59:闇の魔王(2)
第59話です。残酷な表現がありますので苦手な方はご注意ください。
ここは……この子の記憶にある風景でしょうか。
村の中のようです。赤髪の人が沢山歩いています。
どうやらここは、メディマム族の村のようですね。
行き交う人々は皆険しい表情をしています。史実の通りなら、人類と戦っている最中なのでしょうか。
タースが見当たりません。どこへ行ったのでしょう……。
急に場面が変わり、何やら広い屋敷の中に移動しました。
「人間共め……我らに恐れを為し手の平を返しおって!」
「こうなったら、全面戦争だ!我らの力をとくと見せてやろうぞ!!」
「精霊の力を味わわせてやるぞ!」
皆さん何やら物騒な事を言っています。メディマム族は、こんなにも血気盛んな種族だったのですね……。
「しかし、このままでは数で押される一方だ……」
「うーむ……仕方があるまい、闇の儀式を行うのだ!」
闇の儀式? 安直なネーミングだとは思いますが、それが魔王に関する事だとはわかります。
長老の様な方が、何やら古い書物を持ってきました。
「ふむ……メディマム族の若い女の血が必要とな……それも、処女で無くてはならんというのか」
「では、早速何人かの候補を選ぼう」
そう言うと、屋敷の人々は外へと出ていきました。
どこか別の場所へと向かったようです。
●○●○
「お姉ちゃん、お父さん遅いね」
「村長の家で会議があるって言ってたからね。もう少しで帰ってくるんじゃない?」
タースです。赤い髪をしているけど間違いありません。
闇の中で泣いていた彼は、黒い髪色をしていました。魔王となる過程で髪色が変質したのでしょう。
「帰ったぞ」
「お父さん、お帰り」
「お帰りなさい」
先程の屋敷に居た人です。この人が魔王のお父さん。そして、あの女性は魔王の姉のようです。
若い処女の血…………嫌な予感がします。
「パメラ、毎日すまんな」
「お父さん、毎日がんばっているもの。御苦労さま」
そう言って、パメラという女性は食卓に食事を運びます。
メディマム族とは言っても、この情景だけ見れば普通の家庭となんら変わりません。
気になる事と言えば母親が居ないということくらいでしょうか?
「お姉ちゃん!僕も大きくなったらがんばる!」
「そうね、お父さんみたいに強くならないとね!男の子だもの!」
「うん!」
「タースは魔力も凄く高いから、きっとメディマム族で一番の戦士になれるわ!」
パメラはタースの頭を撫でました。素直な良い子達だと思います。
これからタースが魔王への道を歩むという事は……もうこれ以上、この先は見たくありません……。
そんな私の思いとは裏腹に、無情にも場面は次々と移り変わって行きます。
○●○●
タースのお父さんです。パメラとタースを連れて走っています。
「急げ、パメラ!追手が来るぞ!」
「もう走れないよ!」
「お父さん、タースがもう限界よ!」
真っ暗な森の中、タースの家族は走っています。
それを追いかける赤髪の人達。タースが転び、助けに行ったパメラを人々は捕らえました。
「待ってくれ!なぜ私の娘なんだ!」
「仕方あるまい、神の啓示が出たのだ。運命だったと思って諦めろ」
「お父さん!タース!」
人々は親子を引き先に掛かります。
「お姉ちゃんを離せ!」
タースが飛び掛かりました。でも、それは大人にあっさりと跳ね除けられてしまいました。
それでも向かって行くタースに、大人は手に持っていた槍を向けます。
「やめろ!息子にまで手を出さないでくれ!」
「大人しくしていれば何もせん……これでもこいつは戦士として有望視されているからな」
それでもタースは諦めず掛かって行きます。大人は彼を蹴り上げました。
「グハッ……!」
「タース!やめて下さい!私はどうなってもいいから弟に手を出さないで!」
「お……姉ちゃん…………」
タースは姉を捕らえている大人に対し、砂を振り掛けました。
それが目に入ったようです。
「ぐあ!! ……このガキが!手加減してやっていればいい気になりやがって!!」
槍を振り回し、それがタースに向けられました。
「タース!!」
思わず目を背けました……。 その槍は、彼の父の体を貫いたのです。
血を浴びて、タースの体が真っ赤に染まります。
「お父さあああん!!」
パメラは叫びました。タースは放心しています。
「……連れて行け」
血に濡れた槍を捨てると、大人達はパメラを連れて去って行きました。
そこに一人残されるタース……。
『タース!しっかりして!』
私の手は彼の体をすり抜けました。彼の記憶の中で、私にできる事は何もありません……。
タースは力に目覚めたかのように、その髪の色を黒く染めていきました。
そして、暗黒のオーラが彼を包み込みます。
タースは落ちていた槍を拾い、森の中へと消えていきました。
●○●○
儀式が執り行われています。
長老が何やら呪いの言葉を唱えている中、白い装束を着て後ろ手に縛られたパメラの姿がありました。
儀式の中心に立つ男性。あの時タースの父を殺した男です。彼に魔王の力を授けるつもりだったのでしょうか。
でも、その力はタースへ渡ったはずです。という事は、ここにタースは現れる……。
「では、パメラの首を落とせ」
違う……男は鋭い剣を持って、儀式を執行する側だ。
魔王とは一体……? 誰かに力を授けるという儀式では無いの……?
パメラの体が震えています。
当然です。目隠しをされているとはいえ、これから自分が殺される宣告をされたのです。
怖くないわけがありません……。
「お姉ちゃん!!」
タースです。やはり、彼はここへ姉を助けに現れました。
その衣服は血で染まり、手には槍を持っていました。
黒い髪と黒い瞳を持つタースに、メディマム族の大人達は驚愕しています。
「その声は、タースか!?」
「お姉ちゃんを返せ!」
タースは剣を持つ相手に闇の波動を放ちました。その威力は高等魔法にまで達し、周りの木々などを微塵に変えていきます。
剣を持っていた人物は、上半身を無くし倒れました。
騒然とする中、大人達は魔法や武器でタースに応戦します。
無我夢中で魔法を乱射するタース。
しかし、幾ら強くても多勢に無勢。タースは長老の放ったミリューガ級の魔法を受け倒れました。
別の男が近付き、倒れたタースへ向けてその剣を振り下ろします。
「タース……駄目ーっ!!」
パメラはよろめくようにタースの前へ飛び出しました。
剣は、彼女の体を真っ二つに────
『やめて!もう……見たくない!!』
私が目を瞑っても、その映像は流れてきます……。
「……ター……ス…………」
パメラはそう言い残し絶命しました。
父だけではなく姉の血も浴び、タースは声にならない叫びを上げています。
「ふん……少しおかしな事になったが、儀式的にはこれでも問題無かろう」
長老は儀式を取り進め出しました。炎が揺れ、地面に見た事も無いような禍々しい模様の魔法陣が浮かび上がります。
そこから現れたものは────────!?
『うぐっ……!』
私は思わず吐きそうになりました。
魔王とか魔族とか、そんな生易しいものではありません……。
人の体を潰して纏めたような、血みどろの“異形のもの”です。あちこちにある人の顔から不気味な笑い声が響いています。
これは、一体……何…………?
長老は一体、何を呼び出してしまったというの!?
その不気味な異形のものは、死んだパメラの体を取りこみました。
「姉……ちゃん……」
震えて動けないタースを残し、人々は逃げ出していきました。
そして、その異形のものはタースを生きたまま丸呑みにしたのです。
○●○●
呑みこまれた体内の中で生きているのはタースだけでした。
そこには、種族、民族を問わず様々な人々の死骸が漂っていました。
姉の死骸を見つけるタース……上半身だけの姉を抱き締め、ただ嗚咽します。
『『憎ムノダ……』』
内部に声が響きました。
『『憎メ……』』
また同じ声が聞こえます。
聞かないようにと耳を塞ぐタース。でも、その声はタースの心の中にひたすら響きます。
その体から、暗黒の魔力が溢れ出しました。
私は体外へと出されてしまい、外からそのものの変化を見届ける事になりました。
タースから発生した暗黒の魔力は、異形のものの体を覆っていきます。
そして、それは暗闇の衣となり、中心にあの顔が浮かび上がりました。
『『我ハ、魔王チェムルタース』』
ここに、闇の魔王は誕生しました。
アルネウスからは、闇の魔王はメディマム族の男としか聞いていませんでした。
戦乱が続く中……種族の犠牲になった子供です。
まさか、こんな小さな子供が魔王になっていたなんて……。
ここからは史実の通りのようです。魔王は魔族と魔物を操り、家族の仇であるはずのメディマム族達をも従えて全面戦争へと発展していくのでしょう。
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──
元の空間に戻された私は、今度こそしっかりとタースに触れました。
『お姉ちゃん……?』
『……辛かったね……タース……!』
彼を抱き締めました。とても小さいその体……こんな子に、大人達はなんと酷い事をしたのでしょう。
ここから連れ出さなくては…………私は、この子を救って見せる!
お読みいただきまして、ありがとうございます。




