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疑惑の視線と苦笑と

 昼食の時の話し合いにより、午後からは一先ず街の周囲を見て回ることになった。

 人に尋ねたところでまだ分からないことばかりだろうし、やはり一度自分達の目で確かめてみるべきだろうという結論に至ったからだ。


 ただし宿を探した時とは異なり、今回は全員での行動となった。

 何が起こっているか分からない以上、警戒は最大限にすべきだからである。


 もっとも正直なところ、ソーマは一人でも大丈夫というか他は足手まといにしかならないとは思うのだが――


「……むしろだからこそ、ですか」

「うん? 何がである?」

「いえ、ただの独り言ですから気にしないでください」


 思わず漏れた声が聞こえたらしく、首を傾げたソーマにそう返しながら、フェリシアは小さく溜息を吐き出した。


 今の声は本当に小さなものだったはずだ。

 事実シーラ達の耳には届いた様子はなく、二人は不思議そうな様子を見せているだけである。


 それはつまり、ソーマがそれだけこちらに意識を向けているということであり、フェリシアの想像が間違っていないという証左だろう。

 それが嬉しくないと言ってしまえば嘘になるだろうが、どちらかと言えば申し訳なさの方が大きい。

 他とは言ったものの、最も足を引っ張る可能性が高いのは、間違いなくフェリシアだからである。

 というかそもそも、役に立てるかどうかすらも怪しかった。


 呪術を使っていいのならばまだ手はあるのだが、エルフの森を出て以降、フェリシアはソーマからなるべく呪術を使わないよう言われている。

 それは間違いなく、フェリシアのことを考えてのことだ。


 もちろん、フェリシアが魔女だとばれてしまわないように、である。


 というのも、呪術というのはかなり特殊なものであるため、分かる者にはその痕跡がはっきりと掴めてしまうのだ。

 これは魔女の書に書かれていたことではあるが、ソーマが実際に確かめたことでもある。


 ソーマ曰く、呪術の存在を知っており、魔導スキルの上級程度を持っていれば、比較的楽に感じ取られるだろう、とのことだ。

 さらには、やろうと思えばそこから辿ることなども出来るかもしれない、ということらしい。


 当然フェリシアは自分が魔女であることを周囲に知らせるつもりはないし、そもそもそうなればソーマ達に余計な迷惑がかかってしまう。

 だから呪術を使わないということは納得できるのだが……そうなると、フェリシアはただの一般人……否、それ以下の存在である。

 足を引っ張るのも、役に立てないのも、ある意味当然のことではあった。


 とはいえフェリシアはそこで自分を卑下したりはしない。

 それは自分だけではなく、ソーマ達に対する侮辱でもあるからだ。


 少なくともソーマは、フェリシアにそんな思いをさせるために助けたわけではあるまい。

 ゆえにフェリシアはそんなことを考えるつもりはなく、しかしそれはそれとして、事実は事実なのだ。

 それは認める必要がある。


 シーラなどは、そんなことを思ってすら欲しくはないようではあるが、事実から目を背けていたのではろくなことにならない。

 フェリシアは役に立たない、ということは認め、だがそこで立ち止まってしまえば、結局のところは同じである。

 その上で、何が出来るのかを考える必要があるのだ。


 まあ普段であれば、ソーマはもちろんのこと、シーラも割と常識に疎い。

 フェリシアも精通しているなどと豪語することは出来ないが、二人に比べればマシだろう。

 そこを補うのが自分の役目だと考えれば、悪くはないはずだ。


 問題は、今回のようなことが起こった場合である。

 自分には一体何が出来るのか。

 それを考え、見極める必要があった。


 ……それに今回に関して言えば、他にも気になることはある。

 それはもちろんと言うべきか、彼女のことであり――


「んー、本当に魔物の姿まったく見かけねえですねえ。かといって他に変なことがあるわけでもねえですし……まあそれだけで十分変なんですが。それにしたってもうちっと何か……ん? どうかしたです?」

「……いえ、何でもありません。申し訳ありませんでした」

「いやまあ別に何かされたわけでもねえですし、構わねえですがね」


 そう言って肩をすくめたスティナは、こちらが疑いの目で見ていることを分かっているのだろう。

 分かっていないはずがない。

 だがそれを気にしている様子が見られないのは……さて、どういうことなのだろうか。


 ただ少なくとも、こちらに敵意を抱いているように見えないのだけは確かだ。

 もっとも、それで彼女が怪しくなくなるわけではない。


 まったく……本当にソーマは、どういうつもりなのだろうか。


 確かにフェリシアは、彼女が同行することに反論しなかったが、結局のところそれは何を言ったところで意味がないと思ったからに過ぎない。

 彼女のことを認めたわけではない……というと若干語弊が生じてしまうが、まあ要するにフェリシアは、未だにスティナのことを怪しいと思い、疑っているのであった。


 シーラはおそらく、既にその辺のことは受け入れているに違いない。

 基本的に直感で動くタイプだし、ソーマに全幅の信頼を寄せているのは見ていれば分かる。

 そのソーマが判断したことだ。

 多少の疑惑はあるかもしれないが、それを含めて受け入れていることだろう。


 そして肝心のソーマは、何を考えているのかが分からない。

 というか、たまに何も考えていないのではないかと思うことすらある。


 多分実際にはそんなことはないのだろうが……それでもソーマだって、完璧な人間ではない。

 時には重要な何かを見落としてしまうようなことも、あるかもしれないのだ。


 だから万が一のことが起こらないように、フェリシアは仲間として迎えたはずの少女へと疑惑の目を向ける。

 それがあるいは、今自分に出来る唯一のことかもしれないから。


 と。


「ふむ……ここも特に異常なし、であるな」

「……ん。……魔物がいないっていう異常を除いて、だけど」

「それ自体がもう別の異常な気がするですが、まあそれは既に分かってることですか」


 一通り周囲を確認し終わったソーマ達が、そう言って溜息を吐き出した。


 それにならうようにフェリシアも視線を向けてみるも、そこに広がっているのは相変わらずの草原だけである。

 魔物の姿など、影も形もない。


 これで、四箇所目であった。

 街の東側から始まった調査は、北、西と続き、ここ南へと至っていたのだ。


 だというのに、未だ何かが見つかったということはなく――


「せめて何かしらの痕跡程度は見つかるかもしれないと思っていたのであるが……さすがにそう簡単にはいかんであるか」

「簡単に見つかってたら誰かが見つけてるでしょうしね」

「……魔導士がいれば、別だったかも?」


 確かに、魔法であれば探知系のものなどがあるし、それでしか見つからないようなものもあっただろう。

 一応呪術でも似たようなことは出来るが……ソーマに視線を向けると、同じく視線で否定されてしまったため、小さく溜息を吐き出す。


 まあ絶対何かを見つけなければならないような状況ならばともかく、今はまだ不必要に使うべき場面ではないのだ。

 分かってはいるのだが、思わず溜息が漏れてしまうのは止められず、何となく反射的にスティナへと視線を向けてしまう。


 別に今何か思うところがあったわけではないのだが……と、そこでふと、思い出したことがあった。


「……そういえば、この状況って何処まで続いているのでしょうか?」

「うん? どういうことである?」

「だってスティナさんと出会った場所には、少なくとも魔物がいましたよね? ということは、あそこにまではこの状況が届いていない、ということだと思うのですが……」


 そう、思い出したこととは、スティナと出会った状況のことだったのだ。

 あの時魔物に襲われていたスティナをソーマが助けたわけだが、つまりあそこには魔物がいたわけである。

 この周辺には魔物が一匹足りとも存在していないのに、だ。


「そういやそうだったですね。ならあそこまではこの状況は届いていないか……もしくは、あの時間にはまだ魔物は存在してた、ってことです?」

「……いや、後者に関しては違うであろうな。我輩達は、あそこに行くまでの間に一度足りとも魔物に遭遇していなかったのであるからな」

「……ん、あと前者も、多分違う。……理由は、ソーマが言ったのと同じで、あそこではあの魔物以外に遭遇することはなかった」

「それは、つまり……あの場所にもこの状況は届いていて、あの時間から既にこの状況は起こっていましたが、その中であの魔物だけが例外だった、ということですか?」


 それはありえるか否かで言えば、ありえることだろう。

 むしろあの状況にきちんとした説明が付くことでもある。


 だがそうなると――


「何であれだけが例外だったのか、ってことになってくるですね。戦ってみた感じ、普通のジャイアントフロッグだったと思うですよ? いえまあ、比較できるほどに他のジャイアントフロッグと戦ってはねえですし、あれを戦ったと言えるかは微妙なとこですが……」

「ふむ、我輩はそもそも他の同個体を知らんであるし……しかし考えてみれば、そういえばあの依頼は今朝張り出されたものだとか言っていたであるな」

「……いつ見つかったのかとか、その時の周囲の状況とか聞いてみる?」

「そこまでの記録が残っているのかは分かりませんが……とりあえず聞いてみて損はありませんか」

「では、そうするであるか。ちょうどもう少しで一周してしまうところだったであるしな」


 一応ここから東側へと向かうまでの道程は残されているが、さすがにそれで何かが見つかるとは思えない。

 シーラの提案に誰も異論なく、街へと戻るため草原に背を向ける。


 そのまま歩き始め――瞬間、背筋を悪寒が走り抜けた。


「――っ!?」


 それが何なのかは、分からなかった。


 フェリシアにはスキルがない。

 だから危機察知系のそれではありえず……だからそれはきっと、純粋に本能が伝えた警告だ。


 しかしそれがゆえに、フェリシアは同時に悟っていた。

 それが遅すぎるということに、だ。


 フェリシアが動くのよりも先に、シーラが反応していたのを視界の端に捉えたが、それでもやはり遅すぎる。

 森神という存在に間近で触れたからこそ分かることだ。

 この身に迫った危機は、どうしようもなくて――


「――我は魔を断つ剣なり」


 直後、背後からガラスが砕け散ったような音が聞こえた。


 それから一呼吸遅れ、振り向くが、そこには今の悪寒が気のせいだったのではないかと思えるぐらい、何もなく、何も起こらない。

 だがそうではなかった証拠として、シーラが刀の柄に手を添えている体勢で止まり、ソーマが剣を振り抜いた体勢で止まっていた。

 何が起こったのかは……まあ、見ての通りのだろう。


 呆れたような溜息が、スティナの口から漏れた。


「今ほんのちょっと見えただけですが、襲ってきたのってシャドウテイカーだった気がするですが?」

「……シャドウテイカー、ですか?」

「非物質系なうえに影のような形を持った非常に性質の悪い魔物です。確か、専用の装備に身を包んで、万全の態勢で上級の冒険者達が挑んで、ようやく何とかなる、とかいう相手だったはずですが。不意打ちくらったら上級の冒険者達だろうと簡単に全滅するって話だったはずです。こんな場所に出てくるようなのじゃねえですし、出てこられたらそれこそ冒険者総出で何とかしねえといけねえようなやつなはずなんですが……」

「ふむ……そこまで危険なやつだったのであるか。危ないところだったであるな」

「いやだから危ないとかで済ませていいやつじゃねえんですが……はぁ、まあいいです。なんか跡形もなく吹き飛んだみてえですし。こっちが反応したと思ったら既に消し飛んでるとか、本当にでたらめなやつです」

「……ん、同感。……相変わらずおかしい」

「フェリシアを助けたはずなのに、何故か我輩貶されてないであるか?」

「……気のせい。……褒めてる」


 そんな、いつも通りのやり取りが交わされて、それを耳にしながら、フェリシアは流れ落ちる冷や汗と共に、大きな溜息を吐き出す。

 ソーマが何とかしてくれると思ってはいたものの、非常に心臓に悪かった。


 もう一度息を吐き出しながら……ふと、スティナと目が合う。

 その顔に苦笑が浮かび、肩がすくめられた。


「やれやれ……この調子じゃ、怪しいのを見つけた瞬間ソーマがどうにかしちまいそうですね」

「……ん、出番がない」

「いや、我輩一人で出来ることなど限られているであるしな。我輩だけではどうにも出来ないことが出た時こそ、汝らの出番であろうよ」

「どの口が言ってるんですかね、まったく……」


 そう言って溜息を吐き出す姿を眺めながら……フェリシアの口元にも、不意に苦笑が浮かんだ。

 今彼女が口にした言葉の意味が、理解出来たからである。


 自分が何を企もうとしたところで、ソーマに斬り捨てられて終わり。

 きっと、そういう意味だ。

 ちゃんとそれを分かっていると、そういう意味でもある。


 そしてそれに関しては、フェリシアも同感であった。

 今のを見て――まあ正確には見えなかったのだが――尚更に、改めて実感する。


 しかし、ソーマは今こうも言ったのだ。

 自分一人では出来ることは限られている、と。

 だから、そのためにも、フェリシアは今はまだ同じことを続けるのである。


 変わらぬ目で見つめたフェリシアに、スティナが苦笑を浮かべ……フェリシアもまた、その口元に再度苦笑を刻むのであった。

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