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届けられたモノ

「……あん?」


 広間の先へと進むなり、それは怪訝そうな声を上げた。


 てっきりこの間と同じように即座に襲われるかと思っていたのに、何もなかったのである。

 一体どういうことなのかと警戒しながらも進み……そのまま階層の果て、階段の目の前にまで来てしまったことで、その眉をさらに潜めた。


「どういうことだこりゃ? ……いや、つまり、そういうことなのか?」


 だがその瞬間にふと、ある可能性が頭を過ぎった。

 そしてその想像の通りだとするならば、合点がいく。


 お姫様が助かったということは、わざわざ情報を集めるまでもなく分かったことだ。

 それはつまり、以前過ぎった考えが正しかったということであり――


「……さすがにアレも、邪龍に比べりゃ格が落ちるだろうしな」


 出てこないのは、倒されたから。

 当たり前のことであった。


 こんなとこに何の用があったのかは分からないが……現状、そうとでも考える以外に説明の付くものはない。

 自分でさえ、気配遮断の上級を持っていたからこそ、ここまで来る事が出来たのだ。

 他にここまで来れてアレを倒せるような者など、一人しかいまい。


 まあ何にせよ、運が回ってきているのは事実のようだ。

 これなら、最下層まで何とか辿り着くことは可能だろう。


 あとは最後の鍵をどうするかだが……と、そこまで考えたところで、ふと良い考えが思いつく。


「……そうだな、そうすりゃあ一石二鳥か。事の途中で乱入でもされたらたまんねえしな」


 なんだ、意外と自分は頭脳労働も向いているんじゃないかと、そう嗤いながら、それは踵を返した。


 そういうことならば、今すぐこの先に向かう必要はない。

 それよりも、準備の方を優先するべきだ。


 方法は既に、考えてある。

 実行の難易度も、そう難しくはないはずだ。

 あとは、先ほど考えたことに適用させるよう、少しだけ手を加え――


「……やっぱ意外といけそうだな。今回のが終わったらそっち方面にでも回ってみるか?」


 そんな冗談を呟きながら、それはその場を後にした。












 休日のその一日……いや、二日を、結局シルヴィアは部屋に閉じこもるようにして過ごした。

 別にやる気が起こらないなどということはなく、むしろやる気は溢れているのだが――


「ぬーん……」


 端的に言ってしまうならば、シルヴィアは悩んでいた。

 その奇声のような呻きもそのせいであり、決して普段からそんな声を出しているわけではないのだ。


 或いはそれを聞きとがめられたりすれば、注意されたり怒られたりしたかもしれないが、幸いにもその場に居るのはシルヴィア一人である。

 自室なのだから当然ではあるものの、あくまでもそこは寮のそれだ。

 下手をすれば相部屋だったりしたこともあった可能性を考えれば、やはり幸いと言っていいだろう。


 とはいえ、それは別にシルヴィアだけの特別待遇だというわけではない。

 そもそも王立学院の寮は全てが一人部屋なのだ。


 他の学院であれば、相部屋どころか三人四人で共同の狭い部屋を使うのも珍しくないことを考えれば、かなりの高待遇である。

 さすが王立学院、といったところだが……まあ、早々旨いばかりの話はない。


 単純に言ってしまえば、そこが狭いことに変わりはないのだ。

 四畳程度しかなく、その大部分はベッドで占められている。


 正直最初に見た時、シルヴィアは物置と間違えたのではないかと思った。

 周囲を何度も行ったり来たりしながら確認し、ようやくここがこれから自分が住むことになる部屋なのだと認識したのだが……今ではそんなこともあったなと思うぐらいに馴染んでいる。


 まあ、それはともかくとして……今はとにかく、悩みだ。

 それは当然のように、この前の一件に端を発するものなのだが――


「むーん……」


 あの時自分は、一体何をすべきだったのだろうか。

 そんなことばかりを、最近シルヴィアは考えている。


 最初の頃は、もう少し違った。

 全てが自分のせいだと、そんなことを思っていたような気がする。


 だがそんなことばかりを考えていたせいか、そのうちそれはちょっと違うんじゃないかと思うようにもなってきて……。


 厳密には、罪悪感が消えたわけではない。

 多分未だに心のどこかでは、クルトがあんなことになってしまったのも、ラルスが姿を消してしまったのも、自分のせいなんじゃないかと思っている。


 でもそれが正しくないということも、ちゃんと理解していて……だから、思うのだ。

 あの時の最善の行いは、何だったのだろうかと。


 勿論、そもそも迷宮に行かないのが一番だ。

 第二階層に行かないのが二番目で……でも、それでもやっぱり第三階層に行ってしまったら?

 あの場面でどんな行動を取るのが、果たして最善だったのだろうか。


 アレを無視する、というのは、おそらくよろしくはない。

 自分は無事に済んだだろうが、クルトが何らかの理由で触れてしまえば、クルトがあそこに跳ばされていただけだ。

 それでは意味がない。


 或いはクルトも避けてくれるかもしれないが、その場合アレはそのまま残ることになるだろう。

 それではそのうち誰かがやはり同じ目に合ってしまうかもしれない。

 そしてその時には、ソーマが都合よく助けに来てくれるとは限らないのだ。


 そうなると、最善は……。


「うーん……」


 考えすぎて頭から煙が出そうだが、それでもどうすればよかったのかという思考に決着が着くことはない。


 これが、自分一人で解決しなくてもいいと言うのならば、話は簡単だ。

 アレを見つけた直後に、皆に知らせればいい。

 そうしてそのまま探索を中断し、それを学院側へと報せに行けば、それで解決だ。

 あとは、学院側が適切な処理をしてくれたことだろう。


 だがそれでは、駄目なのだ。

 あの時それが思い浮かんでいれば、迷いなく実行していたとは思うが……それでは。


 ――不意に脳裏を過ぎるのは、あの日のことだ。

 無事に戻ってきて、皆に喜ばれて、騒がれて……クルトがあんな姿になって発見された後のこと。

 今回の件について、どういった状況だったのかの説明をした後、言われたことがあったのだ。


 ――それは多分、テレポーターではない、と。

 だから、それを回避したところで、きっと意味はなかった、と。

 最終的には同じことになっていた可能性が高いから、そのまま素直にかかってくれて逆によかったのではないか、と。


 そんなことを、話を聞いていたソーマや学院長などから言われたのだ。


 つまりそれは、誰かがシルヴィアを罠にかけた、ということである。

 まだ確証はないからと、名前こそ教えてはくれなかったものの、それだけは間違いない。


 だからこそ、シルヴィアは自分だけでどうにか出来なかったのかと考えていたのだ。

 もしもあの時、シルヴィアもその可能性に思い至っていたならば……自分だけで、どうにかしなければならなかったのならば。

 果たして自分はどうするべきで……それを行うためには、今の自分には一体何が最も足りていないのかを――


「――っ!?」


 瞬間、シルヴィアがビクリと肩を震わせたのは、後方から何らかの音が聞こえたからだ。


 咄嗟に振り返るも、当然のようにそこには何もなく、誰の姿もない。

 そのことにホッと安堵の息を吐き出すが……そうなると、今の音は何だったのか、ということになってしまう。

 さすがに放っておくわけにもいかず、恐々と、それでも意を決し窓の方へと向かった。


 ここは二階ではあるが、ベランダもある。

 今の音はそこから聞こえたような気がして、そっと覗き込み……そこでシルヴィアは、首を傾げた。


 果たしてそこには確かに何かがあったのだが、一目では何なのかが分からなかったのだ。


「何これ……箱?」


 箱、なのは間違いないはずだ。

 しかも、小さい。

 自分の掌よりは大きいものの、持てないほどではない、といった程度の何とも言えない大きさだ。


 今のは多分……音からすれば、これが投げ込まれた音である。

 ゴクリと喉を鳴らし、思い切って外に出るも、そこには当たり前のように人影はない。

 ベランダから軽く身を乗り出してみるも、周囲にも誰の姿もなく……まあしかしこれは、予想通りだ。


 この周辺は寮が密集しているだけあって、割と見通しが利きづらい。

 隠れながらベランダに物を投げ込むなど、容易いだろう。


 問題は、そんなことをする意味だが……。


「んー……なんだろ。さすがにちょっと分からないかな?」


 箱を持って軽く振ってみるも、音からではまるで分からない。

 ただ重さを感じなかったので、何か軽いものなのだろうが……。


「うーん……まあ、開けてみればいい話だよね」


 また迂闊な真似を、と冷静な自分が呆れたように言ってきたが、さすがにこれでどうにかなるようなことはないはずだ。

 一瞬躊躇うも、頭を横に振って、思い切ってその箱に手をかける。


 包装などはなかったため、開けるのは容易だった。

 そしてその中からは――


「……え? 何でこんなのが……?」


 中に入っていたのは、二つのものだ。


 一つは、手紙。

 それなりに紙は普及しだしたとはいえ、まだそこそこの値段がするはずだが……まあただ、それはまだ分かる。

 それで何らかの意図を示そうとしているのは確かだ。


 問題なのは、もう一つの方だった。

 それはシルヴィアの目には、カチューシャのようにしか見えなかったのだ。

 しかも、女性の使用人などが頭につけるような、アレである。


 こんなものを送ってきて一体……?


「……あ、れ?」


 だがそこでふと、気付いた。

 もしかして、これ――


「……ワタシ、これ……見覚え、ある?」


 ある。

 当然だ。

 だってこれは……友達の為に、自分で選んだものであった。


「……っ!」


 慌てて広げ、隅を確認する。

 裏の、右端。

 そこに――


「……マリア、へ」


 拙い字で、でも当時精一杯の気持ちを込めて書いた文字。

 消えないようにしてくれたのか、その上に何かが貼ってあったけど、間違いない。

 これはシルヴィアがマリアへと、送ったものであった。


 そしてその日からずっと、マリアが付けてくれているはずのものだ。

 そのため毎日洗っては乾かさなきゃならないから大変だと、冗談交じりに言っていたのを覚えており――


「っ、そうだっ、手紙……!」


 これでまさか、ここに何も書かれていないということはあるまい。

 何か言いたい事が、何かしたい事があるからこそ、こんなことをしたのだろう。

 その意味することは分からない……或いは、分かりたくないだけなのかもしれないが――


「……っ。……なに、これ……?」


 そこでシルヴィアが眉をひそめたのは、意味が……いや、意図が分からなかったからだ。

 書かれていた内容は把握した。


 しかし、こんなことをして一体どんな意味が……それに、誰が……?

 ……もしかしたら、それは。


「……ううん、全部どうでもいいこと、だよね。分かったところで、それこそどうせ意味がないし。ワタシが考えるべきことは、一つだけ。……どうするのか」


 すぐには決断できなかったのか、手紙とカチューシャ、それと一応箱も手に取ったシルヴィアは、ベッドへと戻ると、そのままばふっと、ベッドにダイブした。

 手紙などは手に持ち、バンザイをするような格好でのダイブだったために、それらがしわくちゃになったりすることはないだろうが、その分服には皺がつくだろう。


 マリアに見られたら、また行儀が悪いとか、はしたないとか言われるなと、そう思い……だから、自然とするべきことも決まった。


「……うん、そうだよね」


 きっと最初からそれ以外の選択肢などはなかったのだと……色々なことを思いながら、シルヴィアは何かを決意するように、一つ頷くのであった。

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