元最強、邪神の欠片と相対す
それが邪神の力の性質なのか、あるいはクルトが望んだからなのかは分からないが、その力は漆黒の闇として顕現しているようであった。
それを溢れさせ、周囲に漂わせている姿は、人の形を取り繕うことを止めた怪物のようにも見える。
中でもそれが顕著なのは、断ち切られた左肩から先だろう。
漆黒の闇が失われたその部分を補完するかの如く、闇の触手とでも言うべきものとなり、ぶら下がっていた。
さらにはその形が納得でもいったのか、クルトの身体を覆うようにして周囲を漂っていた闇も、次第に同じ形を取り始めている。
ソーマはその姿に目を細めながら、腕の中の少女を地面に横たわらせると、溜息を吐き出す。
「うーむ……何というか、クルト先輩には芸術のセンスがなかったのであるなぁ……」
「く、はははっ……! これを見て言うことがそれかよ……! 他にも色々と言うべきことがあんだろうが……いや、それともオマエでもそうやって強がることが精一杯ってことか……? まあ仕方ねえよな……!」
確かにあまり直視したいものでもないため、ある意味では強がりだとも言えなくはないが……。
調子に乗っているというべきか、力に酔っているというべきか。
何にせよ、あまりこちらと話をするつもりはないようであった。
「はっ……にしてもすげえな、これは……! これが、これが邪神の力か……! こんだけの力がありゃあ何だって思うがままじゃねえか……!」
「ふむ……ところで一つ確認なのであるが、クルト先輩がここに来た目的はそれを手に入れるためだった、というのでいいのであるよな?」
「あん? はっ、当然だろうが……! ま、正直ここまで上手くいくなんざ思っちゃいなかったがな。特にエリアボスに関してはどうしたもんかと思ってたんだが……ここまでのエリアボスを倒してくれたのはオマエだろ? かなり助かったぜ?」
エリアボスはその強大さ故か、他の魔物とは異なり、一度倒せばその後一月ほどは出てこないと言われている。
どうやらクルトはそれを利用してここまで来たようだ。
それをずるいというつもりはない。
むしろ――
「それにオマエらは知らなかっただろうが……実は五十階層より下のエリアボスはこの力の封印するための鍵の役割も果たしてたんだぜ? それをまんまと解放してくれたってんだから、本当に大助かりだったってもんだ……!」
「うん? いや、それに関しては知っていたであるが?」
「……は?」
「厳密には我が途中で教えたのじゃが、そこから先も特にやること変わっていなかったのじゃし、まあ大した違いではないのじゃな」
「はぁ!? じゃあなんだ、オマエら敢えて封印を解いていってたってのか……!?」
そういうことだ。
各階層を隅々にまで歩き地図を埋めていたのも、他にも封印が存在している可能性を考えてのものだった、ということである。
もっともそれを知らされたのは本当に最近、九十階層へと向かおうかというその直前だったわけだが。
「だが問題はそこから先であってな……」
エリアボスを全て倒したところで、封印が完全に解かれないというのは分かっていた。
その前に、王族がかけた封印が存在しているからだ。
それをかけたのは当然今の王族であり、つまりそれをしたのは十数年前のことらしい。
当時、ここの封印が既に解かれかかっていたからだ。
しかしそれは応急処置的なものでしかなく、そもそも道中の魔物は全て無視したものであった。
だからその時に施した封印の限界があまり遠くないということも、彼らは知っていたのである。
そのためヒルデガルドは彼らから頼まれたのだ。
その調査と、可能ならば封印されているものをどうにかしてしまうことを。
変異した魔物の出現頻度に関してや、周囲の影響への懸念があったのも嘘ではないのだが、あくまでもそれはついでだったのである。
その理由がギリギリまで伏せられていたのは、一応そこまで辿り着けない可能性もあったため、とのことだ。
まあ、色々としがらみなどが存在している、ということらしい。
ともあれ。
「一応再封印という案もあったのじゃが、結局またそのうち同じことが起こるだけじゃからな。そのため我らはそれをどうにかしようという結論に至ったわけなのじゃが……何せ封印されていたのは力の欠片とかいう曖昧なものじゃからな」
「それをどうにかするのに最も手っ取り早いのは、誰かの身体にそれを宿らせること。そうすることで対処するのは格段に楽になるであるからな。だから助かったというのは、実はこちらの台詞なのである」
そもそも馬鹿正直にここまでのことを眺めていたのも、そのためなのだ。
ただクルトをどうにかするだけであれば、その姿を認めた瞬間に首を刎ね飛ばしていた。
それをしなかったのは、全てこうするためだったのである。
「というわけで、シルヴィアはすまんかったであるな」
「うむ……我からも謝るのじゃ。学院長の立場にありながら、学生を利用したわけじゃからな」
「あ、い、いえ……? ……というか、どういうことなのかいまいちよく分かっていなくて……」
「ま、とりあえず謝罪を素直に受け取っておけばいいのである。まあこの作戦を考えたのは主にヒルデガルドなのであるが」
「いや、確かに我は生贄とかあったら楽なんじゃがな、とは言ったが、その程度なのじゃぞ!? 我を主犯に仕立て上げるのはやめるのじゃ!」
「ここまで我輩はずっと貴様の手伝いをしてきただけなのであるぞ? ということは、どう考えても貴様が主犯であろうに。どさくさ紛れに我輩にも責任を押し付けようとするのをやめるのである」
と、そうして責任の擦り付け合いをしていると、不意に笑い声が聞こえてきた。
ただしそれはおそらくそのやりとりが面白かったわけでなければ、それを嗤ったわけでもなく――
「く、はははっ……! …………はぁ。なるほど……確かにオレはまんまとオマエらに利用されたみてえだな。やっぱオレには頭使うのは向いてねえってこった」
そう言って笑ったクルトは、どこか清々しさすら感じさせた。
だがそれもほんの一瞬のことだ。
その顔が瞬時に怒りに染まり、漂っていた漆黒が一気に膨れ上がった。
「だが、オマエらは一つ間違えたな……! 俺と、この邪神の欠片の力を甘く見たことだ……!」
「……っ!?」
それを目にしたシルヴィアの顔が、一気に青ざめる。
あれが一体どんなものなのかを、おそらく本能的に理解したのだろう。
「ふむ……確か邪神と呼ばれた神は、死と破壊の権能を持っていたのであったか?」
「そのはずじゃな。とはいえ、力の欠片と言う以上さすがに権能を使うのは不可能じゃろうが……それに特化した概念ぐらいならば使えるじゃろうなぁ」
「って、さっきから思ってたけど……二人はどうして、そこまで暢気にしていられるの……? ワタシはさっきから、身体の震えが止まらないんだけど……」
「うん? いや、だって、所詮力の欠片であるしなぁ。ぶっちゃけそれそのものならばともかく、あの程度ならばそこまで気にする必要は無いであろう?」
「それを言えるのは貴様ぐらいなのじゃがな……ま、そんな貴様がいるからこそ、我もこうしていられるのじゃが」
そう言って、ヒルデガルドは肩をすくめ……直後に、轟音が響いた。
それは、何かに強い衝撃が叩きつけられた音であり……視線を向ければ、クルトが地面に拳を叩きつけていた。
「オマエら……!」
その心中は、こちらに向けられている目が雄弁に語っている。
つまり、この期に及んでふざけるのも大概にしろ、だ。
しかしそれを理解しながらも、ソーマもまた肩をすくめ――ヒルデガルドと目配せをし合うと、小さく頷いた。
おそらくは、ここが限界だ。
真面目な話、ソーマはクルトのことを微塵もなめていないし、油断してもいない。
何せ残滓とはいえ、その身に宿したのは間違いなく神の力なのだ。
しかも、死と破壊を司る神。
それを相手にして、油断など出来るわけがない。
だがだからこその、挑発なのだ。
元々神の力をただの人間が使うなど無理でしかないが、万が一ということも起こりうる。
それでもソーマだけならば幾らでもやりようはあるものの、シルヴィア達はまず間違いなく巻き込まれた段階で死ぬだろう。
ヒルデガルドは何とか生き残るぐらいならば出来るかもしれないが、それが精一杯だ。
シルヴィア達を守ることなど出来るわけもなく、結局彼女達の行きつく先は変わらない。
それはなんとしても防がなければならなかった。
しかしそれも全ては、相手に冷静さがあってのことだ。
力に驕り、怒りに染まってくれるならば、どうとでもなる。
右手に持ったままだった剣を軽く振り払うと、構えた。
「ま、確かにあまり時間をかけるのもアレであるしな。さっさと終わらせるであるか」
「オマエ……オレを甘く見たこと、後悔させてやるぜ……!」
多分最初からやり合うつもりなどはないだろうが、シルヴィア達には下がってるよう視線で伝え、一歩を前へ。
そのまま一足飛びに、斬り込んだ。




