元最強、調合をする
「そうかい、そんなことがねえ……」
楽しそうな様子でそうしてドリスが相槌を打つのを、シーラもまた口元を緩めながら眺めていた。
窓の外ではとうに夜の帳が降り、月の光が周囲を照らしている。
明日のことを考えれば、そろそろ寝なければドリスあたりは特に辛いだろうに、そんな気配は微塵も見せることはない。
そんなドリスに甘えるようにして、話の尽きないシーラは、さらに口を開いていく。
「……ん、ソーマを見てると、いつも思う。……私は、まだまだ」
「別にそんなことはないんじゃないかと思うけどねえ……慰めとか抜きに。ただ、シーラがそう思うんなら、アタシが何を言ったところで意味はない、か」
「……そんなことはない。……けど……ん、ごめん」
「謝る必要なんてないさね。……けどま、ちょっと羨ましくは思うかねえ」
「……?」
一体何が羨ましいのか分からず、首を傾げるも、ドリスは遠くを眺めるように目を細めながら、笑みを浮かべるだけであった。
あるいはそんなドリスは、酔っ払っていたのかもしれない。
大して強くもないくせに、飲むのは大好きな酒を、久しぶりの再会を祝してとか言いながら、浴びるように飲んでいたから。
「ま、何にせよ、アイツらに託して正解だったってことかね。……結局何も出来なかったアタシが、偉そうに言えることじゃないけどねえ」
「……そんなことない。……ドリスが連れ出してくれなかったら、今の私はなかった」
それは本音だし、事実だ。
その後のどんな選択肢も、あそこでドリスが連れ出してくれなければ、発生すらすることはなかったのである。
勿論今でもあそこが嫌いになったわけではないし、皆は変わらず大切な仲間だ。
むしろあそこを離れ、今まで色々なことを経験してきたからこそ、余計にそう思う。
「……そうそう、そういえば、今まで色々と話を聞いてきて、一つだけ気になったことがあるんだけど、ちょと聞いてもいいかい?」
「……? ……なに?」
「これはただの好奇心からのものだし、正直下世話な話だ。答えたくなければ答えなくてもいいし、そもそも聞くべきじゃないって気もする。なら聞くなって話なんだが……ま、酔っ払いの戯言だと思ってくれていいさね」
そう言うドリスは、自分でも言う通り、やはり酔っていたのだろう。
だけど。
「これは仮定の話さ。アンタの嫌いな、もしもの話。だけど……もしも、森の仲間のエルフ達と、ソーマ達。そのどちらしか選べないっていう状況が、起こってしまったら」
――アンタは一体、どっちを選ぶんだい?
そんな問いかけをしてきたドリスは、何処までも真剣な瞳で、シーラのことを見つめていた。
ソーマが何故龍の生き血などを求めていたのかと言えば、今更言うまでもないことだろう。
魔の力へと傾注しやすくなるという、その薬を作り、飲むためだ。
その原料となるものは、先日手に入れたそれを始め全て揃っていた。
新月の晩にしか咲かないという花から得られる蜜や、これまたソーマが見つけ手に入れたマンドラゴラなど、貴重なものばかりが十種類ほど作業台の上に置かれ、並べられている。
「これほどのものを一度に扱うのは、さすがにわたしも初めてですね……。まあとはいえ、龍の血を除けば結界内でも手に入れることの出来るものばかりですから、貴重は貴重でも個人的にはそれほど思うところはないのですが」
「ふむ、正直我輩もであるな。重要なのはこれを使って我輩が魔法を使えるようになるのか否かということだけであるし」
そんな聞く者が聞けば卒倒しかねないような言葉を交わしながら、二人は作業台の上に置かれたもう一つの物へと視線を落とす。
それは一片のメモであり、ソーマが書き記したこれから作ろうとしている薬の作業工程だ。
わざわざそれに記したのは、勿論そのままではフェリシアが読めないからである。
別に今回だけ特別にそうしているわけではなく、毎回その日に作る予定のものをソーマが書き起こしているのだが――
「いつものようにわたし一人だけでも大丈夫ですよ?」
「いや、単純に我輩が手伝いたいだけであるから気にする必要はないのである。まあ、邪魔だと言うならば大人しく引っ込んでいるであるが」
「そんなことはありませんが……人手があればと時折思うこともありますし。まあ、それでは、よろしくお願いします」
「うむ、任せるのである。さすがに特殊な技能が必要そうなことは出来んであるが……」
「以前にも言いましたが、わたしも特別なことはやっていませんから。書かれている通りに出来れば大丈夫だと思いますよ?」
「ふむ……」
ソーマとて薬物系の実験の一つや二つしたことはあるし、その際に調合の実験も行っている。
その時も失敗するようなことはなかったので、妙な特性が自分にあるなどということはないだろう。
要は料理などと一緒だ。
レシピに書かれている通りに作れば、失敗することだけはないのである。
失敗してしまうのは、妙な色気を出すからだ。
手順と分量さえ間違わなければ、問題はない。
ない、はずなのだが……。
「ところで一つ聞きたいのであるが」
「はい? 何か分からないことでもありましたか? むしろそれはソーマさんが書き起こしたんですから、何か聞くことがあるとすればわたしの方な気がするんですが……」
「いや、我輩は書いてあることは読めるであるが、実際に作るのはこれが初めてであるからな。それで、なのであるが……これ妙に目分量だとか適量だとか書かれていないであるか?」
というか、具体的な分量が書かれている項目が一つも存在していないような気がする。
むしろ今まで書き起こした中で具体的な分量を記した覚えすらないし、そもそも読んだ記憶もほぼない。
……いや、実のところ、薄々気付いてはいたのだ。
最初に目を通した時点で、これ大雑把過ぎやしないか、と。
だが素人が料理本を読んでもよく分からずとも、ある程度知っている者ならば何となく分かるように、これも魔女なりの隠語な可能性もある。
万が一の可能性を考え、ここにも細工をしていた可能性も――
「いえ、今回はそういったことは特にないですね。文字通りの意味で、自分で適していると思う量を入れろ、という意味です。実際先代が調合しているのを何度か見たことがありますが、分量を計っていることなど一度もありませんでしたし」
「そうであるか……ううむ。何となく魔女のイメージが壊れるであるなぁ……」
薬を調合しているところなどから、結構きっちりしているイメージがあったのだが。
しかし魔女と言われ咄嗟に頭に浮かぶのは、大窯で何かを煮詰めているような場面だ。
それを考えると、ある意味イメージ通りとも言えるのかもしれない。
「ふーむ……まあ、それはいいとして、それで具体的にはどうすればいいのである? いや、その部分はフェリシアに任せて、我輩はその他の作業を分担した方が効率的であるか……?」
「それでもいいとは思いますが……多分ソーマさんがその部分は担当した方が結果的には効率的だと思いますよ?」
「何故である? 我輩適している量とか言われてもまったく分からんであるぞ?」
「いえ、むしろそれはソーマさん以外には分からないと思います」
「どういうことである?」
フェリシアが言うには、どうやら魔女の薬というのは本来個々人に合わせて調合する必要があるらしい。
そもそも魔女の書に載っているものは、そのほとんどが呪術の補助として使うためのものだ。
そのため、魔女個人の体質や性質などに合わせ、調合する際の量を調整していく必要があるのだとか。
「ああ……だから自分で適していると思う量、なのであるか? なるほど、別に大雑把だというわけではなかったのであるな」
「いえ……正直それに関しても否定はしきれないのですが。先代が調合している際、あ、入れすぎちゃったかも、とか言ったりしていたことがありましたから」
「……まあそれはいいとして、であるな……ふむ? しかしそうなると、食料の代わりとして渡している薬は意味がない気がするのであるが?」
「と言いますか、そもそも呪術用の薬ですから、そういう意味では最初から意味はありませんね。ですが、それを参考にして自分達にも使えるようなものが作れないか、ということで、あくまでも研究用として欲しているらしいです」
「ふむ……」
ただの研究用ならば、そんな何十年も、毎月決まった数必要とはしない気もするが……まあ、そこら辺は触れない方がいいことだろう。
それよりも――
「具体的には、どうしたら自分に適した量が分かるのである?」
「そうですね……基本的には、やはり色々と試していくしかありませんね。特にこの薬で使用する材料は、他のもので使うことはありませんから、そこから推測するということも出来ませんし」
「むぅ……となると、材料が明らかに足りないであるな。効き目があるのか、あってもどんな効果があるのかが分からない以上、どれだけ試すことになるか分からんであるし」
「あ、その必要はありませんよ? 自分に適した量となっているのかどうかは、薬の味で分かりますから」
「味、であるか?」
「はい。個人の感覚によって異なりますが、全てが適した量であるならば、とても美味しく、逆にそこから遠いほど味も同じようになります」
「ふむ……ちなみにフェリシアはどう感じるのであるか?」
「わたしは基本的に甘さと苦味ですかね。全てが適した量の薬でしたら甘く美味しく感じますが、そこから離れるほどに苦く不味く感じます」
つまりは結局のところ、ひたすらトライ&エラーを繰り返せ、ということであるらしい。
まあしかしそんなことで済むならば安いものだろう。
どれだけまずかろうと、死ぬことはないのだから。
「……さて、それはどうでしょうか」
「フェリシア?」
「まあ、とりあえず試してみるのがいいと思います。とりあえず最初は少量からですね」
「うーむ……何故か先ほどから嫌な予感がするというか、頭の片隅から止めとけという言葉が聞こえてくるのであるが……」
「気のせいでしょう。それに、ソーマさんの目的にこれは必要なことなのではないのですか?」
「む……確かにその通りであるな。ならばこんなところで怖気づいている暇はないのである……!」
「そうです、その意気です。では早速始めるとしましょうか。……そしてソーマさんも、あれを味わえばいいと思います」
フェリシアが最後に何かを呟いたような気がしたが、その時にはソーマはやる気に満ちていたため、気にすることはなかった。
そうして薬の調合へと取り掛かり……結論から言ってしまえば、何十という試行の末に、薬そのものは完成したと言っていいだろう。
少なくとも、ソーマはそれを美味しく感じたので、そのこと自体は間違いがないはずだ。
だがそれでも結局は何も起こることはなく……そこへと至るに辿った過程を思い返し、ソーマはこれからもフェリシアの手伝いをなるべくすることと、二度と自分のために薬は作らないことを心に決めるのであった。




