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元最強、魔女の書を改めて読む

 一際強い風が吹きつけ、金色の髪が僅かに舞い上がった。

 何となくその後を視線で追い、ほんの少しだけ口元を緩める。

 しばらくはこれも見納めかと思うと、ちょっとだけ最後に得をしたような気分になったのだ。


 そんなことを考えながら、フードを被り、顔を完全に隠す。

 もっとも、内側からは普通に見えるので、少しだけ違和感を覚えるが。


 そこでもう一度口元を緩めたのは、少し前まではこれが当たり前だったからだ。

 あの砦での生活の時ですら、何だかんだで被ったままだったのに、気が付けば被らないことが当たり前になっている。

 そのことが、何だかおかしかった。


 ふと、もしものことを考えてみる。

 あまり仮定の話は好きではないのだけれど……もしも、彼に出会わなかったら。

 もしも、あの時別の選択をしていたら。

 自分は今頃、何処で何をしていたのだろうか。


「……とりあえず、ここに来てなかったのは、確実?」


 後ろを振り返れば、もう見慣れたと言っていいだろう建物が目に入る。

 見送りは断ったし、長期休暇に入ったから、珍しいと言っていいほどそこには誰の姿もない。


 だが目を閉じるまでもなく、そこにあった光景は容易に思い出す事が出来る。

 少なくともそれは、ここに来なければ得られなかったものであり……しかしそこには今、決定的なものが欠けていた。


 前に向き直り、空を見上げる。

 別にそのために帰るわけではないけれど、それが理由の何割かを占めているのも事実だ。


 エルフは魔法を得意とする種族であり、故郷の森ではその力が何倍にも高まる。

 ならば、もしかしたら行方を調べることも出来るかもしれない。

 ぬか喜びになってしまったら悪いから言わなかったが、実はそんなことも考えていたのだ。


 長期休暇の期間は、約二月。

 急げば、往復しても余裕があるだろうし、一つや二つ程度ついでに用事をこなすことも出来るはずだ。

 行方が分かれば、その先に確認に行くとか、である。


 問題があるとすれば、彼が行方不明となってから既に一月が経ってしまっていることか。

 死んでいるなどとは微塵も思わないが、仮に居場所が分かっても移動されてしまっていたら意味がないし、場所が遠い場合はそもそも確認に行くことすら出来ないかもしれない。


 まあそこら辺は、臨機応変にいけばいいかと、そう思い――


「……ん」


 一つ頷くと、シーラは学院の外へと、足を一歩踏み出す。

 と。


 ――そういえば。

 故郷のことを想い、ふと頭を過ぎる。

 兄や姉は、元気だろうか。


 そんな風に、会う事が出来れば数年ぶりとなる家族の顔を思い浮かべながら、シーラはそのまま故郷へと向けて、歩いていくのであった。
















 魔女の書に記されていた薬の原料となるものは、実は単純に素材と言っても二通りに分けられる。

 植物由来と、動物由来とに、だ。


 植物由来とはそのままであり、草木に花、あるいは時にキノコだったりもするが、そういったものから抽出されるものや、それ自体を素材として扱うものである。

 動物由来も基本は同じであり、つまりは動物から得られるもの、肉や爪や牙、血などだ。


 ただし魔女の森に生息している動物というのは、イコール魔物のことである。

 即ち動物由来とは、魔物から取れる素材のことなのであった。


 とはいえ今までそれをフェリシアから頼まれたことはない。

 植物とは異なり、基本的に魔物の名前と部位が合わさった名で記されていることが多く、分かりやすいのにだ。

 その理由を聞いたことはなかったが……まあそれは多分、自身を基準としているからなのだろう。


 というのも、基本魔女に戦闘能力はないからだ。

 スキルが使えないことや、呪術は攻撃に用いるものではないこと。

 それらのことから考えれば、当然のことではある。


 そのため、魔女はその部分を補佐する使い魔を作るのが普通であり、その作り方は魔女の書にも記されていた。

 しかしフェリシアは今のところ使い魔を作るつもりはないらしく、素材集めは主に植物由来のものが中心だ。


 だが。


「ふーむ……どこかに龍の生き血が落ちていたりはせんであるかなぁ……」

「……ソーマさん? どうしました、ついに頭がおかしくなりましたか?」

「うーむ、辛辣というか随分遠慮がなくなってきたであるなぁ……まあ個人的にはその方が好ましいのであるが」

「戯言はいいですから、それよりも本当に唐突にどうしたのですか?」

「どうしたというか、まあ今言った通り龍の生き血が欲しくなったわけであるが……」


 勿論と言うべきか、それが飲みたくなったとか、そういうわけではない。

 それを原料とする薬の方に、興味があるのだ。

 手元の魔女の書へと視線を落とし、そこに記されている、魔の力へと傾注しやすくなる、という一文に目を細める。


 具体的にそれがどういう効果をもたらすのかは分からない。

 とはいえこれは完全に、ソーマ個人の都合によるものだ。

 仮にこの素材を手に入れる事が出来たところで、作ってくれと頼むわけには――


「……そういえば、これって魔女が調合しないと駄目なのであるか?」

「いえ、おそらくはそんなことはないと思いますよ? わたしは特に何かをしているわけでもなく、ただ混ぜているだけですから。と言いますか、誰でも調合できるからこそ、悪用できないようにそれに書かれているんだとも思いますし」

「ふむ……確かに考えてみればその可能性が高いであるな」

「あ、ただ、最後の仕上げだけはわたし達がしなければならないかもしれません。そうしなければ高品質にならない、ということを聞いた覚えがあるのを、今ふと思い出しました。今まで気にしたことはありませんでしたが」

「なるほど。それでもつまり、我輩が手前まで作ってから仕上げを頼めば問題ないわけであるか……」

「そうなりますが……何か優先して作って欲しいものがあるのでしたら、わたしが作りますよ?」

「む? いいのであるか?」

「具体的な効果が書かれている方が珍しいですからね。最終的には全て試してみるつもりですから、多少順番が前後したところで問題はありません。とはいえそれも、龍の血などというものを手に入れる事が出来たら、の話ですが」

「ふむ……」


 素材の中でも貴重なものは幾つかここに保管されているらしいが、そこにもさすがに龍の血は存在していない。

 というか、仮にあったとしても既に使えなくなっているだろう。

 龍の血は新鮮でなければ意味がないらしいからだ。


 魔女の書の中では珍しいことに、一素材でしかない龍の血に関しては、しっかりと言及がされている。

 それによれば、龍の血はまずその神秘性が重要だとのことなのだ。


 だから特別な処理をしない限り、抜き取ってしまったそれからは少しずつ神秘性が薄れていってしまうし、殺した後から取ったものなどは論外である。

 何とかして龍から盗み取るか、あるいは龍自身から譲り受けるしかないため、入手難度は最高位とされていた。


「ちなみに、ここには龍も住んでいるのであるよな?」

「そうですね……先代は一通り全てを作った事がある、という話を聞いた事がありますので、居るはずです」

「ふむ……龍の生き血を手に入れられたとは、先代はそんなに強かったのであるか?」

「それは分かりません。わたしは先代とは数年しか一緒に居られませんでしたから。一応一度だけ結界の外に出たことはあるのですが、何故か魔物は近寄ってきませんでしたし。使い魔は一見普通の猫にしか見えませんでしたが、魔女の使い魔は外見からは測れないものですし、あるいは使い魔の能力自体が魔物を近寄らせない、というものだったのかもしれません」


 そんな話を交わしながら、魔女の書を適当にめくってみるが、龍の血の他にも色々と入手に苦労しそうなものは多いようであった。

 これらをどうやって手に入れていたのか、ということもそこそこ興味深くはあるが――


「ふむ……一度自分で確認した方が早そうであるな」


 まだ身体の調子は万全ではないが、リハビリにはちょうどいいかもしれない。


 ……それに、何があるか分かったものではないのだ。

 この間の去り際、ヨーゼフという名らしい男が、フェリシアに一瞬だけ向けた瞳を思い出す。

 あれは、どことなく覚えのあるものであった。


 そこに浮かんでいたのは、おそらく強い責任感と、罪悪感だ。


「……まったく、どこもかしこも大変そうであるな」

「はい? 何か言いましたか?」

「いや、何でもないのである。……さて、それでは、そろそろ今日も素材集めに行ってくるであるかな」

「あ、はい、よろしくお願いします」


 魔女の書を畳むと、フェリシアへと渡し、立ち上がる。

 とうに昼は回っているが、まだ素材集めをしていなかったのは、そろそろ結界内部で素材と思われるものは探し終えてしまったからだ。


 となれば、次は結界の外に出ることになるが、そうなれば間違いなく魔物とも遭遇する。

 ならそっちの素材に関してもちゃんと調べておいた方がいいだろうということで、ソーマは改めて魔女の書を読んでいたのだ。


 まあ、フェリシアはまだ結界内部のものに関しても分かっていないものが多いのだから、敢えて危険な場所に行く必要はない、などと言ってきたのだが、そもそもそこへ行こうとしているのは八割方ソーマの都合である。

 単純に興味があるのと、リハビリの為。

 あとは、魔物の素材によって作られる薬に、それなりに興味深いものがあるからだ。


 色々な意味で不明なことは多いものの、まずは試さなければ何も分からない。

 そういうわけで、心配そうな視線を背中に感じつつも、ソーマは未知の場所へと向かうため、その場を後にするのであった。

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