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魔王の血を継ぐもの その2

「それは否定せんであるというか、そもそもそれを前提とした言葉であるぞ? まさかそんな物好きが我輩以外にいるとは思わなかった、という意味であるからな」

「あんたは本当にああ言えばこう言う……」


 近寄ってくるソーマに半目を向けながら、アイナは溜息を吐き出した。


 もっとも、物好きという言葉は何の否定もしようがないのだが。

 こんな日にここに来るような者など、物好き以外に言いようはないからだ。


「ま、折角の完全休暇なんだからゆっくり休みたい人は休むだろうし、あの日のことを思い出して何かしたいって思うような人は、来ても意味のないここなんかじゃなくて、別の場所に行くでしょうしね」

「まあ、その通りであるな」


 完全休暇とはその名の通り、割と最近学院に設けられることとなった、学院が完全な休みとなる日のことだ。

 学院そのものが休みになるため、当然のように訓練場を使うことは出来ない。

 だからこそここには人がいない、というわけである。


 ちなみにこの完全休暇という日は、一年に一回しかなく、その日が作られたのは今から五年前、実施されることとなったのは、今からちょうど四年前のことだ。

 そして今日は、五年前に王都が襲撃された日であった。


「街では賑やかなことになっているのよね? 私は行ったことがないから知らないけど」

「そうらしいであるな。何でも建国祭に負けず劣らずの騒ぎになるらしいであるぞ? 我輩も行ったことはないであるがな」


 そんなことを言いながら、互いに顔を見合わせると、苦笑を浮かべあった。

 だというのに、こんなところで何をしているのだろうか、という感じである。


 ソーマがどうだかは知らないが、アイナがこの日の祭りに行ったことがないのに、特別な理由はなかった。

 単純に乗り気がしないというだけなのである。


 大層な理由があるわけでなければ、後ろ向きな理由があるわけでもない。

 本当に、何となくという以外に言いようはないのである。


 或いは……自分がまだ吹っ切れきってはいないと、そういうことなのかもしれないけれど。


 学院がこの日を完全休暇としたのは、元々五年前の今日、心に傷を負った者がいるからだ。

 あの日アイナはここを守っていたからこそ、ここに守られていた人達がいたということを知っている。

 だが本来であれば、その者達はアイナと同じように戦うべき者であった。


 何故ならば、そのために……とは言わないまでも、何割かはそのために学院に来ていたのは事実なのだ。

 しかし彼らは戦うことなく、守られることを選んでしまった。


 それは仕方のないことではある。

 彼らは戦う力があるとは言っても、まだ大人ではなく、そしてやってきていた魔物は、彼らでも十分死ぬ可能性のあるようなものであった。

 そこに恐怖を覚え怯えてしまうのは、仕方のないことなのだ。


 実際そのせいで翌年の再開時に、一割程度の者達は学院に戻ってこなかったと言われている。

 あの時残っていた生徒達の数は決して多くはなかったはずなのだが、かなりの者達の心が折れてしまったということなのだろう。


 それを責めることの出来る者は、きっと誰一人としていない。

 残ることになった者達も、その気持ちは理解出来るからだ。


 そして思うところがあったのは、学院にいなかった者達も同様である。

 全壊した学院を見て、安堵してしまった者はそのことを悔やみ、また何も出来なかった者達もやはり悔やんだ。

 アイナは直接的にはその状況を知らないのだが……彼らがどれほどの思いを抱いていたのかは、彼らが手伝ってくれたおかげで、学院が一年で再開することが出来るようになったという事実の示す通りだろう。


 そんな彼らの思いはその後も続き、それに関してはアイナも直接見ているから知っている。

 放課後に以前と比べ明らかに訓練場が混むようになったのが、その証拠だ。


 しかしだからこそ、おそらく学院長は今日を完全に休ませることにしただろう。

 ずっと頑張ることの出来る者はいない。

 今日ぐらいは休み、また明日以降の気力を蓄えさせるために、そうしたのである。


 とはいえ、王都が復興してからは、そっちにわざわざ行き訓練するような者もいるようだが……あれから既に五年経っているのだ。

 いい加減傷も癒えたに違いない。


 そうは言いつつも、未だにあの時のことでグチグチ悩む人物がここにいるわけだけれど……微妙に事情は違うのだし――


「……ま、あたしはあたしってことよね」

「うん? 何か言ったであるか?」

「何でもないわよ、ただの独り言。ところで、そういえば他の人達って何してるのか知ってる? フェリシアから街の方に行かないかって誘われたから、多分フェリシアとシーラはあっちに行ってるんでしょうけど」

「そうであるな……確かシルヴィアは王族としての仕事があるとか言ってた気がするであるな」

「また……? 確か去年もやってたとか言ってたわよね? 建国祭でも妙に目立ってたし、最近あの娘国王夫妻の次ぐらいに目立ってないかしら?」

「王族は王族で色々あるということなのであろう」

「まあ、あたしらには関係ないと言えば関係ないし、あの娘が納得してるんならいいんだけどね……」


 王都がこの日に祭りをやるのは、当然と言うべきかそうして騒ぐことであの日のことを忘れ、また騒げるようになったのだということを内外に示すためだ。

 建国祭も元を辿れば、解放されたのだということを自覚させるために行われたものらしいので、多分似たようなものなのだろう。


 ちなみにそこでシルヴィアが王族としての仕事をしているのは、あの時魔王と直接立ち向かった一人であるかららしい。

 王族としての威厳を示すためのものだったようなのだが、本来シルヴィアは王族としてはほぼ継承権などないに等しい状態である。

 それなのに建国祭にまでお邪魔するようになっているあたり、王族も何かを考えているようではある……などと言っていたのは、さて、誰であったか。


 何にせよ、大変なことになりつつあるようだが、本人はそれで納得しているようなのでそれでいいのだろう。

 学院を卒業したら、おそらくそのまま城で何かをすることになるのだと思われる。


「フェリシアとシーラと言えば、最近はよく二人とも人目を気にすることなく出歩くようになったであるな」

「そうね……まあ、いい加減慣れたってことでしょ。シーラはともかく、フェリシアは気を抜きすぎないかがちょっと心配ではあるけど、基本的にシーラが一緒にいるからそこら辺は大丈夫でしょうしね。あの娘はあの娘で一人だけだとちょっと心配になることもあるんだけど……何だかんだでどうとでも出来るでしょうしね」


 以前は学院にいる時はともかく、街に行く時にはフードを被ることの多かったシーラやフェリシアではあるが、最近では街に行ってもフードを被ることはなくなっていた。

 それはきっと、いい変化だろう。

 賑やかで騒がしい祭りの中にも、積極的に出かけるようになり、その楽しさを知ったということも含めて。


 一人一人だと若干心配になるようなこともあるが、二人になるといい感じに互いを補完し合っているように見える。

 見ていて羨ましくなるぐらい、仲のいい二人だ。

 それはもしかしたら、今までの分を埋めようという思いもあるのかもしれないが。


 学院を卒業しても、あの二人はきっとずっと一緒にいるのだろう。

 ただ、少し気になるのはフェリシアのことだ。


 今は学院長が保護していることになっているとは聞いている。

 学院の外に出る事が出来るのもそのおかげだということも。


 だが学院を卒業してしまえば、そういうわけにもいかないだろう。

 どうするのだろうと思い……とはいえ、それほど心配もしてはいなかった。


 フェリシアのことはソーマが受け持ったらしいし、学院長も関わっているのならば何か考えているのだろうからだ。

 きっと悪いことにはならないに違いない。


「ラルスとヘレンは、今年もまた、かしらね?」

「で、あろうなぁ。相変わらず頑張るものである。まあ、悪いことではないのであるが……」


 その二人は、先に述べた、訓練場が休みなのにも関わらず、街の方に行き訓練をしている者の筆頭だ。

 ただ、当初こそあの頃のことを気にして頑張っていたようだが、今ではそれが普通になってしまっているようである。

 それでいて無茶はしていないようなのだから、きっとどちらかと言えばいいことではあるのだろう。


 尚、ラルスは学院を卒業後は騎士団に入るつもりらしく、ヘレンはそのまま高等部に進むつもりらしい。

 どちらとも卒業してしまえば今ほど気軽に会うことはなくなってしまうのだろうが、それでもラディウスは小さな国である。

 そのうちふとした拍子に会うこともあるに違いない。


「……あれ? そういえば、リナは?」

「うん? 我輩も知らんであるぞ? というか、今日はまだ見てないであるしな」

「そうなの? 去年まではあんたに一日中張り付いてたってのに……っていうか、最近妙に付き合い悪いわよね? そういえば、あの娘五年前もこんな感じだった気がするのよね……」

「考えすぎであろう。どうせまたヒルデガルドに我輩達と一緒に卒業させて欲しいとでも言っているのではないであるか?」

「……割と否定出来ないところがアレね」


 リナは一年遅れで学院に入学してきたため、ソーマや自分達が卒業しても残ることは確定している。

 ……いや、確定しているというのは言いすぎたかもしれない。

 どうも割と本気で学院長に自分達と一緒に卒業することは出来ないか、などと言っていたようだし、無理ならば途中で辞めるのです! とか言っていたのも知っている。


 さすがにそれは阻止されるとは思うのだが……それも結局は、ソーマの今後次第のような気もする。

 ……それは、自分もだけれど。


 ソーマが学院を卒業した後どうするのかを、アイナは知らなかった。

 というか、おそらく知っている者は誰もいないだろう。


 或いは、ソーマも決めあぐねているのかもしれない。

 決定打となるような何かがあれば簡単なのかもしれないが、ソーマの目的は未だ果たせず、相変わらず手掛かりとなるようなものすら見つかっていない状況だ。


 そしてこの国は、今とても平和な時が続いていた。


 国内にある程度存在していた不穏な輩は、王都が半壊した際にどさくさに紛れて何とかしたという話を聞いている。

 物騒な話ではなく、単に小細工を弄することでその者達の力を削いだということらしいが……思いの外上手くいったらしく、内側でいざこざが起こる可能性は大分低くなっているようだ。


 周辺では時折不穏な話も聞くには聞く。

 ベリタスの内乱が近いとか、聖都の方でも近いうちに何か動きがあるかもしれない、などということはよく耳することだ。

 もっとも、ベリタスはともかくとして、聖都で何があったところで、ラディウスにまでそれが届くということはないだろうが。


 ともあれ、この国は今平和なのだ。

 そう、不気味なぐらいに。

 或いは……不安になってしまうぐらいに。


 だからこそ、なのだろう。

 五年前のあの頃のように、ふとした瞬間にアイナの胸へと漠然とした嫌なものが浮かび上がってきてしまうのは。


 脳裏を過るのは、目の前のこの光景が、次の瞬間には瓦礫の山と化しているというものだ。

 それが起こらないと、何故言えるのか。

 誰かが引き起こさないと、どうして保証できるのか。


 自分がそれをすることはないと、誰が。


 だがそう思った直後に思い浮かんだのは、まさにそんな言葉を発したアイナへと返された言葉であった。

 父の言葉だ。


 ――自分を信じられないというのであれば、信じられる誰かのことを信じればいい。


 例えば、俺とかな、とか続いた言葉は無視したが、その時に反射的に頭に浮かび、先ほども思っていた相手へと視線を向ける。

 視線を向けられたソーマは、不思議そうに首を傾げていた。


「うん? どうかしたであるか?」


 その背は、昔から比べると、大分伸びた。

 顔も、体つきも変わり、大人に、男に近付いたように見える。


 しかしきっと、その内側は何も変わってはいなかった。

 アイナがそうであるように。


 そう……色々な意味で、多分アイナもあの頃から変わってはいないのだ。

 背は伸びたし、体つきはちょっとは女っぽくなったかもしれないけれど……その内側は。


 だから――


「……ねえ、覚えてる?」

「何がである?」

「あたしが攫われたとしたら、助けに来てくれるってあんたが言った時のこと」

「……また随分と懐かしい話であるなぁ。確か我輩が暇そうだったアイナに、暇潰しの方法を提示した時の話であろう? 若干ニュアンスは違ったような気もするであるが」

「いいのよ細かいことは。っていうか、自分で言っておいてなんだけど、よく覚えていたわね、あんた……」


 むしろアイナが言われてそういう状況だったと思い出したぐらいだ。


 だが状況はこの際どうでもいいのである。

 重要なのはその言葉と、言ってくれたという事実だけなのだから。


「ま、これでもそこそこ記憶力には自信があるであるからな……それで、それがどうかしたのであるか?」

「別に何でもないわよ? ただふとそんなこともあったなって思い出しただけと……また同じようなことがあったら……ううん、そうじゃなくても、あたしが困ってたりしたら、あんたは助けに来てくれるのかなって、ちょっと思っただけのことよ」

「ふむ……? そんなの、当然であろう?」


 何を当たり前な、とでも言わんばかりの態度に、自然と口元が緩む。

 しかしその顔を見られたくなかったので、顔ごと視線を逸らした。


「…………そ。なら安心ね」

「うむ。何だかよく分からんであるが、安心しておけばいいと思うであるぞ」


 よく分からないと言いつつも、断言するソーマに、確かにソーマならば断言出来るのだろうなと、そんなことを思う。


 と、不意にソーマが、さて、と呟いた。


「そろそろ我輩は行くとするであるかな」

「なに? やっぱり何か用事があったわけ?」

「何がやっぱりなのかは分からんであるが、別にそういうわけではないであるぞ? 何となくここに来たように、何となく別の場所に行こうと思っただけのことである」

「そ……ならまあ、別にいいんだけど。で、具体的には何処に行くつもりなのよ? 街の方ではないんでしょ?」

「そうであるな、あっちは行く気がせんであるし……まあ、気の向くまま、というところであるな。アイナはどうするのである?」

「あたしは……そうね、もう少しここに残っていることにするわ。何となくそんな気分だし」

「そうであるか」


 そう言って頷くと、ソーマは背を向けた。

 そして。


「では、またなのである」


 歩き出し、去っていくソーマの姿は自然なものであった。

 不審なところなど、何一つとしてない。


 だというのに、アイナはその背を自然と追っていた。

 見つめていれば何かが分かるはずだと、そんなことを無意識の内に思っているかのように。


 ……何故だか、酷く胸騒ぎがした。

 このままソーマが何処かに行ってしまうような、そんな気がしたのだ。


 しかし少し考えてみて、それは今更かと思い直す。

 ここ最近は平和であるせいか、ソーマがふらっと姿を消すのは今更の話なのである。

 そのことで、今のところ特に大きな事件なども起こってはいない。


 だから、何の問題もないし、心配もない。

 そんな風に自分に言い聞かせるようにしながら、アイナは意識してソーマから視線を外した。

 そのまま視線を上へと向け、空を見上げる。


 ここに来てすぐに見た時と今とでは、見えているものに何の違いもない。

 だがアイナの心境は、確かに変わったはずであり……そのはずなのに。

 どうしてか、アイナにはその空の光景が嫌なものにしか見えず、漠然とした不安のようなものを、その胸の内に抱えるのであった。

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