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元最強、騒動に巻き込まれる

 伊織の力によって転移が可能な範囲は、あくまでも城の中に限定されている。

 そのため城の外へは自分の足で向かいながら、ソーマは音の聞こえる方に視線を向け、目を細めた。


「ふむ、音からすると、山の向こう側……北西、というところであるか?」

「大体そんなとこだろうな。ちなみに、そこはちょうど森が広がってる場所だ」

「なるほど……適切な場所であるな」


 何かをしていたところで分かりづらく、事を起こしてからも把握しづらい。

 そんな場所だ。


 ただ、問題があるとすれば、だというのにこんな音を響かせていたら、何の意味もないことであろうか。

 自分達の位置を向こうから教えているのだ。

 折角のアドバンテージを捨てるなど、アホとしか言いようがなく――


「つまり、あっちは陽動であるか?」

「そう考えるのが無難ではあるが……」

「それはそれでわざわざ奇襲に使えそうな場所で行う必要がない、であるか。となれば、陽動と思わせての本命、というところであるが……」

「あるいは、陽動でもあり本命でもあり……どうでもよくもある、ってところか?」


 伊織がそんなことを言った意味を、ソーマは正確に理解していた。

 視線をその理由の先、北東へと向ける。


 そこから感じる、明らかに逸脱した何かの気配の元へと、だ。


「あっちが真の本命。アレで何とかなるならばそれでよし、駄目でも足止めが出来れば十分で、その間に他が、というところであるか……? ということは、南東と南西あたりにもいそうであるな」

「まあ、この調子ならいるんだろうな」


 むしろいないわけがない、というところか。

 ここまであからさまなことをしてきているのだ。

 片手落ちのようなことはすまい。


「ところで、相手の見当はついているのであるか?」


 今更確認するまでもないことではあるが、これは明らかに襲撃だ。

 自称とは言ってはいるものの、魔王である以上別にそれ自体は不思議でも何でもないのだが、その理由や相手次第ではソーマにも動き方というものがある。


「相手が貴様の浮気相手で、貴様を掻っ攫いに来た、とかいう状況であったらさすがの我輩もどうすればいいのか分からんであるしな」

「まだそのネタ引っ張るのかよ……」

「まあ冗談はさておき……それで、どうなのである?」


 ソーマの問いかけに、伊織は肩をすくめてみせた。


 ただしそれは、分からないという意味ではないのだろう。

 どことなく呆れと諦観を含んだような表情を浮かべ、息を吐き出した後で、伊織は口を開いた。


「……ま、見当ついてるか否かで言えば、ついてるって言えるだろうな。こんなことをすんのは、多分前魔王派とか言われてる連中だろう」

「ふむ……以前に反乱を起こしたとかいう者達であるか?」

「そうだが……なんでお前がそれを知ってるんだ? 一応それに関しては緘口令を敷いてるんだが……」

「そうなのであるか? ……いや、考えてみればそれも当然であるか」


 反乱を起こされたなど、醜聞以外の何物でもない。

 しかも話によれば、それなりの数に逃げられ、宝物庫からの窃盗すらも許してしまったらしいのだ。

 それを隠しておこうとするのは、当たり前のことだろう。


「まあ、我輩が知ってる理由は単純である。スティナから聞いたからであるな」


 しかしその名を出した瞬間に伊織が眉を訝しげに潜めたのは、また別な理由によるものなようであった。

 直後に示した反応は、本来ならばスティナも知っていてはおかしい、というようなものだったからだ。


「スティナから……? 何であいつが……」

「ふむ? スティナが知っていてはおかしいのであるか?」

「そりゃな。反乱があったのは約二年前、アイナが城を出た直後だ。その時には既にスティナはこの城にいなかったんだから、知ってるわけがない」

「ほぅ? それにしては色々と知っていたようであるが?」

「まあ幾つか可能性は考えられるが……やっぱりアイツも……? だがそうなるとソーマにそんなことを話した理由が……いや、あるいは……?」

「考え事をするのは結構であるが、今は後回しにしておいた方がいいのではないであるか?」


 ソーマがそう口にすると、伊織も現状を思い出したようだ。

 はっとした後で、意識を切り替えるように息を吐き出す。


「それもそうだな。ともあれ、これは……いや、これもって言うべきか? まあとりあえず、ほぼあいつらで間違いないと思う。前回も似たようなことしてきたしな」

「ふむ……失敗したのに再び同じ事を……いや、一部は成功したとも言えるであろうから、そのせいで、であるか?」

「さてな。確かにある程度に逃げられたのは事実だが、それでも主要なやつらは潰しといたしな。単に考えられるやつらが残ってないって可能性もある。まあ何にせよ、そのうちまた来るとは思ってたから、ついにって感じではあるんだが……」

「……ちなみに、であるが。アレも前回逃げられたうちの一つであるか?」


 そう言ってソーマが視線を向けたのは、北東の方角だ。

 先ほど真の本命と呼んだ場所であり、どことなく禍々しくも、厄介そうな気配を感じる先である。

 下手をすれば……いや、下手をせずとも、そこにいるのはあの森神よりも厄介な何かだろう。


 それでも、正面から戦えばソーマは負ける気はしない。

 だが逆に言えばそれは、正面から戦う事が出来ればの話だ。

 現状から考えると――


「いや、少なくとも前回はあんなのはいなかったはずだ。あれから新しく合流でもしたのか、それともどっかから持ってきたのか……。ま、何でもいいか。とりあえず俺はあっちに当たるから、お前は向こうを頼んでいいか?」

「ふむ、構わんであるが……大丈夫なのであるか?」

「これでも一応勇者で魔王だぞ? 何とかなるさ。大体客人に一番厄介そうなのを任せるわけにもいかんし……それに、俺がここに残ってたのも、こういう時のためだしな」

「ああ、やっぱそうなのであるか」


 何となく、そんな気はしていたのだ。

 襲撃そのものに驚いている様子はなかったし、偶然人が出払っている時に襲撃に来るなど有り得ないことだろう。


 敢えて戦力を分散させられていたと考えるべきであり、そして伊織達はそれを承知の上で相手の思惑に乗ったのだ。


「ということは、後方の心配はしなくてよさそうであるな」

「まあ、そうだな。本来は執事長と二手に分かれるつもりだったし、城の方はアイツ一人でも十分なはずだ。それでも、絶対大丈夫だって確証はなかったから、正直お前らが居てくれてかなり助かるけどな」

「ふむ……そんなことを言われてしまったら手を抜くわけにもいかんであるな。少し本腰を入れて手伝うとするであるか」


 もちろん最初からそのつもりではあったが、それはそれだ。

 友人相手とはいえ、恩を売れるときには積極的に売るべきなのである。


 そうすれば、何か自身の望むものが手に入るかもしれないからだ。

 例えば、珍しい魔物の素材とか。


「さて、ではそろそろ向こうを黙らせに行ってこようかと思うであるが、何か注文とかあったりするであるか? なるべく生け捕りにした方がいいとか、そういうことであるが」

「いや、特にはないな。生け捕りにしたところで聞きたいこともないし……」


 と、そこで伊織がふと言葉を途切れさせ、苦笑を浮かべたのは、昔と比べ随分と物騒なことを言うようになったもんだと、そんなことを思ったからだろう。


 そしてそれをソーマが分かった理由は単純である。

 ほぼ同じタイミングで、ソーマも同じ事を思ったからだ。


 だがソーマもそれに関しては何も言わず、ただ肩をすくめる。


「了解である。それじゃあ行ってくるであるが、気をつけるであるぞ?」

「ああ……そっちもな」


 そうして言葉を交わすと、ソーマは北西へと向かい、地を蹴った。








 北西とは言っても、先に述べた通り、それは山の向こう側の話である。

 ではどうやってそこへと向かうのかと言えば、当たり前のように直接山を越えるのであり――


「ふむ……どう考えても倒して進んだ方が早いのであるが、そういうわけにもいかんであるか」


 そんなことを独りごちながら、山を駆けていく。

 直後、後方で何かが木にぶつかったような音がしたものの、無視である。


 もちろん、こちらへと向けられる殺気や、周辺から感じる気配も、だ。


 それらは言うまでもなくこの山に住んでいる魔物のものであり、同時にそれらはこの山を守っている存在でもある。

 彼らにとってみればソーマは間違いなく異物でしかなく……しかもどうやら伊織でも言うことを聞かせることは出来ないらしいのだ。


 かといって下手に倒してしまえばそれはここの守りを薄くしてしまうことと同義であり、さすがにそれは勘弁してくれと伊織からも言われている。

 こうして無視しながら進んでいる所以であった。


 ならば最初から山を迂回して進めばいい話ではあるのだが、それには一度あの出入り口から外に出てからグルリと回る必要がある。

 そこまで時間をかけてしまったらどうなるか分からないということもあるし、あっちにはあっちで敵がいそうなのだ。

 そっちと戦闘になってしまったらそれはそれで困るということで、このように最短距離を進むこととなったのである。


 それによる問題は、今のところ特にない。

 囲まれてしまえば面倒なため多少の位置取りを考えながら進む必要はあるものの、その程度だ。


 まあ、幾ばくかの面倒が生じているのは確かだが――


「その分は恩に上乗せすればいい話であるな」


 なに、ちょっとだけ要求する素材のランクが上がるだけだ。

 大したことない大したことない。


 ともあれそうして山を駆け上がっていけば、それほどの時間もかからずに山頂へと辿り着いた。

 眼下へと視線を向けると、そこに広がっていたのは今登ってきたのと同じ程度の下り坂である。

 視線の先には確かに森があり……今そこでは僅かに、だがはっきりと所々で火の手が上がっていた。


「また厄介な、というか、何処かで似たようなのを見た記憶があるであるなぁ……」


 あの森はどうやら、この山にまで続いているようである。

 このまま放っておけば、そのうちここにまで届くことも有り得るだろう。


 しかも火の手はかなり点在しており……今もそれは増え続けている。

 轟音が響くと共に、音からすれば規模の小さすぎるそれが上がるのだ。


「やれやれ……ま、陽動なのは分かりきっていたことであるか」


 ざっと気配を探ってみたところ、こっち側にいるのは大体三十から五十といったところか。

 強さはそれほどではないようだが、むしろその分かなり散り散りとなっているようで、それが面倒と言えば面倒そうである。


 それはつまり、倒されることを前提としているということだからだ。


「ある程度倒したら勝手に撤退する、ということは期待できそうにないであるな」


 どちらかといえば最後の一人になっても抵抗を続けそうな感じである。

 まあ、状況を考えれば、下手に逃がしてしまえばまたこんなことに繋がりそうだから、そういう意味ではいいのだろうが――


「どうやら思っていた以上に本気のようであるな。そうなると向こうやあっちも気になるところではあるが……とりあえず、こっちをどうにかしてからであるか」


 呟きながら、ソーマは彼方へと向けていた視線を眼下に戻す。

 さて、と言葉を一つ落とすと、そのままその先へと向け、駆け下りていくのであった。

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