元最強、宿に案内される
「んー……話を聞いてみた限りでは、確かにちと怪しい感じですねえ。正直運がよかっただけかと思ってたですが……考えてみりゃそんなわけねえですか。さすがに都合がよすぎるです」
ギルドから一通りの情報を得たソーマ達は、早々にギルドを後にし、その時の話を思い出しているらしいスティナを先頭にして、街の大通りを東へと進んでいた。
今聞いた事をしっかりと話し合うためにも、まずは宿へと向かうべきだからである。
とはいえ、ギルドから得られた情報は正直それほど多くはない。
さすがに魔物がいなくなっている、ということは分かっていたようだが、それ以上となるとギルドもほぼ分かっていないも同然の状況だったのだ。
どうやらギルドも未だ事実確認が出来た程度で、原因の特定はもちろんのこと、状況の把握もあまり出来てはいないらしい。
対応してくれたのが何故かギルド職員代行だったため、幾つかそれらしい話をすることが出来たものの、むしろ何か分かったことがあったら教えて欲しいとこっちが頼まれる始末である。
言い方は悪いが、あまり期待するべきではないのかもしれない。
「ま、こんな辺境のギルドじゃ、何かをするにはどうしたって冒険者を使うしかねえんですから、仕方ねえとは思うですがね。そもそも手足とすべき冒険者の質があんまよくねえんですから」
「ふむ……人手は余っていそうであったが、肝心の使える場面がない、ということであるか」
「資料探しに使おうにも、下手すりゃ資料がどうなるか分かったもんじゃねえですからねえ。盗まれる危険性というよりは、資料がボロボロになる的な意味で。単純作業ならさすがに使えるとは思うですが……そもそも何をすべきなのか、ということも分かってない状況みてえですし」
「周辺の様子をもっと詳細に確認する等、やることはある気がするのですが……?」
「……やることはあるけど、それが出来るかが問題?」
「何が起こるか分からない以上、冒険者側も自分の身に余りそうなことはしねえでしょうしね」
「なるほど……そういったことも含めての質、というわけですか」
「まあ、一応周辺の様子を一通り確認することだけはしたみたいであるし、それ以上を求めるのは酷という気もするであるがな」
宿を探してる最中にソーマが他の冒険者達とすれ違うことがなかったのも、それが理由であるようだ。
この街には東西南北にそれぞれ主な狩場が存在しているが、魔物が見つからなかったため、おかしいとは思いつつも他の場所へと移動していたらしい。
そのせいで戻って来るタイミングが、ちょうど路地裏を散策している時になり、すれ違うことすらなかった、ということだ。
それはつまり、少しでもタイミングが違っていれば、もっと早くにこのことに気付いていたかもしれない、ということでもあるが……まあ大差ないと言えば大差ないことである。
そもそも早く知ったところで何か変わっていたかと言えば、変わっていないだろう。
結局話し合いをするためにも引き続き宿を探すとなり、多少順番が変わっていただけだ。
あるいは、それが宿を探し始める前などであれば、探し始める時間がずれることにより、スティナがあの子供を見つけることがなかったかもしれない、という程度の違いはあるかもしれないが――
「ちなみにスティナ、これは宿の案内をしている、ということでいいのであるよな?」
「ん? 何当たり前のこと言ってやがるんです? それ以外にあるわけねえじゃねえですか」
「……確かに思い返してみれば、ギルドを後にしたらそのまま自然な感じでスティナさんが先導していましたね。そのため、何処に行くかなどは言っていませんでしたが……何か気になることでもあるのですか?」
そう言ってフェリシアが僅かに目を細めたのは、おそらく懸念を覚えたがゆえだろう。
例えば、スティナが何かよからぬことを考えており、変な場所へと連れて行こうとしているのではないか。
そんなことをソーマが思ったのではないかと、フェリシアは考えたのだ。
しかしそれは考えすぎである。
ソーマがスティナにわざわざ確認を取ったのは、そういったことが理由ではなく……苦笑を浮かべると、肩をすくめた。
「いやまあ、気になることがあると言えばあるものの、大したことではないであるぞ? ただ……何となくこの周辺に見覚えがある気がするだけであってな」
「……見覚えが? ……さっき来た、とか?」
「ま、まあこの辺はちと似たような作りが多いみてえですし、勘違いじゃねえですか? つか、仮に見覚えがあったらどうしたっていうんです?」
「だから大したことではないと言ったであろう? 確かに見覚えがある場所だったとしても、何がどうだというわけではないであるしな」
ただ……そうただ、この辺は確か、ちょうどスティナとあの子供がいたあたりではなかったかと、そう思っただけのことだ。
そしてそれが気のせいであったのかはどうかは、今のスティナの反応が全てである。
どうやらやはり気のせいではなかったらしい。
とはいえそれがどういう意味を持つかと言えば……何となく想像はつくものの、それ以上の言及をするつもりはなかった。
多分すぐに分かるだろうと、そう思ったからである。
果たしてその予感は正しかった。
「で、ここがスティナが一番良いと思った宿であるか?」
「今まで見てきた全てで言うならもちろんちげえですが、少なくともこの街で見た中では間違いねえです!」
「ここが、ですか……正直に言ってしまうならば、少し予想とは違いましたね」
「……ん、ボロい」
スティナが案内し、立ち止まった先にあったのは、確かに宿屋ではあるようだった。
ただしその外見は正直あまり褒められたものではなく、シーラの放った言葉が端的にその状態を示している。
少々言葉を選ぶのであれば、非常に趣のある建物、などというべきか。
少なくともお勧めと言われても一瞬躊躇してしまうような雰囲気を、その宿は漂わせていた。
怪しいとかそんなことは感じないのだが、とても古そうに見えるのだが色々と大丈夫かとか、そんな感じである。
別にそこだけが古めかしいわけではなく、どうやらこの周辺は大体がそういった建物ばかりであるようなのだが、それで不安が和らぐわけではない。
むしろ寂れた印象を受けてしまい、余計に悪化するほどだ。
「ふ、ふふん、そんなことを言ってられるのも今のうちだけですよ! 中を見たらきっとスティナを見直すに違いねえです!」
「ふむ……そこまで言うならば、期待しておくであるか」
「そうですね……まあ確かに、中を見ずに判断するのは失礼というものですか」
「……ん」
そんなことを言いながら、スティナを先頭に中に入り……そこで、ほぅ、と思わず声を漏らしたのは、いい意味で予想外だったからだ。
外見から受ける印象と同じく、そこもまた古めかしい感じではあった。
入ってすぐのそこは受付なのか、あまり広くない部屋に、木製の受付台のようなものが存在している。
周囲の壁も木製であり、滲んだシミなどが経過した時間を伝えていた。
一目見て、どれもこれも古いということが即座に分かるようなものである。
しかしそういったのを上手く利用しているというか、単純に古いというわけではなく、それがゆえの落ち着きのようなものをソーマは覚えたのだ。
宿というのは、休息を得るための場所である。
そこに入るなり、それに相応しい空気を感じるというのは……なるほど確かに、これは見直す必要がありそうであった。
「……申し訳ありません。どうやらわたしはあなたのことを見くびっていたようです」
「……ん、ごめん。……確かに、見直した」
「うむ……正直半分、いや八割方口だけだろうと思っていたのであるが……これは素直に見直したのである」
「オメエはもうちょっと信じてろです! まあでもこれでスティナの目が確かだって分かったですよね? もっと褒め称えればいいです!」
と、そうやって騒いでいれば、知らせる必要もなく誰かがやってきたのだということは分かる。
奥の方から足音が響き、やがて姿を見せたのは、中年かその少し手前といった年齢の男性であった。
客だということは、言わずとも分かったのだろう。
その顔には笑みが浮かんでおり、だがスティナを見た瞬間、その表情に驚きが混ざった。
「いらっしゃいませ……っと、あなたは?」
「ふふん、約束通り来てやったですよ!」
「これはこれは……本当に来ていただけるとは思っていませんでしたが、ありがとうございます。先ほどの件も、改めてありがとうございました」
そう言って頭を下げた男性に、シーラとフェリシアは揃って首を傾げていた。
まあ前半はともかく、後半に関しては何かがあったのだろうという推測をすることしか出来ないのだから、当然ではあろう。
ソーマとしては、それを聞いてやはりかと納得する思いではあったが。
そして直後に、それをさらに補足することが起こった。
奥から小さな足音が響き、男性の後ろから、その音に相応しいような、小さな影が姿を現したのだ。
「……あっ。……やっぱり、お姉ちゃん」
「ふんっ……約束しちまったですからね。仕方ねえから来てやったですよ」
そっぽを向きながらスティナがそんなことを言ったその相手は、間違いなくあの幼女なのであった。




