元最強、少女達の救出に向かう その2
目的の場所は意外なほど呆気なく見つかった。
だがそれを目にした瞬間、ソーマ達は驚愕に目を見開くこととなる。
何せ――
「こりゃ町ってよりは村だな……」
「うむ……さすがにこれは予想外なのである」
そう、規模的には町相応だろうと思っていたそこは、明らかに村だったのだ。
周囲に張り巡らされているのは木の柵であり、ざっと眺めただけでも建物は十数軒しかない。
人口は、五十人もいないだろう。
「さて、どうしたものであるか……」
ソーマ達があそこに行けば、間違いなく余所者だということがばれるだろう。
もっとも、それそのものに問題はない。
だから問題なのは、情報を得られるだろうかということだ。
町であれば、色々な情報を得ようとする者がいてもそれほどおかしくはないだろう。
しかしこんなところでそんな真似をするのは、どう考えてもおかしい。
素直に教えてくれるかは、正直疑問であった。
「ま、とはいえ悩んでたとこで仕方ない。考えるのは一先ず行って、実際にやってみてから、だな」
「……そうであるな」
何となく結果は目に見えているが、或いはという可能性に賭け、二人はその村へと足を向けた。
「そして見事に全滅、と……予想通り過ぎて溜息も出ないであるな」
町――否、村の片隅で、ソーマは一人空を仰ぎ見た。
結論から言ってしまえば、今呟いた通り全滅だったのである。
とりあえず目についた人物に片っ端から周辺のことを聞いてみたのだが、分からない、知らない、無視される、のどれかであった。
取り付く島もないとはこのことであり、ソーマが見るからに子供だということも関係しているのかもしれない。
まあ明らかに厄介事だ。
関わりたくないと思うのは当たり前のことである。
「ふーむ……この分だと先生の方も期待できそうにないであるかな……」
見た目で言えば、カミラも子供と見られてもおかしくはない……というか、そう見るのが普通だ。
そうなると、やはり向こうも同じような感じになっている可能性が高いだろう。
時間を省略するためソーマとカミラは二手に分かれていたのだが、むしろ一緒の方がマシだったかもしれない。
もっとも、子供一人だろうと二人だろうと、結局一目で厄介事があることは分かってしまうので、結果は変わらなかったかもしれないが。
ともあれ、さてどうしたものかと考え――
「……坊や、さっきから色々な人に声をかけているようだけれど、どうかしたのかい?」
そんな声をかけられたのは、その時のことであった。
視線を下ろし、向けてみれば、そこに居たのは一人の老婆だ。
かけられた言葉の内容から察するに、どうやらソーマのやっていたことを見ていたようである。
とはいえ、実際のところそれ自体は別に驚くようなことではない。
ソーマは老婆が居ることも、自分のことを見ていたことも知っていたからだ。
警戒心に満ちた目でソーマのことを見ており、そのため最初から聞きに行くことはなかったのだが……向こうから話しかけてくるとは思っていなかったので、少々意外である。
しかし何を思っての行動なのかは分からないが、話しかけてきたということは、少しは話す気があるということだろう。
このチャンスを逃す手はなかった。
「うむ、実は少々用事があってあっちの方に行かなければならなくなったのであるが、この周辺の地理感が我輩にはないのだ。しかし食料の調達などもあるが故、その周辺に何があるのかを知りたかったのであるが……」
「ふむふむ、なるほどねえ……皆が関わろうとしないのは、そういうわけかい。そりゃあそうなるだろうねえ」
「む? どういうことであるか?」
「まああまり有名な話じゃないから、知らないのも無理はないだろうけれど……あっちの方には、とある遺跡があるんだよ」
「遺跡……?」
何でもそれは、数百年前に使われていた祭壇であるらしい。
とある神が祭られていた場所であり――
「……それってもしかして、邪神であるか?」
「ああ、そういうことだねえ。だから皆あっちには近付こうとしないし、関わろうともしない。下手に関わったらどんな難癖をつけられるか分からないからねえ」
「ふむ……なるほどなのである」
邪神とは、数百年前にこの世界に降り立った、狂った神のことだとされている。
何でも人類を滅ぼそうとしたらしいが、逆にとある英雄によって滅ぼされたとのことだ。
ちなみに聖神教の信じている神とは勿論別口である。
この世界には元々二柱の神が居たが、一柱が狂ってしまったため残った神は一柱のみとなってしまった、というのが彼らの主張だ。
まあそれはどうでもいいのだが、実はこの邪神、魔族の信じる神とされている。
厳密にはその信者の末裔とのことだが……当然それもでっち上げだ。
というよりは、実際には順序が逆なのである。
その方がより都合がいいから、魔族は邪神を信仰している、とされたというわけだ。
魔族が人類の敵対種と呼ばれているのは、こうした事情が背景にある。
ただそのことからも分かる通り、元から邪神を信仰していた者達は僅かにだが存在しており、その者達は迫害される立場にあった。
まあその教義からして、最終的に自分達も滅ぼすというものなのだから、当然ではあるが。
どの時代どの世界にも、そういった輩は存在している、ということなのだろう。
ともあれそういったことから、邪神を信仰していると知られればただでは済まず、その噂が立っただけで夜逃げの必要があるなどとも言われるほどのものだ。
それ関係のことには関わろうとしないのが当たり前であり、どうやらそれは魔族の間でも変わらないようであった。
そしてそう考えれば、この村の人達の対応も納得出来るものではあった。
改めて考えてみれば、声をかける段階で無視したり邪険にする者はいなかったのだ。
それが場所を口にした途端、関わりたくないとばかりにそそくさと逃げてしまっていたのだから、そういうことだったのかとソーマは頷くばかりである。
「……ところでそれを知ってしまった老婆殿は逃げなくていいのであるか?」
「老い先短い身だからねえ。今更その程度のことで怯える必要がないのさ」
「ふむ……それは我輩からしてみれば助かる話ではあるが……まあいいであるか。ちなみにここからそこまでは、どのぐらいの時間で行けるのであるか?」
「そうだね、歩いてだと一日ぐらいのところだって話だけど……止めておいた方がいいと思うけどねえ。邪神とか関係なしに、あの周辺は魔物が沢山でるし、迂回するのをお勧めするよ?」
「我輩も出来ればそうしたいであるのだが、そういうわけにもいかんのである」
おそらくは、そこが当たりだろう。
そんな場所で何をするつもりなのかは知らないが、まあろくでもないことをしようとしているなど今更だ。
「それで、その場所の周辺には何か目印のようなものはないであるか?」
「……用事がある場所ってのは、そこのことだったのかい?」
「確証はないであるが、多分そうであろうな」
そう言って頷くソーマを、老婆は何事か言いたげに見つめていたが、結局何も言ってくることはなかった。
そして老婆はその存在を知ってはいるが、行ったことはないので詳細は知らないらしい。
まあそれならばそれで、仕方がないことだ。
「ふむ……ちなみに念のために聞いておくのであるが、あっちの方面には他に何があるのだ?」
「うん? あの遺跡に用件があるんじゃないのかい?」
「だから、念のため、なのである。目的とする場所がそこでなかった場合であるな」
「なるほどねえ……とはいえその近くとなると、他には何もないはずだけど……」
そうは言いつつも、老婆は思いつく限りのことを語ってくれた。
それを記憶の隅に書き留めながら、ソーマは頭を下げる。
「色々と教えてもらって助かったのである」
「……なに、大したことは教えられてないけど、助けになれたのならよかったよ」
「うむ、十分だったのである。ところで、何か困っていたりはしないであるか? 色々と教えてくれたお礼に、我輩に出来ることならば何でもするのである。まあ出来ることはあまりない上に、手持ちもあまりないであるが……」
あまりどころか実際にはゼロなのだが、何かしら金銭的なものを要求された場合には、カミラから貰ってくればいいだけのことだ。
もっとも、おそらくこの老婆はそんなものを要求したりはしないだろうと思ってはいるが――
「困っていること、かい? …………別に、そういうのは……ああいや、ならば、少しだけ話を聞いてくれないかね?」
「ふむ、話、であるか……?」
「面白味もなんともないものだけどねえ……ちょうど誰かに聞いて欲しいと思っていたところなのさ」
正直に言ってしまえば、あまり時間に余裕はない。
何せどれほどの余裕があるのかが、分からないのだ。
出来るだけ早く向かうに越したことはなく……だがだからといって、恩ある相手を蔑ろにするのは違うだろう。
少し考えた後で、ソーマは頷く。
「うむ、我輩でよければ、構わないのである」
「それじゃあ、ちょっと聞いてもらおうかねえ……愚かな老人の話を」
そうして老婆は、その話を語り始めた。
「あれはそうだねえ……一年と少し前の話だったかねえ。あたし達はその日、一人の女の子にあったのさ」
「女の子、であるか」
「ここはこんな場所だから、その娘が何処か別の場所から来たっていうのはすぐに分かったよ。勿論、困っているっていうこともね。本当はすぐに余所に行くよう言うべきだったんだろうけど……何でだろうね、何となく、見捨てられなくてねえ」
「ふむ……ところで、達、ということは、老婆殿以外にも居たのであるか?」
「ああ、まあねえ。その時は爺さんも一緒だったのさ。今は腰が悪くなって、家で寝ているけどねえ。まあともかくそれで、一度その娘を家に連れて帰ったんだけど……」
本当はすぐに出て行かせるつもりだったのだそうだ。
暖かいご飯と寝床を与え、十分な休息を取らせたら、すぐにでも出て行ってもらうつもりだった。
だけどその娘の顔は、翌日になっても良くはならなかった。
それは身体ではなく、心が原因だったからだ。
だから、そんな娘に出て行けなんて言ったら、そのままふらふらと何処かで死んでしまいそうで――
「まあとはいえ、あたし達に出来たことなんて、何もなかったんだけどねえ。ご飯をあげて、寝床を用意した。だけどそれ以外何をしていいのか、分からなかったのさ。事情があるのは何となく分かってたけど、聞いたところで何か出来ると思ってもいなかったからねえ」
「ふむ……まあ、分かる話であるな」
というか、実際に経験のあることだ。
いや、ソーマはその娘を保護することはなかったし、それこそ本当に何もしてはいなかったが……何をすればいいのか分からなかったという意味では、きっと同じであった。
或いは、向こうから歩み寄ってくれなければ、今もそのままだったのかもしれない。
「だけどそんな娘が、ある時ちょっとだけ明るくなったんだ。何でも、友達が出来たとか、言っていたかねえ」
「ふむ……友達であるか」
「それからその娘は、ちょっとずつだけど、笑顔を見せてくれるようになってきたんだよ。あたし達は何もしてないけど、それが嬉しくてねえ……。あたし達には子供すら出来はしなかったけど、いつの間にか孫でも見てる気になってたのかもしれないね」
だけどそれでも、その娘から陰は消えなかったのだそうだ。
それは見る機会は減ったけれど、ふとした拍子に、とても寂しく、辛そうな顔を見せるのだと。
「……だけど、つい最近の話さ。その娘が、笑ってくれたんだ」
「ふむ……? 少しずつ笑顔を見せてくれるようになった、と言っていた気がするのであるが?」
「ああ、でもそれは、本当に心の底からの笑顔だったのさ。あたし達は何も出来なかったけど、きっと誰かがこの娘のことを救ってくれたんだと、すぐに分かったよ」
「ふむ……」
「それが嬉しくて……本当に、嬉しくてねえ……」
「……老婆殿?」
ついソーマが声をかけてしまったのは、嬉しいと口にしながら、その声が震えていたからだ。
そしてソーマの目と耳が正常であれば、それは嬉しさからではなく、苦しさからのもののように見えた。
「……本当は、彼女が何者かなんて、とっくに気付いていたのさ。でも言い出せなくてねえ……こんな場所でさえ、色々と話は聞くから。だけど……ああ、だけど……嬉しかったから……もう大丈夫だと思ったから……言っちまったのさ」
「何を、であるか?」
「あの娘は大丈夫だって、そのことを」
「……ふむ」
それだけだと言えば、それだけの話だ。
別に誰も、何も悪くはない。
だけど。
そう、だけど。
例えば、何処かの少女が何処かから家出したとして。
その行方が分からなかったのに、突如あるところから、少女は大丈夫だという言葉を聞いたとしたら。
さて。
その報せは、居場所を教えるのと同義ではないだろうか。
「……帰ってこないな、とは、思っていたのさ。それでそのことを、思い返してもいた。だから……多分戻ったんだろう、って……教えてくれないのは寂しいけど、身分の差を考えれば仕方ないだろう、って……思おうとしたんだけどねえ……」
おそらくそこに根拠はなかったのだろう。
或いは、罪悪感からそう思っていただけなのかもしれない。
望まぬ形で戻されたのではないか、余計なことをしたのではないか。
そんな後悔から生じたものなのかもしれず……だけど。
多分、ソーマの姿を見た瞬間に、確信してしまったのだろう。
ソーマが老婆の姿を見た瞬間に、何となくそうなのだろうと確信したように。
ソーマは彼女から、どんな人物の世話になっているのかという話を、聞いていたから。
ならば老婆も、彼女の友人がどんな人物なのかを聞いてたところで、何もおかしなことはない。
ソーマのことを最初警戒していたのも、きっとそういうことだったのだろう。
「……さて、こんなくだらない話を聞いてもらった上で、申し訳ないんだけどね」
「ふむ? 何であるか?」
「もう一つだけ、頼みごとをしちゃあ駄目かい?」
「うーむ……内容によるであるかな?」
「そうかい、じゃあとりあえず言ってはみるけど……」
そこで老婆は言葉を一旦止めると、真っ直ぐにソーマの目を見つめてきた。
そして深く深く、頭を下げる。
「……あの娘に、伝えてくれないかい? ごめん、って……それだけで、いいから」
老婆たちが、どれほど後悔したのか。
それが言葉にされていない以上、ソーマには分からないし、多分言葉にされたとしても、同じことだっただろう。
だがその一部は、確かに感じられた。
ひしひしと、その言葉と、態度から感じられて――
「ふむ……断るのである」
だからこそ、断った。
「……っ。は、はは……いや、そうだよねえ。そんなの、都合がよすぎる話さ。すまないね、くだらない話を聞かせた上で、くだらない頼みごとまでして……」
頭を下げたままの老婆に、ソーマは肩をすくめた。
その肩が震えているのを眺め、背を向ける。
必要な情報は手に入れたし、恩も返した。
ならば――
「ま、アイナは我輩が絶対に連れ帰ってくるが故、その言葉は自分達で伝えるのがいいのである。それ以外にも色々と言いたいことはあるであろうし、それはアイナも同じであろうしな」
「――なっ!?」
背後で老婆が驚きの声と共に、頭を上げたのを気配から察したが、ソーマが振り返ることはない。
背後に向けて、手をひらひらとだけ振りながら、そのまま去っていく。
正直に言えば、色々と聞いてみたいことはあったし、それは多分向こうも同じだろう。
だがそんなものは、全てが終わった後でゆっくりのんびりと聞けばいいのである。
まあそんな機会が訪れるのかは、分からないが。
とりあえず確実なのは、アイナを連れ帰らなければならない理由が、もう一つ増えた。
それだけである。
そんなことを考えながら、ソーマはカミラとの合流予定地点へと足早に歩いていくのであった。
ちょっと長いので分割しようかとも思いましたが、あまりここら辺に話数かけた上で待たせるのもどうかと思ったので、そのまま&夜にも更新します。




