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ダンジョン運営部 モンスター管理課〜ヤラセ冒険者にゴブリンのストライキ!?〜  作者: 雨宮 徹
新米係員シモン着任編

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第5話 討伐ゼロ!? 幻のモンスター ゴーレム

「おい、シモン。最近、ゴーレムの討伐数がやけに少なくないか? いや、まったくない」


 カルロスさんが眉をしかめ、ギルドからの報告書を手にして机に広げている。ざらついた紙の端が、彼の不機嫌さを代弁するようにピリついた音を立ててめくれ上がった。彼の視線は紙に釘づけだが、その奥底には、どこか釈然としない苛立ちが漂っていた。


「そんなはずないですよ。だって、エミリーさんが『とっておきのゴーレムを作ったから配置した』って言ってましたよ?」


 僕は椅子に浅く腰掛け、背筋を伸ばして答えた。ついさっきまで気を抜いていたせいで、返答の語尾が少しだけ頼りない。でも、言ってることは間違っていないはずだ。几帳面なエミリーさんに、配置忘れなんてあり得ない。むしろ、あり得すぎて怖いくらいだ。


「彼女がそう言ったなら、間違いない。お前からの報告なら少し疑うがな」


 にやりと笑いながら、カルロスさんがからかうように言った。悪気はないのかもしれないけれど、その言葉がじわじわ効いてくる。いや、正直ちょっと傷ついた。僕だって、最近は前よりはミスしてないはずなんだけどな。


「ちなみに何体か聞いてるか?」


「さすがに、そこまでは分かりません。でも、大量にって言ってましたよ?」


「とっておきなら配置数は十分なはずだ。こりゃ、ギルド側の報告ミスだな。ジャスミンにしては珍しい」


 カルロスさんは溜め息混じりに言いながら、報告書をバサっとデスクに放り出した。乾いた音が室内に響き、それが妙に耳に残った。ギルドとの連携がずれることなんて滅多にない。これは、どこかで何かが狂ってる証拠だ。


「ギルドに行ってこい。現場を見るのは勉強になるぞ」


 半ば当然のように命じられた僕は、静かに立ち上がった。どうせ断ったって無駄だ。だったら、現場に行ってみるしかない。





「ここが、冒険者ギルドか……」


 扉を押し開け、中に一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。僕の働くモンスター管理課とはまるで違う世界。重たい金属のきしむ音、粗野な笑い声、武器と汗と革の匂いが入り混じる濃密な空間だった。空気自体が緊張感を含んでいて、深く息を吸うと肺の奥が刺激された。


 剣を手に取って悩む者、誇らしげに戦果を語る者。みんながそれぞれの理由でここにいて、目的に向かって動いている。まるで、世界の中枢がここに集まっているかのような活気だ。


「俺は群れたゴブリンを五十体まとめて倒した!」


 そんな声が耳に飛び込んできて、思わず内心で突っ込む。いや、それ盛ってるでしょ。そんな数、ダンジョン側が許可してないはずだし。こっちは裏でちゃんと調整してるんだから、そう簡単に大群は出ないはずなのに。


 そんな喧騒の中、受付カウンターに立つジャスミンさんの姿が目に入った。彼女は今日も相変わらず愛想よく、冒険者たちと笑顔で言葉を交わしている。あの自然な振る舞いからは、彼女が僕たちモンスター管理課と密に連携しているなんて、誰も思いもしないだろう。


「あの、この報告書正しいんですか?」


 人目を避けてカウンター越しに小声で尋ねた。こういう話は、下手に冒険者の耳に入ったら面倒なことになる。


「確かよ。冒険者も戸惑っているわ。エミリーに確認してよ。こっちの情報は正しいんだから」


 声のトーンは低いが、その言葉には迷いがなかった。さすが、現場を預かる人の目だ。その真っ直ぐな言葉に、こちらも頷くしかなかった。





「シモン、報告ご苦労。エミリー、ゴーレムについて聞きたい」


 カルロスさんが部屋に戻るや否や、エミリーさんが振り向いた。彼女はちょうど餌やりの最中だったようで、ドラゴンの顎の下を優しく撫でていた。その手つきはまるで、長年連れ添ったペットに向けるそれで、ドラゴンも気持ちよさそうに目を細めている。牙のある巨大な獣が、まるで猫みたいな顔をしているのがちょっとおかしい。


「はい、なんでもどうぞ」


「どれくらい投入した? 討伐報告がないんだが」


「そんなはずないわ! 数十体は配置したわよ?」


 エミリーさんは立ち上がりながら答えた。その瞳は鋭く光っていて、本気で言っていることがすぐに分かる。嘘をつくときの彼女の癖——目を逸らす癖がまったく出ていない。


「ほんとか?」


「疑うなら配置場所に案内するわよ」





 僕たちが連れてこられたのは、森林ダンジョンだった。しっとりと湿った空気が、鼻腔にじっとりとまとわりつく。足元には苔むした岩が点在し、頭上では木々の葉が風にそよいでいる。木漏れ日が差し込むその光景は、モンスターがうごめくダンジョンとは思えないほど穏やかで、まるで深い森の一部のようだった。


「ここに一体いるわ」


 エミリーさんが指を差す。けれど、視線を送っても、何も見えない。


「いや、見つからないが?」カルロスさんが眉をひそめる。


「あなた、目が節穴なんじゃないの? ほら、そこ!」


 苔むした地面を鋭く指差す彼女に促されて、じっと目を凝らしてみると——いた。本当にいた。まるで地面の一部になったような色合いと質感のゴーレムが、静かに横たわっていた。目を開けたまま、のんびりと空を見上げているその姿は、戦闘用モンスターというより、ピクニックに来た石像のようだ。


「エミリー、お前ゴーレムに何をした?」


「何もしてないわよ。今までより土の配合を増やしただけ。その分、倒しやすくなったはずよ。もろくなったから」


「冒険者が見つけられなくちゃ、意味ないだろ」


 カルロスさんが頭を抱えるように言うと、エミリーさんは肩を軽くすくめた。


「いいじゃない、ゴーレムに不満はないみたいだから」


 その言葉に、僕は思わず笑いそうになった。だってその通りだった。地面に横たわるゴーレムは、まるで満足そうに、目を細めていたから。

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