元最強、いつも通りの休日を過ごす
あれからさらに二日が経ち、学院は休日を迎えることとなったが、しかしその間件のことに関し特に進展はなかった。
それは即ち、物々しい空気がずっと続いていたということだ。
そしてそれは休日となっても途切れることはなく、休日の学院もまた、いつもと比べ物々しい空気が漂っている。
ただ、平日とまったく同じというわけでもなく、そこにはある意味休日らしさもあった。
もっとも、それはいい意味というわけではなかったが。
平日は授業があったためか、それもまだ教室の内側で完結していたような感じだったのだが、今はそれが構内に拡散している感じ、とでも言ったところか。
学院の何処にも居ても、どことなく空気が張り詰めていたのだ。
そしてそれは訓練場もまた、変わらぬようであった。
訓練をしているから、などという言葉では説明できないほどのものが、そこには流れている。
「ふーむ……個人的にはあまり気にする性質ではないのであるが、それでもやはりあまり気分のいいものではないであるな。早く解決して欲しいものなのであるが……」
「我の方を見ずに我を責めるようなことを言うのを止めるのじゃ……! 我これでも頑張っているのじゃぞ!?」
「いや、頑張ってるのは知っているであるが、これに関しては頑張っているからそれでいい、と言えるものではないであろう?」
「むぅ……確かにその通りなのじゃが……」
そんな話をしながら、ソーマ達はそのまま訓練場を後にする。
今日は別にここに用があってきたわけではないからだ。
いや、厳密に言うならば、一目見た段階で終わった、と言うべきなのだが――
「さて、今のところで一通り終わったのであるよな?」
「うむ。元より余計な手間を省くために見て回る順番を決めておいたのじゃからな」
その言葉の通り、ソーマ達は学院の中を一通り見て歩いていた。
査察、などというわけではなく、単純に見回りだ。
休日なのに、というよりは、休日だからこそ、である。
戒厳令のようなものは出ていないものの、実際にはそれに近い状況なのだ。
休日で生徒が散らばっているが故に、そこかしこを定期的に見て歩く必要があった。
もっとも当然と言うべきか、それはソーマの役目ではない。
ヒルデガルドのものであり、ソーマの場合はただの付き添いである。
本来ならば、行く必要すらなかったのだ。
とはいえ。
「終わってから繰り返すのもなんじゃが、これらは我らの役目なのじゃから、待っていてくれてもよかったのじゃぞ?」
「そうは言っても、大して時間もかからなかったであるしな。その分の時間を他に回したところで、出来るのは精々図書館で資料を一つ見つけられるかどうか、といったところである。ならば貴様の付き添いをするのも大差ないであろう」
勿論、ソーマにとってはそっちの方が有意義な時間の過ごし方ではあるのだが……何せ今のソーマは見事に何も出来ていない。
ヒルデガルドが頑張っているのを知っている、というのも嘘ではなく、生憎とそんな状況で自分勝手に振舞うほど、ソーマは利己的な人間ではないのだ。
「むむ……つまるところこれは、所謂あれじゃな? ソーマがでれた、というやつじゃな!?」
「……以前から時折疑問だったのではあるが、貴様そういうくだらない知識を何処から仕入れてきているのである?」
「ふふん、我には偽・全知があるのじゃからな。この程度容易いのじゃ!」
「根源領域をそんな風に使われるなど、この世界の神も予想していなかったであろうなぁ……」
そんなくだらない会話を交わしながらソーマ達が向かうのは、訓練場にある一角、迷宮への入り口だ。
いつも通りそこへ向かう前にヒルデガルドが見回りをするということなので、ソーマが付き合っていた、ということなのである。
こんな時に迷宮探索、と思うかもしれないが、逆だ。
普通の迷宮探索ならばそうも言えるが、ソーマ達のやっていることはそうではない。
こんな時だからこそ、少しでも不確定要素を埋める必要があるのだ。
ともあれ、そうして普通に迷宮の中へと入っていくと、ある程度歩いたところでソーマ達は足を止めた。
「ふむ……周囲に人影がないどころか、ここ数日誰かが入った気配すらないであるな」
「まあそれはそうじゃろう。一応何もなかった、とは言ったものの、それですぐさまここに挑めるような命知らずは早々おらぬじゃろうしな。念のため実習は自粛しているのも影響しとるじゃろうし」
ちなみに今更かもしれないが、数日前のあの事件……いや、事故、に関しては、とうに学院中に知れ渡っている。
これは知らせたというよりは、警備等のことを考えれば半ば自動的に知られてしまった、という形に近い。
まあそもそも、小等部の第一学年のほぼ全員が知っているのだ。
その全ての口を塞ぐことが現実的ではないことを考えれば、学院中に知れ渡ってしまうのも当たり前のことではあった。
何にせよそんなわけなので、どうやら迷宮の利用者は少ない……というか、皆無のようだ。
しかしそれはソーマ達からすれば都合のいいことでしかない。
「ま、ならとっとと行ってしまうであるか。今日はさすがにどうなるか分からんであるしな」
「貴様のことじゃから何となく想像は付くのじゃが……まあ、のんびりする余裕がないというのは同感じゃしな。では、行くとするのじゃ」
そう言ってヒルデガルドが懐から取り出したのは、拳大程度の大きさの白い球体だ。
右手に収まっているそれをかざすように持ち上げている間に、ソーマはヒルデガルドの左手を掴む。
そして。
「――転移」
呟いた直後、僅かに周囲の空間が揺らぐ。
だがそれは本当に一瞬のことであり、それが収まると、周囲の光景はガラリと変わっていた。
「ふむ……いい加減慣れてはきたものの、さすがに多少違和感は覚えるであるな」
「まあ迷宮内での移動じゃから、尚更じゃろうな」
改めて言うまでもないだろうが、今起こったのは空間転移だ。
つまりヒルデガルドが使ったのは空間転移用の魔導具なのだが、これは非常に珍しい代物である。
通常迷宮の内部は、空間転移が出来ないようになっているからだ。
その例外と言うべきものがテレポーターなのだが、何でもこれはそれを解析し作られたものなのだとか。
ただしこれには欠点もあり、移動するには同じ迷宮内に居なければならないことと、転移先は二箇所しか設定できないということだ。
つまり入り口と出口しか設定できず、シルヴィアの件でこれを使うことが出来なかったのはそれが理由である。
ちなみに人がいないのが好都合だったのもこれを使用するからだ。
無関係な者を巻き込まれないようにというのもあるが、先に述べたようにそれはかなりの希少品であるし、何よりも転移先が万が一にも知られてしまえば厄介である。
そういったわけで、いつも人の目を避けるようにして使っている、ということなのだ。
ともあれ。
「さて、では早速向かうであるか」
気楽に言ったソーマの視線の先にあるのは、下の階層へと繋がっている階段だ。
前回はこの階層を全て回ったところで、念のために終わらせたのである。
それがあったがために、シルヴィアを救出するのが間に合ったということを考えると、何が幸いするか分からないといったところではあるが……とにもかくにも。
現在位置は、第八十九階層。
つまりこの下にあるのは第九十階層であり、エリアボスの居る場所だ。
気負わず、それでも少しだけ気を引き締め直すと、そのまま階段を降りていく。
一分も経たない内に底へと辿り着き――
――剣の理・龍神の加護・常在戦場・気配察知特級:奇襲無効。
瞬間響いたのは、甲高い音。
顔の真横、三十センチもない場所に鈍色の刃が迫っており、それを自身の剣で防ぎながら、ソーマは溜息を吐き出した。
「いや、さすがにこれは意地が悪すぎであろう」
「今のに反応できてる貴様も大概なのじゃが……まあ確かにこれは意地が悪いのじゃな」
そこは広大な広間であった。
広大すぎるあまり、迷宮での視覚補助が届ききっておらず、端は暗闇に覆われている。
果たしてそこはどれほどの広さがあるのか……少なくとも、数十メートル程度ではきかないと思われた。
しかもそれは上に関しても同じであり、吹き抜けのようにそこはポッカリと穴が空き、その先もやはり暗闇に包まれ見えない。
まあ上はともかく、幅から考えれば、おそらくこの階層にはこの広間一つしかないのだろう。
今までにないタイプの階層だ。
そしてそんなことに気を取られていると、一瞬で距離を詰めてきたこれにばっさりとやられる、というところか。
本当に意地が悪く、ついでに性質も悪い。
「作った人間がどんな人物なのかが一目で分かるような作りであるな、っと」
言いつつ、蹴り飛ばす。
それほど強く蹴ったわけではないのだが、相手も距離を取った方がいいと判断したのか、そのまま素直に後退する。
その全容があらわになり、それを眺めながら、ソーマはふむと頷いた。
「何というか、随分と小さいであるな」
「あれを見て小さいと言ってしまうあたり、貴様随分感覚が鈍ってきてると思うのじゃが? まあ我も同じことを思ったわけじゃが」
だがそれも仕方のないことだろう。
何せ目の前のそれは、背丈がたかだか三メートル程度しかないのだ。
基本的に魔物の強さというのは、そのほとんどが身体の大きさと比例する。
一部例外が居たり、身体の大きさが同じ場合は別の判断基準があったりもするのだが、まあ普通はそうなっているのだ。
その法則に従うようにこの迷宮でも階層を降りるほどに身体の大きな魔物が出るようになり、八十九階層あたりでは十メートル越えというのも珍しくはなかった。
階層の高さもそれに応じ高くなっていたし……それを考えれば、ここのエリアボスも相当な大きさなのだと考えるのが自然だろう。
なのにそれは、三メートル程度なのだ。
これを小さいと感じてしまうのもまた、自然である。
「ふむ……これがエリアボスとなると、若干期待外れなのであるが」
「とはいえ他にこの階層に魔物が居そうな気配もないわけじゃしな。間違いなくそれがエリアボスなのじゃろう……というか、それがここに出現する一般的な魔物だとしたら難易度一気に上がりすぎじゃしな」
「確かにその通りではあるか」
つまり第四十階層と同じようなタイプ、ということか。
ただあそことは違って、空間的に閉鎖されるようなことはなさそうだが。
「それで、どうなのじゃ? 撤退の必要がありそうならば我も準備するのじゃが」
「ふむ、そうであるな……」
言葉を返しながら、目を細め、目の前のそれを見つめる。
それは一言で言うならば、スケルトンだ。
ただしスケルトンでありながら、何故か無駄に全身を着飾っている。
まるで貴族のような、とでも言うべきか、マントなども羽織っており……正直似合っていない。
いや、顔が完全に骸骨丸出しなのもそうなのだが、特に手に持っているそれとの相性が最悪だ。
全長五メートルはあるだろう、それの背丈よりも遥かに巨大な、無骨な剣である。
色々な意味で何でそんな格好をしているのだろうかと思わざるを得ないのだが――
「ま、そうであるな。次の階層へと向かう準備ならば、必要そうなのである」
何にせよ関係はないかと、そう思い、地を蹴る。
――剣の理・龍神の加護・神速:縮地。
向こうがそうしてきたように、十メートルはあっただろう距離を詰めたのは一瞬だ。
そしてそれとほぼ同時に、右腕は振るっている。
剣閃が走り――
――剣の理・神殺し・龍殺し・龍神の加護・絶対切断・疾風迅雷:紫電一閃。
瞬間、それが動いた。
こちらがそう動いたように、それも意趣返しとばかりに剣で以ってこちらの一撃に合わせ……ソーマが、ほんの少しだけ唇の端を吊り上げる。
直後、甲高い音が響き――それと同時に、鈍色の輝きが、宙を舞った。
『――っ!?』
目の前のそれの顔は、先に述べたように骨しかなく、その眼窩にあるのもただの空洞だ。
だがそれでもはっきりと驚愕を浮かべたのが分かり……それが収まるのを待つ道理は、当然のようにない。
もう一歩踏み込むと、慌てたようにそれも動くが――
「――遅い」
――剣の理・神殺し・龍殺し・龍神の加護・絶対切断・万魔の剣・怪力無双:六歌仙。
走った剣閃は六つ。
四肢と首とを胴から斬り離し、さらにその胴をも両断する。
その全ては刹那であり、加速した意識が戻るのと、それらが重力に従い落ちるのは同時だ。
七つの残骸と化したそれが、そのまま地面に叩きつけられ――寸前に、その口が開いたような気がした。
ただし当然のようにそこから音が発されることはなく、全ては落下音に紛れる。
襲い掛かってきた疲労を押し流すように、息を吐き出した。
「ふぅ……。さて、これでこの階層は問題ないはずであるし、さっさと次の階層へ……うん? どうかしたであるか?」
そこでソーマが首を傾げたのは、ヒルデガルドがこちらを呆れたような顔で見ていたからだ。
しかし生憎と、そんな顔で見られるような心当たりはない。
「いや、今思いっきりしとったじゃろうが。まあ確かに我も問題はないじゃろうと思ってはいたが……ここまであっさりと瞬殺してしまうとは予想外なのじゃ」
「そうであるか? まあ、弱い相手ではなかったであるが……」
強いか弱いかで言えば、確かにこの世界で戦った中では強い方だろう。
だがあのファフニールなどと名乗った龍と比べれば弱いし、あの頃から比べるとソーマも大分色々と馴染んできた。
こうなるのは当然の結果だろう。
「だから色々と基準がじゃな……ああ、もういいのじゃ。というかふと思ったのじゃが、何で毎度元龍神の我が常識を説いているのじゃ? 普通逆じゃろうに」
「そんなことを言われても知らんのである」
むしろ逆にこの元龍神が人間の世俗にまみれすぎているだけなのではないだろうか。
そう思ったが、言ったところでどうなるものでもないので、ただ肩をすくめる。
それから、前を向いた。
「ほれ、それより先に進むであるぞ? あまり悠長にしている暇はないのであろう?」
「……まあ、その通りじゃな。ここを無事超えられたということは、あとは特に障害はないはずじゃし」
「一番下には何かいないのであるか?」
「多分いない、はずじゃ。普通の迷宮なら、その迷宮のコアを守るボスがいるはずじゃが、ここはあくまでも封印施設じゃからな。第百階層には邪神の力の欠片だけがあるはずじゃ」
「ふむ……了解なのである」
そういうことならば、さすがに今日中には難しいかもしれないが、次の機会にはおそらく辿り着けるだろう。
辿り着いてどうなるかは分からないし、そもそもそれが目的ではなかったはずなのだが……まあ、折角ここまで来たのだ。
結局魔法に関しての手掛かりは得られそうにはないものの、最後まで付き合うとしよう。
そんなことを考えながら、一先ずと、ソーマは次の階層へと向かうために歩き出すのであった。




