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近況報告

 そこは一瞬前に居た場所とは比べ物にならないような場所であった。


 それは広さもそうだし、高さもそうだ。

 数十どころか、数百人は入れるのではないかというほどの威容。

 そんな場所を眺めながら、だが真っ先に呆れの感情が先に来るのは、ここがどういう場所であるのかをアイナがよく知っているがゆえだろう。


 何かを企んでいたのは勘付いていたものの、まさか移動先がここだとは。

 確かにこれはある意味で『ちょうどいい』のかもしれないが……それでもちょっとこれはないだろう。


 そんなことを思いつつ周囲を眺めてみれば、父親であるイオリはどことなく得意気な様子であった。

 一発魔法をぶち込みたい衝動を我慢しながらさらに視線を移せば、ソーマも気付いていたのか呆れたような視線を父親へと向けている。


 シーラは少し分かりにくいが……首を傾げているのは感心しているからだろうか。

 おそらくそんなところであり――


「これは……空間転移、ですか?」


 その声が耳に届いたのは、視線を次へと移そうとした時のことであった。


 声を発したのは、ちょうど次に様子を見ようとしていたフェリシアだ。

 その声音はどこか呆然としたものであり、その様子もそうであるように見える。


 とはいえそれも、無理ない話だろう。

 慣れているアイナでさえ思うところがあるし、最初にこれを体験した時はあのソーマでさえ感心したような様子を見せていたのだ。

 おそらくはシーラが感心しているのも同じ理由によるものであろうし、これを経験した以上はそこに何かを感じてしまうのは当たり前なことなのである。


 尚、これとはもちろん、この場所に一瞬で移動してきたこと――フェリシアが呟いたように空間転移のことだ。

 言ってしまえばそれだけのことではあるのだが、そう言いきってしまうには今父がやってみせたことは異質に過ぎた。


 何せ空間転移とは、使用するには特異な才能が必要なのはもちろんのこと、かなりの高等な技術と知識も必要である。

 現在居る位置とこれから向かう先、その双方をしっかりとイメージし、認識出来ていなければならないし、その上で空間を渡らなければならないのだ。

 それには並外れた集中力と、相応の時間が必要である。


 魔導具などを使用すればその大部分を魔導具側が肩代わりしてくれるものの、時間に関してだけはどうしようもない。

 あんな風に一瞬で転移するなど、よほどの何かがなければ出来ないのだ。


 それに何より、空間を渡る以上、そこにはある程度の空間酔いが発生してしまう。

 これもまた本来はどうしようもないものなのだが……先ほどのではそれも発生していなかった。

 あとで普通の空間転移とはどういうものなのかを知って、ひどく驚いたものである。


 ともあれそんな特異な空間転移であるがゆえに、当然のように普通の手段で使用されているものではない。

 それはこの城の主としての特権の一つなのである。

 どうもこの城は、多少の語弊はあるものの、巨大な魔導具のようなものらしく、城の内部限定ではあるが、そんなことも可能にするらしいのだ。


 ちなみにその権限は他の者に与えることも可能らしく、一応アイナも持っている。

 ただし厳密には多少限定された権限であり、特定の場所には転移することが出来ない。

 今回父が隠れていたあの隠し部屋もその一つであり、道理で今まで幾ら探しても見つける事が出来なかった時があったわけだ。


 しかもこの調子では、他にもそういった部屋が存在している可能性がある。

 後で執事長に、このことを母達にも伝えておくよう言っておかなければ。


 そんなことを考えながら、グルリと視線を一周させ、未だ得意気な様子の父に溜息を吐き出す。


「得意気なところ悪いんだけど……本当にいいの? この場所使って」

「報告を受けるのに相応しい場所だろ?」

「まあ確かにある意味では相応しい場所であるな。何かろくでもないことを考えていると思っていたではあるが……玉座に案内するとはさすがに予想外だったのである」


 そう、父が連れてきた場所とは、この城の玉座だったのだ。

 報告をするにはある意味で相応しいのかもしれないが、近況報告という私的なものを行う場所としては間違いなく相応しくない場所だろう。

 母達が居たら怒っただろうし、自分もそれに加わったに違いない。


 しかしそう思うのに、呆れだけで済まそうとしている自分が、アイナはどこか不思議であった。

 父のこういった突飛な行動は、確かに慣れているといえば慣れてはいるのだが――


「玉座、ですか……その、思い切りがいいと言いますか、個性的な方なんですね」

「気を使って言葉を濁さなくてもいいわよ? 変なやつだって言っちゃっても」

「……ん、でも、どことなく行動がソーマっぽい? ……だから、正直あまり驚きはない」

「……あー、なるほど」


 それか、と納得した。

 しかもどちらかと言うならば、ソーマの方がより酷い。

 そっちに慣れてしまったせいで、今更この程度ならば呆れるだけとなってしまったのだ。


「貴様……我輩の真似をするとは何事である?」

「は? お前が俺の真似をしてるんだろ?」

「はいはい、どうでもいいからさっさと近況報告するわよ」


 くだらない言い争いを始めようとした父とソーマを制し、ここに来た目的を果たそうとする。

 というか、よりアホな方を決めてどうしようというのか。

 ついでに言うならば、先に言った通りソーマの方が酷いので、言い争うまでもなくアホさ加減ならソーマの方が上だ。


「ふっ、どうやら我輩の勝ちのようであるな……」

「くっ、娘の判定なら受け入れるしかないか……」

「訂正するわ。やっぱ両方とも同じぐらいアホよ。というか、いいから父様は玉座に座りなさいよ。報告出来ないでしょ?」

「えー、座んの? あそこ無駄に高いし狭いしで、座ってると割と疲れるんだぞ? だからあんまここ利用してねえんだし」

「じゃあ何でここに来たのよ……」

「ふむ……なら我輩が座ってみても構わんであるか? 一度座ってみたかったのであるよな」

「あんたが座っても意味ないでしょうが……!」


 本当にこいつらはと溜息を吐き出し、ジト目を向ければ、さすがに真面目にやる気になったようだ。

 いや、ここに居る時点で本当に真面目かは怪しいが……とりあえず玉座に向かい、座った父の姿にもう一度息を吐き出した。


「……ところで、ここで報告をするのはいいのですが、その間わたし達はどうしていればいいのでしょう?」

「……ん、確かに。……もしアイナが跪きながら報告するとかだったら、私達もそうするべき?」

「跪きながら報告とか、あたしが嫌なんだけど?」

「んー……かといって立ちながらってのもちとあれだしな。よし、これでどうだ?」


 言った瞬間、父が指を一度鳴らした。


 直後アイナ達の眼前に現れたのは、四つの椅子だ。

 しかもご丁寧に、自分達が座りやすいような小さめの椅子であった。


「ほー、こんなことも出来るのであるか。随分と便利であるな」

「まあな。さて、これで問題ないだろ?」


 確かに問題はなくなったが……これはこれで別の問題が存在しているような気もする。

 だがこれ以上は考えても仕方ないので、諦めて大人しく座った。


 そして。


「じゃあ、改まって話すようなことでもないし、適当に始めちゃうけど……さて、どこから話したものかしらね」


 本当に全てを伝えるならば、それこそここを出た直後の旅の話からすべきなのだろう。

 しかしそれは正直ほとんど覚えていないし、そのことを伝えたら伝えたであてつけのようなことになってしまいそうだ。


 別にアイナがわざわざ近況報告などをしに帰省したのは、恨み辛みをぶつけるためではないのである。

 何となく皆の顔が見たくなったのと、もう自分は大丈夫なのだと、元気でやれているのだということを伝えるためなのだ。


 ならば――


「そうね……やっぱそこの馬鹿に初めて会った時からかしら。あれが多分、全ての始まりだったんだと思うし」


 若干冗談めかして口にしているものの、それは本心でもあった。

 ソーマと出会ったこと。

 出会えたこと。


 それがきっと、今の自分へと至る事が出来るようになった、最初の標だ。


 その切欠を始まりとして、ソーマとアイナは交流を持つようになった。

 若干人間不信気味ですらあったアイナが、そんなことができたのは、色々な意味で気になったからだろう。


 そうして一年の間、そんなことを続けているうちに、きっと少しずつアイナの心は解されていき……やがて、ソーマのおかげで魔法が使えるようになった。

 そこからの時間は、特に濃くなったように思う。


 リナとも会って、すぐ後にアルベルトと再会して、かと思えば攫われて。

 ソーマに助けられて。

 気が付けばソーマ達と旅をすることになっていた。


 一緒にというか強制的にノイモント領中を歩きまわされるはめになるわ、そこにあった古代遺跡に行くことになるわ、当たり前のように変なことに巻き込まれるわ。

 それが終わったかと思えば今度はシーラ達に会って、再びの古代遺跡だ。

 しかもより厄介だし、なんか邪龍とかいうのが復活するし……でもやっぱりソーマが呆気なく倒しちゃうし。


 でもそのせいでソーマは旅が続けられなくなって……本人はもう続けるつもりがなかったとか言ってたけど、それも嘘ではないんだろうけど、もっと続けたかった気持ちがあったことも知っている。

 それでも色々なことを考えた結果、結局ソーマは旅を止めて……多分それは、アイナのことも無関係ではなかった。

 アイナもあの砦に留まれたのは、ソーマがそれを望むのならば出来れば叶えてやって欲しいと口ぞえしてくれたおかげだからと知っているからだ。

 ソーマはそれがどれだけ効果があったのかを理解していなかったようだけれど。


 これは今にして思えば、ということだが、ソーマがそんなことを言ったのは、あそこで思い出して欲しかったからなのではないだろうか。

 記憶の底に押し込めるようにしてしまっていた、家族というものを。

 彼らは互いに不器用ではあったけれど、確かに家族だったから。

 それを見て、自分達はどうだったのかを、と。


 まあただの考えすぎな可能性も十分にあるけど。


 ともあれ、そこでは割合穏やかな、それでも騒がしい日々を送り、そして学院へと向かう日がやってくる。

 まさかアイナが学院に通えるとは思ってもいなかったが、本当にそれは感謝だ。

 ……ソーマ達と同じところに、通えるようにしてくれたことも。


 彼女達は自分の力で勝ち取ったと言っていたけれど、それも試験を受けられなければ叶うことはなかったことだ。

 本当に、感謝してもしきれない。


 学院での生活は、楽しくもあったしやりがいもあったが、予想外のことも沢山あった。

 その大半に誰が関わっているのかは、まあ言うまでもないだろうが。

 まさかまともに授業すら受けないとは……いやそれは割と予想出来ていたかもしれない。


 でも友人も出来たし、楽しかったことにも違いはなく……けれど、あの事件が起こった。


 アイナは最初から最後まで、きっと蚊帳の外だった。

 一度だけ関われたような気がしていたけれど、多分それは本当に気のせいだ。


 いつの間にか、何処でどうやって始まっていたのかすら分からなかったそれは、ただ気付いたら終わっていた。

 ソーマの失踪という終焉を以って。


 そのすぐ後に長期休暇が来て、シーラが故郷に帰って……それに触発されるように、アイナも帰省することを決めて。

 そしてもうあとほんの少しの場所にまでやってきたところで、ソーマと再会した。


 そう考えればやはり、アイナの旅はソーマで始まりソーマで終わっているのだろう。

 そこの馬鹿がアイナの旅の全てだと言ってしまっても、過言ではないのだ。

 ……いややっぱり過言かもしれないけれど。


 ともあれ、そうしてようやく全てを話し終えた。

 途中少し脱線してしまったこともあって、少し時間がかかってしまったけど、夕食の時間の前にはちゃんと終わり――


「おいソーマ」


 その話を全て聞き終わった父は、何故だかソーマを睨みつけると、その名を呼んだ。


 対するソーマは不思議そうに首を傾げるが、それはアイナの心境でもあった。

 自分に何か言うならばともかく、どうしてそこでソーマなのか、という話だ。

 しかし。


「何である?」

「ちょっと面を貸せ。俺は今無性にお前を殴りたいっていうか、一人の親として殴らなくちゃならん気しかしていない」


 何言ってるんだこの父親は、と思ったが、どうやらそう思ったのは今度は自分一人らしかった。

 それを受けてたつが如く、ソーマは目を細めていたからだ。


「……貴様今自分がどれだけ理不尽なことを言ってるか自覚あるであるか?」

「やかましい! 無理が通れば道理引っ込むって言うだろうが!」

「なるほど……では貴様の無理を我輩の無理で引っ込ませてみせるのである!」

「やってみせろ……!」


 玉座から飛び降りた父を、ソーマが迎え撃ち、場は即座に混沌とした様相を見せ始めた。


 反射的にフェリシア達へと視線を向けるも、返ってきたのは呆れたように肩をすくめる姿だけだ。

 珍しくシーラも同じような格好をしており……それが自分にも向けられているような気がしたのは気のせいか。


 いや、気のせいのはずだ。

 だって別に大したこと話していないというか事実を話しただけだし、などと言い訳のようなことを思いながら、二人から逃げるように父達へと再び視線を向ける。

 そこでは子供のような取っ組み合いをしているはずなのに妙に高度な動きを見せているという意味の分からない光景が展開されており……毒気を抜かれたように、アイナは溜息を吐き出した。


 そうしながら、しかしふと思う。

 この二人の関係も、よく分からない、と。


 明らかにソーマと父はここで出会う以前からの知り合いだ。

 それは雰囲気からして間違いない。


 ヒルデガルドとの時にも、同じようなことを思った。

 だが今抱いている疑問は、あの時の比ではない。


 何せ父は魔王になって以来、この城から外には出ていないはずだからだ。

 何でもそうしなければならないのだと、かつてそんなことを聞いた覚えがある。


 ではソーマとは、何時、何処で、どうやって出会ったというのか。

 何をどう考えたところで、それを説明できる言葉はアイナの中にはなかった。


 しかしそんな疑問を覚えながらも、アイナは溜息を吐き出す。

 それを解消しようという気は、何故だか起こらなかった。


 というか――


「……まあ、ソーマだものねえ」


 それで納得できてしまいそうなのはどうしたものか。


 まったく……そう、まったくだと、本日何度目となるか分からない溜息を吐き出しながら。

 アイナは困ったものだと、自分自身に対するものも含め、その口元に苦笑を浮かべるのであった。

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