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元最強、魔王達と食事を共にする

 正直に言ってしまうのであれば、スティナは薄気味悪さをすら覚えていた。

 周囲の者達は運命などと、これが必然なのだなどと騒ぎ立ててはいたが、これはきっとそんなご大層なものではない。

 もっと辛辣で悪辣な、何かだ。


 そんなことを思いながら、たった今差し出されたそれへと視線を向ける。

 漆黒で歪な形をしたそれは、かろうじて球形だということが見て取れる程度のものだ。

 そこら辺に転がっていれば、ただの石ころか何かとすら思えないだろう。


 ……いや、訂正をしておこう。

 これがそこら辺に転がっていたら、間違いなくその場から即座に離脱を図るに違いない。

 一目でそれが必要だということが分かるぐらい、これは不気味で不吉な代物であった。


 だがそれも当然だ。

 何せこれには、邪神の力の欠片が封じられているというのである。

 それが出鱈目でないのは、見て分かる通りだ。


 とはいえ、質も量も、大したことはないのだろう。

 不気味で不吉さを覚えるとはいえ、逆に言えばその程度だからだ。

 ラディウスの王立学院の地下迷宮に封印されていたとかいうものと比べれば、雲泥の差であるに違いない。


 しかし今は、これでも十分だ。

 十分過ぎた。

 何故こんなものがあったのかと思ってしまうぐらいには。


 切欠は、話の種として自身の持つ最大戦力にして、隠し玉でもあるアレの話をした時のことだ。

 沸き立つ周囲を諌めるように、自分は口にしたのである。


 ――とはいえ、今のままではそれを使う事は出来ねえですが、と。


 理由としては単純なものだ。

 封印されているそれを解放するための最後の一つが見つかっていないし、封印されている場所も特定出来てはいない。


 隠し玉とは名ばかりの、こけおどしであり……しかしだというのに、これが差し出されてしまったのだ。

 これでは駄目ですか、と。


 最後の一つは特定の素材ではなく、封印されているそれを移すための器であり、その力の源となるべきものであった。

 要するに、それに足るものを見つける事が出来なかった、というわけなのではあるが……これで駄目ならば、相応しいものなど一つとしてありはしないだろう。

 つまり最後の最後にして、必要な全てが揃ってしまったのである。


 そう、全てが、だ。

 厳密に言うならば、封印されている場所が特定出来ていないのは、ここに来るまでは、だったのである。


 ここに来た瞬間に、スティナは確信してしまったのだ。

 封印されている場所が、まさにここであることに。


 決戦前夜、その直前も直前に、全てがこの手の中に揃ってしまったのであった。


「――どうかなさいましたか?」


 と、そんなことを考えていたら、不意に声をかけられた。


 そちらへと視線を向けてみれば、そこに居たのは一人の男だ。

 正直名前などは覚えていなかったが、それでも誰なのか分かったのは、その男が今回のことの纏め役だったからである。

 ついでに言うならば、スティナの持つソレを手渡してきた男でもあった。


「私のお渡ししましたものをジッと見つめていらっしゃいましたが……もしや何か不手際でもありましたでしょうか?」

「……いえ、何でもねえです。ただ……よくこんなものを用意出来たと思ってただけですよ」

「ああ、なるほど。そうですね、私としましても偶然手に入れたものなのですが……今回もしかしたら使うようなことがあるかもしれないと持ってきていたのです。それがこうして、あなた様の役に立てそうだというのですから、何が幸いとなるか分からないものですな」

「……そうですね」


 本当に、そうだ。

 何が幸いとなって、何がそうでないのか。

 それはきっと、全てが終わってみなければ分からないのだろう。

 例えそれが、どうしようもなく愚かな行為にしか見えなくとも。


 そんなことを思いながら、スティナは再度手元のソレへと視線を向ける。

 未だに騒ぎ続けている周囲の声を耳にしながら、ぎゅっと、握り締めたのであった。









 伊織と一通り騒いだ後、ソーマ達は食堂へと向かうこととなった。

 時間的にちょうどいい感じであったからだ。


 ちなみにそこは城の一部を改造した結果出来たもので、本来は存在していなかったものらしい。

 その周辺は他の場所とは物理的に断絶しているため、伊織達でなければ行くことの出来ない場所でもある、とのことだ。

 アイナも言っていた居住区画、ということなのだろう。


 ともあれ、そうして食堂にやってきたソーマではあるが、正直に言ってしまえばその部屋は予想外であった。

 もっと広く大きい場所を想像していたのだが、意外にもそこはそれほど広くはなかったのである。


 何せこの間の街で泊まった宿――北方の硝子亭にあったものと、大差はないほどなのだ。

 あそことは違ってこっちは長テーブルが一つあるだけではあったものの、面積として考えるならばほぼ同じだろう。


 城の規模から考えても、魔王の住む場所だということから考えても、明らかに相応しいものではなかった。


「ふむ……これでは色々と不足しているのではないであるか?」

「いや? そんなことはないぞ? そもそもここに来れるのは、さっきも言った通り俺達だけだからな。それ以外のやつは、よっぽど親しいやつでもなければ通さないし、そんなのは数えられる程度しかいない」

「なるほど……っと、納得しかかったであるが、そういえばここはわざわざ新しく作ったのであるよな? それ以前……先代魔王の頃とかはどうしていたのである?」

「さてな。その頃のことを知ってるやつらに聞けば分かるんだろうが、生憎とうちにはいないし、わざわざ聞くようなことでもないしな。ただ……飯食う場所なんてそれこそどうとでもなるし、そもそもここに住んではいなかった可能性だってある。あるいは他の場所で作らせて持って来させてた、とかもありそうだな。最寄の村のやつらは最初の頃妙に俺達のこと怖がってたし」

「そういえば、昨日あの村の村長に挨拶に行ったけど、よそよそしいというか、過剰なほどに警戒されてたわね」

「他のやつらの態度は大分柔らかくなったんだけどな……あのじーさんだけはどうにもならん。頑固ってよりは、それだけのものを必要としてた、って感じだから、あんま言ったとこで逆効果にしかならなそうだしな。ま、それでもそのうち何とかなるだろうし、するだろ。というわけで、適当に座っとけ。多分そろそろ料理が出てくる頃だろうしな」

「いや、どういうわけである……?」


 そんなことを言いながらも、本当に座り始めた伊織にならうようにして、ソーマも座る。

 それを気にする必要があるかはともかくとして、上座に伊織が先に座ってくれたおかげで後の席順を決めやすい。


 まあ、この家の人間は後はアイナしかいないので、決めるも何もほぼないのだが。


 しかしそうして座ってみれば、本当にすぐに料理は運ばれてきた。

 執事長の手によって各々の前に置かれていき……ただ、それが何であるのかは分からない。

 蓋がされているうえ、匂いも特に感じなかったからだ。


「ああ、言われる前に先に言っておくが、匂いは敢えて封じて外に漏れないようにしてる。匂いがあったらすぐに何なのか分かっちまうからな」

「また無駄に手間かけてるであるな……」


 とはいえ、そこに楽しみを感じないと言ったら嘘になるだろう。


 しかも、伊織にはかなり驚くとまで言われたのだ。

 どんな料理なのか、否が応にも期待は高まる。


 運ばれてきた料理、というか食器は各人一つずつのみだ。

 次のものが運ばれてくる気配はないので、これを食べ終わったら運ばれてくるコース的なものなのか、あるいはこれ一つのみで完結しているものなのか。

 とりあえず一つの皿に盛られたものを皆でつまむ、という形でないことは分かるものの、逆に言えば分かるのはそれだけである。


 食器の形は楕円形であり、蓋がされているために深さ等は分からない。

 大きさとしてはそこそこだが、それが参考になるかは何とも言えないところだ。

 食器が大きくとも、盛り付けが少ないという可能性も十分有り得るからである。


 結論から言ってしまえば――


「うむ、眺めていたところで何一つ分からんであるな」

「そりゃそうだろ。ま、とりあえず開けてみろって。絶対驚くぞ?」


 言われるがまま、ソーマは蓋に手を伸ばした。

 これ以上考えていたところで、分かりそうにないのは明白だったからである。


 そうして蓋を外し……だがその全貌が明らかになるよりも先に、ソーマの感覚を刺激するものがあった。

 匂いである。

 文字通りの刺激臭がソーマの鼻へと襲い掛かり、瞬間ソーマは目を見開く。

 それはひどく懐かしいものであり、同時に自身の記憶をも刺激するものであったからだ。


 その料理の名前が頭を過ぎるのと、視界にその全容が映し出されたのはほぼ同時。

 中心を境に白と茶とにはっきり色が分かれ、さらに茶の方には他の色……いや、具材も転がっている。


 間違いようもあるはずがないそれの名を、気が付けばソーマは呻くようにして呟いていた。


「カレーであるか……!」

「ふっ、どうだ……驚いただろ?」


 驚かないはずがない。

 思わず伊織へと視線を向けるも、そこにあったのは得意げな顔を晒した姿だ。


 正直若干イラッとする顔だが、これを出されては何かを言えようもはずもなかった。


「貴様……再現したというのであるか?」

「まあな。かなり苦労したんだぜ?」


 それはそうだろう。

 この世界にはカレーなどというものは存在していない。

 一時期無性に前世の頃の食べ物が食べたくなった時があって片手間に調べてみたことがあるのだが、幾つかはそれらしいものを見つけることが出来たものの、カレーだけは影も形もなかったのだ。


 それどころか、その前身となるようなものすらなく……調べていくうちにその理由は納得がいくものであったのだが――


「何偉そうにしてんのよ……父様はほとんど何もしてなかったって聞いたわよ?」

「何言ってんだ、ちゃんとしてたぞ? 元のアイディアを出したのは俺だし、味見と意見出しをしたのも俺だしな」

「そりゃそれは貴様でないと出来ないことではあろうが……つまり頑張ったのはあの者、ということなわけであるな」


 言って視線を向けるも、この場に執事長の姿はない。

 料理を運んでくるや否やそのまま下がってしまったのだ。


 主達と食を共にしてはならぬという従者としての心得ゆえなのか、それともまだやることがあるのかは分からないが……ともあれ視線を向けた先はあの執事長が下がっていった場所である。

 きっとそこが厨房であり、苦労し励んだ場所なのだろう。


 自分で作るというのならばまだしも、誰かの記憶の中にしかないものを再現するとか、ちょっと難易度が高すぎる。

 そんな無茶振りを本当によくこなしたものだ。


 しかも。


「ところで、これを出してきたのは予想通りではあるんだけど……本当に大丈夫なの? 母様達に怒られる気しかしないんだけど……」

「だから大丈夫だって。お前が帰ってきた祝いに出したっていえば……多分……いけるんじゃ……いけるといいな?」

「どんどん自信がなくなっていっているではないであるか。それにしても、怒られるということは……やはりこれ、相当金かかるのであるな」

「……まあな」


 カレーに似たものすら作られることがなかったのは、単純にこの世界では香辛料などの類が高級品だからだ。

 だというのにこれは匂いからしてそうと分かるほどに大量の香辛料を用いている。

 一般に料理として知られるわけがないのだ。


 余程の大商人や大貴族が奮発して、という状況ならば、もしかしたら有り得なくもない、という程度であり、そんなもの尚更周知されるわけがないだろう。


 しかも、カレーだけではなく米の問題もある。

 この世界で米は流通していないわけではないが、極一部でしかないのだ。


 さらには主食として食べられている場所はおそらく皆無である。

 主食として食べるのに適した種ではないようだからだ。


 まさかカレーを再現しておきながら米に妥協するなど有り得ないだろうし、そこにもまた相当に金がかかっていそうである。


「あとは、作るのにお金がかかるっていうのもそうなんだけど……正直見た目もちょっとアレだもの。あたしは昔から知ってるからそうでもないけど、母様達はまだちょっと苦手みたいね。美味しいのは確かだし、母様達も目を瞑れば大丈夫だから、数年に一度ぐらいなら、とは言ってるけど」

「それは一般的に駄目と言う気がするのであるが……」


 まあともあれ、カレーだ。

 目の前にあって、こんな匂いを振りまいているというのに食べられないなど、最早拷問に等しい。

 伊織へと視線を向けると、苦笑し肩をすくめていたが、本人も既にスプーンを持っているあたり同じ考えなのだろう。


 両手を合わせ、いただきますと呟くと、スプーンを手に取った。

 境となっている部分に差し込み、両方を同じぐらい乗せる。

 そのまま口の中へと運べば、刺激臭が一層強く感じられ、同時に何とも言いがたい、懐かしさのようなものを感じた。


「ふむ……カレーであるな」

「カレーだろ?」

「うむ……というかどこまでいってもそれしか言いようがないであるな」


 美味いのは確かなのだ。

 懐かしさも合わさり、唯一無二の味でもある。


 だが。


「ぶっちゃけこれ採算取れてないであるよな?」

「そうなのよね……それも母様達がこれを作ると怒って忌避する理由でもあるのよ。確かに美味しいんだけど、同じだけのお金使うんなら、幾らでももっと美味しくて豪勢な食事が出来るのよね……」

「さもありなんである」


 尚、それこそが、ソーマが食べたいとは思いながらも、これを再現しようとはしなかった理由である。

 ソーマの実家は公爵家ではあるものの、こんなものを作ろうとすれば幾ら金があったところで足りるわけがない。

 試作を繰り返すだけで家が傾くどころかそのまま崩壊し、借金塗れとなるのがオチだ。


 レシピを作り出しそれを売ることが出来ればまた話は別かもしれないが……そこは先に言った通りである。

 こんな金のかかるものを誰が作ろうとするんだという話で、ならばレシピも売れるわけがない。


 上手い料理のレシピというのはそれだけで一財産となるほど価値の高いものだが、誰も買わなければ何の意味もないのだ。


「おいおい、懐かしさってのは何物にも変えがたいものだろ?」

「まあそれは否定せんであるし、それが理解されているからこそ、怒られこそ禁止されてはいないのであろうな」

「そういうことなんでしょうね。正直あたしにはよく分からなかったけど……今日少しだけ分かった気がするわ」

「ふむ……」


 そんなことを言いつつ、アイナの視線が一瞬こちらへと向けられる。

 それは何かを言いたげでありながらも、諦めを含んでいるようなものであり……おそらく、アイナはこう言いたいのだろう。


 何故伊織が懐かしいという料理を、ソーマが知っているのか、と。


 それが分かるからこそ、懐かしの味を口に運びつつも、ソーマはただ肩をすくめるのであった。

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