勘の向かう先
街の中を、スティナは一人駆けていた。
周囲からは時折何かが爆発するような音が、しかもまったく異なる場所から複数聞こえてくるも、スティナが向かっているのはその何処にも合致した場所ではない。
その理由を問われたら、スティナは単なる勘だと答えるだろう。
実際シーラ達にはそう返したし、それ以外に説明の付けようもない。
だがそれでも、はっきりと思ったのだ。
何処からともなく何かが爆発したような音が聞こえてきた時、今向かっている場所へと行かなければならない、と。
瞬間頭を過ぎったのは、一昨日のことだ。
宿を探していた最中の時。
今泊まっている宿――北方の硝子亭というらしいそこの一人娘……あの幼女が、攫われかけていた時のことだ。
そう、彼女は迷子になっていたのではなく、攫われかけていたのである。
いや……実際に攫われていた、と言うべきだろうか。
その途中で偶然スティナが遭遇し、事なきを得たものの、そうでなければあのまま攫われていたのだろう。
その場合どうなっていたのかは、スティナでは知りえぬことだが。
というよりは、知りたくとも知れなかった、と言うべきか。
その場面に遭遇し、咄嗟に救助のための行動を起こしてしまったスティナだが、救助に成功した段階で相手は即座に逃げ出したのだ。
追いかければ追いつくことは可能だっただろうが、その場合は救助した子供を放っておくことになる。
一瞬逡巡したものの、結局は諦め、とりあえずは家に連れて行こうとしたのだが……ちょうどソーマがやってきたのは、そんな時だったのだ。
そしてその時逃がしたうちの一人が、昨日見つけた怪しげな人物である。
つまりあいつらはまだこの街にいて、しかも今回の魔物の件にも関係している可能性が低くはない。
そんな中での、これだ。
スティナがその全てを一本の線で繋いだのは、とても自然なことだろう。
要するに、こういうことだ。
今起こっている爆発は全て陽動で、本命はあの宿へと向かっている。
スティナはそう判断したということであった。
もっともこれは、冷静に考えればそう思ったのだろう、と言える程度のものだし、言ってしまえばただの後付だ。
スティナは本当にあの瞬間、何の根拠もなしにあの宿に向かわなければならないと思っただけなのである。
だから理由の説明も出来なかったし……それでもシーラは何の迷いもなく分かったと頷いたのだから、かなりの大物だ。
あるいは、シーラも何らかの勘で、それが最善だと判断したのかもしれないが……まあ、何だろうと大差はあるまい。
乏しい根拠でこちらを全面的に信じたということに、変わりはないのだ。
とはいえ、短い付き合いながらも、シーラがそういったことをするのに違和感はあまりない。
まあシーラだし、とスティナにも言えてしまうようなことであり……そういう意味では、フェリシアの反応の方が意外だったと言えるだろう。
フェリシアは呆れたような視線を向けてきながらも、これまたあっさりと、分かりましたと頷いたのだ。
フェリシアが自分の役目としてこちらを疑っているのをスティナは知っているし、そのくせ今ではもうほとんど疑う事が出来なくなっているのもスティナは分かっている。
だがだからこそ、意外だった。
そこで明確な根拠の提示を求めるふりぐらいはすると思ったからである。
しかしそう言ってみれば、フェリシアは苦笑と共に肩をすくめてみせた。
曰く、ソーマがこの場に居たらやはり呆気なく納得していただろうし、だからそこに意味を見い出す事が出来ない、とのことだ。
そこでつい頷いてしまったのは、確かにと、スティナもそう思ったからである。
「……まったく以って毒されてやがるですねえ」
敢えて思考を口に出してみるも、悪い気がしないのだから重症だ。
本当に毒されたものである。
……いや、そんなことは、分かりきっていることか。
今まで自身でも認めようとはしなかった、あの幼女を助けたということを、思考してしまっている時点で。
ちなみにシーラ達がいないのは、この爆発音の方へと向かっているからだ。
スティナはこちらが本命だと思っているが、あっちも放っておけるものではない。
もっとも放っておいても勝手に誰かが解決してしまいそうな気もするものの、その間に何らかの被害が出ないとは言い切れないのだ。
それを彼女達は許容することは出来なかった、ということである。
「……ったく、甘えやつらです」
それを悪くないと思ってしまうのも、きっと毒されているからだ。
そうに違いないし、そうでなければいけず――
「……ま、んなどうでもいいことよりも今は――」
その瞬間スティナが目を細めたのは、向けた視線の先、見覚えのある建物から、ちょうど一つの人影が出てくるところであったからだ。
いや、そうではない。
確かに地面に落ちた影は一つではあるが、それは二人だ。
黒いローブを纏った男と、その肩に担がれている小さな子供である。
そしてそのうちの片方と、目が合った。
あの時と、同じだ。
あの時も、その小さな瞳に涙はなかった。
ただそこには、諦観だけがあって……ああ、とスティナは思い出す。
そうだ、それが気に入らなかったから、つい飛び出してしまっていたのだ、と。
それは今この時も、何一つ変わっていない。
だから当たり前のように、スティナはそのままそれへと飛び掛り、手にした槍を突き出した。
――槍術上級・体術上級・魔導上級・魔王の加護(偽)・痛覚遮断:雷光一閃。
「――なっ!?」
瞬間、驚愕の声と顔が見えたが、構うことはない。
突き出した穂先が男の身体を捉え、そのまま吹き飛ばした。
そこで舌打ちを漏らしたのは、男が担いだままのあの娘を放さなかったからだ。
てっきり離すと思い空中で掴む心構えさえも完了していたのだが……諸共宿の扉を破り、飛んでいってしまった。
あれでは下手したら、ちょっとまずいことになってしまった可能性もある。
しかしここで追撃をしないということは、有り得ないことであった。
盾として使われてしまう可能性もあるし、どちらにせよ安否を確認するにはあれに続く必要がある。
ゆえにそのまま宿の中へと飛び込み――反射的に腕を振るう。
――槍術上級・体術上級・魔導上級・魔王の加護(偽)・痛覚遮断:雷光一閃。
眼前に迫っていた何かを切り払い、その向こう側から舌打ちが聞こえてきた。
「ちっ、完璧に捉えたと思ったが……まさか今のを防ぐか。状況から考えれば、ここに泊まっていたという冒険者の可能性が高いが……戻ってきたのか。居なかったようだから運がいいと思っていたものだが……ふんっ。コレの運がいいのか、それともそっちの勘が――」
何やら喋っていたが、スティナが無視して踏み込んだのは時間稼ぎなのが明らかだからである。
先ほど放ってきたのは間違いなく魔法で、つまり相手は魔導士。
そんな相手に余計な時間を与えるなど、ただの間抜けだ。
しかも先ほどのは、最低でも中級相当ではあったはず。
咄嗟のものであったのだろうことを考えれば、上級である可能性が高い。
尚更ここで決める必要があった。
一瞬だけ周囲に視線を向け、あの娘から男の手が離れていることを確認する。
安否は気になるも、とりあえずはそれだけで十分だ。
そのままさらに踏み込むと、その胴体へと向け槍を突き出した。
「ちっ、乗ってこないか……しかもこの槍捌き、オレと同格……ん? いや、待てよ……? お前――」
男は何やらこちらを眺め、眉を潜めていたが、そんな振りに付き合ってやる必要はやはりない。
突き出した後に薙ぎ払い、逆袈裟へと繋げるも、その全てを男は紙一重のところで捌いているのだ。
純粋な身体捌きだけでかわしているわけではないようだが……やはりここで、決める必要があった。
腕を振り抜いた態勢のまま、強引に再度の一歩を刻む。
そこで男が一瞬反応を見せたのは、自分から間合いを詰めるようなまねをしたからだろう。
実際今までの距離が最適な間合いであり、これは明らかに詰めすぎだ。
槍をまともに振るえる距離ではない。
だが逆に言うならば、まともでなければ振るえるし、今見せた一瞬は隙として十分過ぎるものであった。
直後に男もそれに気付いたようだが――遅い。
――槍術上級・体術上級・魔導上級・魔王の加護(偽)・痛覚遮断:大車輪。
槍の中心を軸とし、回転させたそれが、まともに男の身体に叩きつけられた。
「がっ……!」
そのまま吹き飛び、受付を壊しながらその後ろの壁へと激突する。
一瞬それを見て、やらかしてしまったかもしれない、と思ったものの、まあこれは仕方のないことだろう。
話せば分かってくれるはずだと、そんなことを頭の隅で考えながら、男から視線は外さない。
油断せずに近付き、槍の穂先を突き出した。
「さて、何でこんな真似をしたのか気になるところですが……まあ、別に聞かせてくれなくても構わねえです。ここでぶっ潰しちまえば、理由なんて必要ねえですしね」
「……それは確かにその通りだが……ちっ。まあ、確かに影は薄かったと思うが……それでも、少しぐらいは思い出してくれてもいいんじゃないかと思うがな」
「……? オメエ、何言ってやがんです?」
そこでスティナが眉を潜めたのは、それをただの戯言だとは思えなかったからだ。
何となく男は、何かを知っていて、そして確信しているようでもあり――
「同類に対して、この仕打ちはあんまりじゃないかって、そういう話さ。なあ、魔神の巫女様よ?」
男はスティナのことを真っ直ぐに見つめると、そんな言葉を口にしたのであった。




