があるとか言ってたわね……」


 どうやら今の言葉だけである程度理解出来たようだ。

 その瞳にあった不満も消え……少なくとも、パッと見では分からないようになる。


 相変わらず色々な意味で賢く、出来た娘であった。


「……そ。なら精々明日を楽しみにしておくとするわ」

「そうしておくといいのである」


 さてアイナは、話を聞いてどんな結論を出すのだろうか。


 世界が敵であると聞いて……それでも世界へと反逆するという選択を取る事が出来る者は、きっと多くはない。

 たとえそうしなければ死ぬと分かってはいても、それほどまでに強大なのが世界という存在だ。

 膝を屈する選択をしたところで、ソーマは文句を言うことはないだろうし、その資格もない。


 それでも、出来れば――


「って、ソーマからまったく反応がないのじゃが……!? いい加減何か……いや、これはもしやほうちぷれいとやらなのじゃ……!? ふむ……これはこれで結構ありなのじゃ……!?」

「……アレは無敵なのであるか?」


 ふと、呆れた声が漏れ……それと共に、ほんの少し肩の力が抜けた。

 そしてそれで、肩に力を入れていたということに気付く。


 直後に、らしくなかったと、苦笑を浮かべた。


「本当にあやつはどうしようもないであるな……というか徐々に悪化していっていないであるか?」

「それには同意するけど、あんたの担当でしょ? 何とかしなさいよ」

「ちと我輩がどうにか出来る領分を超えてるであるな」

「ちょっと、あんたで無理ってことなら、世界中の誰にも無理ってことじゃないの」

「それはさすがに我輩のことを持ち上げすぎであろう」


 そんなくだらない馬鹿話をしながら、アイナと二人苦笑を浮かべ合う。


 そうして、さて、明日はどうなるやらと、ソーマは肩をすくめながら、そんなことを思うのであった。

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