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53:北の大地

第53話です。

 ここは……?


「お目覚めかな?ディア王女」


 顔を上げると、そこには見知った顔があった。


「アリエス……!」

「そう怖い顔をするな。私はお前と話がしたいのだ」


 アリエスは、その顔に似つかわしくない笑顔を見せた。

 寒気がする……。


「思えば、お前だけだった……この私に優しく語りかけてくれたのは……」

「……何の事?」

「お前は覚えておらぬかもしれんな。私が宮宰になったばかりの頃の話だ」


 いつの頃の話だろう。全く覚えていない。

 訝しげな表情をする私を尻目に、アリエスは話を続ける。


「私は元々、貴族とはいえ名ばかりの貧しい家庭に育った。

 どうにか出世しようと必死で勉強していったよ。そして、遂に宮宰にまで上り詰めた私は、国の政務を任されるようになった。

 だが、政治とは綺麗事ばかりでは無い。そんな仕事も度々私の所へまわって来た」


 アリエスが話している間に、状況を確認しなくては。

 椅子のような物に私は座らされて、手と足、銅を何かで固定されている。

 少し力を入れてみると、固定具はどうにかできそうだ。


「国の為と、どんな仕事でも頑張ってこなしてきた。するとどうだ。次第に私は人々に疎まれるになり、無能な騎士共は私を悪人扱いだ。

 もう、精神的にも疲れてしまっていたよ。鏡を見ると、悪魔のような表情をした私が映っていた。

 ああ……これが私かと、絶望したもんだ」


 悲しそうな表情を浮かべるアリエス。

 しかし、同情してはいけない。こいつは、お父様とお母様を……多くの人々を虐殺した悪人なんだから。


「私に話し掛けてくる者などいなかった。孤独は更に私を負いこんで行った。

 そんな時だ。仕事に没頭していると、いつの間にか部屋のドアが開いている事に気付いた。

 おかしいと思い付近を見やると、そこには屈託の無い笑顔でお前が立っていたのだ」


 そんな事あったかしら……?

 幼い頃、たしかに城内を走り回って、よく父や母を困らせていたって聞いていたけど。


「“いつも御苦労さま”……そう言って、お前は椅子に登り、私の頭を撫でてくれたのだ。

 心の中に溜まっていた悪い物が、全て洗われたような心地だった。天使が舞い降りたとすら思ったよ」


 アリエスは涙を流す。ごめん、その事全く覚えていないわ。


「これだけで、私はやる気を取り戻したよ。お前にとっては些細な事でも、私にとっては大きな出来事だった。

 だが、それは長くは続かなかった。政治のいざこざで、西の大国クオーツと揉めた事があってな。

 私の手腕を買われ鎮静化に努めたが、どうも上手く行かなかった。自ら出向いたりもしたが、話すら聞いて貰えなかった。

 事件が起きたのもその時だ。私が出ていた矢先、その国で要人が何者かに殺害されたのだ。真っ先に私は疑われた」


 この話は少し知っている。アリエスが疑われていたのは確かだけど、証拠も不十分でお父様も頭を悩ませていた。

 死罪を申し入れたクオーツに対し、お父様はどうにかそれだけはと頭まで下げたのだ。

 その結果、アリエスは国外追放だけは免れなかったのだけど……。


「もちろん、私は無実を申し入れた。しかし、私に下されたのは国外追放と身分剥奪……国を出た私を待っていたのは地獄の日々だった。

 どこへ行っても、私は迫害された。私が何をやったというのだ……国の為と頑張って来た私に対する仕打ちがこれだというのか……。

 やがて年老いた父と母も死に、私は天涯孤独となった。それもこれも、お前の父、ラディオス王のせいに他ならない。

 いつか復讐してやる……そう固く誓い、私は北の大地を目指した。そして、遂に見つけたのだ……復讐の手段をな」


 アリエスの手には黒く濁った球体の物が握られていた。

 暗闇に目が慣れてきて、奥にうごめくものが見える。


 ────それは、巨大な闇。


 それ以外に形容しがたい何かがそこに居た。


「アリエス、あなたは勘違いをしているわ。お父様はあなたを救う為にそうしたの。

 その後の事は……同情はするけれど、お父様はあなたを憎んでそうしたわけじゃない」

「ならば、なぜ私を信じなかったのだ!なぜ私の家族は苦しめられなければならなかった!」


 アリエスはわなわなと体を震わせた。


「あれを持ってこい」


 アリエスの声に、闇から何者かが現れた。あれは……魔族?

 その手には、何か液体の入った瓶が握られていた。


「こちらに」


 アリエスは手渡された瓶を持って、私に近付いてきた。

 逃げなくては……手と足に力を込める。


「何だと!?」


 枷は音を立てて割れた。ここがどこかはわからないけど、とにかく出口に向かって逃げよう。


「【パララサス】」


 アリエスの唱えた魔法が私を襲った。

 焼けつくように痺れ、体の自由が利かない……!?


「どこでこんな馬鹿力を……まあいい、動けなくしてしまえばこちらのものだ」


 アリエスはどんどんこちらに近付いてくる……動けない……!


「これは、私が独自に開発した“忘却の薬”だ。さあ、飲め」


 瓶を口にあてがわれ、瓶の中の液体が注がれた。

 頭の中が白んで行く……このままでは……。


「全てを忘れ、私と共に終焉を見届けようではないか。お前だけは私の手元に置いて可愛がってやろう」


 何を言っているの……!?

 アステアでは私を盾にしようとした癖に……知ってるんだから……!


「アリエス様、大変です!何者かがこの地に向かっています!」

「ぬう……早速邪魔が入ったか!迎え討て!祭壇へは近付けさせるな!」


 助けが来た……一体誰が…………?

 ああ……頭の中が……掻き混ぜられていく…………誰か……助けて…………。


◆◇◆◇


 ここが北の大地……中央大陸では滅多に見ない雪で覆われています。


「寒ーい!ほんっとーに、こんな所に魔王は居るの!?」


 文明の跡があります。ここも、その昔は栄えていたのでしょう。


「いよいよだな……」

「どうしたの?レドさん、怖気づいちゃった?」

「まあ、多少はな」


 メアリ様の場を和まそうとした言葉に、レド様は少しうつむいて答えました。


「でもよ、年長者の俺が弱音を吐くわけにもいかないだろうが」

「吐いてんじゃん」


 目の前には大きな空洞が広がっていました。

 ここに闇の魔王が……アリエスが居る!


「ねえ、ちょっとだけ話をしない?」


 メアリ様はこちらに振り向きました。


「あたしさ、まだ死にたくないんだ。だって、まだ若いし……リズちゃんほどじゃないけど。

 それに、いつか結婚して子供だって産みたいって思ってるんだよね」


 照れくさそうに笑いながら、こめかみを掻くメアリ様。


「でも、このままじゃどちらにしたって世界が滅んじゃうでしょ?もうさ、頑張るしかないよね」

「当たり前だ!俺だって死にたくはないぞ!この仕事が終わったら、死ぬほど酒を飲んでやるんだからな!」

「僕も、魔王を打ち滅ぼしたら……幸せな家庭を築きたいと思ってる」

「私は……ディア様を救い、アステア国の再興をお手伝いしたいです!」


 みんなで夢を語り合う。それぞれの幸せな未来を掴む為、私達は魔王を倒さなくてはいけない。


「絶対に生き残ろう!」


 メアリ様が前に手を差し出しました。

 私達も、手をその上に重ねていきます。


「リズちゃん、掛け声をお願い」

「わかりました」


 少し深呼吸です。そして、大きな息を吸って私は叫びました。


「行きましょう!!」

「「「オォー!!」」」

お読みいただきまして、ありがとうございます。

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