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元最強、エルフの剣士と対峙する

 エルフの森――森霊の社の朝は、静謐と共に訪れた。

 顔を見せたばかりの陽の光が、最も高く、大きなその樹の頂上を照らし――瞬間ポツリと、小さな音が響く。


「――我は魔を断つ剣なり」


 ――剣の理・神殺し・龍殺し・龍神の加護・絶対切断・万魔の剣・一意専心・疾風迅雷・明鏡止水:極技・絶魔。


 直後、その場に響き渡ったのは、ガラスの砕け散ったような音だ。

 その音が虚飾ではないと告げるかの如く、そこには歪ながらも巨大な穴が空いている。

 残心を解いたソーマはその先を見つめると、その瞳を細めた。


 意外と言うべきか、そこに広がっていたのは……否、そこに広がっていたのもまた、森であった。

 今立っている場所から見下ろす光景と、瓜二つのものがそこには存在していたのである。


 唯一違うと言えるのは、そちらにはこちらと違って、樹の上に大きなログハウスが建てられていることだろう。

 正直よくそこに建てられたというか、落ちてしまわないのかと若干不安になるものの、魔法で固定でもしているのか、その姿は安定しておりそんな気配は微塵も無い。


 そしておそらくそここそが、族長の家であった。


「さて……それでは行くとするであるか」


 そこが一体どんな場所であるのか、気にならないと言えば嘘になるが、それよりも今は優先すべき事がある。

 一つ息を吐き出すと、ソーマは躊躇することなく穴の向こう側へと、その身を躍らせた。









 瞬間何が起こったのか、ヨーゼフは咄嗟に理解することが出来なかった。

 まるで世界自身が揺さぶられたかのような激しい揺れに、世界の一部が砕け散ったかのような轟音。

 今まで経験したことのないものであり……何が起きたのかをようやく察したのは、それから数秒ほど経った後のことであった。


「っ……まさか、今のは……?」


 経験した事がないということは、起こった事がないということだ。

 そしてここまで激しいこと。

 おそらくは、この場所と向こうとを繋ぐ境が、破壊されたのだ。


 だが至った結論に眉を潜めながらも、問題は、その意味が分からない、ということである。

 確かにこれから儀式が始まるという大事な時ではあるが……そこを襲って一体誰が得をするというのか。


「……ふんっ。まあ、直接確認すればいい話、か」


 本当に儀式をどうこうするのが目的ならば、必ずヨーゼフが今居るここを通ることになる。

 ならばその時現れる誰かへと問いかければ済む話だ。


 勿論答えが得られるとは限らないし、問答無用でヨーゼフが襲われる可能性もある。

 しかし。


「俺の役目は既に終わっている。その時はその時で……まあ、別に構わんだろう」


 そう呟くと、ヨーゼフはその場にどっしりと構え、来るべき侵入者を待ち構えるのであった。









 族長の家は、当然と言うべきかそれなりの広さを誇るようであった。

 見た目としては魔女の森にあったフェリシアのそれと大差ないのに、あからさまに内部の広さは異なっている。

 おそらくはここも、あの男の家と同じように魔法で内部の空間を拡張しているのだろう。


 とはいえ、それにしたってここは広すぎであった。

 以前にも述べたように、内部の空間を拡張する魔法は言うほど簡単に使えるものではない。

 その上で、この拡張率だ。

 幾らエルフとはいえ、これを維持するにはかなりの労力を強いるはずだろう。


 こんな場所に家を構えているということは、その維持をしているのは自分自身でなのだろうし……魔法の腕前はかなりのものがありそうだ。

 そして多分、この先でそんな相手を相対するはずであり――


「……ま、関係ないことであるか」


 あまり手荒なことはしたくないが、邪魔をするというのならば容赦はしない。

 そんな決意と共に、木造の通路を駆けていく。


 ちなみにその足取りに迷いがないのは、ここに来てから明確なほどにその存在のことを感じているからだ。

 エルフの森で感じていたものと比べるとかなり強烈になっているが、間違いなく森神のものである。

 ならばそれを感じる方向へと向かえばいい、ということだ。


 そうして幾度目かの角を曲がり――


「――む」

「……来たか」


 そこにあった広間と、立ち塞がるようにしてそこに居た相手に、自然と足が止まった。


「ふんっ、なるほどお前だったか……いや、考えてみれば、お前ぐらいしかありえなかったか」

「ま、そういうことであるな。それで、兄上は何故ここで待ち構えていたのである?」


 瞬間、ヨーゼフはピクリと片眉を動かしたが、それ以上の反応はなかった。

 若干煽りのために兄上などと言ったのだが、さすがに族長と言ったところか、それなりに冷静であるらしい。


「ふんっ、何故だと? そんなものは決まっているだろう。むしろお前こそ、何しに来た?」

「それこそ決まっていると思うであるが?」

「……ふんっ。そうだな……それもそうだ」


 互いに無意味な問いかけではあったが、同時にそれは互いの意思を確認するためのものでもあった。

 つまるところ、互いは互いの障害だということである。


 だがそれが分かっても……相手が魔法の使い手だというのに、ソーマが機先を制し動かなかったのは、相手から戦意がいまいち感じられなかったからだ。

 それを隠せるほどの使い手、というわけでは、おそらくない。

 何となくではあるが……それは、迷いのような気がした。


 そして右腕を動かそうとしていたヨーゼフは、何を思ったのか、一度右手を見下ろし、握り締めると、すぐに解き、また元のように腕を組む。

 と。


「……何の真似である?」


 ソーマがそう問いかけたのは、そのままヨーゼフが一歩後ろに下がり、横に退いたからだ。

 見たままを語るならば……それは、道を譲ったようにしか見えなかった。


「ふんっ、見ての通りだ。考えてみたら、俺は族長だ。お前のことを邪魔すべきでもあるんだろうが……ここで無駄に傷つくべきではないだろう。今後に差し障る上、皆にも迷惑がかかるからな」

「それはそうかもしれんであるが……」

「それに、俺は元々戦闘があまり得意ではない。お前はかなり出来そうだし、俺ではろくに邪魔することも出来ないだろう」


 そう語るヨーゼフの瞳に、嘘は感じられなかった。

 どうやら騙しておいて奇襲を仕掛ける、というつもりもないようだ。


「……いいのであるか?」

「ふんっ、単に適材適所だというだけだ。この先には、我らエルフの中で最も優秀なものが護衛についている。お前の邪魔をするのは、そいつの役目だ」

「ふむ、そうであるか……まあ、我輩も手早く済ませたいであるから、何もせずに通って良いのならばそうさせてもらうであるが」

「ああ、精々無駄な真似をすればいい。アイツは間違いなく歴代エルフの中でも最強クラスだろうからな。それに、万が一アイツを退ける事が出来たところで、やはり無意味だ。既に封印は解いてある。……森神様の前では、我らの誰であろうとも、意味はない」


 その言葉には何も返さず、ただ肩をすくめておいた。


 まあ、封印が既に解かれているというのならばちょうどいい。

 実のところ、そこはちょっとだけ不安があったところなのだ。

 朝が来るのと同時に突撃したものの、その時間に何らかの根拠があったわけではないのである。


 とりあえず何かあれば分かるだろうと、あの樹の頂上付近で寝はしたが、突撃のタイミングがあの時だったのは、単にそれ以上待つ事が出来なかったというだけだ。

 ここまでまだ封印が解かれていない、とかなると、それをまずは待たなければならないとかいう、とても間抜けなことになってしまっただろう。


 とはいえ、つまりそれは急がなければならないということでもあるので、安堵してばかりもいられない。

 念のため、警戒しつつもヨーゼフの横を抜け――


「……ああ、そうである。最後に一つ、言っておく事があったのであった」

「……ふんっ、なんだ?」

「戻ったら、覚悟しておくがいいのであるぞ? とりあえず今は急ぐのを最優先とするのであるが……戻ったら、その顔を一発ぶん殴らせてもらうのである。妹を守らない兄など、殴られて当然であるからな。ま、その後どうするかは、フェリシアに任せるであるが」

「…………ふんっ、そうか。なら……期待しておいてやろう」


 その言葉を背に受け、その場を後にした。


 そのまま再び続いた通路を、一気に駆け抜け……しかしその足も、すぐに止まることとなる。

 通路が途切れ、外へと飛び出したのだ。


 だが樹の頂上にあったはずのその先は、不思議と地面へと続いていた。

 どうやら何処かで空間が歪んでいたらしい。


 周囲に存在しているのは、沢山の木々。

 見た目からして、ここもまた森の一部なのだろう。

 ただし木々までの距離は離れており、それなりの広さの開けた場所となっているようであった。


 そして。


「おお、久しぶり……で、いいのであるか? まあ、久しぶりであるな」


 そこに居た人物を見ても、驚きはなかった。

 何となく、そんな気がしていたからだ。


 それは向こうも同じなのか、見覚えのある顔がいつも通りに小さく頷きの形を作り、金色の髪が流れる。

 ただし、いつもはこちらの目を見返してきていた金色の瞳は、今日に限ってはそうではなく――


「……ん。……久しぶり、ソーマ」


 それでも言葉は同じように、見知った少女は――シーラは、そう返してきたのであった。

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