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魔族と建国 その1

「うーん……さすがにこれはまずいんじゃねえです?」


 手元の報告書……いや、申請書を一通り眺めながら、スティナは思わず呻いた。


 その内容とは、とある鍛冶師が他の国へと移住したいというものだ。

 理由はその国で打ちたいものがあるから、というものであり、それ以上詳しくは書かれていない。

 もっとも、鍛冶師ということを考えれば、それ以外は必要ないのかもしれないが。


 とはいえ、それで納得するわけにはいかない。

 これで相手が普通の鍛冶師であれば別にそれでもよかったのだが、そもそも普通の鍛冶師であれば申請書などを出す必要がないのだ。


 申請書とは、文字通り何かを申請する際に必要な書類である。

 そんなものを魔族達の中心地である魔王城へと提出するのだ。

 提出する人物は当然相応の人物となる。


 そして今回申請書を提出してきた鍛冶師とは、魔族の中でも最高の鍛冶師の一人と目されている人物であった。

 厳密には魔族ではなく、あくまでもディメントに移住してきただけの人物ではあるのだが……そもそも魔族に正確な定義などはない。

 大抵の場合ディメントに住んでいる人物のことを指すことになるので、魔族と言ってしまっても過言ではないだろう。


 ともあれ、そんな最高の鍛冶師が、他の国へと移住したいと言っているのだ。

 はい分かりましたと請け負うわけにはいかないのは、当たり前である。


 特に彼は鍛冶師とは言っても、剣に特化しているのだ。

 彼の鍛えた剣が他の国で広まったらと考えると、それだけで脅威である。


 勿論良い剣を使ったというだけで戦力が劇的に上がるようなことはないが、最も簡単な戦力の底上げ法であることは間違いない。

 どの国だってもろ手を挙げて歓迎するだろうし、ディメントとしては手放したくない相手なのだ。


 だが。


「かといって、防ぐ方法があるかと言われれば、特にはねえですしねえ……」


 それだけの相手であるから、当然ディメントも彼を優遇している。

 魔王専属鍛冶師として引き立て、何一つ不自由ない生活を保障した。

 衣食住に最高の環境など、その他あらゆるものを欲するままに与えたのである。


 ……いや、正確には、与えようとした、と言うべきなのだが。


「何一つ欲しがらなかったとかいう話ですからねえ……ああいえ、正確には一つを除いて、ですか?」


 決して自分の邪魔をしないこと。

 それだけを条件に、彼はそれを受け入れた。

 彼にとって重要なのはそれだけで、何一つ不自由ない生活などというものはそもそも必要なかったのだ。


 だから最高の環境を魔王城に用意すると言われても辞退したし、最高の素材を用意すると言っても頷かなかった。

 作って欲しいものを告げ、そのための素材ならば何も言わず受け取ったが……結局のところ、彼とこちらとの関係は、鍛冶師と客とのそれでしかなかったのだ。


 立場を受け入れたのは、そうすることが最も余計な邪魔が入らないと判断してのものだろう。

 市井の鍛冶師であったのならば、魔王からの命令に逆らうことなど出来るわけがない。


 それは当然専属になろうとも変わらないが、彼はその対価として自身の望まぬ要求を拒否することが可能になったのだ。

 依頼は受けるが、それだけ。

 強制力などは持っておらず、たとえ彼が他の国へ行くと唐突に言い出したところで、それを止める術はないのである。


 何故ならば、彼が住む場所を決める権利は彼しか有していないからだ。

 彼が何処に移住しようとも、魔王専属という立場は変わらず、依頼をすることも可能だが……勿論そんなものは建前でしかない。

 ない、のだが……それを止める権利を、やはりこちらは持っていないのである。


「さて、どうしたもんですかねえ……つーかこれスティナで判断出来ることじゃねえですね。とはいえちんたらしてたらどうするにしても間に合わなくなりそうですが……今度は何処で油売ってやがるんですかねえ」


 と、スティナが対面の空席を眺めながら、溜息を吐き出した時のことであった。

 不意に部屋の扉が開くと、人影が入ってきたのである。


 しかしそちらに視線を向けると、スティナは再度溜息を吐き出した。

 当然と言うべきか、その姿は見知ったものではあったが――


「ようやく戻ってきやがったですか。スティナに仕事丸投げして逃走するのもう止めて欲しいんですが?」

「だって面倒だし、以前とは違って代わりに任せられる人材がいるんだぞ? そりゃ逃げるだろ」


 何故当然のような顔をしてアホみたいなことを言っているのかと思うが、どうせ言ったところで意味はないので、代わりとばかりに三度溜息を吐き出す。

 それから、手元の申請書を差し出した。


「ま、どうでもいいからさっさと仕事しやがれです。これはオメエじゃねえと判断出来ねえですからね」

「あん? なんだ、最近結構平和になったと思ったが、何か厄介事でも……」


 言っている途中で言葉が尻すぼみになっていき、やがて最後まで読み終えたのだろう。

 眉を寄せた渋い表情が、その顔には広がっていた。


「……マジで?」

「冗談でそんなこと言い出すやつには見えなかったですが? 少なくともスティナがここでオメエの手伝いをする、っていうかさせられるようになってから、冗談とか聞いたことはねえですね」

「だよなぁ……まいったな、こりゃ」


 弱ったような呟きは、実際本気で参っているからだろう。

 スティナもそれは理解出来るし、正直に言えば同感だ。


 とはいえ――


「どうするんです?」

「さて……どうしたもんかね、こりゃ。何か不満があるんなら解決しようもあるが、不満を持ってるようにも見えなかったしなぁ」

「そもそも、不満があったら直接言ってくるタイプじゃねえです?」

「だよな。しばらく剣を打ってなかった時期もあったが、最近では精力的に、しかも以前にも増して良い剣が出来るようになったとか言ってたんだがなぁ……」


 やはりと言うべきか、イオリにも解決策は思い浮かばないらしい。

 というか、解決策など最初から存在しない問題のような気もする。


「しかも何でよりにもよってラディウスに向かおうとするかね……止めようにも止める理由がないじゃねえか……」

「なんですよねえ……他の国なら幾らでも理由をでっち上げられるんですが、あそこはさすがにちと無理です。まさか停戦状態が解除されたとか嘘吐くわけにもいかねえですし」


 魔王専属ということは、魔王の庇護を受けるだけではなく、逆のことも有り得るということだ。

 公にはしていないため、基本的にはその心配はないだろうが、万が一ということもあるため、情報の共有はしっかりと行っているのである。


 当然、非公式的にではあるが、ラディウスと停戦協定を結んでいるということも、だ。


 だから魔の森近くの村がダミーのために置かれたものだということも知っているし、必然的にラディウスに向かっても危険はないということも知っている。

 危険だから思い留まるよう言ったところで、何の意味もないのだ。


「しかし、ラディウス、ラディウスか……」

「どうかしやがったんです?」

「いや、何かが引っかかってるような、思い出せそうな気がするんだが……」


 そう言うなり、イオリはうんうん唸りだしたが、スティナはとりあえず放っておくことにした。

 目の前にある台の上にはまだ沢山の書類があり、処理をしなくてはならないのだ。


 自分がやらかしてしまったことに対する罰として割り振られた、イオリの手伝いという名の書類仕事であるが、罰というよりは罰ゲームのような気がする。

 特に、わざわざ執務室などという場所を作ったのに、ちょくちょくそこの主がいなくなるあたり。


 その捜索と捕獲が含まれていないだけ、まだマシなのかもしれないが。


「――あ」


 と、やっぱこいつ倒しといた方が魔族のためだったのでは、などという思考が過り始めた時、イオリの方から何かを思い出したとでも言いたげな声が聞こえてきた。


 視線を向けてみると、実際そんな顔をしており――


「何です? 何か思い出しやがったんです? 考えるのが面倒になったのに気付いたとか言い出したらしばきますが」

「お前は俺を何だと思ってるんだ?」

「自分の胸に聞いてみやがれです」

「生憎と心当たりはさっぱりないが……まあそれはともかくとして、だな。突然こんなこと言い出した理由が分かったかもしれん」


 分かったと言いつつも、その顔は何処となく呆れが混ざっているようであった。

 報告書を示すようにぴらぴらと揺すっている様は、今にも溜息を吐き出しそうである。


「それはめでてえですが、もしかして何かろくでもない理由だったりするんですか?」

「……まあ、そうだな、ろくでもないっちゃあろくでもないかもしれんな。特に、分かったところで結局どうしようもないことに変わりはないあたり」

「……? 一体どんな理由なんです?」

「いや、俺も確証があるわけじゃなくて、ふと思い出しただけなんだが……そういや、前にソーマが来た時、剣を頼んだとかいうことを言ってたな、ってことを思い出してな」

「…………あー」


 それでスティナも思い出した。

 そういえばそんなことを言っていたし、しかも頼んだのはちょうどあの街だ。


 さらには、確か後で取りに来る、とかいうことも言っていたはずであり――


「それは確定くさいですねえ……アイツの剣打てるようなやつなんて、幾らあの街でも他に思い当たらねえですし」

「だろ? しかもアイツ――グスタフの方も、考えてみたら剣を再び打つようになったのは、ちょうどあの頃なんだよな」

「確定じゃねえですか……」

「ついでに言うならば、グスタフは確か、自分の剣を担うのに相応しい使い手を探してたはずだな」


 その言葉に両腕を上げたのは、文字通りお手上げという意味である。

 確定の上、ソーマ以上にその望みに合致する人物を用意するなど不可能だろう。


「あ、いえ、そういえば、養父様も剣使うんじゃなかったでしたっけ?」

「俺のは本当に使うってだけだからな。剣術なんて大層なもんじゃないし、実際一度確認してみたら俺じゃ駄目だって言われたしな。それよりその呼び方……」

「うん? どうかしやがったですか、養父様? 確か罰の一つとしてそう呼ぶように言ってきたのは養父様だった気がするですが?」

「いや、そうなんだが……」


 言いよどんだイオリに、ニコリとした笑みを浮かべてやる。

 最初のうちは確かに罰っぽかったのだが、開き直ってからはむしろ意趣返しのようになっているのだ。

 わざわざ止めてやる理由はない。


「それに、そのうちもう一人そう呼ぶことになるのが増えるかもしれねえんですから、今のうちスティナで慣れといた方がいいんじゃねえです?」

「あー、あー、聞こえなーい。何を言ってるのかさっぱり聞こえなーい!」

「往生際が悪いですねえ……まあいいですが。……そもそも、そっちとは限らねえですしね。養父様と呼んでる人物と結婚したら、相手もそう呼ぶことになるんですかね?」

「あ? 何か言ったか?」

「何でもねえですよ。で、じゃあそれは受理ってことでいいんですか?」

「最初からこっちに拒否出来るもんじゃない上に、こうなっちゃな。ま、諦めるしかないだろ。ただ、これを奇貨とさせてもらうがな」

「奇貨、です?」


 首を傾げたスティナに対し、イオリは意味ありげな笑みを浮かべると、頷いた。

 そして。


「ああ。と言っても、ついさっき思いついたばっかなんだが……これを取引材料として、ちょっとラディウスにうちの建国を認めてもらおうかと思ってな」


 そんなことを口にしたのであった。

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