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異常と異変

 端的に結論を言ってしまうのであれば、ヒルデガルドは未だ手掛かり一つ見つける事は出来ないでいた。


 ラルス達にあまり無理をさせるわけにもいかないので、休息を兼ねて村中を探ってみたのだが、特にこれというものは見つからなかったのだ。

 さらに村の外まで探ってみたものの、これまた何も見つからない。


 多少魔物との遭遇率が低いかもしれないとは思ったが、それは最初から分かっていたことだ。

 そもそも今回の件との繋がりも分からない以上、新しい情報は何も得られなかったと判断するしかなかった。


 とはいえそれが一箇所だけであるならば、仕方ないかもしれない。

 だが――


「ふむ……まあ、最初の時点で分かっていたことではあるのじゃが、やはりこれは何らかの異常が発生してるとみて間違いないようじゃな。しかも、偶発的に発生したものではあるまい」

「そ、それは……誰か、あるいは、何か、が……意図的に、やった、ということ、です、か?」

「いや、それも別に驚くようなことじゃねえだろ。――これで三つ目だぞ? こんなことが偶然に起こってたまっかよ」

「うむ、まあ、そういうことなのじゃ」


 そう、これで三箇所目。

 最低でも三つの村が同じような感じで無人と化してしまっていることが判明したのだ。

 これが偶然だなどということは有り得まい。


 しかも近くに王都があるため、その周辺にある村というのは互いにかなりの距離がある。

 近い場所に別の村を作る理由が基本的にはないからだ。

 普通であれば、移動するだけで二日はかかるだろう。


 それほど離れている村の者達が、少なくとも三箇所で忽然と姿を消してしまっている。

 いや……この分だと、それだけで済んでいるかは怪しい。


 というよりかは、そんなことはないと考えるべきだ。

 最悪……魔物の減少とこれとには深い関係があり、周辺の村は全滅しているとまで考えた方がよさそうである。


「ま、とりあえず確定として分かっていることは、確かに魔物の数は減っているようなのじゃ、ということじゃな」

「体感に過ぎないとはいえ、明らかに少ないと感じる程度には遭遇しなかったですからね。これもまた偶然だと考えるには厳しい……ったく、どう考えてもオレの手には余ることじゃねえか。こんな時こそ、アイツらの出番だと思うんだがなぁ……」

「そうは言っても、いないものは仕方ないじゃろ? だからといって何もしないわけにもいかんのじゃしな」

「う、うん……あの人達の、分まで、わたし達が、頑張らない、と」

「それが荷が重いっつってんだが……ま、やるしかねえか」


 そんなことを言いつつも、実際ラルスにやる気があるというのは分かっている。

 多分、以前のことを気にしているのだろう。


 ヘレンにも多少そういったところがあり……だがヒルデガルドは、敢えて何も言わなかった。

 これで無茶をするようならば困りものだが、今のところそういったことはない。


 そもそも、こういったことも想定して連れてきたのだ。

 目を光らせておく必要はあるが、無茶でもしようとしなければ何かを言うつもりはなかった。


 今はそれよりもと、眼前の光景へと視線を向ける。

 人の姿を見かけないということもあり、そこに広がっているのは長閑な光景とでも言うべきものだが、もちろんそんなことを言っている場合ではない。

 そこにある何かを掴もうとするかのように、目を細めた。


 当然そんなことで何かが分かるわけはないが……しかし、ここには何かがあるかもしれないと思っているのも事実だ。

 ここでもまた何かを見つけることは出来なかったのだが、ほんの少しだけ、他とは違うものもあったのである。


 それは、とある家の中を調べている時に発見したものであった。

 そこにあった、テーブルの一つ。

 その上に存在していた、食事の用意であった。


 まるでこれから食事をしようとしている時に、忽然と住人だけが姿を消してしまったとでも言うかのような、そんな光景がそこにはあったのだ。


 ただ、そうなっていたのはそこだけであり、だが、何らかの手掛かりとなるかもしれないものである。

 まあ、今のところは相変わらずそれ以上のものは見つかっておらず、結局何が起こったのかは分からないのだが――とりあえず、おぼろげながらも、分かったことが一つ。


 それは……おそらくあの報告書を出してきた相手、国王やギルドの上は、このことも含めて知っていた可能性が高い、ということである。

 勿論元の情報が噂話だということを考えれば、知らない可能性もあるものの、知っていると考えた方が、色々とつじつまが合うのだ。

 僅かに覚えていた違和感のことも、それならば納得出来る。


 もっとも、どちらかと言うならば、やはりか、という思いの方が強いが。

 最初の村を見た時から、そんな気はしていたのである。


 だがそれを責めるつもりはない。

 むしろヒルデガルドに丸投げしたことも含め、当然の判断だろう。

 他にこんなことの調査が出来るのは、それこそ七王の二人ぐらいしか今のこの国にはいないからだ。


 これに関して報告書に書かなかったのは、万が一のためか。

 魔物の異常は知られてしまってもまだ何とかなるが、これはさすがにまずい、ということで。


 とはいえ、人の口に戸は立てられない。

 おそらくこれに関しては緘口令でも敷いているのだろうが、人々の間に噂として流れるのも時間の問題だろう。


「ふむ……そう考えれば、やはり納得がいくものじゃな」


 そもそも、魔物の件に関しても、調査をするには早すぎたのだ。

 報告書によれば、その話が最初に出たのは、まだ一週間ほど前だという。

 普通に考えれば、ヒルデガルドにもってくるより先に、裏取りなど自分達でしっかりと調査をするべきだ。


 だが報告書には、そんなことをしたということは書かれていなかった。

 秘密裏に調査をしたいのかと、その時は一旦納得したのだが……これが原因で時間をかけるわけにはいかなかったとなれば、それはその通りだろうと頷くしかない。


 王都の周辺の村で、人々が忽然と姿を消してしまう。

 そんな噂が流れてしまえば、王都は大混乱だろう。


 それを何とかするか……出来るだけ混乱を小さくする、というのが今回の調査の本当の目的だということだ。


「やれやれ……責任重大じゃな」


 呟きながら、周囲の様子から何とかして手掛かりを得ようとしている二人を一瞥し、溜息を吐き出す。


 さすがにこれは、二人に話すわけにはいかないだろう。

 ラルスの言葉ではないが、いくら何でもこれは二人には荷が重過ぎる。


 出来れば一度学院に戻り、二人を置いてきたいところでもあるが……そうなると今度は人手が足りなくなってしまうのが問題だ。

 しかしこの様子では、その方がまだマシかもしれない。


 ――半ば本気で、そんなことを考え始めていた時のことであった。


「っ……ラルス、ヘレン、もしかしたら、もう手掛かりを探す必要はないかもしれんのじゃ」

「……えっ? 一体、何、を……?」

「……っ!?」

「えっ、ラルス君……あっ」


 ヒルデガルドの言葉に、ラルスが一瞬遅れ、さらに数瞬遅れ、ヘレンも気付いた。

 いつの間にか、三人しかいないはずの村の中に、もう一人分の気配が生じていたことに、だ。

 この状況で、一人だけでこんな場所に現れる者など、ろくな想像は出来ない。


 とはいえ、現状の調査ということだけを考えれば、それは必ずしも悪いことではないだろう。

 先にヒルデガルドが口にした通り、もう手掛かりを探す必要がなくなるかもしれないからだ。


 手掛かりを持っていたところで、それを聞きだす事が出来れば、の話ではあるが。


 真っ先にその存在に気付き、構えを取っていたヒルデガルドではあるが、その背には冷や汗が流れていた。

 あまり戦闘を得意としないというか、その大部分を対価として前世に置いてきてしまったヒルデガルドだが、それでも特級相応の戦闘能力はある。


 だがだからこそ余計に、分かってしまうのだ。

 おそらく戦闘になってしまえば、この相手には――


「……うむ?」


 と、警戒を続けていたヒルデガルドは、だがその瞬間、僅かに警戒を緩めた。

 相手が無造作に姿を見せ……さらには、その姿が見知ったものであったからだ。


「あれ……? リナ、ちゃん……?」


 そう、それはここ最近姿を見ていなかったはずの、リナだった。


 予想外の人物の登場に、半ば呆然としながらヘレンが呟きつつ、身体の力がゆっくりと抜けていく。

 ラルスも剣の柄から手を離すと、溜息を吐き出した。


「はぁっ……ったく、何だよ、驚かせんなよな」

「う、うん……驚いた、ね。……あれ? でも、リナちゃん、何で、こんなところ、に――」


 ヘレンの言葉は、最後まで口にされることはなかった。

 それを遮り、庇うようにして、ヒルデガルドが二人の前に出たからだ。


 二人からの疑問の視線が後頭部に突き刺さるのを感じるが、それに答える余裕はない。

 おそらく二人には差がありすぎて感じる事が出来ていないのだろうが……先ほどからリナはずっと、その身に殺気を漲らせているのである。


 もちろん、今この時も、だ。


「……えっ?」

「――なっ」


 だからリナが剣を引き抜き、こちらに突きつけたところで、驚くことはなかった。

 ただ、ここからどうしたものかと、悩むだけである。


 果たして理由を聞いたところで、答えてくれるものか。

 まあ、答えてくれ、聞いたところで……それがこちらにとって意味のあるものであるかは、話が別だが。


 鋭い殺気をその身に浴び、冷や汗を流しながら、さて本当にどうしたものかと、ヒルデガルドはごくりと喉を鳴らした。

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