元最強、啓示を受ける
ふと、目を覚ました。
いや、正確にはそのつもりだった、と言うべきか。
未だ夢の中にいるのだということに、その直後に気が付いたからだ。
そして夢だと気付いたのは、眼前にある光景が見慣れたものだからである。
燃え盛る焔。
耳障りな音。
腕へと伝わってくる、嫌な感触。
周囲に充満しているのは肉が焼ける匂いで、だが食欲が増すどころか、吐き気が増すばかりだ。
とはいえそれは当然のことでしかない。
肉は肉でも、それは人のそれだからだ。
ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅと、嫌な音が止むこともない。
しかしそれもまた当然で、それは手元から聞こえているからだ。
自分の手が止まる事はないのだから、音が止む事がないのは当たり前であった。
ならば腕へと伝わってくる感触がなくなることがないのも同様で、だが実のところ、吐き気を催すのはこれが最大の原因である。
眼下にいるソレらは、自分がつい先ほどまでは、父や母と呼んでいたモノだからだ。
しかし全ては過去のことで、現在を生きる自分はそれを否定しなければならない。
ぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅと、腕を動かし続ける。
……ああ、気持ちが悪い。
闇だけを留めた眼窩が、自分のことをジッと見つめている。
だが頓着せずに振り下ろした腕は、相変わらず嫌な感触だけを伝えてきた。
ぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅと、嫌な音が響き……ふと、あることに気付く。
それは確かに嫌ではあったが……耳障りではなかったのだ。
そうして腕を止めることなく、耳へと意識を集中すれば、もう一つの音が聞こえていたことに気付いた。
……気付いてしまった。
しかし後悔しても既に遅い。
その音は、自分の周りから聞こえていたのだ。
しかも、何重にもなって、一つの音と勘違いしてしまうぐらいに、同じ音が。
――くすくす、くすくす。
思わず目を向けて……ああ、また気付いてしまった。
自分に向けられている、数多の視線。
聞こえていた耳障りな音は、笑い声であった。
そしてそれでも、腕は止まらない。
懺悔をするように、犯してしまった罪を償おうとするかのように。
皆が見ている中で、ひたすらに腕を振り下ろす。
吐き気は止まず……でもそれもやはり、当然のことだ。
最後に一つ、とても大事なことを思い出す。
吐き気だと思っていたそれは、本当はそうではなく。
自分の口元に浮かんでいたのは、皆と同じものであった。
――そんな夢を見た。
「……また随分と寝覚めが悪くなるような夢を見たものであるな」
ぼやきを零しながら、溜息を吐き出す。
まったく本当に、嫌な目覚めである。
昨日は妙に色々なことがあったし、知らず知らずのうちに疲れでも溜まっていたのだろうか。
それにしては、心当たりなど微塵もない夢ではあったが――
「……で、それはそれとして、貴様は何をしているのである?」
「――っ!?」
何故ばれたのじゃ!? とでも言いたげな顔を視界に収めながら、溜息を吐き出す。
むしろ何故ばれないと思ったのか。
「いや……これはきっとあれじゃな? 寝ぼけてるのじゃな!?」
「寝ぼけているのは貴様であろう。寝言を言っているのは、と言うべきかもしれんであるがな」
すぐ目の前にある顔を眺めながら、ソーマはもう一つ溜息を吐き出したのであった。
「……それはおそらく、啓示ですの」
朝食の場で先ほど見た夢の話を口にしたのは、何となくでしかなかった。
何となく話題が途切れ、何となく思い出し、何となく口にした。
だからまともな答えが返ってくるなど思っておらず、だが期せず返ってきてしまった言葉にソーマは首を傾げる。
「啓示、であるか……?」
それは聞いた事がない言葉……というわけではなかった。
むしろ知っていたがゆえの疑問だ。
本当にアレが啓示なのか、という。
「啓示……確か、貴様ら聖神教の信徒へと告げられる、神からの警告であり予言、じゃったか? しかしそうなると、信徒ではないソーマのところへとやってくるのはおかしい気がするのじゃが?」
ヒルデガルドのその言葉にソーマが頷いたのは、二重の意味でであった。
その内容がソーマの知っているものと同じであったのと、後者に対して同意を示すためである。
「うむ……我輩入信した覚えないであるしな」
「つまりは、それほど自然にわたくし達の考えを理解してくださっている、ということですわね? 歓迎いたしますの。いえ……むしろこうしてここで暮らし、わたくしと共に食事を取っていることを考えましたら、既に入信している、ということではございませんの?」
「寝言は寝てからほざくのじゃ」
「あら、夜這いを仕掛けようとして失敗した方には言われたくありませんの」
「なっ……貴様何故それを知っているのじゃ……!?」
「ここがわたくしの主の膝元だということは、わたくしにとっても同様だということですの。そんなことも知らずに夜這いを仕掛けようなど浅はかにも程がありますの……いえ、そもそも時間的に言って既に夜這いではありませんし、その時点でお間抜けとしか言いようがないですわね」
「貴様……言わせておけば随分と好き放題言ってくれるのじゃな……!?」
「神のお膝元で不埒な真似をしようとした方にはまだまだ足りないぐらいですの……!」
既におなじみとなりつつある二人の言い合いは無視し、ソーマは啓示だということについて思考を巡らす。
それを勘違いだとは思わなかった。
思い返してみれば、確かに夢というよりは、夢に近い何かを見せられている、という感じだったからだ。
あれが未来に関わる何かということであれば、不思議と納得出来るものであった。
「ふむ……とはいえ、本当に入信した覚えはないのであるがなぁ……」
と、そう呟けば、ヒルデガルドとの言い合いを止め、エレオノーラがこちらへと視線を向けてくる。
その瞳に浮かんでいるのは、どう説明したものか、とでも言わんばかりの思案であり――
「……実のところ、啓示を受け取るには我が主に仕える必要はありませんの。と言いますか、啓示などと言われてはいますが、実際にはそれは我が主の見ている夢の残滓なのですわ。結果的にそれが未来への警告になっている、というだけで」
「ふむ……? 夢の残滓が未来の警告になるとは、どういうことなのである?」
「そうですわね……我が主が世界と常に繋がっている、という話は知っておりますの?」
「聞いた覚えはあるのじゃな」
確かに、昨日ちらっとそういったことは触れていた。
意識すれば深く繋がることも出来るが、今は意図的に最低限の繋がりに留めている、といったことも。
「それでしたら話は早いですわね。そういった状況であるため、我が主が寝ている時には、世界が今見ている情報が少なからず我が主の元へと流れてきますの。そしてそれは、夢という形になって現れますわ」
「ふむん? その残滓が未来に関わるということは、今見ているにも関わらず、未来のことを見ている、とかいうことになる気がするのじゃが?」
「その通りですから問題はありませんわ。世界は常に未来のことを見ていますの。そうすることで、自身の定めた通りに進む事が出来るのかを常に確かめているのですわ」
「ということは……今あまり派手に動くわけにはいかない、というのもその辺に関係しているのであるか?」
「そういうことですわね。派手に動けば動くほど、未来は劇的に変わってしまいますもの。ですからわたくし達は、最低限の動きで最大の効率を得る事が出来るように準備をしているのですわ」
「なるほど……色々と考えている、ということなのじゃな」
「当然ですの。色ボケしているだけのどこかの誰かとは違いますもの」
「それは誰のことを言っているつもりなのじゃ……!?」
「誰とは言っていないのに反応するということは、図星を突かれた証拠ですの……!」
「ふむ……」
啓示というものがどういうものなのか、ということは分かった。
だが、肝心なものは分からないままだ。
結局のところ、どうしてそれをソーマが見たのか。
「っと、大切なところを言っておりませんでしたわね。失礼しましたの。そういったわけで、我が主と少なからず繋がりがある方ならば、誰でもその残滓を受け取る可能性がありますの。もちろん、あくまでもその残滓と関係がある方ならば、ですが。世界から主へ、主から誰かへ、ということですわね。そしてソーマさんは、我が主と契約を交わした上で、我が主のお膝元であるここで寝泊りしているのですもの。啓示を受け取る条件は十分整っていますわ」
「なるほど……そういうことならば、納得なのである」
啓示は、見せているというよりは、無意識の内にその情報を送ってしまっている、という形に近いのだろう。
あの夢のどこら辺が自分と関係する要素があったのかは分からないが……とりあえずは、覚えておいた方がよさそうだ。
「ふむ……色々と分かりやすく教えてくれて助かったのである。食事中だというのにすまなかったであるな」
「いえ、ソーマさんのお役に立てたのでしたら何よりですの。今はそれがわたくしにとって最も重要な役目ですもの」
「……というか、ふと思ったのじゃが、そもそも何故貴様が我らと一緒に食事をしているのじゃ?」
「あら、わたくしは折角ですからとソーマさんをお誘いした覚えはありますが、あなたをお誘いした覚えはありませんのよ? 勝手についてきておきながら何故とか言われましても、むしろこちらの台詞ですわ」
「何じゃと……!?」
「何ですの……!?」
二人の言い争う声を聞きながら、ソーマは何となくその場を見渡した。
今いる場所は食堂であり、本来ならば止めるべきなのだろうが、先ほどからずっと放置しているのは、他に人影がないからだ。
今日もまた、人がいない時間帯を選んで来ているためであった。
今日はサティアはいないものの、エレオノーラがいる。
サティアとはまた別の意味で、エレオノーラもまた人々と一緒に食事を取るわけにはいかないため、こうして基本的には一般の人々とは別の時間に食事を取っているのだそうだ。
ソーマ達はやはりそれに付き合う必要は特にないのだが……もう慣れたものの、たまには誰かと一緒に食事を取りたいなどと言われてしまえば、さすがに拒否することは出来なかった。
もっとも、それが本心からのものであったのかは不明だ。
少なくとも完全な嘘ではないと思ったからこそ、ソーマは付き合うことにしたのだが……。
その時のことを思い出しながら、二人の様子を横目で眺める。
まあ、何だかんだで楽しそうだから、これはこれでよかったのだろう。
そんなことを考えながら、ソーマは冷め始めてしまっているスープの最後の一口を飲み干すのであった。




