エルフと成長 その1
ごくりと、思わずシーラは唾を飲み込んだ。
果たしてどのような言葉が返ってくるのか、拳を握りジッとその目を見つめ、固唾を呑んで見守る。
妙に時間の流れが遅いような気がした。
つい変なことを言ってしまったのではないかと気になるも、そんなことはないはずである。
急かしてはいけないと分かってはいるものの、早く返事が欲しいと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
だがそんな焦れるような時間も、ようやく終わりを告げる時が来た。
視線の先でその口元がゆっくりと持ち上がるのを、喜びと不安、半々ぐらいの気持ちで眺め、待つ。
そして。
「……ふんっ。一体何事かと思えば。くだらん」
放たれた言葉に、シーラは愕然とした。
鼻を鳴らされたばかりか、くだらないと切って捨てられたのだ。
あれだけ覚悟を決め、決死の思いで口にしたというのに、それはあまりにも酷すぎはしないか。
いくら兄でも言って良いことと悪いことがあると、シーラはヨーゼフを睨みつけた。
「ふんっ、何だその顔は。まるで不満でもありそうな顔ではないか」
「……まるでじゃなく、実際にある」
しかしどれだけそうして睨んでみせたところで、ヨーゼフはシーラの言葉を取り合わなかった。
再度その鼻が鳴らされる。
「ふんっ。だがくだらんことであることは事実だ。どれだけ言葉を重ね、取り繕ってみせたところで、それが変わることはない」
「……そんなことはない」
どれだけ言われようとも、シーラが前言を撤回することはない。
だってそうだろう。
くだらないわけがないのだ。
くだらなくなんて――
「……私の成長は、とても大事」
「お前にとってはそうなのかもしれんが、少なくとも俺を含む大多数からしてみればくだらんことだ」
ついに呆れたように言われ、シーラは小さく頬を膨らませた。
だからくだらなくなんてないと、小声で呟く。
成人しきっているヨーゼフには、きっと分からないのだ。
どれだけシーラが切実な思いでいるのかなど。
「いや、俺にもお前と同じ年頃だった時があるのだぞ? その上で言うが、子供が子供であることなど当然だろうに。その当然のことに異を唱えようと言うのだ。くだらないと一笑に付されるのはそれこそ当然のことだろう」
ヨーゼフの言っていることは、間違いではない。
いや、エルフに限って言うならば、ヨーゼフの言うように当然のことでもある。
何故ならばエルフは、子供が大人になりたいなどと言い出すことはないからだ。
エルフは人類種などと比べ長大な寿命を持つ種である。
そしてそのせいもあってか、他の人類種と比べればその価値観は独特だ。
エルフは極端な変化を好まない。
緩やかな衰退と急激な変化であるならば、衰退の方を選びかねないほどに、自然のままということを好むのだ。
だがかといって、滅びたいわけでは勿論ない。
先の例は極端すぎたからアレだが、生きていけるのであれば当然そちらを選ぶ。
そもそもそうでなければ、森神の件も起こらなかっただろう。
それこそ封印することなく、そのまま滅び去っていたに違いない。
あくまでも極端なものを嫌うだけであるため、変化そのものを受け入れないというわけでも、またない。
日常が便利になると言うのであれば、魔導具を作ったり、魔法の改良などをしたりもするのだ。
ただし彼らは、そこで止まる。
より良いものを、より便利なものを、とは思わないのだ。
良くなり、便利になったら、そこで満足してしまうのである。
それは未だ不便な森で暮らし続けていることからも明らかだろう。
だが彼らはそれを良しとするし、きっと今後も変わることはない。
やがて人類の文明に機械などが登場することになったとしても、変わらず森で生活を続けていることだろう。
ともあれ、そうしたエルフの特徴は、子供の頃から変わらないものである。
つまりはあるがままを受け入れ、急激な変化は望まない。
子供は子供であるのが当然で、大人である相手に憧れはしても、それを羨んだり、自分も早くそうなりたいなどと思うことは、ないのだ。
故にシーラの言葉がくだらないと切って捨てられるのも当然であり……むしろ、それはエルフにとっては非常に特異なことだと言えるだろう。
「ふんっ……あいつに影響を受けたか?」
その理由を、ヨーゼフは見事に看破してみせた。
分からないわけがない、とも言うが――
「………………そんなこと、ない」
「今の間はなんだ?」
ジッと見つめられ、シーラはそっと視線を外した。
とはいえそれは、嘘というわけではない。
影響を受けたという言い方は正しくないからである。
ただ、少しだけシーラは思っただけだ。
時間の経過と共に、周りの皆は順調に成長している。
アイナも、リナも……ソーマも。
自分と同じように学院に通っている、他の全ての者達が。
シーラがソーマ達に会ってから、そろそろ五年が経とうとしていた。
昔の名残を感じさせつつも、確実に大人へと近づいている彼らに対し、シーラは五年前と何一つ変わってはいない。
昔は同じぐらいだった視線が、気が付けば見上げなければならなくなっていたのだ。
シーラはそこに焦りのような感情を覚えていた。
それでも或いは、それが自分だけでなければ、それほどではなかったかもしれない。
エルフの血が流れているためか、フェリシアも自分より年上の割に子供のままであったし……あとは、生徒ではないものの、ヒルデガルドもいた。
詳しいことは聞いてはいないが、ヒルデガルドも人類種ではないようで、自分と同じように姿が変わることはなく、そこに安堵に似たものも覚えていたのだ。
ところが、である。
ここ一年ほど前から、ヒルデガルドの背が伸び始めていたのだ。
最初は気のせいかと思ったのだが、一月も経てばそれは明らかであった。
目線の高さが、違っていたからだ。
それを指摘してみれば、そうかの? ならもしかしたら遅い成長期でも来たのかもしれんのじゃ、とか言ってとぼけていたが、間違いなくあれは分かっていた顔だ。
分かっていながらとぼけていて……だがシーラはそのことを指摘出来なかった。
もしもそこに優越感を滲ませていたり、自慢するような気配を見せていたら、また別だっただろう。
しかしヒルデガルドは、そこで本当に嬉しそうで、あとはちょっと照れくさそうな顔をしたのだ。
それは多分、何処かの誰かに置いていかれることなく、共に行けるということが分かったからであり……その邪魔をするほど、無粋なことはない。
少なくともシーラには、そんな真似は出来なかった。
そして、それだけでは終わらなかった。
まるでヒルデガルドに影響されるようにして、少しずつフェリシアの背も伸び始めていたのである。
こちらは指摘すると本気で驚いた顔をしていたので、自覚すらしていなかったようだ。
ただしその直後に見せた顔は、ヒルデガルドと同じようなものであり……置いていかれたと、ふと思った。
言ってしまえば、ただの外見の話である。
カミラがそうであるように、背の低い者など珍しくもないし、何よりシーラはエルフだ。
きっと皆がそれを気にすることはない。
だが他の誰が気にしなくとも、シーラが気にしてしまうのだ。
それはエルフらしくない思考であり、そこにソーマ達の影響があったと言われてしまえば、その通りなのだろう。
しかし今の自分を、シーラは嫌いではない。
たとえエルフらしくなかったとしても……皆と、ソーマ達と一緒に成長していきたいのだ。
その方法があるのならば何が何でも聞き出すし、ないのであれば探し出す。
そんな覚悟を持ってヨーゼフを見つめれば、ヨーゼフは呆れたように溜息を吐き出した。
「……本当に変わったな、お前は」
「……? ……そう?」
「ああ。以前も多少変わったとは思ったが、今回ほどではない。そしてその変化は、本来エルフとしては喜ぶべきものではないのだろうが……」
そう言って再度溜息を吐き出したヨーゼフの口元には、苦笑が浮かんでいた。
まるで仕方ないなと、そんなことを言っているようであり――
「だが考えてみれば、魔法を覚えてくると言ってここを飛び出していったお前だ。その時点で十分変わり者だと言えたし……何より、お前もあの人達の子供だからな。その程度今更か」
ほんの少しだけ微笑を浮かべると、すぐにそれを引っ込めた。
そして。
「まあ実際のところ、エルフが成長する方法というのはある。また無茶をされて頭痛の種を増やされても困るからな。教えてやるから、大人しく黙って聞いているがいい」
溜息混じりに、続けてそう告げてきたのであった。




