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元最強、魔女の書を解析する

 端的に結論を言ってしまうのであれば、ソーマが魔女となることはなかった。

 魔女になると髪の色が白へと変わるらしいのだが、ソーマのそれは変わらず黒のままだ。

 とはいえ半ば予想通りではあったため、特に落胆などをすることはない。


 だがソーマとしてはそうだったのだが、どうやらフェリシアにとっては違ったらしい。

 失敗したのを理解すると、何故だかソーマ以上にショックを受けた様子で、本のようなものを引っ張り出し、おもむろに読み始めていた。


「あー、フェリシア? 失敗したことに何か責任を感じているのならば不要であるぞ? 半分以上予想通りだったわけであるし」

「……いえ、そういうわけにもいきません。確かに成功率は低いという話でしたが……考えてみれば、それもあの薬があれで正しければの話です。調合を間違っていれば失敗するのは当然であり、わたしの記憶だけを頼りに作っていた以上、その可能性は否定出来ません。ならばあれで合っていたのかを確認するのも当然ですし……申し訳ありません。そもそもソーマさんが試す前に確認するべきでした」

「ふむ……それはまあ、確かにそうなのかもしれんであるが……」


 しかし、うろ覚えであることを承知の上で承諾したのは、ソーマなのだ。

 ならば例えそれが間違っていたのだとしても、誰に責任があるのかで言えば、それはソーマ自身のはずである。


 まあ確認すべきだったか否かで言えば、勿論確認すべきではあったが――


「――うん?」

「どうかしました? 不思議そうな顔をしていますが」

「いや……ふと思ったのであるが、それを見れば先ほどの薬が正しく作られていたのか……というか、あの薬の正確な調合方法が分かるのであるよな?」

「そうですね、そのはずです」

「はず、とは随分曖昧であるな……読んだことはないのであるか?」

「読んだことがないわけではありませんが……いえ、理解は出来なかったので、同じことではありますか」

「うん? 理解できなかった? 調合方法が、であるか?」

「厳密に言えば、そもそも読めなかった、と言うべきですね。文字通りの意味で、わたしには理解出来ない言語で出来ていますから」


 つまり、こういうことであるらしい。

 フェリシアが引っ張り出してきたそれは、魔女の用いる呪術や薬の調合方法、あるいは魔女にとって必要な知識などが書かれた、今までの魔女達から引き継がれてきた知恵の集合体とでも呼ぶべき本である。

 分かりやすく魔女の本などと呼んでいるらしいが、誰でも読めるように書かれていては、それを読んだ何者かに悪用されかねない。


 そのため、魔女の本は現存しているどの言語にも当てはまらない特殊な言語で書かれている。

 それは魔女にのみ解読が可能なものであり――


「……魔女にのみ解読が可能なのに、フェリシアには読めないのであるか?」

「正確には、本と共に魔女にのみ読み方を伝えられる言語、というだけですからね。そしてわたしがそれを教わる前に、は……いえ、先代がなくなってしまったため、わたしはその読み方が分からないんです」

「あー、それは……」

「気遣いは不要です。もう数十年以上前のことですから。当時のことなんて、ろくに覚えてもいませんし」


 それはどう考えても強がりにしか聞こえなかったが、敢えて言及するようなことでもないだろう。

 むしろ問題なのは、その本が読めていない、ということだ。


「それって、どう考えても困るであるよな?」

「まあ、困るか否かで言えば、正直物凄く困っていますね。わたしはこの本を読んでいるというよりは、解読している、というような状態なので」

「ふむ……だから完璧だという自信がなかったのに、それで確認しなかった、というわけであるか」

「そういうことですね……申し訳ありません」


 別に謝られる謂れはなかったが、フェリシアとしては確かに不本意ではあったのだろう。

 魔女として本来読めるはずのものが読めず、そのせいで正しいか分からない薬を飲ませてしまったのだ。


 ……いや、フェリシアのことだから、本人としては自信があったのかもしれないが、失敗してしまったせいでその自信が揺らいでしまった、というところだろうか。

 一週間程度とはいえ、共に居ればその程度のことは分かる。


「ちなみに、分からないから今まで放置していた、というわけでは勿論ないのであるよな?」

「そうですね。先ほど解読と言った通り、分からないということを前提に何が書いてあるのかを解析しています」

「……ん? そこに何が書かれているのかは、具体的に分かっているのであるか?」

「いえ、ほぼ分からないも同然、といったところですね。先の薬を筆頭に、幾つか必須ということで教わっていたものがありますから、それを参考にまずは何処にそれが書かれているのかを調べている、といったところでしょうか」

「……それほぼ不可能ではないであるか?」

「まあ、時間だけは無駄にありますから。それでも数十年かけて一つも分かっていないあたり、今のところ本当に無駄にしかしていませんが。おそらくわたしは、馬鹿なのでしょう。何もすることがないからといって、こんなことに時間を費やしてきたのですから」


 それは果たして何と言っていいのか、ソーマには言葉が思いつかなかった。


 ただ、少なくとも、無駄だと思わなかったのは事実だ。

 馬鹿だとも思わない。

 むしろ……共感を覚えたと言っていいだろう。


 そこに実物があるとはいえ、届かぬものに手を伸ばしている姿は、とても覚えのあるものであった。

 それを無駄だと思っていても、馬鹿だと思っていても。

 それでもと、諦めない姿は。


 そんなことを思ったからだろうか。


「ふむ……その本、試しに見せてもらってもいいであるか?」


 まあさすがに無理だろうと思いつつも、そう問いかけていたのは。


 だが。


「はい、いいですよ」

「……いいのであるか?」

「まあ、失敗したとはいえ、ソーマさんはあの薬を飲んだわけですし? 半分ぐらいは魔女だと言ってしまっても問題ないでしょう」

「ふむ……」


 正直それは意外な返答ではあったが、見せてくれるというのならばそれを断るというのもおかしな話だ。

 それに単純に、興味もあった。


 歴代の魔女によって蓄積された叡智。

 そこにあるいは、と思ってしまうのは、仕方のないことだろう。


 もっとも、根本的に読めなければ話にもならないわけだが。


「それでは、どうぞ」

「うむ……では、読ませてもらうのである」


 そうして渡されたそれを、ソーマは何となく表紙から眺めた。

 当然のようにその良し悪しなどは分からないが、重厚な作りである、ぐらいのことは分かる。

 それは何処となく記憶を刺激されるというか、何処かで見たことのあるような感じではあるのだが……まあ、気のせいだろう。

 魔女に伝わっているような本を、見た事があるわけがない。


 と、裏返したところでそれに気付いたのだが、どうやら今見ていたのは裏面だったようだ。

 何故ならば、そこにはこの本の名だと思しきものが刻まれていたからである。


 なるほどこれが件の独特な言語によって書かれたものであるかと思うも、当然のようにそれは読めな……読め……。


「…………魔女の本?」

「そうですね……いつ頃からそれがそう呼ばれているのかは分かりませんが、そう呼ばれていたということは、その文字はそう読む可能性が高いと思います。同じものがその中には幾度か出てきますし。もっとも、それが分かったところで、やはりまったく解読は出来ないわけですが……」

「ああ、うむ……ふむ……」


 ――『魔女の本』。

 そこには確かに、そう書かれていた。


 そう……つまりは、ソーマはその文字を読む事が出来たのであった。

 読めてしまった。


 そのことに妙な罪悪感を覚えながら……しかし、同時に気になることも発生する。

 ソーマが読めるという時点で明らかなのだが、これはどう見ても――


「……フェリシア、一つ聞きたい事があるのであるが」

「はい、何でしょう?」

「古代神聖文字というものを、知っているであるか?」

「そういったものが存在している、ということは知っていますが、見たことはないですね。ああそういえば、あれも大部分は解読することの出来ていない文字なんでしたっけか。もしかしたら何か共通点とかがあるのかもしれませんね……まあ、ないとは思いますが」


 そう言ってフェリシアは苦笑を浮かべていたが、共通点があるどころの話ではない。

 それはどこからどう見ても、その古代神聖文字にしか見えなかったからだ。


 だがここに書かれている文字は、無用な漏洩を防ぐために魔女以外には分からないものであったはずである。

 厳密には魔女以外には伝えられないもののようだが――


「……いや、もしかして、そういうことなのであるか?」

「ソーマさん……?」


 不思議そうに首を傾げるフェリシアに応えることはなく、ふむと頷く。

 考え付いたことが正しければ、色々と納得がいくものであった。


 以前から、ソーマには気になっていた事があるのだ。

 それは、古代神聖文字が、何故現在ほぼ読めるものがいなくなっているのか、ということである。

 文明が途絶したわけでもあるまいに、極一部とはいえ使われているものが読めなくなるというのはちょっと意味が分からなかったのだ。


 しかしそれも、元から暗号のようなものとして、一部の者にしか伝えられないようにしていたとすれば納得がいく。

 ほぼ読めなくなってしまっているのは、フェリシアのように、伝えるはずが何らかの事情で伝えられなかったとすれば、現状の説明も可能だ。


 さらに言えば、魔女はその性質上、どうしたって他の者達とは距離を置くようになる。

 元々一部でしか使われていない古代神聖文字を見る機会など、皆無だろう。


 それは逆も言える。

 古代神聖文字を見たことのある者、読める者が、魔女の書を手にするようなことが、だ。


 そうすれば、同一の言語を使っていたところで、互いにそうとは気付かれないし……あるいは、気付かれても構わないのかもしれない。

 読めるものは、その意図に気付くだろうからだ。


 まあ現状のことを考えると、既にそこら辺に関しては破綻してしまっている気もするが……とりあえずそこら辺のことは、どうでもいいだろう。


 今考えなければならないことは、ただ一つだけだ。

 即ち――ソーマがこれを読めるということを、伝えるか否か、ということである。


 伝えれば、フェリシアはこの中身を知る事が出来る。

 だがそれは同時に、今までフェリシアのしてきたことを――


「ふむ……エリクシールの作り方? これはまた最初からそれっぽいものが書かれているであるな……」

「……え? ソーマさん、何を……」

「かと思えば、次のページには魔女の扱う呪術に関しての考察、であるか。特に書かれている順番には統一性はなく、本当に分かったことを次々と書いていった、という感じであるな。明らかに筆跡の違うものが混ざっているであるし、確かに歴代の魔女が書き足していったというのも事実のようであるな……ふむ。予想通りと言うべきか、かなり興味深いものであるな……」

「あの……え? …………もしかして……読めるん、ですか? その本の、内容を……?」


 魔導書に書かれていたものとは異なり、ここに書かれていることは間違いなく価値のあるものだ。

 ならばこれを埋もれさせてしまうのは、罪とすら呼ぶべきであり……フェリシアもきっと、同じように思うだろう。


 そう信じるからこそ、震えるフェリシアの目を見つめると、ソーマはその言葉に、はっきりとした頷きを返すのであった。

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