元最強、宿で情報の整理をする
シャドウテイカーとやらはソーマが瞬殺したので問題はなくなったが、それはそれとして新たな問題が発生していた。
他の魔物の姿は相変わらず影も形もないというのに、その魔物が現れたということに変わりはないからだ。
しかもそれは、非常に強力な魔物だったのだという。
これが問題にならないわけがなく――
「は……? シャドウテイカー……? 嘘でしょ……?」
それを報告したギルド職員代行の顔は、驚きを通り越して完全に素だった。
先ほどソーマ達がギルドに情報を求めにきた時は、取り繕った顔で何処か焦っている様子すらあったのに、今はその全てが抜け落ちている。
何となく分かってはいたことだが、やはりかなりのことであるようだ。
「いや……この際嘘でも本当でもいいから、ちょっとだけ嘘って言ってくれないかなー? そうすればほら、わたしが余計な仕事しないで済むし?」
「アホなこと言ってないで仕事するにゃ!」
と、あまりの事態に取り繕うことを止めたらしい代行が全身から面倒くさいオーラを出している中、どう対応したものか迷っていたら横合いからツッコミが入った。
それは最初ここに来た時ソーマ達の対応をしてくれた亜人種の受付嬢であり、代行が相手だからかこちらも仮面を脱ぎ去っている。
いや、普通に考えたら代行相手でも仮面は必要だとは思うのだが、ここの代行はそういう人物だということなのだろう。
最終的にギルドに能力があると認められればいいのだし、その代行が自分の支部をどうまとめようともそれは代行次第なのだ。
「ちょっ、わたしギルド職員代行だよ? 受付嬢如きがそんな口をきいて――」
「ぶっ飛ばされた後で仕事するのと、大人しく仕事するの、好きな方を選ぶといいにゃ」
「ぬぅ……うちのギルドの受付嬢、ちょっとわたしに厳しすぎじゃない? もうちょっと労わってもいいんだよ?」
「普段から真面目に仕事してればちゃんと労わるし、これが終わった時も労わってやるにゃ。分かったらさっさと働くにゃ!」
「ちぇっ……はいはい、分かりましたよーだ。じゃ、わたしはわたしのお仕事をしてくるから、そっちはよろしくねー」
「……えっ? あっ、ちょっ……!?」
割とあっさり引き下がった代行は、手をひらひらと振りながら奥へと向かっていき、この場に残されたのは亜人種の受付嬢ただ一人だ。
他の受付嬢の姿がないのは、相変わらず忙しいからなのだろうが……きっと彼女も彼女で忙しいのだろう。
それが代行を注意するためにやってきたら、まんまと仕事を押し付けられた、という感じのようだ。
状況からの推察だが、おそらく間違ってはいまい。
一瞬途方に暮れたような表情を浮かべた受付嬢だが、すぐに表情を取り繕ったのはさすがというべきか。
僅かに笑顔が引きつっているものの、その辺は見てみぬふりをしてあげるのが優しさというものだろう。
「えーと、それで……今回はどのようなご用件でお越しくださったのでしょうかにゃ? シャドウテイカーが出たとかいう話は聞こえていたのですがにゃ」
「うむ、先ほど告げた内容はその通りであるな。街の南側の草原に、シャドウテイカーとかいう名前らしい魔物が出たのである。まあそれはもう倒したのであるが……」
「シャドウテイカーを倒した……ですかにゃ……?」
「討伐証明を出来る部位などが残らなかったゆえ、証明しろと言われるとちと困るのであるが……」
「ああいえ、別に疑ってるわけではないですから、問題はないですにゃ。ただ、さすがだと思ったのと……それと、色々とまずいと思っただけですからにゃ」
「まあ、まじいでしょうねえ。魔物がただ出ないわけでなく、代わりとばかりに本来ならば出ないような強力な魔物が出たんですから」
新たな問題とは、つまりそのことであった。
これで単純に魔物が出ないだけの異常ではないということが、はっきりしてしまったのだから。
さすがにこれを無関係とするのは、難しいだろう。
「それで、その報告にいらしてくれた、ということですかにゃ?」
「……それが、一つ目。……もう一つ、ジャイアントフロッグが発見された時の情報とかを出来れば教えて欲しい」
「ジャイアントフロッグ? どうしてそんなことを……あ、なるほど、そういうことですかにゃ」
どうやらこの受付嬢はかなり頭の回転が早く、理解力に秀でているらしい。
今のやりとりだけで、こちらが何を考えているのかを把握できたようだ。
「ですが、すみませんにゃ。あの依頼は、とある冒険者からジャイアントフロッグを発見したという話を聞いて作ったものなんですにゃ。しかしその冒険者は他の街で依頼を受けてこの街に来ていただけで、既に旅立ってしまった後なんですにゃ」
「その冒険者の身元は、確かなんでしょうか? その……こう言ってしまっては失礼だとは思いますが、その冒険者の人が怪しい、ということは?」
「ランク四の冒険者ですし、それは大丈夫だと思いますにゃ。どこかのお抱え冒険者らしく、定期的にこの街に来ている人ですにゃし。あの付近に行ったのも、こちらから採集依頼を頼んだからですから、ただの偶然のはずなんですにゃ」
「ふむ……」
それでも疑おうと思えば疑えるレベルではあるが、一先ず置いといていいだろう。
何にせよ、あれがいたのと今回のこととが関係あるのかは分からないまま、ということである。
ただ、ぶっちゃけそれは既に必要がないとも言えるが。
少なくとも、シャドウテイカーに関しては確実に例外的な存在だからだ。
もっともあれが普通のと比べて何か違ったのかどうかに関しては分からないままだが……これがどういう状況なのかを推測するには、かなり大きなヒントとなるだろう。
「まあとりあえずは、こんなところであるかな。大した情報は提供できなかったであるが……」
「いえ、情報を提供してくれるだけで助かりますにゃし、それにかなり重大な情報でしたにゃ。ご協力、感謝しますにゃっ」
そう言って頭を下げた受付嬢に、そこまでされるようなことではないと苦笑を浮かべながら、背を向ける。
「さて……では我輩達はこれから、どうするであるかな」
ギルドを後にしたソーマ達は、そのまま宿へと戻ってきていた。
何だかんだでそれなりに時間を使った結果、既に日が沈み始めていたからである。
これから何をするにしろ、とりあえずまた話し合う時間は必要だし、動くにしても今日はもう時間がない。
そういうわけでの帰還であった。
ちなみに集まったのは、またソーマの部屋である。
夕食にはまだ時間があるため部屋で、ということになったのだが、それが何故ソーマの部屋なのかは不明だ。
他の部屋でもいいはずだし、むしろシーラ達の泊まる部屋の方が広いはずなのだが。
二人部屋ではあるものの、少なくとも一人部屋より狭いということはないだろう。
何故三人部屋ではなく二人部屋なのかは、単純にこの宿は外見相応の広さしかなく、最大で二人部屋しかなかったからである。
そのため、あとはシーラとフェリシアが泊まる二人部屋と、スティナが泊まる一人部屋に分かれているのだ。
ともあれそういうことなので、シーラ達の部屋でやった方がいいとも思うのだが……まあ別にここに集まるのが嫌だというわけではないし、ソーマにしてみればこちらの方が面倒がないのは事実だ。
全員入りきれるし、特に問題はない。
それにここに集まるのは、多分単純に二階に上がってすぐの部屋がソーマの部屋だからだろう。
皆面倒を嫌っている、ということか。
ある意味当たり前のことである。
そんなことを考えながら、ソーマは先ほど同様ベッドに腰かけると、皆が椅子に座るのを待ってから口を開いた。
「結論から言ってしまえば、今回の件は他の雑多な魔物を代償として、強力な魔物を召喚する類のことが行なわれている、ということでいいのであるかな?」
「まだ確定するには情報が少なすぎますが、今のところその可能性が高そうですね」
「……ん、とりあえずその可能性が濃厚」
「もう一匹出てくれたらほぼ確定となるのであろうが、出たら出たで下手すると大惨事が起こるであるからなぁ。あまり望むわけにもいかんであるし」
「望もうと望むまいと、その推測が正しかった場合は出てきてしまいますけどね」
「まあそうなのであるが」
そして問題なのは、それが分かったところで、相変わらずどうしようもない、ということである。
誰が何のためにそんなことをしているのかが、まるで分かっていないのだ。
というか――
「そもそも人為的なものなのであるか?」
「自然に起こったとは考えづらいですが……かといって、何の痕跡も発見出来なかったわけですしね」
「……仮に誰かが起こしたものだとしても……この街が困る、ぐらい?」
「その程度、と言ってしまうには影響を受ける者が多いであるが、割に合うかと言えば間違いなく合わないであるよなぁ……」
この街には魔物避けの結界があるのだ。
どれだけ周囲に強力な魔物が出たところで、究極的には外に出なければいいだけのことなのである。
もちろんそれではいつかは食料が尽きてしまうだろうし、特に今回のシャドウテイカーとかいうものは、出会ったのが他の冒険者などであったら人的被害も発生していただろう。
だがそれも含めて、その程度、となってしまうのだ。
少なくともこんな大々的なことをやらかすには、道理が合わない。
「あー、とりあえずですね。少なくともこれは、人為的な現象だとは思うです」
「ふむ……? そう言えるということは……?」
常識的に考えれば、今回のことは人為的なものではないと判断するはずである。
状況から考えるだけならばまだしも、痕跡がまったく見つからないのだ。
これを人為的だと断言するには、最低限それを可能とする手段を知っている必要がある。
そして。
「ま、そういうことですね。スティナはこれを人為的に可能とする手段を知っている、ってことです」
あっさりと、当たり前であるかのように、スティナはそれに頷いてみせたのであった。




