元最強、別れを告げられる
捧げものとは要するに、自分にとって大切な物を、文字通りに捧げる儀式であるらしい。
ただし捧げる対象は巫女ではなく、森神だ。
巫女はあくまでもその橋渡し役であり、仲介役に過ぎない。
もっともこの儀式に関しては、今回初めて行うものであるようだ。
数百年前には行われておらず、今回のためにわざわざ新しく儀式を追加したらしい。
とはいえ、どちらかと言えばこちらの方が正当ではあるだろう。
願いを叶えるために、代償を支払う。
それは、どこかでも聞いたことのあるような話でもあり――
「ふむ……それで今度は、何をしているのである?」
そんなことを話している間に、儀式はさらに次の段階へと進んでいた。
ソーマは今回も何もしていないが、やはり何も言われることはない。
男はきちんと最後に何かを捧げていたが、そのまま今回はソーマのところへとやってきて……そのすぐあとに、あれが行われ始めたのだ。
それを何といえばいいのか、口で説明するのは難しいのだが……何だろうか、ソーマの記憶にある中で最も近しいのは、飲み会の場でのお偉いさんへの挨拶、といったところか。
勿論この場合でのお偉いさんはフェリシアであり、挨拶をしているのはエルフ達だ。
要するにエルフ達はフェリシアへとお酌をしながら、何事かを話しているのであった。
しかも先ほどの儀式も、その前のものも、一人あたりの所要時間は数秒程度だったが、今回は一人一人がやたら長い。
最短でも一分はかかっているだろう。
本当に、何をしているのだろうか。
「あー、何つったか。最初の儀式で祈りを、次の儀式で代償を捧げ、この儀式で以って心を森神様へと伝えてもらう、とかだったか? 確か族長はそんな風に言ってたはずだ」
「心を……?」
「ああ。で、さすがにそれはすぐには無理だからな。その心を理解するためにも、ああして実際に話し合う必要があるんだとよ」
「ふむ……話し声が聞こえないのは結界でも張ってあるのであるか?」
「らしいな。心をちゃんと伝えるためには、他には聞かせられないような話をするかもしれないから、とかだったか? ま、とりあえず俺達にされた説明はそんなんだ。っと、ああそれと、そうだ、今回はお客人に族長から言伝があるぜ?」
「ほぅ……?」
てっきり今回もまた何もないものとばかり思っていたが……いや、考えてみれば、ここまでの間にそれなりに時間は経過している。
それと今回の一人あたりにかかるだろう時間と、残りの人数を考えれば、全員が終わる頃には夜になっているだろう。
いつまでこの儀式とやらが続くのかは分からないが……ならばここで何らかの指令があるのは、そう不思議なことでもなかった。
「して、その内容は?」
「ああ……今回の儀式に関しては、お客人も参加してくれ、だとよ。一番最後に、だがな」
「ふむ……?」
それそのものに関しては、別段問題はない。
だから気になったのは、そんなことをしようとする意図だ。
とはいえ、考えたところで分かるものでもなく、断る理由もない。
少しだけ考えてみたところで、結局頷いた。
「気になることはあるものの、そこは直接聞けばいいだけであるな。了解なのである」
「ま、っつってもそれまでにゃしばらく時間はありそうだがな」
「で、あるな」
視線の先では、未だ沢山のエルフが列を作っている。
ソーマは男と顔を見合わせると、苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
気が付けば、そろそろ夜の帳が下りようかという時刻であった。
開けた場所とはいえ、周囲に立っている樹があまりに高すぎるせいだろう。
頭上は枝や葉によって覆われ、日の光はあまり届かない。
それでも隙間から多少空の色は見え、それが少しずつ黒へと近づき始めていた。
目の前で男の番が終わり、ソーマの番が回ってきたのは、ちょうどその頃のことだ。
「ふむ……」
男と代わるように前に進み出れば、一瞬だけ僅かな違和感を覚える。
結界内に入ったという、その証だ。
そうしてその場を見渡してみれば、そこには当然と言うべきか、フェリシアとヨーゼフの姿がある。
ヨーゼフの顔に浮かんでいるのは、相変わらずの仏頂面だ。
未だ数度しか顔を見てはいないが、その全てで浮かんでいたものなのである。
相変わらずと言ってしまっても構わないだろう。
そしてフェリシアの方は――
「何というか……やはり違和感覚えるであるなぁ……」
「え……? その……変、でしょうか?」
「貴様っ……似合っていないとでも言うつもりか……?」
「いや、そういう意味ではなく、単純に見慣れない、という意味であるぞ? 印象も大分変わるであるしな。むしろどちらかと言えば、似合っていると思うのである」
魔女から巫女と、印象が違うというよりは、別人と言われた方がしっくりと来るほどの変化であるが、似合っているというのはお世辞ではない。
白い髪に赤い瞳というのは、白と赤を纏った姿に、驚くほどよく映えている。
元の顔立ちがいいというのも勿論あるだろうが、こちらが本来の格好だと言われても素直に納得出来るほど、それはよく似合っていた。
「そ、そうですか……それは、その……あ、ありがとうございます」
「……貴様っ」
ところで、何故褒めたというのにそこの男は仏頂面をさらに加速させているのか。
そもそも先ほどもそうだが、そこには僅かに怒りのようなものも見え隠れしている。
だがヨーゼフとフェリシアは、エルフの族長とそこに匿われている魔女というだけの関係だ。
怒りを覚えるだけの理由はないはずである。
だというのに何故……などと、ふと思い浮かんだくだらないことを、肩をすくめて流す。
直接聞いたわけではないが、何となく推測は出来ているからだ。
ならば敢えて聞く必要はなく、大体ここに来たのはそんなことを聞くためではないのである。
「それで、我輩は何のために呼ばれたのである? まさか我輩も儀式とやらに参加させるためではないのであろう?」
そう問いかければ、ヨーゼフもそれを思い出したようだ。
僅かにあった怒気が完全に引っ込み、元の仏頂面だけがそこには浮かぶ。
気を取り直すように一度鼻を鳴らしてから、その口が開かれた。
「ふんっ、そのつもりならば最初から参加させている。だがこれは我らエルフのためのものだ。余所者の貴様が関わることではない」
「ま、であろうな。では、どうしてである?」
「ふんっ、勿論貴様に今回のことについて話すためよ。もっともオレは、別に詳細を知らせる必要はないと思ったのだが……」
「後で説明する、という旨のことを言ってしまいましたからね。ならばきちんと説明するのが、筋というものです」
「……ふんっ」
面白くなさそうに鼻を鳴らすが、ヨーゼフにも一応説明するつもりはあるようだ。
何を話すべきか考えるように視線を上に向け――
「とはいえ、これは我らエルフの秘中にも関わってくることだ。詳細と言っても限りがあるが……まあ、今回のことは簡単に言ってしまえば、我らの神である森神様を鎮めるための儀式を行なおうとしている、といったところだ」
「ふむ……そのためにフェリシアの力を借りる必要があった、と? ……フェリシアは魔女なのに、であるか?」
その言葉を口にした瞬間、ヨーゼフの視線がこちらに向けられ、その目が細められた。
しかしそこにあったのは、おそらく怒気などの類ではない。
もっと別の何かだ。
だがそれを確かめる前に、ヨーゼフの瞼が閉じられた。
それから、溜息が吐き出される。
「……そうだ。貴様には実感出来ないだろうが、これは我らが種の存続に関わる問題だ。だからこそ、どんな手でも使う必要があった。ふんっ……勿論このことは、オレとしても不本意だ。本来であればこれは、オレ達のみで解決すべき問題なのだからな」
「まあそこら辺はどうでもいいのであるが……ならば最初からそう言っておけばよかった気がするのであるが? そうすれば、わざわざこうして時間を取る必要もなかったであろうに」
「ふんっ……それで貴様が素直に納得した、とでも言うつもりか? その可能性は低いと見たからこそ後回しにしたのだ。貴様が今オレの言葉を素直に受け取っているのは、こうして儀式が行なわれてるのを目にしたからだろう?」
「ふむ……」
確かに言われてみれば、その通りかもしれなかった。
儀式そのものというよりは、そこでのエルフ達の様子や、あの男から聞いた話がなければ、ここまでスムーズに納得はしていなかったかもしれない。
「なるほど……結果的にもっと時間がかかっていた可能性があった、ということであるか」
「ふんっ、そういうことだ。元より時間に余裕がなかった、というのも理由の一つではあるがな」
それも確かに、納得のいく話だ。
今の時点で既にほぼ夜なのである。
ソーマへの説明に時間をかけていたら、さらに遅くなっていたのはほぼ確実だろう。
「ふむ……それに関してはとりあえず納得できたのであるが、ところで、一つ聞いてもいいであるか?」
「……なんだ?」
「本当に我輩を何もせずこの森から出していいのであるか?」
それは下手をすれば、致命的な問題となることのはずだ。
ソーマにそのつもりはないが、エルフが魔女を匿っていた、などということがどこかに知られたら、種の存続すら危うくなるのである。
そんな危険な要素を野放しになど、普通は出来まい。
「ふんっ……それがコレとの約束だからな。我らは約束は守る。絶対にな。それに仮に貴様が何を言いふらしたところで、何の問題もない」
「それはどういうことである?」
「今回のことが無事に終わればコレを放逐するということは貴様も聞いているな? そうなれば、ここには魔女はいないのだから、どうとでもやりようはある。我らはエルフだぞ? この森の中であれば、その痕跡程度完璧に隠し切ってみせよう」
それが過信だとは言い切れなかった。
実際のところ、今まで魔女がここに匿われているということは周囲にはまったく知られていなかったのだ。
ならば痕跡を隠し通すぐらい、出来るのだろう。
問題があるとすれば――
「そもそも、本当に魔女を放逐してしまっていいのであるか?」
「ふんっ……今回のことにはそれだけの価値があるということだ。確かに惜しいが、魔女を惜しんで種が滅んでは本末転倒だからな。それに貴様も聞いた事があるのではないか? 我らエルフは嘘を吐く事が出来ない。である以上、今言ったことは全て真実だ」
「ふむ……」
そこでフェリシアへと視線を向けると、真っ直ぐに見つめ返された。
その瞳は真摯なものであり、少なくともソーマはそこに、フェリシア以外の意思を感じることは出来ない。
言わされている、ということはなさそうだ。
「間違いないのであるか?」
それでも念のために確認してみれば、はっきりと頷き返された。
「はい、間違いありません。……それと、申し訳ありません」
「ふむ? それは何に対しての謝罪である?」
「手伝うと言ってくれましたのに、その必要はやはりないということに、です」
「それはまだ分からん気がするのであるが……それとも、これでもう儀式とやらは終わりなのであるか?」
「いや、今やっているのは儀式は儀式でも、その準備段階のものだ。儀式の本番は、明後日に行なう。もっとも、貴様の手助けが必要ないというのは事実だがな」
「魔女の手を借りなければならないほどのことなのであろう? ならば手は多いに越したことはないと思うのであるが?」
「ふんっ、だから言っただろう? それで何とかなるのならば、我らだけで何とかしていた、とな。いや、むしろこう言うべきか? 魔女以外の手は邪魔でしかない、と」
そう言ったヨーゼフは変わらずの仏頂面であり、フェリシアもまた真っ直ぐにこちらを見つめ続けている。
そして。
「そういうことです。……それと、もう一つ謝罪を。あなたには沢山の借りがありますが、どうやらそれは返せそうにもありません」
「だから借りがあるのは我輩の方なのであるが……それはともかく、それはどういう意味である?」
「意味も何も、そのままです。あなたとは、ここでお別れとなるのですから。……ソーマさん、今まで本当にありがとうございました」
そのままフェリシアは、そんな言葉を告げてきたのであった。




