元最強、ギルドから依頼をされる
ソーマがギルドに辿り着くと、異様なほどに混んでいた。
何せ外にまで列が作られるほどなのだから、相当なものだ。
当たり前のことではあるが、やはりこの街の全ての出入り口が封鎖されているようである。
並んでいる者達は一目見て冒険者以外の人物が多いことが分かり、中でも多いのはやはり商人だろうか。
外からでも怒鳴り声や叫び声が聞こえてくるほど、ギルドの中では白熱した状況が展開されているようだ。
ただし簡単に許可を出してしまったら、ここまで大掛かりなことをやった意味がない。
数分眺めているだけで、意気消沈したり、顔を真っ青にした者が、何人もギルドを後にしていた。
「さて……」
しかしソーマも他人事のように見ている場合ではない。
ソーマも今からこれに並んで、何とか許可を勝ち取らねばならないのだ。
昨日の話し合いによって幾つかのことが決まったが、そのうちの一つである各々の役割の話はそう難しいことではない。
ソーマが街の周囲の警戒と、魔物が出た場合の殲滅役。
他の三人が今回の件を引き起こしている犯人を捜す役だ。
警戒及び殲滅はソーマ一人で十分なのと、調査には人手が必要なことを考慮した上での振り分けである。
ともあれ、三人も既に調査に動き出しているはずだし、ソーマもここでのんびりしているわけにはいかない。
これに並んで待つとなると若干辟易とはするものの、言っている場合ではないのだ。
しかもこうしている間にも、少しずつ列は伸びている。
「ま、さっさと――うん?」
と、列に並ぼうとしたソーマが足を止めたのは、ちょうどそのタイミングでギルドの中から外に出てきた人影に見覚えがあったからだ。
見覚えのあるネコ耳は、間違いなくあの受付嬢である。
ついでに言うと、何故だか慌てているように見えた。
何かあったのだろうかと眺めていると、周囲をキョロキョロと見回していた彼女と目が合い――
「あっ、やっぱ見間違いじゃなかったにゃっ。あ、あの、申し訳ありませんが、一緒に来ていただけませんでしょうかにゃ?」
それはソーマに言ってきているように見えたが、もし違ったら赤っ恥だ。
念のために周囲を見回し、後ろを振り向いてみたが、他にそれらしい人物はいない。
「ふむ……我輩に言っているのでいいのであるか?」
「はい、間違いありませんですにゃ」
どうやら合っていたようではあるものの、意図は不明だ。
別に呼び出されるようなことをした覚えはないのだが……しかし、列に並ばずとも中に入れるというのならば願ったり叶ったりである。
断る理由もないので素直に頷くと、周囲からの訝しむような、羨ましそうな視線を受けながら、ソーマは受付嬢に案内されつつギルドの中へと足を踏み入れた。
何となくそうなるんだろうと思ってはいたものの、ソーマが案内されたのは受付ではなく、そのさらに奥であった。
普段は関係者しか来ないのだろう場所を進み、辿り着いたのはそれなりの広さを持つ部屋だ。
テーブルが一つに、それを挟んで向かい合うようにソファーが二つ。
おそらくは応接間であった。
ただしそこには今誰も座ってはいない。
ここまで案内してきた受付嬢が座るのだろうか、などと思っていると――
「やー、遅れちゃってごめんねー。まさかこんな早く来るなんて思ってなくてね。ちょっとサボ……いや、他のことやってたからさー」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにいたのはギルド職員代行であった。
予想外とまでは言わないまでも、予想していた中では割とまさかという位置にあった人物の出現に、さすがのソーマも驚く。
街の人間を外に出さないようにしている中で、代行が直接会う。
その意味を察せないほど、ソーマは鈍くなかった。
「いや、我輩も今ちょうどここについたところであるし、ピッタリのタイミングであろう」
「あ、そう? ならよかった。それにしても、なんか今の会話ちょっとデートの待ち合わせっぽいよねー」
「……代行? 分かってるにゃよね?」
「分かってる分かってるって。ちゃんと真面目にやるってばさー。じゃ、そういうわけであんまふざけてると怒られちゃうからね……わたしここで一番偉いはずなのに怒られるっておかしくないかな? ってちょっと思うけど、まあいいや。とりあえず座って座ってー。あんま話を長くするつもりはないけどねー」
ここまで来た以上、それを断る理由もない。
それにある意味、手間が省けたとも言えた。
代行の勧めに従って右側のソファに座れば、その直後に代行が左側のソファに座る。
受付嬢はどうするのかと思っていたら、代行の後ろに移動しそのまま立っていた。
秘書のようにも見えるが、代行を監視しているようにも見えるから不思議だ。
その視線がこちらではなく、代行の頭頂部に向けられているからかもしれない。
「ねえねえ、なんかわたしすごい見られてるっていうか監視されてるような気がするんだけど、気のせいかなー?」
「気のせいだからさっさと話進めるにゃ。あちしもあの人も代行と違って忙しいにゃ」
「あれあれ? やっぱわたし蔑ろにされすぎじゃない? ま、その分楽だからいいけどー」
いいのか、とか思っていたら、代行はおもむろに懐に手を突っ込むと、何かを取り出した。
それは木で出来ているように見える、掌サイズの長方形の物体だ。
一目見ただけでは何なのか分からないようなものだが……ソーマは多分アレなのだろうなと予想していると、代行はそれをそのまま差し出してきた。
「はい、とりあえずこれ、街の外に出るための許可証ねー。見張りの人に見せればそのまま通してくれるよ。別に高価な素材とか使ってるわけじゃないからなくしちゃってもいいけど、再発行するのが面倒だから出来ればなくさないでくれると嬉しいかなー」
「ふむ……いいのであるか?」
「おお、全然動じてるように見えない。さっすがだねー」
「ここに来るまでの間に大体予想できていて、代行が来たと分かった瞬間にほぼ何故我輩がここに連れてこられたのかは分かったであるからな。つまりそれを使って外に出て、周辺の様子を探ると共に昨日と同じような魔物が居たら殲滅して来い、ということであろう?」
「うわー、話が早ーい。楽ー。まあ正確にはさすがに殲滅とまでは言うつもりはなかったんだけどね」
つまりは、彼女達もソーマ達と一部分では同じ結論に達したということだ。
外に危険な魔物が出て、今のここの戦力ではろくな対処が出来ない。
だから外はそれが可能な人物にだけ任せ、街は実質的に封鎖する。
不満は出るだろうが、誰かが死ぬ可能性が高い状況なのを指を加えて眺めているよりはマシ、というところだ。
それが予想できた理由は単純である。
ソーマは外を見て回った後、それをここに提案に来るつもりだったからだ。
正直一顧だにされない可能性すら考えていたというのに、既にここにまで至っているとは、やはり見くびっていたということなのだろう。
許可証だというものを受け取りながら、ソーマは小さく息を吐き出した。
「やれやれ、我輩もまだまだ、ということであるな」
「うん? えっと、やっぱ駄目、かなー? さすがに勝手すぎるしねー……」
「代行の頭が高いせいなんじゃないかにゃ? ほら、さっさと地面に頭擦りつけて頼み込むにゃ。それぐらいしか役に立たないんにゃし」
「くっそ、この受付嬢絶対そのうち首にしてやるからなー」
「それでギルドが回せるならやってみるがいいにゃ」
「……くっそー」
「で、これは我輩に対しての依頼、ということでいいのであるか?」
寸劇をスルーしそう問いかけると、二対の瞳がこちらに向けられた。
元よりこちらから提案しようと思っていたことではあるが、それはそれだ。
報酬が得られるならばそれに越したことはないし、向こうから言ってきた以上はそうなるのが道理だろう。
「ま、そういうことになるねー。ちょっと色々と不明瞭すぎるから依頼書はないけど、報酬は相応のものを支払えるとは思うよ。これはもうこっちを信用してもらうしかないんだけどね」
「ふむ、それは問題ないのであるが……期限はどの程度を想定しているのである?」
「そうだねー……最悪でも一月、ってところかなー? 緊急事態ってことで本部に応援頼んだから、多分それまでには何とかなるはず。食糧の備蓄もあるから、それぐらいなら何とかこもっていられるだろうしね」
「街の人からの不満が酷いことになりそうだけどにゃー」
「それはもう耐えてもらうしかないかなー。聞きに来た人には説明してるしね」
「ああ、そういえばそれなのであるが、一斉に知らせるわけにはいかんのであるか? そうすれば不満もマシになるであろうし、ここもこんな状態にならんで済むと思うのであるが」
「今分かってるのは、外には雑多な魔物がいなくなった代わりに強力な魔物が出るようになったかもしれない、ってことだけだしねー。人為的か否かも定かじゃないし、多分余計に不安をあおるだけだと思う」
「だから直接関係があり、聞きに来た人のみに、ということであるか……」
一応納得できることではあったので、頷く。
この街の住人が納得できるかは別ではあるが、今の状況を考えれば悪いものではないだろう。
「そういうことだねー。あ、他にも聞きたいことがあれば、教えられるものなら教えるよ? こんな依頼しちゃってるわけだしねー」
「他に聞きたいこと、であるか……特には……あ、いや、では、何故この依頼を我輩にしたのである? 昨日のことが理由だということは分かっているのであるが、それならば我輩達となる気がするのであるが……この依頼、我輩のみが対象であるよな?」
それは話の内容であり、二人の様子からであった。
誰が倒したなどとは言っていないのに、それでも二人がそれが当たり前のように、今回の依頼をソーマにのみしていたのである。
「んー、何故って言われるとちょっと困るんだけど……まあ、分かるから、かなー。皆凄そうではあったけど、あの中では君が明らかに頭一つ以上抜けてたからねー」
「ふむ……」
受付嬢に視線を向けてみると、頷きが返ってきた。
それで間違いない、ということだろう。
戦いぶりを見せたわけでもないのにそれが分かるとは……さすがは力が法な魔族、というところだろうか。
「それで、聞きたいことはそれだけってことでいいのかなー?」
「そうであるな……とりあえず問題はないと思うのである。まあ、何か気になることがあったら報告しに来るゆえ、その時はその時に聞くのである」
「りょうかいー。ま、多分その時聞くのも答えるのも、わたしじゃないだろうけどねー」
そんなことを言いながら、代行が立ち上がる。
差し出された手は、依頼書の代わりか。
まあとりあえずこれで懸念の一つは解消されたようだと、そんなことを思いながら、ソーマはその手を握り返すのであった。




