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龍人と裁定者

 遠方の空で起こった轟音を耳にしながら、ヒルデガルドは溜息を吐き出した。

 何が起こったのかについては、大体のところを察している。

 自分が行かなければどうしようもない……否、自分が行ったところでどうにかなるか分からないような事態が起こっていることも、だ。

 ( )


 だがだからこそ、尚更行かなければならないのだが――


「見逃してはくれなさそうじゃな……」

「……無論だ。我は我のため、アレを手伝っている。我の目的のためにも、貴様を先に行かせるわけにはいかぬ」


 そう言ってヒルデガルド達の目の前に立ち塞がっているのは、一人の青年だ。

 厳密に言えば、青年に見える何か、と言うべきかもしれないが……ともあれ、上空にアレが出現したのとほぼ同時、ヒルデガルド達の方にはこれが現れていたのである。


「ふむ……では、その目的とやらを我らが手伝うというのはどうじゃ? そうすれば、貴様がアレの手助けをする理由はなくなるじゃろう?」

「ふんっ……確かに理屈で言えばその通りかもしれんが、貴様は出会ったばかりの他人を信じられるというのか? 信じられるわけがあるまい。それこそ、互いに、な。そんな口先だけの戯言でどうにかしようとしても無駄だ」

「うーむ、別に口先だけの戯言のつもりはないし、まったくの他人というわけでもないのじゃが……ま、これは無理そうじゃな」


 つまり救援に向かうには、強行突破するしかないらしい。

 とはいえ――


「ふむ……リナ、お主一人だけでアレを何とか出来そうかの? 出来るならば遠慮なく任せるのじゃが」


 先ほどからアレの隙を伺うかのようにジッと見つめていたリナだが、しばしの間を置くと、ゆっくりその首を横に振った。


「……無理そうなのです」

「うーむ、やはりか……」


 ヒルデガルドが出した結論も同じであった。

 おそらく相手の実力は、特級相応。

 しかも、最低でも七天と同格であり、それ以上だということも十分有り得る。

 リナ一人でもある程度もたせることは出来るだろうが、向こうの片をつけるまではさすがに無理だろう。


 ヒルデガルドが十全の力を振るえればどうとでも出来そうではあるのだが……出来ないことを言ったところで意味がない。


「ちなみに、裁定者としての権限の方はどうなのじゃ?」

「…………え?」


 一人では無理そうだと言うのだから、それに関しても無理なのだろうとは思っていたのだが、問いかけに返ってきたのは呆然とした声であった。

 前方への警戒を解かぬままに一瞬だけ横に視線を向け、呆れたように息を吐き出す。


「なんじゃその反応は? もしかして、気付かれていないと思っていたわけではないじゃろうな?」

「な、何でなのです……?」

「それはどういう意味でなのじゃ? リナが人類の裁定者として半ば覚醒している――その力も知識もある程度引き継いでいるということにどうして気付けたのかという意味なのか、それとも、裁定者ということそのものを何故知っているのかという意味なのか……どっちなのじゃ?」

「……両方なのです」

「ふむ……まあ、言ってはみたものの、どちらにせよ我だから、としか答えられないのじゃが」


 そう答えると、リナはふざけるなとばかりに目を細め、不満そうな視線を向けてきたが、別にふざけてはいない。

 それ以外に答えようはないからだ。


 確かに裁定者という名前を聞いたのはこの世界の神からではあるが、それ以外の役割りやら権限やらに関して知っているのは、前世ゆえである。

 似たような世界ならば、似たような役割の者が存在して当然だ。


 そしてヒルデガルドはそこで、神の一柱などをやっていたのである。

 それらについてよく知っているのは、これまた当然だろう。


 もっとも、厳密には神だからというよりは、ヒルデガルドが司っていた権能の関係上ではあるし、聞いてはいないが答え合わせはしたので、完全にヒルデガルドの知識のみだと言ってしまうと語弊が生じるも……その辺のことを懇切丁寧に説明する必要はあるまい。

 重要なのは、一つだけだ。


「ともあれ、その様子ではやはり権限の方はアレ相手には使えないみたいじゃな。人類の絶対殺人権は割と初期に与えられるはずの権限じゃから、半覚醒状態でも持っていないということはないじゃろうし。ふーむ……そうだとは思っていたのじゃが、やはり龍人は世界の中でも人類のカテゴリに入っていない、ということなのじゃな……」

「……何?」


 と、自分の考えを確認するように呟いていたら、眼前の方から反応があった。

 別にそっちに聞かせるつもりはなかったのだが――


「貴様……何故龍人のことを、我のことを知っている? アレからは邪魔になりそうだから抑えておけと言われただけだったが……貴様何者だ?」

「さて……貴様に教える義理はないのじゃ」


 そう言って肩をすくめながら、ちらりと上空へと視線を向ける。

 相手が襲い掛かってこない様子からそうだとは思っていたが、やはりこちらの足止めが目的らしい。


 それは果たしてこちらの実力を把握し、一秒でも長く時間を稼ぐためなのか……それとも、こちらの素性を知っての上でのことか。

 後者であり狙ってこれを差し向けてきたのならば厄介なことこの上ないが……いや、とそこで考え直す。

 結果的に同じな以上、厄介なことに変わりはないか。


「……いいだろう。教える気がないというのならば、無理やり聞き出すまでだ」

「短気じゃなぁ……とはいえ、やる気を出してくれたのならば好都合じゃ」

「……本当に好都合なのです? あのまま何か相手を出し抜く方法を考えてた方がよかった気がするのですが……」

「それで何か思いつくようであればいいのじゃが、その可能性は低かったからの。或いは、リナが何か現状の役に立ちそうな知識でもあれば話は別なのじゃが……」


 その言葉に、リナは顔を曇らせた。

 その時点で答えを言っているようなものだが、最初から予測済みなので別にどうということはない。

 もちろんあったらあったで助かったが――


「……すみません、なさそうなのです」

「いや、別に謝る必要はないのじゃが。というか、そもそも裁定者はその名の通り人類に対しては絶対的な権限を持ってはいるものの、それ以外には無意味じゃからな。権限があればそれで十分じゃから、普通は戦う必要すらないのじゃし。それを考えれば特級として戦えるだけで十分だと思うのじゃ」

「……本当に、何でそんなよく知ってるのです? わたしだって知ったのはつい最近なのですが……」

「さて……それよりも、今はこっちに集中した方がよさそうじゃぞ? どうやら割とやる気出てきたみたいじゃからな」


 視線を向けてみれば、目の前のそれは今にも飛び出してきそうだった。

 なのに飛び出してこないのは、きっとヒルデガルドが先手を打とうと思えないのと同じ理由によるものだろう。


 違いがあるとすれば、向こうはそれに気付いていないようなのに対し、こちらはそれを知っているということだ。

 それを利用して、何とか優位に立つ必要がある。


「リナ、前衛は任せたのじゃ」

「……? 確かにわたしはサポートとかが苦手なのですが、学院長さんが前に出た方が戦えるのではないのです?」

「生憎と、とある理由により我は全力を出せないのじゃ。この状態ならば、リナが前衛で我がサポートに回るのが一番じゃろう」

「むぅ……よく分からないけど、分かったのです」


 何か理由があるということは理解してくれたのだろう。

 構えたリナに、ヒルデガルドはそっと息を吐き出す。

 出来るだけ向こうには情報を与えたくなかったからだ。

 あまり言葉を重ねてしまえば、そこから気付かれてしまう可能性が上がってしまう。


 このままいけるのであれば、上手くいけば倒せる可能性すらあるが……さすがにそれは望みすぎか。

 とりあえず優位に立つことを目的として、その後のことはその時に考えるべきだろう。


「……そういえば、色々と大変なことになっているみたいなのですが、あの二人は大丈夫なのですかね?」

「心配する必要はないじゃろう。何だかんだ言って、あの二人もそれなりに出来るのじゃからな」


 ここに今いない二人――ラルスとヘレンは、目の前のそれが現れたと同時に、王都の方へと離脱した。

 それを見逃したのは、さすがにあの二人にまで構う余裕がなかったのと、おそらくあの二人は足止めの対象になっていなかったからだ。

 あの二人ぐらいならば問題ないと、そう判断したのだろう。


 確かにあの二人は特級に比べれば弱いものの、きっと王都の方では少しでも多くの戦力が欲しいはずだ。

 あの二人ならば、十分役立てるはずである。

 少なくとも、道中どうにかなることはあるまい。


 気にする必要はなく……むしろ今気にすべきは、こちらの方だ。


「さて、我らはこれでも忙しいのでな……さっさと押し通らせてもらうのじゃ!」

「なのです!」


 リナが前に出ると同時にそれも前に出るが、瞬間ヒルデガルドが地面に拳を叩き込んだ。

 発生した衝撃波に触れた直後、一瞬だけそれの身体が不自然に止まり、その隙にリナが懐へと飛び込む。


 振り下ろされた剣が、その身体へと叩き込まれた。

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