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僅かな不穏

 スティナと分かれたソーマは、今度はそのまま東方向の探索をすることにした。

 路地裏を歩いているうちに、いつの間にか北というよりは東と言うべき場所にまで来てしまっていたのである。

 まあだからこそ、スティナ達に会ったわけではあるが。


 それは半分狙い通りと言えば狙い通りだ。

 道は多少入り組んではいたものの、今大体どの辺を歩いていてどの方角に向かっているのか程度のことは分かる。

 敢えてこちらの方にやってくるように歩いていた、ということだ。


 では何故北方面の探索をやめたのかと言えば、どうもあっちには宿はないように思えたからである。

 実際に大通りに面したものが一つもなかった時点でその可能性が高く、また路地裏にあったものから考えても、同様のようであった。

 だからそこで探索の範囲を広げるよりは、いっそ素直に別の場所へと向かったほうがよさそうだと、そう判断したのである。


 問題があるとすれば、スティナがどの辺まで調べたのかが分からない、ということだが……別に被ったら被ったで問題はないだろう。

 競い合っているわけでもないのだ。

 良い宿が見つかるならば、それで構わないのである。


 もちろん、より良い宿を見つけることが出来れば、目的を達成できるうえに自尊心も満たせるという、一石二鳥ではあるのだが……欲張ったところでろくなことにはならない、というのが世の常だ。

 何だかんだでそれなりに時間も経過しており、残った時間は一時間程度である。

 それを考えれば、やはり無駄に欲張るべきではないだろう。


「ま、とりあえず何の成果もなし、ということにならなければ良しとするであるか」


 そんなことを呟きながら、ソーマは周囲を眺めつつ先に進み……ふと、視線を彼方へと向けた。

 それは街の中心――否、そのさらに先を見据えるものであり、その方角のどこかにいるのだろう人物達の姿を探すように、目を細める。


「そういえば……あの二人の方はどうなっているのであろうなぁ」


 大丈夫だとは思いつつも、やはりどうしたって心配の気は抜けきらない。

 ざっと眺めた限りではこの街の住人は割と穏やかな気質なようだし、何かあったところでシーラならばそうそう遅れを取ることはないだろう。

 周辺の魔物も大したものは見かけなかったし、余計な心配だと分かってはいるのだが――


「っと……ふむ? 魔物……?」


 そこで不意に、ソーマはあることに気付いた。

 それはたった今自分が至った思考に関してであり……そういえば、大した魔物も何も、この周辺ではあの討伐依頼のあったアレを除き、一匹の魔物も見ていないのである。


 魔物に遭遇するか否かは、ある意味で運任せなところもあるため、今まで気にしてもいなかったのだが……妙と言えば、妙だ。


「うーむ……ま、何かあったら、その時はその時であるか」


 しかしその時はどうにかすればいいだけだと、気楽に考えながら、それでも二人のことは気にしつつ、ソーマは宿探しを再開するのであった。












 眼前の光景を前にして、シーラは目を細めた。

 そこに広がっているのは一面の草原であり、どう考えても街中では有り得ないものだ。


 しかしそれはある意味で当然でもある。

 そもそも街中にいるわけではないのだから、目の前に街中で有り得ないものが存在していたところで、不思議でも何でもなかった。

 だからシーラがそれを眺めながら首を傾げたのは、別の要因によるものだ。


 文字通りの意味で、そこには草原しかない。

 魔物が一匹も見当たらないというのが、それであった。


「……ん、やっぱりおかしい」

「確かに魔物の姿は一匹も見当たりませんが……それってそこまでおかしなことなんですか?」


 声に視線を向けてみれば、自身の隣で姉のフェリシアも首を傾げていたが、その理由は今口にしたものが原因だろう。


 だがシーラはそれで、姉のことを無知などと思いはしない。

 姉が時折知っていて当然のことを知らないのは事実だが、これに関しては多分知らない者の方が多いからだ。


「……普通魔物は、特定の場所や状況を除けば、まったく見かけないっていうことはほぼない」

「特定の場所や状況、ですか?」

「……ん、例えば、魔物避けの結界が張ってある街中、とか」

「ああ、なるほど、そういうことですか……ですがそれは、場所、ですよね? 状況、というのは?」

「……ん、例えば……物凄く強い何かがいて周囲に殺気をばら撒いている場合、とか?」


 ただしそれは本当に、よっぽどでなければ有り得ないことである。

 魔物同士は基本的に争わないものであるため、例えばかつて目にした邪龍とかいう存在がいたところで、魔物が逃げ回り隠れるようなことにはならないだろう。

 無差別な破壊行動に出ればあるいは、といったところだ。


 これはシーラが相手でも大差はない。

 シーラがそこら辺を歩いたところで、どれだけ戦闘能力に差があろうとも、魔物が逃げ出すことはないのである。

 いや……逆に、戦闘能力に差があればあるほど、その傾向が顕著だとすら言えるだろう。


 それは単純に言ってしまえば、大半の魔物にはそこまでの知能がないからである。

 どれだけ彼我の戦闘能力に差があるのかを、感じ取る事が出来ないのだ。


 ゆえにそんな魔物達の姿をまったく見かけなくなるなど、余程のことがなければ起こりえないことなのである。


「それは、ソーマさんが相手でも、ですか?」

「……ん、同じ。……ソーマが殺気をばら撒けば別だろうけど、今までソーマはそんなことをしていない」

「あの魔物を倒した時も、ですか?」

「……ん。……あの程度の魔物を倒すのに、ソーマは殺気を出す必要すらない」

「それはそれでまた別のおかしさがある気がするのですが……なるほど。だからシーラは、わざわざ今外の様子を確認したいとか言い出したんですね」

「……ん、これは明らかにおかしい」


 そう、シーラ達がここに来ているのは、宿を探していたら迷子になったとか、そんな理由ではもちろんないのだ。


 いや、まったく宿が見つからず、どうしようか、という話になったのは事実だが、そこで外に出たのは、先ほどこの状況を見てずっと気になっていたからである。

 宿が決まってから改めて皆で確認に来てもよかったし、最初はそのつもりでもあったのだが、時間に余裕が出来たのであれば確認しない手はなかった。


「これはこの街の周辺ではいつもこう、というわけではありませんよね?」

「……ん、話を聞いてみないと断言出来ないけど、そうだったら多分ここに冒険者ギルドはない」


 しかも見た限りではそれなりの数の冒険者がいたし、戻ってきたその全てがいなくなっていた。

 まさかあの数が全て雑用や採集依頼だけで食いつなぐ事が出来るとは思えない。


 となれば、普段は他の場所と同じように、ここにも魔物は出現するはずなのだ。

 しかし今はそうではない。

 これは明らかな異常であった。


「とりあえず何かがおかしい、ということは分かりましたが……どうしますか? 一旦街に戻ってソーマさん達と合流します?」

「……出来れば一通り見て回りたいところだけど……合流した方が無難? ……何があるか分からないし」


 自分の目で確認してみるのが一番ではあるが、これが本当に異常であるならば、既にギルドへと何らかの情報がもたらされている可能性が高い。

 周辺に冒険者達の姿がないのも、他の場所へと移動したのでなければ、その報告のために戻ったからだろう。

 途中ですれ違うことがなかったのは、路地裏へも宿を探しに行っていたためか。

 何にせよ、それを確かめてからでも、遅くはない。


「では、一先ず街に戻りましょうか。本当に何かあった時、足手まといのわたしがいてはシーラの邪魔にしかならないでしょうから」


 別にシーラはそんなことは思わないが、敢えてそれに対し何かを言うこともなかった。

 単純に言葉が思い浮かばなかったというのもあるし、何かを言ったところで、多分家族であるがゆえの言葉だと受け止められてしまうとも思ったからだ。

 何かを言うのは自分の役目ではなく、自分以上に姉へと影響を与える事が出来る誰かの役目であった。


 それを考えると、何と言うか、本当に相変わらずだと思う。

 一月程度共に暮らしていたというのは聞いていたが、それだけでこれほどの影響を与えられるようになっているのだから。

 しばらく離れていたからか、尚更そう感じた。


 まあ何にせよ全ては、適材適所だ。

 相応しい人が相応しいことをやればいいのであり、それぞれにはそれぞれに向いた役割がある。


 それだけのことなのだが……シーラは隣の姉を見上げると、ひっそりと息を吐き出す。

 縛られていたものからようやく解放されることが出来たのだから、もっとそのことを自覚してわがままを言って欲しいと、そんなことを思いながら。

 目の前の景色に背を向けると、姉と二人で、集合場所へと向かうため、その場から歩き出すのであった。

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