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元最強、エルフの森で夜を過ごす

 一時は騒がしいほどであった広場であったが、今はその残滓すらも残ってはいなかった。

 今そこに残っているのは、ソーマと男の二人だけである。

 今日の儀式は先ほどので本当に終わりだったらしく、皆は既に解散していた。


 ソーマがフェリシアに別れを告げられてから、さほど時間は経っていない。

 あのすぐ後にヨーゼフが終了の旨を告げると、エルフ達は素直にそれに従い、即座に撤収を始めたのだ。


 直前に聞かされた話を反芻していたソーマと、それに付き従うかのような男だけがその場には残され――


「さて、んじゃ俺達も行くか。ここに残ってたところで意味はねえしな」

「ふむ……了解なのである」


 そこでソーマが頷いたのは、その時点で思考し終わっていたからだ。

 元より反芻すべき内容がそれほど多くはなかったこともあり、移動することにも異論はない。

 そもそも直前に聞かされた話というのは、つまりフェリシアがソーマに別れを告げた理由であった。


 とはいえ、内容が多くないと言った通り、それはそう複雑なことでもない。

 端的に言ってしまうのであれば、それはエルフの掟によるものであった。

 その掟によって、ソーマはここに留まる事が出来ない、ということであるらしい。


 これはヨーゼフが言ったことではあるが、エルフが排他的なのは、彼らの性格以上に掟によるところが大きいそうだ。

 何でもその掟によれば、例外を除き、エルフ以外の者はこの森に入れてはならないらしい。

 それが排他的な状況に拍車をかけているとか。


 ソーマが今ここに居る事が出来るのも、その例外に該当するからだ。

 しかしフェリシアがソーマの力を必要としないと判断した以上、その例外が通用するのも今日までとなる。


 あくまでもソーマは、フェリシアがその力を必要とするかもしれないから、という建前で例外としてここに招き入れた、ということらしく、例外となる条件を満たせなくなればそこから弾かれるのは道理だ。

 一応次の日の朝までは追い出すことはないらしいが……そこまで、とのことである。


 もっとも、それは言ってしまえば、エルフが勝手に言っていることだ。

 ソーマがそれに従う義理があるかと言えば、正直ない。


 ない、が……かといって問題なのは、それを守らない理由があるかどうか、ということだろう。


「理不尽と言えば理不尽ではあるが、それを理由にして聞かないというのもちとあれであるしなぁ……」

「あん? ああ、お客人が明日になったら追い出されることについてか? まあ、お客人の立場からすりゃあ確かに理不尽ではあるんだろうが……出来れば素直に従って欲しいとこだな」

「それは掟だから、であるか?」

「それもあるが、今は大事な儀式の真っ最中だからな。特に明日となると、色々と面倒くさいことになっちまうしよ」

「ああ、本番は明後日ということであるし、明日も何かする、ということであるか……」

「何かする、っていや確かにするんだが、どっちかってーと……っと、その話をする前に、着いたぜ。ここが俺の家だ」


 話をしながらも、二人は森の中を歩いており、男はそんなことを言いながら足を止めた。


 だがソーマも足を止め、周囲を見回してみるが、家らしいものは何処にもない。

 そこにあるのは、ただの幹の太い巨大な樹木だけであり――


「……いや、そういえば、エルフは木の上に家を作り、そこに住むのであったか」

「そういうこった。そもそも地面に降りることそのものが珍しいし、あの広間だって年に一回使うかどうか、ぐらいだしな。ともあれ、ちと待ってくれ。うちはそこまで上にはねえが、それでもそこそこの高さにはあるからな。今魔法で運ぶ準備をしちまうからよ」


 言われ、視線を上に向けてみれば、薄っすらと家の影のようなものが見えた。

 確かにそれほどではないが、それなりの高さにはあるようだ。


 しかし。


「いや、その必要はないのである。あのぐらいの高さであれば、普通に行けるであるしな」











 樹木の上に建てられた家だというからどんなものなのかと思えば、思ったよりも内部は普通なようであった。

 外観もそうであったが、内装もフェリシアのところで見たのと似通っており、これがエルフの家の一般的なものなのかもしれない。


 枝の上に乗っているだけにも見えたため、若干そこだけは不安ではあったものの、思ったよりも安定してもいるようだ。

 明らかに外見と内部の広さがあっていないことも合わせて考えれば、おそらくは魔法が使われているのだろう。


 学院のような場所はともかく、個人の家に魔法が使われることは、その維持が大変なこともあって滅多にないはずなのだが……さすがはエルフといったところか。


「……お客人も魔法を使えるのかと思ったら、随分と予想外のことをしてくれたもんだ」


 そうして失礼だとは思いつつも、興味深く家の内部を見学していたら、ふと男からそんな言葉をかけられた。


 それはどことなく呆れを含んだ言葉のように聞こえ、ソーマは首を傾げる。

 はて、別に変なことをした記憶はないのだが。

 ソーマは極一般的な手段でここまでやってきたに過ぎないのだ。


 いや、あるいは、エルフにとってそれは本当に予想外のことだったのかもしれない。

 確かに魔法を手足のように使うと言われているエルフには、縁のないことだろう。


 ソーマがやったことは、ただの木登りでしかないのだが――


「少なくとも俺の知ってる木登りってのは、木に垂直に立って走るってもんじゃねえはずなんだが……ま、いいや。さすがは族長が連れてきた客人ってことか」

「さて、どうであるかな?」


 それは特に関係がないような気もする。

 半ばただの成り行きだった気もするし。


「成り行きだったとしても、ただの人間をあの族長が連れてくるわけねえさ。ともあれ、っと……さて、家に戻ってきたことだし、続きといくか」

「続き? 何のである?」

「決まってんだろ? 祭りの、だよ」


 言うが早いか男は家の奥へと進んでしまい、ソーマもついていくか一瞬迷ったものの、今居るそこはリビングのような場所だ。

 何をするつもりなのかは分からないが、とりあえずここで待っていた方がいいかと結論を付けると、ほぼ同時に男が戻ってきた。


 その腕に、中に入っているのかが一目で分かるようなビンを抱えて。


「酒、であるか?」

「祭りっていや、これだからな。さっきだってあれが始まる前までは皆飲んでただろ? って、お客人はそういや飲んでなかったか?」

「何が何だか分かっていなかった、というのもあるが、元よりあまり酒は好きではないであるしな」


 というか、そもそもソーマは肉体的には成人前だ。

 ラディウスでは酒を飲んで良いのは成人後と定められているし、ここはラディウスではないとはいえ、成人前に酒を飲むのは明らかに身体に悪い。

 前世の頃は酒があまり好きではなかった、というのも事実であるため、好んで飲むつもりはなかった。


「そうか、そりゃ勿体ねえが……ま、無理に勧めるもんじゃねえか。折角の祭りなんだから、楽しまなきゃ意味はねえしな」

「ああ、そういえば、それ、少し気になっていたのであるが……楽しんでいいのであるか?」

「あん? どういう意味だ?」

「いや、先ほどの儀式の準備? の時は大体皆割と静粛にしていた感じであったし、実際今回行われる儀式は森神様とやらを鎮めるためのものなのであろう? なら騒ぐのはちと違うような気もするのであるが……」

「なんだ、族長からそこまで聞いてたのか。なら確かに少し奇妙に映るかもしれねえが……ま、それはそれ、ってとこか? どうせ明日は静かにしてなきゃなんねえんだしな。数百年ぶりのことなんだし、今日ぐらいは少しぐらい羽目を外したって構わねえだろ?」

「明日……?」


 そういえばと、そこで思い出す。

 明日も何かをするとか、そういった話をしていた途中であったことに。


「そういやそんな話をしてた途中だったか。ま、つっても大したことじゃねえんだがな。儀式の本番は明後日に行なわれるから、明日はそのために皆家の中で祈り続けてなくちゃいけねえのよ。お客人が明日の朝出て行ってくれなきゃ面倒なことになるってのも、それ絡みだな。何せ何があろうとも、俺達は全員家の中にいなけりゃならねえんだからよ」

「ふむ…………家の中でずっと祈り続ける、であるか。それはまた、気が長いというか、珍しい感じであるな」

「俺も変だとは思うが、数百年ぶりに行われることだし、そう決まってるってんだからな。ま、仕方ねえことさ。だからお客人には明日素直に出て行ってもらいてえし、今日ぐらいは楽しく過ごしてえ、ってことだ。だが逆にだからこそ、お客人にも今日は楽しんでもらいてえんだがな! それこそ、嫌なことなんざ全て忘れちまうぐらいに、な!」


 そう言って酒をかっくらう男は、確かに楽しそうであった。

 今を楽しんでいるのだと全身で訴えかけるように、がははと叫び、笑みを浮かべている。


 ともすれば、そうすることで、自分は今楽しんでいるのだと、自分に言い聞かせているかのように。


 そんな男の姿を眺めながら、ソーマは目を細める。

 そうして、今日あった色々なことを思い返しながら、小さな溜息を吐き出すのであった。

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