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裁定者と正史 その1

 ふとリナが気が付くと、目の前にあったのは地獄もかくやと言わんばかりの光景であった。


 赤と黒。

 炎と瓦礫。

 踊るのは炎ばかりで、残されたのは消し炭と化した何かだけ。


 見覚えのない、見知ったそれらに、リナは溜息を吐き出した。


「またなのですか? さすがにそろそろ気が滅入るというか、いい加減にして欲しいのですが」


 言うまでもなく、それは独り言だ。

 リナ以外に誰の姿もそこにはないのだから、当然である。

 勿論、誰かからの返答など、あるはずも――


『仕方がないでしょう? こちらも、やりたくてやっているわけではありません』


 ないというのに、返答があった。

 だがリナはそれに、驚きもしない。

 当たり前のことだと、肩をすくめるだけだ。


「なら止めて欲しいのです」

『ああ、そのつもりだ。というか、だからこそ、コレを見せているのだからな』

「……?」


 どういう意味なのか分からず、首を傾げるも、声からそれ以上の補足はなかった。

 ということは、それは言われずとも分かるようなものなのだろう。

 そう判断してリナは周囲を見回し……ふと、何かが記憶に引っかかるような気がした。


 まるで……いつかどこかで、見たことがあるような――


「……あれ? ここってもしかして、なのです……?」


 記憶にあるものとは、何もかもが異なる。

 そもそも、それほど明確に覚えているわけでもない。


 しかし――


『ええ、どうやら気付いたみたいね。そう、ここはあなたが……いえ、もう一人のあなたが目覚めた場所の一つよ。まあ、厳密には少し異なるのだけれどね』

「つまり、わたし達が攫われ、そして兄様に助けられた場所、なのですよね?」


 あれから六年以上が経ち、さすがに記憶に残っているものはおぼろげだ。

 それでも改めて周囲を見渡してみれば、何となく見覚えのあるものが……あるものが……?


「……いや、やっぱりよく分からないのです。むしろわたしよく気付けたと思うのです」


 言われてからじっくりと眺めてみれば、瓦礫の幾つかは確かにあの時目にした壁と似ているような気はする。

 燃えて溶けた鉄柵のようなものもあるし、木々の燃えカスのようなものも少し離れたところには転がっていた。


 とはいえ気のせいだと言われればそれで納得してしまう程度のものだし、本当によく気付けたものだ。


『ま、そこら辺はお前の裁定者としての力も関係してるんだろう。お前の深層心理では、これが本来の正しい光景だってのを理解してるはずだからな。もっとも一番でけえのは、やっぱここにいるから、なんだろうが』

「本来の正しい光景、なのです……?」


 そんなことを言われても、実感などはまるでないのだが……リナは不思議とその言葉に納得していた。

 確かにその通りだと、そう思っていたのである。


「むー……なんか変な感じなのです」

『まあ、ここは一種の夢……明晰夢のようなものですもの。そう感じるのも当然だと思いますわ』

「というか、一番変な感じがするのはそれなのです……!」

『それって言われても……具体的に言ってもらわないと、何のことか分からないの』

「さっきからコロコロ変わり続けてるその口調に決まってるのです! 気になって仕方がないのです!」


 しかも、声もそこから感じる雰囲気も、その度に変化していくのだ。

 まるで何人もの人物が話しかけているようであり、だがリナはその全てが同じ相手だと知っているのである。

 気にならないわけがなかった。


『ふむ……それはすまなんだが、こちらも今は手探りの状態でね。しばらくはご容赦願えれば幸いだ』

「手探り、なのです?」

『……あなたとこうして直接話すのは、実は初めて。だから、どういう形があなたにとって一番やりやすいか、色々と試してる』

「……言われてみれば。確かに、ウーさんさんと話すのは初めてだったのです」


 あまりにも自然に話していたが、今まで話す時には常に彼女を介してだったのだ。

 それで慣れていたから……と考えるには、あまりにも違和感がなさすぎたが――


『まあそれも、ここにいるからだろう。ここは言ってしまえば、私の内部だ。ここではそれが当たり前なため、意識しなくては君が何かを感じるということはあまりないのさ。勿論、私から指摘した場合などは別だがね』

「なるほど……なのです?」

『まあ、理解するのは何となくで構わないさ。ここに君を招待したのは、君に自分の現状を理解してもらうためだ。いちいち何かをするたびに違和感を覚えていたら先に進まないから、それを抑制するためと考えてもらって構わない』

「んー、よく分からないけど分かったのです。ところで、口調が安定した気がするのですが?」

『ああ、色々と試した結果、これが最も君に合っていると判断した。君が私に対して覚えていた僅かな違和感も、これで消えてくれたと思うが、どうだ?』

「言われてみれば、なのです……?」


 気になっていたのは、口調をコロコロ変えていたこともそうだが、そこに僅かな違和感を覚えていたからでもあるのだ。

 より正確に言うならば、似合っていないと思っていた、というところだろうか。

 だが今はそれが綺麗サッパリ消えていた。


『私は元々意識だけの存在だが、そんな中で君は私の声を聞く前に私の言葉を間接的に聞いていたからな。そこで意識的なズレが……君の中で想像していた私との差異が発生していたらしい』

「つまり、わたしの中ではウーさんさんはこういう口調と声で想像してたってことなのです?」

『そういうことだな。ああそれと、先ほども言おうと思っていたのだが、ウーさんさんは止めてくれ。そもそも彼女からウーさんと呼ばれていることも不本意なのだからな……』

「分かったのです、ウーさん!」

『……それは一体何を理解したというのだ? 確かに止めてはくれたのだが、そういうことではなくてだな……はぁ。いや、言ったところでどうせ無駄、か。既に彼女を相手に繰り広げたことだ。もう一度繰り返すのは不毛というものだし、何よりもこれ以上余計なことで時間を浪費するわけにはいかない』

「……? 何かするつもりなのです?」

『先ほども言っただろう? 君に現状を理解してもらうためだ、とな』


 確かに言ってはいたものの……この状況がそれにどう繋がるのかはサッパリ分からなかった。

 そもそも理解しなくてはならない現状というものがあるというのが初耳である。


『……君は自分が裁定者になったという自覚があるのかね?』

「なんかそういうのに覚醒してしまって、そのせいでもう一人のわたしが表に出られなくなった、というのは理解してるのです」

『そうだ、だからこそ君が裁定者としての役割を果たされなければならないのだが……それに関しては?』

「理解する気がないのです!」

『……まあ、だろうな。君は理解出来ないのではない。正確に理解し把握しているからこそ、それを拒んでいるのだ』


 それは事実であった。

 最初にそれを知った時から、人類の裁定者というものがどういう存在かということを、リナは正確に理解している。

 そしてだからこそ、それ以上の理解をするつもりも、役割を果たすつもりもないのだ。


「それが分かってるのならば、いい加減にして欲しいのですが。どれだけ必要なのか、ということを夢で見せられても、わたしの気持ちは変わらないのです」

『……それも分かっているし、正直に言ってしまえば、理解も出来る。だが、そういうわけにはいかんのだよ』

「そんなことを言われても、わたしには知ったことではないのです。そういうことはもう一人のわたしに言って欲しいのです」

『言ったところでどうしようもないということは、君もよく理解しているだろうに』

「勿論なのです。だからこそ、言ってるのですから」


 彼女が表に出て来れなくなってしまったのは、多少は申し訳ないとは思うものの、それ以上に安堵したというのが正直なところであった。

 自分の知らないところで勝手に役目を果たされても困るし、そんなことをされる危険性があると分かってしまったら、多分リナは自分で自分の首を刎ね飛ばしていただろうから。


「人類の裁定者。人類がこの世界で存続していくに相応しい存在であるかを裁定する者。そんな役割なんて知ったことではないのですし、やらせるつもりもないのです」


 というか、そんなもの裁定するまでもないだろう。

 たとえ人類が存在することで世界が滅びるのだとしても、そんな世界など勝手に滅びればいいのだ。

 自分の大切な者達を滅ぼしてまで世界を存続させることに、一体何の意味があるというのか。


『ああ……もう一度言うが、君の心情は理解出来る。だが……いや、だからこそ、君はこれを見て、知らなければならないのだ。そして、決断をしなければならない』

「ですから、何を見せられたところで――」

『気は進まないが、やらないわけにはいかない。故に、君にはこう告げよう。自分の足元を見てみるがいい、とな』


 何を言われたところで従う義理はない……と言いたいところだが、従わなければいつまでもこの場所にいなくてはならなくなりそうだし、それに見たところで何が変わるわけでもない。

 これまでと一緒だ。

 人が自ら世界を滅ぼす姿を臨場感たっぷりに見せられたところで、何も変わることはなかったのである。


 ならば今回だって――


「足元、なのです? 別に見るのはいいのですが、同じ光景が広がってるだけにしか思えな――」


 そんなことを考えながら足元を眺め、瞬間、息を呑んだ。

 今の今までここには自分一人しかいなかったはずなのに、そこには小さな人影があったのである。


 それにこの感覚は、先ほどのものと同じであった。

 見覚えなどないはずなのに、知っている。

 これが本来あるべき正しい姿なのだと、リナの心の奥底で、何かが叫んでいた。


「っ、い、いつの間に、なのです……!?」

『いつの間に? それは違う。彼女は最初から君の足元にいたのだよ。ずっとな』

「そ、そんなわけないのです……! というか、そうだったのならば、気付かないわけがないのです!」

『だが君は気付かなかった。これはただの事実であり……だがまあ、そんなものだろう。人は自分の姿こそが、最も見えないのだからな』

「……え? 自分の姿、なのです……?」


 何を言っているのか、よく分からなかった。

 それではまるで――


『目を逸らすな。既に理解しているのだろう? そうだ、そこでうずくまっているのは――君自身だよ。もっともより正確に言えば、正史における君……つまり、この時この場所で、君が本来辿るべきだった姿だがね』


 その言葉を否定することは出来なかった。

 誰よりもリナ自身が、それが正しいことを理解していたからだ。


 そしてこの状況がどういうものなのかは分かっている。

 聞いたことがあるし、知ってもいるからだ。


 だというのに。

 リナは何故か呆然としながら、足元の光景を、ただ黙って見つめ続けることしか出来ないのであった。

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