元最強、異変に遭遇する
それを目にした瞬間、ソーマは反射的に目を細めていた。
それは今までと比べると、明確な差異であったからだ。
アーベント男爵領ヤースター。
視線の先にあるその街は、見間違えでなければ、その所々から煙が立ち昇っているようであった。
しかもここまで届いてきている匂いは、それが煙突から流れているものではなく、何かが燃えているのだということを示しており――
「……っ」
誰かが何かを言うよりも先に、シーラは動いていた。
脇目も振らず、一直線にヤースターへと走っていってしまったのだ。
元より止めるつもりもなかったが、あれは止めようとしたところで止められるものではなかっただろう。
「何と言いますか……少し妬けてしまいますね。ドリスさんという方が、それだけシーラにとって大事だということですし」
「さて……確かにシーラにとってドリスは大事なのではあろうが、それをフェリシアが言うのはどうかと思うであるがな」
「……そうですか?」
分かっているのかいないのか、首を傾げながらの問いかけに、ソーマは肩をすくめて返す。
姉のためにソーマと対峙することを選んだのだから、当然だとは思うが……まあ、さすがに自分でそんなことを言うのは、色々な意味でアレだろう。
だから答えの代わりに、別の言葉を口にした。
「とりあえず、我輩も行っていいであるか? シーラだけでも大丈夫だとは思うであるが、万が一ということもありえるであるしな」
「いいとは思うけど……別に全員で行けばいいんじゃないの?」
「ふむ、状況が分からんであるから、まずは先行して調べた方がいいかと思ったのであるが……状況が分からんがゆえに、ここに残るのも何とも言えないところであるか」
ならば確かに、目の届くところにいてくれた方が、どうにかしやすいだろう。
「では、全員で行くとするであるか」
「了解しました」
「さて、ようやく変化らしい変化があったわけだけど……これは今までのと関係があるのかしらね?」
「まあ、行ってみれば分かることであろう」
どうせこれから向かうのである。
ただ何にせよ……今までよりも、気を引き締める必要はありそうだ。
互いに頷き合うと、ソーマ達はシーラの後を追い、ヤースターへと向かっていった。
街に踏み入った瞬間に感じたのは、より強くなった匂いであった。
様々なものが入り混じるそれは、言ってしまえば街の焼ける匂いだ。
焼け出された家に、砕かれた地面。
まだ事が起こってからそれほど時間が経っていないのか、所々では火が燻っている。
のろしの如く立ち上る煙が、虚しく風に流されていた。
ここで何かが起こったのは、明らかである。
先に進むごとにより鮮明になる被害に眉を潜め……だが同時に首を傾げたのは、不可解な点が存在していたからだ。
「ふむ……どうにも、死体が存在していないように見えるであるな」
「……? それがどうかしたの? そんなのが野ざらしになってるよりはいいでしょ?」
「いや、それはそうなのであるが……明らかにここで何かが起こってからそれほど時間は経っていないであろう? 死体をどうにかするほどの余裕があるとは、正直思えんである」
「では、そもそも死体は出なかった、という可能性はどうなのですか?」
「その可能性もなくはないであるが……状況的に考えて、家の幾つかは丸ごと破壊されているようであるからな。これで死体が出ていないということは、事前にこれを察知して、住人が何処かへと全員避難出来た、ということになるであるが……」
「そうではない、と?」
「可能性としてはやはり否定せんであるが、そもそも避難をするとして、どこに、という問題があるであるしな……ちと考えにくいである」
ここから最寄の街まで、優に丸一日はかかったはずだ。
しかも全員でとなると、さらに移動に時間がかかる可能性がある。
その間の護衛は冒険者達がしたとしても、かなりの危険があるだろうし、何より避難した先で全員が受け入れられるとも思えない。
かといって避難先を分散してしまえば、より危険が増すだけだ。
この様子を見る限りでは、何かが襲ってきたという可能性が高いが、どうやってそれを予見したのかという問題もある。
街を襲うような存在だ。
普通は先に迎撃しようとするだろうし、それが不可能だと悟るような存在であれば、今度は避難するのが間に合わないだろう。
もしも偶然、相当危険な存在が街を襲うということが事前に分かり、そして避難した方がマシだと判断したのであれば有り得なくもないことだが……まあ、その可能性を考えるぐらいならば、別の可能性を考えたほうが有意義ではある。
「じゃあソーマは、これはどういうことだって考えてるのよ?」
「うーむ、そうであるなぁ……まあ、パッと思いつくのは、死体はその襲ってきた何かが全部食べてしまったから、というところであるか?」
「食べっ……うっ」
「ちょっと、ソーマ……!」
「うむ、今のはちと無神経過ぎたのである。すまんかったであるな」
「い、いえ……大丈夫ですから」
そう答えたフェリシアではあるものの、その顔色は明らかに悪い。
何せ状況が状況だ。
その光景をはっきりと思い描いてしまったのだろう。
アイナから責めるような視線を向けられるも、弁明出来ることはない。
明らかにソーマの失態であった。
とはいえ、今言った言葉は、冗談でもない。
ここを襲う可能性が最も高いのは魔物であり、ならばそういった可能性は決して否定出来ないだろう。
無慈悲ではあるが、少なくとも全員が避難したという可能性に比べれば、遥かに高い。
もっとも、ここにはドリスがいたのだ。
周辺に生息する魔物のことなど当然知っていただろうし、そんな危険な魔物が存在していたら警戒していないはずもない。
こんなことにならないように、何らかの手は打っていたはずだろう。
そもそもこの街はギルド支部もあるような歴とした町である。
村ならば魔物避けの結界が存在していないことも珍しくないが、ここにはきちんと存在していたはずだ。
とはいえ、魔物避けの結界は基本的に維持に金がかかる。
そのため普通は、周辺の魔物から想定したものが張られるものだ。
魔物避けという名前であっても、全ての魔物をどうにか出来るわけではないのである。
王都とかであれば別だが、ここら辺に張ってあるものでは、ある程度の魔物までしかその侵入を防ぐことは出来ないだろう。
だがだからこそ、危険な魔物が進入可能な範囲にいるのならば、その対策がされていないはずがないのだ。
となれば、そんな魔物が突然現れたという可能性が最も高くなるが、そんな話は――
「……うん? いや、そういえば似たような話を……?」
「ソーマ? 何か分かったの?」
「……いや、まだ何とも言えないであるな。まだまったく状況の把握が出来ていないであるし……まあ、とりあえずシーラと合流してからである」
「そうですね……本当に魔物に襲われたのだとしたら、まだそれが潜んでいるかもしれないですし」
それも気になると言えば気になっているところだ。
少なくともこの街の中には、何かが暴れているような気配を感じない。
去った後なのか、隠れているのか、倒されたのか……あるいは、そもそも魔物に襲われたわけではないのか。
他に人の気配も感じない以上は、倒されたという可能性は考えにくいものの――
「あとは、ここまでにあったことと関係があるのかも気になるところね。共通点は人を見かけないということだから、関係ない気もするけど……」
「ま、それも含めて、後で、であるな」
そんなことを言っている間に、目的地はすぐそこへと迫っていた。
シーラの姿はすぐに見失ってしまったが、ソーマ達の向かう先に迷いがなかったのは、どこに行ったのかはすぐに分かったからである。
ソーマ達の視線の先にあるのは、一つの建物だ。
外壁にいくつかの損傷はあったものの、元の外観を保っている。
見覚えのあるそれは、ソーマ達とシーラが初めて出会った場所だ。
この街にあるギルド支部であった。
「ここが、シーラがかつていた場所、ですか……」
「色々思うところがあるのは分かるけど、とりあえず中に入りましょうか。シーラはここにいるのよね?」
「気配がするであるし、いるみたいであるな」
移動されてしまったらどうしようかと少し思ったが、どうやらいてくれたようだ。
そうして中に入ると……ギルドの中は荒れ果てていた。
見覚えのあるような椅子やテーブルが周囲に散乱し、そこかしこにぶちまけられている。
ただ暴れることだけが目的だったかの如く、そこに規則性はなく、残されたのは破壊の後だけだ。
そんなところに、シーラは一人、ポツンと佇んでいた。
「……シーラ」
その背にフェリシアが手を伸ばしかけるが、途中で止めてしまう。
おそらくは何か余計なことでも考えているのだろう。
困ったものだと溜息を吐き出し――後ろを振り返った。
「おや、気付かれちまったかい。まったく、相変わらず大したもんだよ」
聞き覚えのある声に、後方でシーラが反応したのが分かった。
それに合わせるように現れたのは、見覚えのある姿だ。
「……ドリス?」
半ば呆然とした呟きに、それは笑みで以って答えた。
苦笑交じりのそれを浮かべながら、こちらへと一歩を近づき――
「なんだいシーラ、その声と顔は? もしかしてアタシがくたばっちまったとでも思ったのかい? アタシを誰だと思ってんのさ……ったく、仕方ない娘さね。こういう時は、どーんと構えとくもんだってのに」
そう言って笑みを浮かべたまま、腰から銃を抜き去った。
それはあまりにも自然な動作であった。
そうするのが当然とでも言うかのようなものであり……だがそれを見た者がどう思うかは、また別の話だ。
「…………え?」
それを示すように、数瞬遅れて、シーラから漏れ出るような呟きが聞こえてきた。
そして。
「だから、こうなるのさ」
それに紛れるように、銃声が響き渡ったのであった。




