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魔女と魔法

 端的に言ってしまうならば、魔女とは代償を支払うことで願いを叶える者である。

 その方法が呪術と呼ばれるものであり、それが魔法の一種とされているのは、願いを叶えるが故だ。


 魔法というものは、過程に様々なものがあれども、必ず願いを叶えるという結果に収束する。

 というよりも、それを魔法と呼ぶのであり、だから魔女の扱うものも広義の意味では魔法なのだ。


 もっとも、当然のように何でもかんでも叶えられるわけではない。

 魔女の呪術とは、その実奇跡そのものであるため大抵のことを叶えることが可能だが、限度もある。

 さすがに理を覆すようなことはそうそう出来ることではないのだ。


 だが全ては、見方次第でもある。

 魔女の呪術で、魔法を使えるように出来ないのであれば――。











 後方からの視線を感じながら、フェリシアは溜息を吐き出した。

 物凄く期待されているのは分かるのだが、生憎とそれに沿えるのかは分からない……むしろ、無理な可能性の方が遥かに高いのだ。

 思わず溜息が漏れてしまうのも、仕方のないことだろう。


 まあ、それならば最初から受けなければよかった……いや、そもそもこれに関することを教えなければよかった、という話なのだが――


「……それが出来ていれば、こうして苦労などしていませんよね」

「うん? 何か言ったであるか? まさかもう……!?」

「まだですから大人しく座っていてください。と言いますか、出来たらお持ちします、とお伝えしたはずですよね?」

「そんなこと我輩が待てるわけがないであろう?」

「いえ、そんな自信たっぷりに言われても困るのですが……」


 そんなことを言いながらも、待ちきれないとばかりに笑みを浮かべつつこちらをジッと見つめてくるその瞳から、フェリシアはそっと目を逸らす。

 漆黒のそれは、自分との違いをこれでもかというほどに示し……そしてあの日のことを、どうしたって思い出してしまうからだ。


 フェリシアがソーマのことを連れ帰ったのは、多分ただの気まぐれであった。

 魔女であるフェリシアが善性の存在でないことなど明らかな以上、そのまま見捨ててしまっても何の問題もなかったはずなのだ。

 だというのに、何故かフェリシアはそれが当たり前の如く、森の中で発見したソーマのことを連れ帰っていた。


 その理由を、フェリシアは未だに分かっていない。

 自分自身のことなれども、本当にどうしてソーマを連れ帰ったのかよく分かっていないのだ。


 あとから考えれば、ソーマがフェリシアの命を狙ってここに侵入してきた可能性もあったというのに、まるでそんなことは思いつかなかったのである。

 まあこの数十年、月に一度あの人達に会う以外、人との交流など皆無に等しかったのだから、仕方がないことだったのかもしれないが。


 とはいえ、迂闊であることに変わりはなく、このことが知られてしまえば、さすがに怒られるだろうか。


「……それはそれでありかもしれませんね。最近特に素っ気無い気がしますし」

「今度こそ……!?」

「出来ていませんから、座っていてください」


 まったく迂闊に独り言を呟くことも出来ないと、溜息を吐き出す。

 とはいえいい機会だから、この際矯正するのもありなのかもしれない。


 フェリシアに独り言が多いのは、今までの時間のほぼ全てを一人で過ごしてきたからだ。

 寂しさから、というわけではなく、単に言葉を忘れないためである。


 ある時一年ほどまったく喋っていなかったら、どうやって言葉を話せばいいのか忘れてしまっていたことに気付いたのだ。

 さすがにこれはまずいということで、敢えて思考を口に出すようにしていたのだが、どうやらそれが癖となってしまっていたらしい。

 ソーマが来てから気付いたことの一つであった。


「……まあ、どうでもいいことと言えば、どうでもいいことなのですが」

「っ……!?」

「逸るのは結構ですが、そろそろ鬱陶しくなってきましたので、出て行ってもらいますよ?」

「む、それは困るのである」


 言うや否や大人しく座り、だが相変わらずその目だけはこちらの動きをジッと捉えて離さない。

 それはその熱意を正しく表しているかのようであった。


 ……正直に言ってしまえば、フェリシアはソーマが何故そこまでの熱意を持てるのか、いまいち理解することが出来ていなかった。

 そこまで渇望するような何かを得たことなど、一度もないからだ。


 まあとはいえ、それは当然のことでもある。

 魔女というものは、与える側の存在だからだ。


 代償を対価にするものの、それは魔女が望むわけではない。

 あくまでも呪術を完成させるのに、願いを結実させ奇跡を起こすのに必要だから求めるだけなのだ。


 思い返してみれば……そもそも、何かを望んだことそのものが、ないかもしれない。


「別にそれで困ったことはありませんしね……」

「………………」

「黙って立って座ったところで、鬱陶しいことに違いはないんですが?」

「我輩にどうしろというのである!?」

「ですから、大人しくしていてくださいと言っているではないですか」


 まあ矯正するのもありとか言いながら、変わらず独り言を続けている自分も悪いのだが。


 そんなことを思いながら、フェリシアは手元に注いでいた視線を、一瞬だけ後方へと向ける。

 瞬間ソーマが無言で立ち上がったが、これは完全に自分が悪いので、軽く目礼だけをし、何も言わずに視線を戻す。

 直後にソーマが座ったのが分かり、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 雰囲気だけでがっかりしたのが伝わり、本当に渇望しているのだということを、改めて感じたからだ。


 ……あるいは、これについて教えたのも、あの時それを、自分の中には存在しない何かをソーマの目に見て、感化されたからなのかもしれない。

 あの時……ソーマが目覚め、自分のことを魔女かと確認した時に。


 その時に抱いた感情が何であるかを端的に言うならば、それは間違いなく恐怖であった。

 人との交流が乏しくとも、フェリシアは常識を知らないわけではない。

 魔女というものは世界にとって、人にとってどんなものであるのかを、知らないわけではないのだ。


 だからこそ、直後には殺されると、そうとすら思ったのである。

 自分が様々なことを忘れ、迂闊だったという気付きと共に。


 それでも、そう思いながら、不思議とフェリシアはソーマに対し何かをしようという気にはならなかった。

 完全に自業自得だからか……もしくは、そう問いかけてきたソーマの目が、今向けられているものと同じだったからか。

 それもまた、未だに分かっていないことの一つである。


 だが何にせよ、そのすぐ後にソーマは、ならば魔法が使えない者が魔法を使えるようになる方法を知らないかと、そう尋ねてきて――


「……なんでわたしはあそこで、答えてしまったんでしょうか」


 今度の呟きに反応はなく、ちらりと後方を見てもやはり反応はなかった。

 ただジッとこちらを見つめており……それはこちらの言葉に従っているからなのか、あるいは、フェリシアがそれを手に持ったからだろうか。


 フェリシアが手にしたのは、先ほどソーマから渡された、一輪の青い花であった。

 そして同時に、今作っているものの中で、最も重要な素材である。


 ――今更ではあるが、フェリシア達が今いるのは、工房であった。

 家の最奥にある魔女の工房であり、主に呪術を補佐する薬であったり、呪術とはまた別の目的で用いる薬を作ったりする場所である。

 今手元で様々な素材を混ぜ合わせているのも、そういった薬を作り出すためであり、目的としては後者に分類されるものだ。


 つまりは、呪術とはまた別の目的で用いるもの――魔女となるための、その薬であった。


 ソーマの渇望を聞かされた時、生憎とフェリシアにはそれを叶えることは出来なかった。

 呪術で出来る範囲を明らかに超えているからだ。


 だが同時に、ふとあることも思ったのである。

 魔法を使えるようになるだけならば、魔女になればいいだけなのではないか、と。


 魔女という存在には、二通りの成り方が存在している。

 生まれた時からそうなのと、後天的に成ることだ。

 そしてこの薬が、後天的に成るための手段の一つなのである。


 もっとも、フェリシアはあくまでもそれを知っているだけだ。

 試したことはないため、具体的にそれによって何がどうなって魔女となるのかまでは知らない。

 ただ、この薬を飲み、その資質と資格があれば魔女に成る、ということを知っているだけなのである。


 ……厳密に言えば、フェリシアも飲んだことはあるのだが、その時は何も起こらなかった。

 まあその時には既に魔女であったため当然なのだが、これは魔女と成ったものも飲まねばならないものらしい。

 その意味まで教わることはなかったのだが、これは魔女であるためには必要なことなのだということだけは教わった。


 ともあれ、ソーマが飲むとなれば、何が起こるのかは分からない、ということだけは確実であり……勿論、そのことはソーマにも伝えている。

 魔女になることの意味も。


 だがその全てに、ソーマは迷うことなく頷き……その話をしたフェリシアが、その薬の作成を拒むのは、道理に合わない。

 とはいえ、その要となる花だけは手元になく、それが見つかったらという条件だったのだが――


 ――今更、迷いのようなものがあるのは何故だろうか。

 話をしただけではなく、花を見つけたのも自分なのに。


 しかしその疑問に答えが返ることはなく、青い花が加わった薬は、やがてその花の色に全体を染め上げる。

 見覚えのあるそれに一つ頷くと、今度こそはっきりと後ろを振り返った。


「お待たせしました。出来ましたよ……多分」

「今ちょっと聞こえてはいけない言葉が聞こえた気がするのであるが?」

「気のせいでしょう」


 だが断言出来ないのは仕方がないのだ。

 何せ確かに作り方は教わったものの、それはもう数十年も前のことなのである。

 絶対必要になるからということで記憶に刻み込みはしたが、一度も作ったことはないのだ。


 何処かの工程を間違えてしまったり、何かが足りない可能性は否定――


「――あ」

「む? ……もしや本当に失敗を?」

「いえ、そういうわけではありません。ただ、少しだけお待ちください。そういえば、しっかりとかき混ぜていませんでしたから」


 それは勿論というべきか、嘘だ。

 ただし、失敗していないというのも本当である。

 最後に一つ、加えなくてはいけないものがあるのを、思い出したのだ。


 正直なところ、本当にこんなものが必要なのかは疑問があるのだが、教わった中に含まれているのだから仕方がない。


「……っ」


 指先に走った小さな痛みに唇を噛むが、ソーマには気付かれないよう、ゆっくりと薬を混ぜていく。

 瞬間、そこに一滴だけ、赤い液体が混ざるも、すぐに青の中に消えていった。


 そうして一通り混ぜた後で、指先を隠すようにしながら、かめから容器へと中身を移し変える。

 別に必要ないと言えば必要ない工程なのだが……さすがにそのまま出すわけにもいかないだろう。


「はい、というわけで、今度こそ完成です。どうぞ」

「ふむ……これを飲むことで、ついに我輩も魔法が……」

「可能性がある、というだけですよ? どちらかといえば、低いはずです」

「可能性があるだけで十分なのである。……ところでふと気になったのであるが」

「はい? 何ですか?」

「これを飲んで我輩が本当に魔女になれたとしたら……我輩どうなるのである?」

「どう、とは……」


 それは説明が難しい話であった。

 魔女がどういうものなのかは説明したし、ソーマも理解したようだが、では新しく魔女となったものがどうなるのかなどは、フェリシアにも分からないのだ。


 とはいえここは、先達らしく――


「魔『女』なわけであるし、やはり我輩女になるわけであるか? 性別が……いやでもその程度のこと、魔法が使えるようになるのに比べれば……」


 何か気の利いたことを言おうと思ったが、止めた。

 どうも本気で悩んでいる様子のソーマに、溜息を吐き出す。


「性別は変わらないはずですから、ご心配なく。そもそも男性の魔女もかつては存在していたという話ですし」

「なんだ、そうだったのであるか」


 なのに何故魔女と呼ぶのかは諸説あるらしいが、考えて意味のあることでもない。


 ソーマもそう思ったのだろう。

 その話はそこで終え、渡した容器を口元へと近づけていく。


 そして。


「では、いただきますなのである」


 一気にその中身が、飲み干されたのであった。

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