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元最強、成すべきことを成す

 休日明けの学院の雰囲気は、先週までのそれと比べると幾分か和らいだようであった。


 ただそれは、何らかの進展があったがゆえではない。

 さすがは王立学院の者達というべきか、単純に皆が慣れてきたというだけだ。


 あるいは、休日をあの空気の中とはいえ、それなりに思い思いに過ごすことでストレスを発散することが出来た、ということもあるのかもしれないが――


「そんな中一人だけああなのであるから、さすがに目立つであるな」

「……そうね」


 放課後、皆が散り散りになるのを何となく眺めながら、ソーマはアイナとそんな会話を交わしていた。


 視線の先に居るのは、珍しいことに自分の隣ではなく、離れた場所に座っているシルヴィアである。

 休日に入る直前にはその様子も大分マシになってきたと思いきや、今度は何故か思いつめたような顔をしているのだ。

 気にするなという方が難しいだろう。


 事実次々と教室を後にする級友達も、気遣わしげな視線を送った後で去っている。

 それは本日最後の授業を行っていたカリーネも同様であるあたり、その程度が知れようというものだ。


 それでも見るだけで誰も話しかけようとしないのは、何となくシルヴィアから他者を拒絶するような雰囲気を感じるからだろう。

 気にはなるものの、今はまだ放っておいた方がよさそうだ。

 皆がそう考えているあたりも、さすがは王立学院と言うべきなのかもしれない。


 ともあれ。


「ま、とりあえず我輩も行くとするであるかな。アイナはいつも通り訓練場であるか?」

「そうね。……いいの?」

「何がである?」

「話しかけに行かないで、よ」

「我輩そこまで空気読めなくはないであるぞ? いや、むしろかなり気遣い出来る方であるしな。今何をすべきかということぐらいは、当たり前に分かっているのである」


 そこで疑わしげな視線を向けられるのは解せないが、肩をすくめて返しておく。

 そのままジト目に移行し、しばしアイナはこちらのことをジッと見つめ続けていたが、やがては結局アイナの方が先に席を立った。


「……ま、いいわ。あんたが何考えてるのか分からないのなんて、いつものことだし。どうせ何だかんだで上手くやるんでしょうしね」


 そう言って、溜息を吐きながら去っていったアイナの後姿を眺めながら、ソーマは苦笑を漏らす。

 果たしてこれは理解されていると思うべきなのか、自分が分かりやすいと思うべきなのか。


 まあどちらでもいいことかと、ソーマもまた席を立つ。

 これ以上残っていたところで、意味のない事だ。


 そうして、相変わらず思いつめたような顔をしているシルヴィアを横目に、その前を通り過ぎ――そこで足を止めたのは、不意に顔を上げたシルヴィアと、目が合ったからであった。

 いや、正確に言うならば……瞬間その瞳の奥に浮かんだものを感じ取ったからだ。


「……あ」

「うん? どうかしたであるか?」


 その口が開きかけ、しかし直後に閉じる。

 数秒、何かを堪えるようにそのままジッとした後で、その顔に苦笑のようなものが浮かんだ。


「……ううん、ごめん、何でもない。……ごめんね」

「いや、何で二回謝ったのである?」

「辛気臭い顔をしてるってのは自分でも分かってるから、その分も、かな? ……まあなら、とっととどうにかしろって話なんだけど」

「我輩は別にそうは思わんであるがな。好きでそうしているわけではないのであろう?」

「うん……それは、そうなんだけど」

「なら無駄に急かせたところで意味があるとは思えんであるしな。好きなだけ悩めばいいと思うのである。我輩に出来る事があれば手助けもするであるしな」

「…………そっか。うん、ありがと。でも、大丈夫。ワタシだけで、何とかしてみせるから」


 そう言って浮かべられた笑みは、どう見ても無理をしたものだ。

 しかしここで問い詰めたところで、シルヴィアは答えることはないだろう。


「ふむ……了解なのである」


 だからソーマはしばしその目を見つめた後で、頷いた。


「うん、本当にありがとうね。あ、それとごめんね、足止めちゃって。何か用事あったんでしょ?」

「いや、どっちかと言えば我輩が勝手に足を止めたという感じであるし、気にしなくていいのである。まあ確かに用事はあるものの、そこまで急ぎというわけでもないであるしな」

「……そっか。でもさすがにこれ以上邪魔するのは悪いし、もう行っちゃっても大丈夫だよ?」

「そうであるか? まあなら、失礼するのである」

「うん。じゃ、また……またね」

「うむ、またなのである」


 別れの挨拶を口にし、歩みを再開させ……教室から出る間際に、最後に一度だけ視線を向けてみると、シルヴィアは先ほどからほんの少しだけその様子を変えていた。

 思いつめたまま、何かの決意を固めたように見えたのである。


「ふむ……」


 だがソーマは、それだけを呟くと、視線を戻し、そのまま教室を後にしたのであった。


 










 教室を後にしたソーマが向かったのは、学院長室だ。

 それは当然のように、そこに用事があったからなわけだが――


「……前からちょっと思っていたのじゃが、我貴様から暇人だと思われてる気がするのじゃが?」


 足を踏み入れ、最初にかけられた言葉がそれであったことに、ソーマは眉を潜める。

 まるで不本意だ、とでも言いたげな口調であるが、それはこちらの台詞であった。


「いや、頑張っているのは知っていると以前言ったであろう? 別にそんなことは思っていないのであるが?」

「貴様今暇かと尋ねながらここに入ってきた気がするのじゃが……?」

「暇ではなかったら退出しなければならんであろう?」

「気を使う場所がおかしいのじゃが……はぁ、まあいいのじゃ。それで、一体何の用なのじゃ?」

「うむ、それなのであるが、貴様今具体的にはどれぐらい暇なのである?」

「そもそも今我は見ての通り仕事中なわけであるので、本当は暇というわけではないのじゃが? とはいえ急ぎの用事は終わらせてはあるのじゃが……まあ、用件次第、というところじゃな」

「ふむ……なら問題はなさそうであるな」

「だからまずは用件をじゃな……いや? 今の状況でここに来るということは……もしかして、なのじゃ?」

「お、気付いたであるか。まあつまり、準備完了、というわけであるな」

「……予想していたとはいえ、速攻だったのじゃな。まあ間に合っただけよしとすべきなのかもしれんのじゃが」


 そうして文句のようなことを言いつつも、ヒルデガルドは席を立った。

 情報の共有がしっかり出来ていると、こういう時いちいち説明しなくて済むから楽である。


 なるべくならば急ぎたいところであるし――


「あ、いや……ふむ」

「うん? どうしたのじゃ? 急ぐのじゃろう?」

「いや、そうなのであるが、その前にあそこに寄っていくべきかと思ったのである。まあ別に終わってからでもいいのであるが」

「あそこ……ああ、まあ、ちょうど我が居るから止められることもないじゃろうしな」


 やはりいちいち説明しなくとも分かっているらしく、再度楽だと思いながら、さてと呟く。


「……よし、やっぱり先に行ってしまうのである。全て済ませてすっきりしてから行きたいであるしな」

「ま、そこら辺は貴様に任せるのじゃ。……それにしても、ようやく、というような気もするし、もう、というような気もするしで、ちょっと不思議な気分じゃな。昔の我だったら、後者一択だったと思うのじゃが」

「人と龍との時間の感覚の違いであるか。やっぱりそれは龍人とやらになったせいなのであるか?」

「我も知識としては知ってはいても、さすがに成るのは初めてじゃからなぁ。というか、実際には我以外には見たこともないものじゃしな。まあ、龍人に成れるほど世界に己を刻み込むなど、普通は世界から消されるのじゃから当然なのじゃが」

「ふむ……ま、とりあえず行くとするであるか」

「うむ、行くのじゃ」


 向かうべきは、学院地下迷宮。

 まあその前に一箇所寄るところがあるが……そこでの用事さえ終われば、あとはもう一直線だ。

 ソーマの感覚としても、ようやく、とも、もう、とも言えないような感じではあるものの、何にせよ終わりはもうすぐそこである。


 そう、終わり。

 昨日ついに、ソーマ達は第九十九階層の最奥にまで到達したのだ。

 そして今日これから、その攻略を終わらせる予定である。


 短かったような、長かったような、と、そんな感慨を抱きながら。

 ソーマ達はそれを成すために、学院長室を後にするのであった。

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