元最強、現状を察する
ソーマが集合場所へと辿り着いたのは、決めていた時間の五分ほど前であった。
時間が時間だからか、皆と別れた時よりも人の数は増えているようであり、それなりの賑わいをみせている。
さすがは街の中心部と言うべきか、そんな場所をぐるりと眺めた後で、ソーマは一つふむと頷く。
スティナだけではなく、まだシーラ達も来てはいないようであった。
さてどうしたものかと考え……しかしすぐにその必要はなくなる。
もう一度その場から周囲を見渡していると、ちょうど見知った二人組みが西の方からやってくるところだったからだ。
向こうもすぐにこっちに気付いたらしく、そのままやってくると頭を下げた。
「すみません、お待たせしました」
「……ん、お待たせ」
「いや、我輩もちょうど今来たところであるし、そもそも集合時間前であるしな。問題はないのである」
そう言いながらふとソーマが苦笑を浮かべたのは、その言い方がまるでデートの待ち合わせのようだと一瞬思ってしまったからだ。
街中とはいえ、周囲にいるのは魔族などと呼ばれる者達である。
なのにそこに流れている雰囲気はソーマの知る他の街のそれと大差はなく、そんな戯言が反射的に思い浮かぶ程度にはそういったことに慣れてきたらしい。
だがその直後、ソーマは首を傾げた。
シーラ達の雰囲気が、少しばかり妙だったからだ。
「ふむ……? 二人とも、何かあったのであるか?」
「え? どうしてですか?」
「何処となく雰囲気が変だから、であるが……まさか宿が一つも見つからなかったから、というわけではないであるよな?」
「まあ確かに宿は見つからなかったのですが……そうですね、雰囲気が変に感じるのでしたら、別のことが原因でしょう」
「……ん、ちょっとついでに街の外の様子を見てきた」
その意味するところは、すぐに理解することが出来た。
ソーマも気にしていたことであるし、なるほどと頷く。
「つまり、魔物の姿を一匹も見かけなかった、ということであるか」
「今の言葉だけでそこまで分かるんですね……」
「……ん、さすが」
「まあ我輩も思い至ったのはつい先ほどであるから、あまり偉そうなことは言えんのであるがな。しかしそうなると、先ほどのも運がよかっただけ、という可能性はなさそうであるな……」
「……ん」
もっとも、だからどうしたのかと言ってしまえば、それだけの話でもある。
別にこの街に思い入れがあったりするわけでなければ、ここを拠点に活動しようとしているわけでもないのだ。
何か不穏な気配があろうとも、それが自分たちの身に降り注いでくるのでなければ関係のないことである。
が、気付いていながらも知らんふりをしてしまうのは、何かがあった場合さすがに寝覚めが悪いし、何よりもソーマはここで剣を注文したのだ。
何かが起こって、例えばこの街が消滅でもしようものならとても困ってしまうのである。
とはいえ。
「ふむ……その件について調べるにしろ首を突っ込むにしろ、まずはスティナが戻ってきてからであるな」
「そうですね、わたし達だけで勝手に話を進めてしまうわけにもいきませんし、そもそも彼女がどうするのかもまだ決まっていませんし」
「……ん。……ところで、ソーマの方は?」
それは気になるようなことがなかったか、という意味ではなく、単純に宿はどうなったのか、ということだろう。
しかしソーマは苦笑を浮かべると、肩をすくめた。
「我輩の向かった方向で見つかったのかと言われれば、二人と同じ、といったところであるな。それに気付いたところで方向転換をしたため、幾つか見つけはしたであるが」
「方向転換って……それはありだったんですか?」
「まあそもそも宿が見つからなかったら意味ないであるしな。もっとも、スティナが既に良いところを見つけていたらしいであるから、必要があったかは何とも言えないところではあるが」
「……スティナ? ……もう来てる?」
「ん? ああいや、ここで会ったわけではないであるぞ? 途中ですれ違ったのである」
厳密にはアレをすれ違いとは言わないだろうが、細かいことはいいだろう。
と。
「む……」
鐘が鳴り始めたのは、その時の事であった。
身体の芯にまで伝ってくるような、重く大きな音が周囲に響き渡る。
これを聞くのはこれで三度目だが、何度聞いてもつい足を止めてしまうようなものだ。
だがその場を軽く見渡してみる限り、大半の者達はこの音のことを大して気にしていないようであった。
ソーマにだけそう聞こえているというわけではなく、単純に慣れている、ということなのだろう。
事実シーラ達も気にしているようであるし、驚いたりしている者達はこの街に来たばかりだということだ。
「コレは確かに時間が分かりやすいではあるが、慣れるまでは結構気になりそうであるな」
「そうですね……まあ、慣れるまでここにいるのかは分かりませんが」
「……ん。……ところで、スティナは?」
次の鐘を突くまでの時間は短く、十二回の鐘の音もあっという間に終わってしまった。
しかしそれが終わっても、スティナが現れる様子はない。
「ふむ……まだのようであるな。結構手間取っている、というところであるか?」
「宿探しに、ですか? 先ほど良いところを既に見つけたらしい、とソーマさんが言っていませんでしたか?」
「いや、宿関係ではなく……すれ違った、と言ったであろう? その時スティナは、どうも迷子の子供を助けていたようであってな」
「……そのせいで、遅れてる?」
「そういうことである」
「なるほど……そういうことなのでしたら、仕方がないですね」
「うむ。まあ、本人はそのことを認めようとはしなかったのであるが……っと、噂をすれば影、というやつであるな」
そう言ったソーマの視線の先にあるのは、こちらに向かって走ってくるスティナの姿である。
どうやら遅れてしまったことで、急いできたらしい。
別にそこまでする必要はないのにと苦笑を浮かべていると、すぐに目の前にまでやってきた。
「す、すまねえです……ち、ちと遅れちまった、です」
「別に急ぐ必要はなかったのであるがな。ちょうど事情も話してたところであるし……ところで、ちゃんと送り届けてきたであるか?」
「ふふん、当然です、誰に向かって――って、送り届けてなんていねえです! だから説教をしただけだって言ったじゃねえですか!? アイツはあの後すぐにその場に放って置いたです!」
「ほう、そうなのであるか……? なら何故遅れたのである?」
「そ、それは……ち、ちと、宿探しに熱中しすぎちまっただけです!」
「あの時点で良い宿を見つけたと言っていた気がするのであるが?」
「や、やっぱりあの程度で満足するなんてどうかと思ったからです! だから、スティナが泊まるのに相応しい宿を探してたんです!」
「ふむ……そうなのであるか」
「そうなんです!」
どことなく必死なほどに言葉を重ねるスティナであったが、ソーマはそれに最終的には肩をすくめて返した。
誰がどう見ても嘘を吐いているのは、明らかだろう。
実際フェリシア達は事情はよく分からないだろうに、呆れたような苦笑をもらしていた。
「……姉っていうだけあって、どことなくアイナに似てる?」
「アイナはあそこまで無駄に意地を……いや、似たようなものと言えば似たようなものであるか。ふむ……彼女達の家はああいう性格を育てている可能性が……?」
「どんな家ですか……」
「つか、そんなことより、それでオメエ達は宿探しの方はどうだったんです!? スティナはちゃんと良いとこを見つけてきたですよ!」
「我輩は一応幾つか見つけたであるが……何とも言えないところであるな。悪い宿ではないのであるが、良い宿だと胸を張って言えるかは微妙なところである」
「……こっちは、そもそもゼロ」
「まあ、わたし達の向かった方には、そもそも宿がないようでしたからね」
「ふふん、何ですか、だらしがねえやつらですね。なら仕方ねえですから、特別にスティナが見つけた宿に案内してやるです!」
そう言ってスティナは意気揚々と動き出そうとしたが、ソーマはそこで待ったをかけた。
先に宿に行ってもよかったが、それでは二度手間になってしまうからだ。
「ああ、その前に一ついいであるか?」
「うん? 何です?」
「宿に向かう前に、ギルドに寄ってもいいであるか?」
「ギルドに……? 何か用事でもあったの思い出したんです?」
「ああ、なるほど……確かに、宿に行くよりも先にギルドで話を聞いたほうがよさそうですね」
「……ん、宿に行ってからだと、確かに二度手間」
ソーマの言ったことの意味を即座に理解したらしく、フェリシア達は即座に納得し頷いた。
スティナがどんな結論を出すのかに関わらず、どうせ魔物のことに関しても話し合う必要があるのだ。
ならばそれをギルドに確認してから宿で話し合ったほうが、色々と手間が省けるだろう。
しかし当然事情を知らされていないスティナには分かるわけがなく、どうやらそれが不満のようだ。
口には出さずとも、一目でそれと分かる視線がこちらに向けられている。
それにソーマは苦笑を浮かべると、先ほどフェリシア達から聞いたことも含め、スティナへとそのことを説明していくのであった。




